「ここは、一体、何処だ」
桜井は、動揺していた。
突如として、はめ込み式屋台の寄せ集めのような異様な空間が、眼前に広がったのである。
報道カメラマンとして戦場に赴き、人間の悲惨な死を目の当たりにしてきた桜井にとって、戦場以上に恐ろしく、おぞましい空間は無いはずであった。
戦場は、死屍累々として、死と隣り合わせの修羅場、飛び交う弾丸や砲弾の中に自分の身を投じ、常に命の危険に晒される。他者を気遣う余裕などない。
味方が斃れても、自分が生き残るために脇目も振らず突き進まなければならなかった。
自分の身を守るために、知らぬうちに、自らの手を血で染めてしまったこともあったほどだ。
戦場とは、人命尊重とは一切無縁な、生き残るためには形振り構わぬ所業すら強いる非人間的世界であった。
戦場から帰還した後は、深酒するのが常だった。そうせずには、いられなかったのである。とことん酔いしれて、疲れきった精神にしつこくこびり付いた垢を落とし、夢と現実の狭間で良い気分に浸り命の洗濯をする。
そうすることで、精神の回復をはかり、また明日への活力を培うのだった。
しかし、今回は、活力を培うどころか、それが取り返しの付かないほどの仇となった。
得体の知れない空間を眼の前に、そうそうのことには動じないはずの桜井が、怖気づいていた。足を、竦ませていた。本能的に、身の危険さえを感じるのだった。
桜井のそんな混迷を余所に、牟田は、自分の頭を桜井の右肩に凭れ掛けて立っていた。
「うっ? 何だって・・・ひくっ・・」
すでに泥酔の域の牟田は、左の掌で、鼻梁からずれたメガネをだらしない素振りで戻しながら言った。時折、膝をガクリといわせている。
「……どうしたって、いうんだ……うん?」
と続けて、牟田は前方の光景を見た。
「な〜んだ、あるじゃないか、美味そうな、飲み屋が」
「ちょっと、待て」桜井は、ふらふらと前に出ようとした牟田のステンカラーコートの袖を掴んだ。牟田は、それを振り払おうとする。
「ちょっと待てと、言っているんだ」
桜井は一歩も引かぬ口調で言いながら、素早くコートの襟に持ち替えて後ろに強く引いた。その拍子に、牟田は大きく仰け反った。桜井は、牟田が倒れる寸前に引く手を弱めると、そのまま手を離した。
「美味そうな飲み屋が、あそこに……あると、いうのに……ひくっ」
牟田は、桜井の腕力に怯みながらも、向かいの煤けたどでかい赤提灯を弱弱しく指差し、物欲しそうに言った。
桜井は、いつもなら、『酒に卑しい奴だ』と一笑に付すところだが、今はそれどころではない。自分が置かれている状況の把握が、先決なのであった。
“此処”は、辺り一面、ブラックライトで照らされているように茫漠と烟っていて、径の短いトンネルの中に造られた、狭小なるパノラマ空間のように広がりがない。
背後を見れば、七、八メートルほど小路が続き、その先は靄のような物が立ち込めている。
桜井は、後歩して靄に接近し靄の先に何があるのか、確かめたい衝動に駆られたが抑え込んだ。
反対側に眼を転ずると、小路の終点と思しきあたりは、背後と同じようにぼーっと靄が立ち込めているように見える。
この“トンネル横丁”は奥行き五十メートルほどだろうか、自転車が三台ばかり並んで走れるくらいの幅の小路の両側に、どう見ても大正後期か昭和初期の造りと思える四十件程の飲み屋らしきが、犇き合って軒を連ねている。そのうち、光が見える店が三軒ある。
