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山桜咲くころ
作:晴天



第三章(四) 満天の星空


『山桜の咲くころ』に書いてあるもうひとつの物語は、伝説、民話と言うには少し時代が新しく大正から昭和に移る時のことでした。


大正も終わりに近づくと、村役場には公衆電話も設置され村人たちは遠くから届く声を聞くために、用事もないのに役場に集まるようになりました。
当時の村の人達は電線が物を運ぶものだと思い、遠くの町に暮らす親戚縁者に野菜や米をくくり付けて送ろうとしたそうです。
そんなことをすれば、電線が切れるのは当然のことで、保線のために村役場の人達は村人に電話の仕組みを説明する会を開催するために町から電話技師を呼ぶことにしました。

呼ばれた電話技師は、若く村では見ることのないハイカラな背広姿で当時はめずらしかった自動車に乗ってやって来ました。

村人達は電話の仕組みを説明されても、まったく理解することは出来ませんでしたが電線に米を括り付けてはいけないことと、この村にはない文化という華やかで耽美な世界があることを若い電話技師の風貌から理解することが出来ました。

村の娘達が、ハイカラで頭の良い電気技師に恋をするのは当然のことで、電話説明会が終わって暫らくしても娘達は、若い電話技師の話で持ちきりです。
多くの娘達が、自分とは違う世界から来た遠い憧れとして楽しんでいたのですが、諦めることの出来なかったのが好奇心旺盛な、かつて庄屋様と呼ばれていた村長の一人娘でした。

好奇心旺盛で新しいことに興味深々の娘は、幾度と無く町に出ることを望みましたが年老いて出来た器量の良い一人娘を村長は村の外に出す危険を許すことはありませんでした。
娘は村長の目を盗み村の公衆電話から若い電話技師に電話をし、町に連れて行ってくれるように懇願しました。そのためには、幾らかのお金を出すことも伝えて。

若い電話技師は美貌とお金の魅力に負け、満月の明るい夜にこっそりと娘をタクシーに乗せて町に連れ出し町を一回りして夜明け前に帰ることにしました。
娘が初めて見る町の風景は街灯が美しくレンガ作りのモダンな建物も散見するお伽の国のようでした。

娘は家の金をくすねて月夜の逢引を何度も重ね、若い電気技師と身体を暖めあうほどに心を許し二人だけで将来を約束するようになりました。

やがてそのことに気づいた村長は、娘を座敷牢ざしきろうに閉じ込めてしまうのです。
満月の夜に座敷牢から聞こえる娘の泣き声は、村はずれの山桜まで聞こえたそうです。
若い電話技師は、娘が盗んだ金の弁償をさせられることを恐れて町から姿を消してしまったそうです。

いつまで待っても若い電気技師が来ないことに絶望した娘は、一切の食事を摂らなくなり痩せ細って命を絶えてしまったそうです。
嘆き悲しんだ村長が、娘のために村はずれの山桜の傍に設置した公衆電話は満月の夜になると「ジリリリ、ジリリリ」となったそうです。
今は、その公衆電話も無くなり村はずれの山桜だけが、当時のことを思い出させています。



『山桜の咲くころ』には、他に書きかけと思われる昭和初期の話が載っていましたが、いずれも僕が探している財宝伝説には関係のないオカルト的な話です。
陽が落ちて寒くなった図書室で、真冬のホラーを読んだ僕はガタガタと震える身体をさすりながら落胆した気持ちで家路に着きました。


その日の夜、茜は僕の家にきんぴらごぼうを山盛り持って訪ねてきました。

「お婆のきんぴらは、美味しいよ」
「おー、有難う」

僕は持ってきてもらった、きんびらごぼうを食べながら気になっていた茜の進学について尋ねると、ポツリポツリと話をしてくれました。

「お婆のことも気になるけど、お父さんの幸せを壊しちゃいけない気がするんだ」

「お父さんは、茜と暮らしたいと前から言っていたそうじゃないか」

「そうだけど」

「新しいお母さんが嫌なのか」

「何回か会ったけど、優しくて料理が上手なきれいな人だった」

「新しい生活には、不安はあるだろうけど将来のことを考えたら、このまま村に居ることも出来ないだろう」

僕は、残酷なことを気がつかずに言っていました。茜にとって山桜村は、無くなってはいけない大切な場所で、よそ者の僕が気楽に消えてしまうなんて言ってはいけないのです。

しばらく無言になった茜は、
「この村が無くなったら浩太にも良太にも、幸にも会えなくなるんだね。だれも帰ってくる場所がなくなっちゃうんだ」そう言って帰って行きました。

途中まで茜を送った僕の頭の上には、昼間の雲が飛ばされて何万年前から変わらぬ満天の星空が輝いているはずです。でも、僕は上を見上げることはありませんでした。

この村に生きる人達の気持ちも分からずに、気楽に消えていくものへのあわれを思う自分の軽薄さが悔しくて、下を向いて土がむき出しになった地面を踏み叩くように歩いていたからです。












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