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山桜咲くころ
作:晴天



第五章(四) 山桜の下から


『洋子ちゃん、遠くに黒い雲が浮かぶ不気味な天気だよ。澄んだ空気の向こうに見える黒い雲は、海に浮かぶ海賊船のようだ』

送信

僕の日課になっている裏山からのメール送信は返信されることもなく、僕の足腰の鍛錬になっています。


教室に入ると茜が他の三人に話を聞きながら何やらメモをとっていました。

「それはダメ」
「それじゃないな」

茜は話を聞くたびにブツブツと独り言を言っています。

「何してんの?」

僕が声をかけると僕の袖を引いて隣の教室に連れて行き事情を説明しました。

「昨日、お婆に三つ目の山桜のことを聞いたんだけど手掛かりになりそうなことは無かったんだよ。それで、良太や幸にも聞いてみたんだけど、どれも有力な手掛かりになりそうなことはないんだよ」

「僕も松さんに聞いたけど、この村には吹雪さえめずらしいことなんだって」

「そうさ。年に1度もないね。私は、これから図書館に行ってもう一度資料を探してみるから、コアラは山桜がない穴を調べて来てよ」

すっかり、リーダーは茜です。

僕は、黒板に『自習』と書いて自転車で山桜が近くにない穴に調査に向いました。




調査を終えて夕方に教室に帰ると、昼過ぎから降り始めた雪が強くなり風も出てきたので早めに下校させることとしました。

「今日は大雪になりそうだから、気をつけて帰るんだぞ」

「まだ、茜ちゃんが居ないよ」

幸が茜の机に掛けてあるスポーツバックを指差して心配そうな顔をします。

「茜は図書館で勉強しているから心配ないよ。バックは僕が持って行くから」

幸は自分も行きたそうですが、雪も激しくなってきたので早く帰るように言い聞かせて一人で図書館に向いました。
雪と風は強くなり、僕がこの村に来てから経験したことがないほどに視界が悪く自転車に一度はまたがったものの諦めて図書館まで道を歩くことにしました。

吹雪というのはこんな怖いものなのかと思うほどに、視界には白い景色しかありません。まるで雪のカーテンを一枚一枚開けて行くように足元だけを見ながら前に進みます。
遠くに見えるはずの村役場の電燈も白いカーテンにはばまれて、僕は迷子になりました。

遭難ですか?
そうなんです。

僕は、パニくる頭で下らないオヤジギャグを自分にかました。


「誰?誰がいるの」

雪の壁の向こうから茜の声がします。

「茜?茜か」

「コアラ?どこにいるの」

僕は茜の名前を叫びながら、少しずつ声のする方に進みました。
吹雪の音に僕の声が消されないように大声で叫びながら。

「怖かったよー」

茜は冷え切った身体でしがみつく茜は、弱くて小さい少女です。



これ以上、先に進むことは危険だと判断した僕は、農機具を入れておく小さな小屋を見つけ避難することにしました。
くわすきが置かれた小屋の中は、隙間から雪が舞い込む粗末な作りで濡れた衣類は体温を少しずつ奪い寒さで口を効くことさえ出来なくなった僕達は、暗闇で衣類を脱ぎ雪に濡らされていないボロ布のような毛布に包まりました。

「コアラ、このまま凍死しちゃうのかな」

「大丈夫だよ。吹雪なんてすぐに止むよ」

茜は怯えるように冷え切った身体を寄せ、僕は大切な命を庇うように抱きしめて暖めました。
僕の頭の中は、大切なものを全力で守ることでいっぱいです。

「コアラは万が一財宝が出てきたら何に使うの?」

少し体温が戻り安心した茜の紫の唇が僕に尋ねました。

「この村に必要なことを考えたんだけど・・・・」

「なに?」

「トンネルを作りたいんだ。山を回らずに街に行ける道が出来れば、茜だって村から高校に通えるし良太だって街の高校に行く夢がかなうからね。幸のお父さんも、もっと帰って来てくれるかもしれなし・・・・ダメかな」

「ダメじゃないよ。トンネルとバスがあればこの村も街においていかれないね。気がつかなかったよ」

「でも、街に近くなれば山桜村じゃなくなるかもしれないよ」

僕は街と近くなることで、今の山桜村が変わってしまうのではないかと思うとトンネルが良いことばかりだとは思えない気もするのですが、それは村に暮らさないものの安っぽい感傷なのでしょうか。

「コアラは優しいんだね。アース先生とは違う優しさだ」

「優しくないよ。この村にも本当は来たくなかったしね。でも、茜や村の人たちと出会えて良かったよ」

「アース先生は、ここを幸福の村って呼んでた。このまま大切にしなくちゃいけないって。でもコアラは、この村でも夢を持てるようにしようとしてる。どちらが良いのか分からないけど」

やっぱり、僕やアース先生が考えることではなく、この村のことはこの村の人が考えるべきなのです。

「茜は虎穴高校には行かないのか」

僕は、進学のことを改めて聞いてみました。
そろそろ願書の締め切りです。

「私がお父さんと暮らしてしまったら、お母さんが帰ってきた時に寂しいよね」

茜は、自分を置いていった母親のことを気遣っていたのです。帰るかどうかも分からない母親のことを。
僕は、なんて言っていいのか分かりません。

『母親なんて気にするな』そう言えば良いのですか?
『待っててあげな』そう言えば良いのですか?

「一ノ谷に行っても勉強するよ」

困っている僕の手を毛布の中で握り締めて答えを出してくれました。

「そうだな。でも大学には行けよ。奨学金でもなんでも方法はあるんだから。僕も応援する」

「分かったよ。先のことは分からないけど考えとくよ」

吹雪の音に消されそうな小屋の中で、毛布に包まって僕と茜は村のことや将来のことを少しだけ話をした。












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