第七章(三) 最後の
穴の傍でアース先生の話を聞いていた僕達は、卒業式の時間が近づき慌てて学校に向いました。
校庭には村長を始め村の人全員が来ているのではないかと思えるほど人が集まっていました。
この村にとって卒業式は、学校行事ではなく村の大切な歳時のひとつとなっているのです。
体育館のない山桜中学校の卒業式は校庭で行います。それは、今日のように晴れた日ではなく雪の日でも同じように校庭で行うことになっています。
村の人達が前日に手際よく設置されたテントや椅子に早々と座った村人は、たった一人の卒業生と三人だけの在校生の登場を拍手で迎えてくれました。
「只今より、山桜中学校の卒業式を行います」
僕はハンドマイクを片手に開式を宣言しました。
最初に来賓として教育委員会の井上作治さんが、僕からハンドマイクを受け取って祝辞を始めました
「山桜中学校の卒業式はこれが最後です。私も卒業生の一人として寂しい思いでいっぱいです。
私の力が足りないばかりに村の大切な教育施設を失うことになったのは、痛恨の極みです。
最後の卒業生である茜くんは、村始まって以来の才媛です。四月から一ノ谷高校に進学しても、きっと立派な成績を上げてくれることと信じています」
いつもはニヒルな作治さんの目に涙が浮かんでいます。
作治さんにとっても、山桜中学は大切な母校であることには変わりはないのです。
次に作治さんからハンドマイクを受け取ったのは村長の吾郎さんです。
「村に学校が無くなるのは寂しいもんです。冬の霜柱を踏みながら歩く子供たちの姿もめっきり減りました。いつかまた、この村に子供達の笑い声が響く日が来るように茜ちゃんには、勉強して村の為に頑張って欲しいと思います」
村長の言葉には、諦が色濃く滲んでいます。
自分たちが出来ないことを未来に託すのが悪いことだとは思いませんが、無責任に茜に期待するのは背負わされた方は大変です。
それは、茜だけでなく浩太も良太も幸だって同じことです。
この村の未来と同じように、子供達にも自由な未来があるのですから。
在校生代表として良太が茜に前に立ち、ポケットから小さなメモを取り出しました。
「茜ちゃん。短い間だったけど茜ちゃんと山桜中学に通えて本当に良かったよ。茜ちゃんは村に残って高校に通うから、いつでも会えるけど、この校舎で会えないのが寂しいね。
僕も浩太も来年は茜ちゃんと同じ高校に通うからね」
良太は在校生代表としてずっと挨拶を考えて僕に何度も原稿を見せてくれましたが、最後は飾りの無い良太自身の言葉で茜への感謝を伝えることに決めたのです。
祝辞をじっと黙ったまま一人で受けていた茜が、演題に立ちハンドマイクを使わずに張りのある大きな声で答辞を始めました。
「作治さん、村長さん、そして浩太も良太も幸も村のみんなも有難う。そしてアース先生、コアラ先生も本当に有難う。山桜中学で学んだことは、他のどこに行っても学べない大切なことがいっぱいあったと思ってます。これから、中学生になる村の子供達が山桜中学で学べなくなるのが残念で仕方ありません。だから、私が学んだことをいつか村の子供達に教えたいと思っています」
茜は浅い春の寒さに頬を紅潮させながら、決意表明のように前だけを向いて答辞を終わらせました。
茜の視線の先には、遠くこの村の未来が見えているのかもしれません。
卒業式が終わると、何故だか村をあげての謝恩会という名の大宴会が始まります。
「んじゃ、餅つきから始めるか」
幸のご両親が杵と臼を校庭の真中に置いて餅つきを始め、村の人達は持ち寄った食べものを校庭に設置した大きな一枚板のテーブルの上に並べて祝宴の始まりです。
「コアラ、アース先生。穴に行ってみようよ」
茜は祝宴が始まり賑やかになったところで、僕とアース先生を例の穴に誘いました。
「主役が抜けてはダメだろう」
僕が同意を求めるようにアース先生に顔を向けると、アース先生もゆっくりと深く頷きました。
「これは、ただのお祭りだから大丈夫だよ。私は今日までしか山桜中学の生徒じゃないんだから、今日中に宝物を発見したいんだ」
茜の真剣な目と、校庭で歌い出す村の人達を見て「そうだね」と僕はアース先生を促すように言いました。
謝恩会を抜け出した茜と僕とアース先生は穴の前に立ちました
「アース先生は、お父さんが書きかけた『山桜の咲くころ』を完成させるために村に来たんですか」
アース先生のスパイ容疑をすっかり晴らした僕は、朝の続きを尋ねました。
「そうです。僕の父と母が完成させるはずだった山桜村の民族資料を完成させることが、僕の日本人としての証明になるような気がするのです」
「アース先生にとっての大切なものは、伝説の証明だったんだね」
茜は背の高いアース先生を見上げるようにして言いました。
「そうです」
アース先生は記憶の底の底にある母親の顔を思い出すように蕾をつけだした山桜を見つめて静かに言いました。
「でも、僕が吹雪の時に見た裸の女性は村にとって大切なものが埋まっているって」
財宝を諦め切れない僕は、穴の中に降りてシャベルを地面に突き刺しました。
ガチッ
シャベルに何か当たる音と手ごたえに僕はシャベルを穴から茜に渡し手でゆっくりと土をどかして行きました。
「なんかあったの?」
茜はシャベルを両手に抱えて穴の中を覗き込みます。
「分からないけど、何かがありそうなんだ」
爪の中を土だらけにして掘り進むと石で出来た手が出てきました。
「なんか出てきたぞ」
僕の言葉にアース先生も狭い穴の中に降りてきてお尻をぶつけながら二人で土を掘り始めました。
「お地蔵様だ」
僕とアース先生が掘り出した石から泥を払い除けながら、茜がビックリした声を出しました。
「この地蔵さんが村にとって大切なもの?ダイヤかなんか埋め込まれてない?」
あくまでも即物的な僕は、地蔵さんをひっくり返したりしながら金目のものを探しましたが、それらしい物は見つかりません。
「このお地蔵さんの由来を学校に戻って村の人達に聞いてみましょう」
アース先生は地蔵をヒョイっと担いで歩き始めました。
「ありがとう」
僕の耳に吹雪の時と同じ声が聞こえて振り返ると、山桜が手を振るように揺れた気がしました
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