それは、どでかい赤提灯の店、数件先の右側に軒燈で照らされた黒っぽいのれんの店、そのまた数件先の左側にある小ぶりのくすんだ黄色い電光看板を灯した店、であった。
あとは、薄暗がりの中でよく識別できない暖簾や、無発光の電光看板が見えるだけなのだが、そうであるだけに、何故、この三軒だけが光を灯しているのか、恐ろしく不気味なのである。特に、とば口にある、この、ドテボテのどでかい赤提灯の薄気味悪さは、他の比ではなかった。
それは、身の丈一.五メートルはあり、人間のあばら骨のような骨組みでできている。張りぼての中では、今にも消え入りそうな薄暗い光をゆらゆらと発し、上張りには、ミミズが這ったような墨字で『じごく屋』と書かれていた。
この赤提灯は、この飲み屋街の入口番人でもあるかのように陣取り、桜井達二人が迷い込んでからといもの、時折、僅かにぶるぶると震えるのであった。
その挙動は、まるで、二人を値踏みでもしているかのようだったのだが、桜井は気がついていなかった。
その先の黒っぽい暖簾にも棚名があるようだが、ここからではよく判別できない。くすんだ黄色の電光看板にも、文字らしきは視認できなかった。
そして、天。
漆黒に近い濃い紫がかった空には、星一つ、雲一欠けらも見えない。
天上へは、飛び上がれば手が届くような錯覚に陥る。距離感がほとんど掴めないのである。狭小なパノラマ空間のように広がりが無い、といった意味はここにある。
それに、風が頬をかすりもしない。空気の流れが、感じられないのだ。しかも、全く、空気の匂いがしない。
空気は、海辺の町ならば潮の匂い、飲み屋街ならば酒臭や路端を流れる汚水の臭い、戦場ならば血の臭いなど、その土地特有のにおいがある。
だが、此処の空気は生き物を生かすだけの役目以外ないように、ボンベの中に充填された酸素さながら、無機質に振舞っているのだ。
さらに、この地面、まるでスポンジの上にでもいるかのようなふわふわとした奇妙な感触をしている。
桜井は、地面に片膝をつき右手で表面を擦ってみた。一見、苔むした土壌のようなのだが、触ってみても土気がなく手が汚れない。まるで、陸に生えた肉厚の藻を模した合成の作り物のようだった。
桜井は、子供の頃に通った“からくり屋敷”を思い出していた。
「いったい、ここは……おや?」
桜井は立ち上がり、再び前方に眼を向けた。すると、靄の中心が大きくゆっくりと、渦状に回転しているではないか。
ついさっきまで、ぼーっと立ち込めていた靄が、中心部を吸い込むように、観覧車より少し早い速度で左に回転しているのだ。
振り返ると、後方の靄も同じように回転していた。
桜井は、ストップウォッチが押されたような気がした。そして、今まで経験したことがないほど、恐ろしいことが起こる予感がしたのである。
『落ち着け。 “出口”が、必ずあるはずだ』 桜井は、自分に言い聞かせた。
桜井は、時を遡って考えた。今、腕時計の二針は午前十二時十五分を指している。
気が付いた時には、牟田とともにこの異様な空間にいた。
今の時間が正確ならば、二軒目の飲み屋を出たのが午後十一時三十分過ぎ、千鳥足の牟田と、三軒目を探して徘徊した時間が恐らくは二十五分か三十分、とすれば、この空間に入り込んだ時間は、午前十二時頃になる。
人通りが途絶えた新宿のビル間の隘路を、牟田を抱え外壁に肩をぶつけながら歩いていた事は憶えている。だが、そこから、どうやってこの世界へ?
