第四章(一) 時の流れ
『洋子ちゃん、今日の山桜村は冷たさが身にしみるよ。僕は、通りすがりの旅人として、この村に何かを残せるだろうか』
送信。
しかし、いっこうに返信が無いのは洋子ちゃんの携帯が壊れているに違いない。
図書館での調査に何の収穫も無かった僕は、村の年寄り達に話を聞く作戦に変更しました。
何か財宝にまつわる話が出て来るはずです。
「良太の家に年寄りはいるか?」
僕は、太宰治の人間失格を読み耽っている良太に聞きました。
「コアラ先生、この村に年寄りの居ない家なんてないよ。教師失格だな」
確かに言われる通り今までは教師失格かも知れませんが、これからは違います。村の為に、日本の為に頑張り英雄となった僕は、洋子ちゃんに愛を告白するのです。
「村の歴史を知るために良太の曾婆ちゃんに話を聞きたいんだけど、どうかな」
「いいけど、耳が遠いし少し呆けてるよ」
僕は、一抹の不安を感じつつも村の外れにある浩太、良太の家に夕食をご馳走になりに行くことにしました。二人の家は、浩太と良太の双子の下に7歳になる妹がいて、両親とお婆ちゃん、曾婆ちゃんの七人暮らしという、この村ではめずらしくない家族構成で、決して大家族には当てはまりません。
二人の家の近くには泣き地蔵さんと呼ばれている笠山神社があり、盆踊りの日には町に出て行った人達も戻ってきて賑やかになるそうです。
神社に祭られている泣き顔をした三体の地蔵は、村人達のために世の中の哀しみを嘆いて泣いていると言われています。
この村の嘆きは、「凶作」「厄病」「天災」と昔から変わりません。経済活動の遅れと医療の不足そして自然災害への予防の不備は、交通事情を含めた環境整備の遅れによる過疎化が原因で、そこに人が居なくなった時に村は全ての嘆きから開放されてしまうのです。
そして、僕の悲しみは洋子ちゃんとの恋の予感が実感にならないことです。
「オー・ジーザス」
神社の前で言って思わず口を塞ぎ「おー・八百万の大和の神々よー」と言い直しました。
神社の横を通って二人の家に入り、手入れの行き届いた日本庭園を見ながら廊下を突き当たった客間には山菜の天ぷらや川魚の焼物、そして猪の鮮やかに赤い肉が並ぶ牡丹鍋が準備されていました。
この家は昔でいう庄屋の分家で村では裕福な部類で、茜の家とは比べものにならないぐらい大きく作りも立派です。
「いやー、新鮮な牡丹鍋は最高ですね。臭みも思ったほどないし」
僕は目的を忘れてお父さんが捕まえてきた猪の肉に舌鼓を打ちつつ濁酒をガブガブと頂きすっかり良い調子です。
「お父さん、良太くんは頭も良いし勉強も好きです。良い教育を受けさせれば伸びる可能性があります」
僕は酒の力でつい、言っても仕方がないことを口走ってしまいました。良太も浩太も山桜中学が無くなると片道1時間以上かけて六村市の中学に通うことになります。いくら村では裕福で土地や家があっても現金収入があるわけではないので、良太を町に下宿させて私立の中学に通わせることなど無理な話です。
「コアラ先生。私もカカアもこの村で生まれて、ずっとこの村で暮らしています。私がもの心ついた時には、村のほとんどでテレビも持っていましたし、みんなが高校を卒業するまでこの村で過ごすのが当たり前だと思っていましたから、この村が過疎で不便な村だなんて思ってもいませんでした」
「そうですね。お父さんが育った昭和30年から50年の頃は、田舎が当たり前にあったのかもしれませんね。でも、今は違ってしまったんですよ」
「どう違ったんですか」
「それは・・・・」
僕は明快な答えが見つかりませんでした。見つかりませんでしたが、確かに昔とは何かが違っている気がします。
へべれけに酔った、よそ者の僕を心配した浩太が家の近くまで送ってくれました。
「コアラ先生ひとりじゃ狸にばかされて肥溜めに落されちまうからな」
浩太は、街灯のない道を懐中電灯も持たずにスタスタと進みながら僕に笑いかけました。
「浩太は、狸にばかされたことはあるのか」
僕は酔っ払って聞いてみました。
「僕はないけど曾爺さんが、ばかされた話をお婆ちゃんから聞いたことがあるよ」
「肥溜めに落されたか」
「違うよ。曾爺さんが村の会合で夜遅くに帰る途中で、すごい美人に会って金の鍬と引き換えに着物を取られたんだって」
「金の鍬?」
浩太の要領を得ない話を要約すると、曾爺さんも曾爺さんに聞いた話なのでドキュメントというよりも民話か寓話に近い話です。村の会合に本家に行った帰りに綺麗な花を咲かした山桜の樹の下に笠を被った美女がいたそうです。夜更けに人など通らない田舎道に立っている美女を不審に思った爺さんは、声をかけたそうです。
「あんたは、村の者じゃないね」
「私は山桜です。
今年は春になっても寒くて仕方ありません。
どうか着物を譲って下さい。
もしも、譲って下されば金の鍬を差し上げましょう」
「金の鍬と着物を交換しようと言うのか」
「はい。あなたの着ている着物を山桜の下に置いて行ってくれれば、明日の朝には金の鍬を置いて置きます」
そう言われた爺さんは狸の仕業かとも思ったのですが、女の人が立っている山桜が夜風に吹かれて寒そうだったので着物を置いて帰って来たそうです。
翌朝、曾爺さんの曾爺さんが夕べの道を戻ってみると、あったはずの山桜が見当たらなく着物だけが残っていたそうです。
狸にばかされた曾曾爺さんは、春とは言え寒い夜道を褌ひとつで帰ってきたと言う笑い話なのですが、浩太のヘタクソな話ではちっとも面白さが伝わりませんでした。
家の近くで浩太と別れた僕は、この村は民話の時代から変わらぬ営みがあり村人の暮らしも変わらない。変わったのは村を取り囲む発展した街であり、街の暮らしと違うことが時代に取り残されたことになるのだろうか。などと酔いが程よく回った頭で考えながら進む夜道は、曾曾爺さんが歩いた道の上なのでしょうか。
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