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山桜咲くころ
作:晴天



第五章(三) 山桜の下から


『昨日の小雪がまだ残っていて今日も寒いよ。街は春の準備だろうけど村の春はまだ先になりそうだ。山桜村に春がきたら僕は洋子ちゃんの許に帰るよ』

送信。



小雪舞う中を裏山に登ってメールを打ち続けていても、一向に返信はありません。読んでいるのかいないのか分からないメールを送り続けるのは、感想の来ない携帯小説を書いているような虚しさと似ているのかもしれません。
たぶん。
きっと。



僕が学校に着くと茜が『山桜の咲くころ』を机の上に出して読みふけっていました。

「コアラ、この本は昭和39年にスティーブンと言う外国人が書いているんだよ」

茜は僕が気づかなかった表紙の裏に薄っすらと残る著名を指でトントンとさして言いました。

「へーなんで外人がこの村に来て、こんな本を書いたんだろうね」

茜は僕の緊張感の無い声に呆れながら話を続けました。

「この本の三つめの話は、アース先生が掘っている穴に関係あるんじゃないかな」と出だしだけが書かれている『遅咲きの桜』、『早咲きの桜』の後の三つ目の話を探すことを提案しました。

「いい?手がかりは『この村には、吹雪になると出現する道があり』で始まる三つ目の話だよ。この話を完成させれば何かが分かるよ」

「そうなの?でもどうやって出だししかない話を完成させるの?」

まるで、どちらが教師か分からないほどに茜に頼りっきりな僕です。

「まず、村の年寄りに聞くしかないね。こんな伝説があるのかどうか。私はお婆に聞いてみるから、コアラは、松さんに聞いてみてよ」

松さんと言うのは、僕が離れに住まわせて貰っている家のお年寄りで、今は母屋に孫の梅子さんと二人暮らしです。

松さんには、今は街に暮らしている長男と娘さんがいて、梅子さんは娘さんの子供にあたります。

僕は久々に母屋で夕食をご馳走になることにしました。何度か梅子さんにご招待を頂いていたのですが、夕食と風呂は一人でゆっくりする大切なプライベートタイムなので遠慮していたのです。しかし、今日は松さんから三つ目の伝説を聞くために夕食を一緒にすることにしました。

「今日は三人での夕食なんて楽しいわね」

何故だかミニスカートではしゃぐ縦巻きロールの梅子さんがバッチリ化粧をして囲炉裏の前に座っているのが気になりますが、出来るだけ目を合わせないように自在鍵じざいかぎに掛かっている鉄の鍋からよそられた豚汁をふうふうと吹きながら食べることにします。

囲炉裏の前に豚汁と竹串に刺された川魚を食べるなんて、旅行会社のパンプレットだけの世界で現代の日本ではありえない光景だと思っていた僕は、この村にきて日常的に行われるパンプレットの世界に少しずつ馴染んでみると、暮らしというのはこれで良いのではないかとさえ思えるようになってきました。

しかし、携帯の電波がないこととテレビが三チャンネルしか選べないことには、慣れることは出来ません。
そして、歩いてレンタルDVDを借りに行くことが出来ないことにも。

「この村の伝説と言うか昔話に、吹雪の時に現れる道ってないですか?」

僕は、眠っているように静かに豚汁を食べるのを見ている松さんに聞いてみました。

「吹雪の道・・・この村は雪は降るが吹雪になるほどのことは、あまり無いからのお」

「そうなんですか?風は吹かないんですか」

雪の降る田舎には吹雪が吹き荒れて旅人が遭難するものだと信じていた僕に、梅子さんがニジリ寄りながら「この村は、山に囲まれて海からの風が抜けないんじゃないの?それに山から降ろす風は谷に吸い込まれるように、この村にはあんまり風が吹き荒れないのよ」と息を耳に吹きかけながら教えてくれました。

この時が、お風呂だけは離れの小さな五右衛門風呂に入ろうと心に決めた瞬間です。

「だけど、吹雪と言えるほど雪が舞い荒れたのは私がこの村を出て行く夜にあったわね。今から20年も前のこと」

梅子さんは嫌なことを思い出してしまったと言うように苦々しい顔をしました。

「それから、何回かは吹き荒れたわい。お前が村から居なくなったって何も変わらん」

松さんは、手の中で包んでいた湯飲みから、温くなったお茶を啜り視線を宙に漂わせ、静かに言いました。

このお婆ちゃんと孫娘の間に何があって、梅子さんの両親が今どこで何をしているのか知りません。前に少しだけ梅子さんに聞いたら、ちょっと嫌な顔をして聞こえないふりをしたので他人が詮索すべきではないことなのだと察しました。

それ以来、あまり立ち入ったことは聞かないように聞こえないようにすることに決めています。これは、僕が街で得た技術の一つなのかもしれません。

ただ、松さんも梅子さんの両親も梅子さんもこの村で生まれ、この場所から裏山に沈む夕日を眺めていたことだけは確かで、悲しい時も嬉しい時もこの村に居たのです。

そして僕は、夕日が裏山を赤く染めるのを見ながら家路につく茜を、何故だか思い浮かべてしまいました。












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