今この位置に立っているという事は、後方の靄が入口なのか、そして前方の靄が出口なのか、それともその逆なのか、はたまた、出入口は別にあるのか。
「早く、行こうよ、もう一軒、あの店で、いいじゃないか、あの店でさぁ」
牟田は、下手に出て、おねだりするように言った。
「ちっ、少しは、酔いを醒ましたらどうだ」
桜井は、腹立ち紛れに言った。
「何だよ、入らないのかよ、じゃぁ、何でここに、来たんだよ」
牟田は、聞き分けのない駄々っ子のように管を巻いた。
「何で、ここに来たかって? それは、こっちが聞きたいくらいだ」
桜井は声を張り上げ、牟田の左肩を小突いた。牟田は、反動でよろめきながら尻餅をついた。
「そんなに、邪険にしなくったって、いいじゃないか。俺は、もう少し、飲みたいだけなんだ、もう少し……」
牟田は、だらしなくうな垂れた。
「本当におめでたい奴だ、お前は」
桜井は、哀れな者でも見るように情けない表情をすると、深く溜息を突いた。
と、次の瞬間――
桜井は、再び、ただならぬ気配を感じ前後の靄に目を向けた。さっきより、回転の速度が増している。じっと見ていると、今にも吸い込まれそうになる。
桜井は、靄から逃げるように眼を逸らすと歩き出した。
「ようやく、飲める、のか……」
牟田は、桜井を見ながら言った。
「いつまで、そんなことを言っているんだ。とにかく、早くここから出るんだ」
桜井は、ふわふわの地面を足早に歩を進めた。赤提灯は、とうに過ぎている。
「出るって、おい、どこへ、行くんだ。そっちじゃ、ないぞ」
牟田は、尻餅をついた身体を起こし、どたどたとした足取りで桜井を追った。
「とにかく、出口だ。まずは、前方の靄を探るぞ」
桜井は、振り返りもせずに言った。
「おい、そっちじゃない、赤提灯だ、赤提灯」
牟田は、桜井に追いつくと、肩を鷲摑みにして言った。桜井は、肩透かしをして容易に牟田を躱した。
「そっちじゃないってば、赤提灯でお前と、一緒に飲むんだ。お前と一緒でないと、駄目なんだよ」
牟田は、涙声で、なおも桜井に追い縋った。
「何を言っているんだ、お前は。もう、勝手にしろ」 桜井は、縋る牟田を振り払って進んだ。
「ちき、しょう……」
牟田は半べそをかいて、その場に坐り込んでしまった。
桜井は、前方の霞の渦の三メートルくらい手前で足を止めた。これ以上近づくと、靄に呑み込まれそうな気がしたのである。
渦は、丁度桜井の目線あたりで、ゆっくりと左に回転している。
桜井は、渦の中心に眼を凝らした。これは、ただの靄じゃない、桜井の五感は理屈抜きに、そう訴えていた。本能的に、靄が身体に接触することを拒んだ。
靄が桜井の心の一瞬の隙を付くように、足元に纏わり付こうとした。桜井は身構えながら、一、二歩、飛ぶように後じさりした。
靄は、桜井の動きに呼応するように後を追い、また纏わり付こうとする。桜井が、さらに一、二歩後じさりすると、靄は後を追うのを止めた。
今度は、靄に向かって右の足を、さっ、さっ、と踏み出すかのようにフェイントをかけた。靄は一部を太いカタツムリの角のような形で瞬時に突き出させ、引っ込ませた。
その一連の動きは、まるで、意思を持つ生き物のようであった。
「何なんだこいつは、まるで生きてるようだ」
桜井は、怯えた表情で呟いた。
桜井は、さらに二、三歩退き、ジーンズのポケットからハンカチを取り出した。
ハンカチを投げやすいように固結びして、靄の渦の中心に向かって放り投げた。すると、ハンカチは、渦の中へすーっと吸い込まれていく。
それは、排水溝に水が吸い込まれる様に似ていた。
次は、ボールペンをネルシャツの胸ポケットから抜き取り、渦の中心に向かってすくい投げの要領で放り投げた。結果はハンカチと同じであった。
桜井は、憮然として身を翻し、後方の靄に向かった。坐り込んでいる牟田の前を通り過ぎた。
「だからさぁ、そっちじゃないって……言っているのになぁ」
牟田は頭をだらしなく垂れながら、声を搾り出すように言った。桜井は、一向に気に留める様子を見せない。
後方の靄も、意思ある生き物のように振る舞い、桜井が放り投げた百円ライター、ポケットティッシュといった“おやつ”を、あっけなく呑み込んだのである。
「ちっ! 化け物か、こいつは」
桜井は声を荒げた。
その時だった――
「だめさなぁ、そんちは出口じゃなきゃよ―。無駄んことはやめて、悪いこたぁ言わんから、こんちへ寄んなされ」
桜井の背後から、珍妙な訛りのある、年齢も性別も分からない声が聞こえたのである。
二
桜井が恐る恐る声の方に振り返ると、いつの間にか、とば口のどでかい赤提灯の脇に、奇妙な風体の人がたが立っていた。
店内には明かりが灯され、入口の引き戸が半開きになっている。どうやら、その人がたは二人を店に引き込むつもりらしい。
その人がたの風体ときたら、髪は、頭の天辺で玉ねぎ状にぞんざいに結い、顔は目から下は白い手拭で覆われギョロっとした目だけが異様に光り、暗色の絣の着物に灰色の前掛け、つっかけ姿は、これも大正後期か昭和初期の一杯飲み屋のすれた女将のようであった。
「何、無駄なことだと? 何者だ、お前は」
桜井は臆せずに言った。
「まぁ、そん尖がるこたぁなきゃよ。わしゃ、こん店の女将じゃがな」
人がたは、じろりと桜井を睨んだ。
「女将、だと……」
桜井は囁きながら、人がたを睨み返した。
「そんちは、一度入りよったら、抜けられん無間地獄さな。行きたけりゃ行かせるんも一興じゃが、そんが分かっていて行かせるんも可哀想だでな。うふふっ」
手拭の口元あたりが吐息でかすかに動くと、人がたの目が哂った。
「無間、地獄?」
桜井の目が吊上がった。いつの間にか、牟田が桜井の元に辿り着き、桜井の袖にしがみ付きながら、人がたの様子を伺っている。
「今んところ、出口はないちゅこんじゃ。うふっ、うふっ、ははっ、ははは……」
人がたは、誰憚ることなく哄笑した。
桜井は、耳障りな哄笑を聞きながら、時計を見るような感覚で靄に眼を向けた。渦の回転は、さらに早まっている。
「そんじゃ、時間もちょっとしか残っとらんし」
人がたは、こっくりと頷いて腕を組んだ。
「連れん人も飲み足りんようじゃし、悪いこたぁ言わん、さぁ、寄んなされ。今日やっとるんはこん店だけじゃ。向こうさ店は、閉めよったしのぅ」
そう言うと、人がたは、音も無く店の中に姿を消した。見れば、黒っぽい暖簾の店の軒燈と、くすんだ黄色の電光看板は消えていた。
桜井は、脳細胞を可能な限り高速回転させ、二つの仮説を立てた。
一つ目は、靄の渦の回転が時間とともに早まっているが、それは、何らかの悪しき現象が惹起する前兆に違いないこと。
二つ目は、この空間から脱出する鍵は、あのいかがわしい飲み屋の女将が握っていること。そして、一刻も早く脱出しなければ、俗世間への帰還のチャンスは未来永劫失われるであろうと、桜井は直感した。
「おい牟田、お望み通り酒を飲ませてやる。但し、お前と酒を飲むのはこれが最後だ。
金輪際お前とは酒は飲まん、いいな」
桜井は、腕にしがみついている牟田に向かって言った。
「あぁ、何でも、お前のいいように、してくれていいから、とにかく飲ませてくれよ」
牟田は、すでに、プライドも何もかもかなぐり捨てていた。
桜井は、牟田を引き摺るようにして、赤提灯の飲み屋に足を踏み入れようと、店の戸口に立った。桜井は、呆気にとられた。
店の中は、特殊効果のように極度にくすんだセピア色をしている。フィルターを掛けられたように全てがぼやけて見えるのである。しかも、光源らしきはどこにも見当たらない。
店は思いの外狭く、奥行きはせいぜい一間強、間口は一間にも満たないだろう。
カウンターテーブルと壁面間のスペースが極端に狭く、“お客”が坐ると、壁面は丁度良い背凭れになる。
カウンターの中も同じように狭い。新米の大工が、ついで仕事で取り付けたような棚には、何本かの酒瓶と何枚かの中小皿、コップ数個が置いてはあるのだが、他の調度品は見当たらない、品書きの一枚もない。
女将はカウンターの内側に立ち、何がしらの酒瓶をテーブルの上に置いて、その口に両の掌を重ね乗せて待ち構えていた。女将の前のテーブルには、コップが二個と割り箸が二膳そして、小皿が二つ用意してある。
「いらっしゃいなぁ。まぁ、お座り」
と言って女将は、自分の前にある、二脚の枯れ木で作られたような椅子を指差した。
まず動いたのは牟田だった。牟田は、桜井とカウンターテーブルの間をすり抜けて通ると、奥の椅子にちょこなんと坐る。
牟田が坐ると、女将は、抱えていた何がしらの酒瓶を開けて牟田のコップに注いだ。牟田は注がれて早々に口を付け始めた。
「あぁ〜あ、ようやく、落ち着けた。女将、今日の、おすすめは、何だい?」
桜井は驚いた。この期に及んで、牟田の落ち着き払った様子は何なのか。
牟田は、慎重といえば聞こえは良いが、元来怖がりで臆病な人間である。何をするにも人に先んじて行動するタイプではない。少なくとも、桜井と二人の時は、どんな些細なことでも桜井より先に行動することは無かった。なのに、今日は……。
「そっちん人も、はよう、お座り」
意表をつかれた桜井は、渋々と、牟田の隣に坐った。
「今日のおすすめはなぁ、イモリの干物と炒りシラミじゃぁよ」
なんだと、イモリの干物、炒ったシラミだと? ふざけるな! 桜井は心中穏やかざるを堪える。
「うぉっ、そいつはおもしれえ、じゃ、そのイモリの干物とシラミをもらおうかなぁ」
対照的に、牟田は道化師のようにはしゃいでいる。
「そっちん人も、同じもんでよかかのぅ?」
「俺はいい。だいたい、そんな物が食えるか」
桜井は、無愛想に答えた。女将は何処からともなく、二品の“美味物”を牟田の前に出した。
「ほぅ、こいつはなかなかうめぇや、いける」
牟田は、イモリの干物をむしゃむしゃと頬張りながら言った。女将は、それを見て、ひくひくと嗤った。
「俺にも酒をくれないか。旨ければ何でもいい」
桜井は、催促するように言った。女将は我が意を得たりとばかりに頷くと、後ろ棚から、また別の何がしらの酒瓶を取った。栓を開けると、桜井のコップに並々と注ぐ。
「この酒は?」
と、桜井は、コップに溢れんばかりに注がれた水を見る。
「命の水じゃぁ」
女将は、そう言って、酒瓶のラベルを桜井に見せた。ラベルには確かに、これもミミズの這ったような墨字で、命の水と書かれている。
「命の水? 取って付けたような名前だな。旨い酒なんだろうな」
桜井は、疑心暗鬼になっている。
「そんじゃ、うんめ―酒じゃぁよ」 女将はひくひくと嗤いながら、酒瓶をカウンターテーブルに置いた。桜井は、女将の禍々しい腹のうちを探っていた。
「そうか……こいつを飲めば、ここから抜け出せるというわけなのか?」
桜井は、女将に問いかけた。だが、女将は異様な目をギロギロさせながら、相変わらずひくひく嗤うだけであった。
「ちっ、ばかにしやがって、なぞなぞは自分で解けということか」
桜井は、コップにさっと手を掛けた。その弾みで、酒が一しずくコップからこぼれた。桜井は、慌てて指に付いた酒のしずくをジーンズの腰元で拭き取った。
隣の席では、牟田が、炒ったシラミだというつまみを、舌鼓を打ちながら食っている。それは、透き通った蜘蛛のような巨大なシラミだった。
桜井は思わず吐きそうになったが、なにより、桜井は、牟田が悠然と喰らう様を見るにつけ、無性に腹が立った。
「お前、よく、悠長に食ってられるな。しかも、そんなものを!」
だが、牟田は、桜井を無視して飲み食いを続けているだけである。
「牟田、お前、ここに居座るつもりでいるのか? ほんとに、悠長に、構えている暇は……」
と言いながら、桜井が牟田の肩に手を掛けた時だった。桜井の手が、牟田の肩をスッと突き抜けたのである。
「なっ、なに!」
桜井は、即座に手を引っ込めた。そして、自分の手の感触を確かめながら、恐る恐る、もう一度試してみた。結果は同じだった。桜井の手は、牟田の身体を通過してしまう。まるで、実体のないホロスコープ映像に手を掛けた時のように。
「い、一体、どうなってるんだ!」
桜井は、叫んでいた。だが、牟田は桜井の存在など気に留める風も無く、相変わらず一人で黙々と飲っている。
すると、広大な地の底からとも連想させるほど威圧的に、そして強圧的に、低い呻き声が聞こえてきたのだった。
「何なんだ、今の声は」
その声の主は、いまだ遠くの彼方にあるかに思えたが、こうしている僅かな間にも、呻き声は、少しずつ、少しずつ、大きく強くなっていく。
そのことは、その闇の存在の着点が、間もないことを暗示していた。
「うっ、ふふふ、いよいよじゃのぅ。はようせなぁ、手遅れになんさなぁ。はっ、はははは……」
桜井は、うろたえていた。見えないものへの恐怖は、際限なく増大していく。桜井は、自力では脱出できないことを悟った。
「女将頼む、此処から出る方法を教えてくれ。あんた、知ってるんだろう」
桜井の声は、悲鳴に近い。
「此処ん出る方法じゃと? そんりゃ、あんたんが一番知っとん事じゃなぁ」
「俺が一番、知っている? それは、いったい……」
桜井がそう言い終えないうちに、今度は、桜井の身の回りが、ぶるぶる、ガタガタと揺れ始めた。
「今度は、何だ」
桜井は、落ち着き無く眼をきょろきょろさせ、カウンターテーブルに両手を載せて身を支えている。
「まぁ、外を見んなされ」
女将は、桜井をじろっと睨み、長く節くれ立った枯れ枝のような指を外に向けた。桜井は、誘導されるままに立ち上がり、ふらふらしながら外に出た。
「こ、これは……」
桜井は、恐然としてその場に棒立ちとなった。
天上はメラメラと燃えるように真っ赤に染まり、靄は邪悪な闇への入口の如くにどす黒く変色し、狂ったように回転している。しかも、前方の靄は、この店の軒に向かってどんどん近づいているではないか。
見れば、後方の靄も前方の靄よりかなり遅いペースではあるが、前方に向かって動いている。間もなく、この店の丁度真前辺りで、前後の靄が衝突することになるだろう。
その時に何が起こるのか、想像したくもない。
桜井は、戦場に始めて出向いた時など比べものにならない程脅えていた。
「うっふふふ」
女将は、桜井を横目で睨み薄笑いをした。
「さぁ、どうするのじゃのぅ」
地の底からの声は、ますます大きくなっている。天井は燃え、靄は強風を受けた風車のように回転し、この空間全体がゆらゆらとおどろおどろしく、陽炎のように揺れている。
「くそっ!」 桜井は、舌打ちして店の中に戻った。すると、目の前にいるはずの牟田が消えている。
いったい、牟田はどこへ消えたというのか。しかし、状況は、桜井に牟田が消えた理由を考える暇を与えない。
桜井は、カウンターに置かれた、まだ一口も付けていないコップを手に取り、口元に持っていった。その拍子に、水がコップから幾らか零れ落ちた。
桜井は、一瞬躊躇いながらも、意を決して水を一気に喉に流し込んだ。
水を飲み干した直後だった。桜井の目の前の空間が歪み始めた。この空間も自分の身体も、渦に呑み込まれようとしていたことが、手に取るように分かった。
「う、ふふふ……はっ、ははは……」
女将が、断末魔を締め括るように哄笑を始めた。
突如、桜井は目の前が真っ暗になった。桜井の全身の感覚は失われ、その身が奈落の闇の底に突き落とされたような衝撃を受けた。空間が、渦に完全に呑み込まれたのである。
桜井は、呑み込まれる寸前に、最後の抵抗をなす獲物のように絶叫した。
気が付けば、桜井は自宅のベッドにいた。
全身に、妙な違和感があった。頭から下は、自分の身体ではないようであった。
まるで、一旦全身をバラバラにされて分撒かれたパーツを、拾い集めて接がれたようなのである。
「痛っ、たたた……」
思い切って四肢を動かそうとした途端、電気ショックを受けた時のような痛みが走った。
当然、桜井は、昨夜いったい何があったのか、思い起こそうとする。しかし、牟田と一緒に飲み屋を梯子し、酔い潰れてしまったことしか記憶にない。
『いったい、どうなっちまったんだ、俺の身体は』
桜井は、手術後、麻酔から覚めた直後の患者のように身体を硬直させていた。
ところが、である。
しばらくすると、全身がむず痒くなり身体がほんのりと温もり始めたかと思うと、次第に身体の違和感が薄らいで来たのである。
しかも、その温もりが患部を治療するかのように働いたのか、数時間後にはベッドから抜け出られるほど痛みが治まったのであった。
桜井は重々しくベッドから抜け出、よたよたしながら洗面所に行くと、水道の栓を引き上げた。水が、勢いよく落ちる。桜井は落水を右手で掬い、顔面に当てた。
そのまま、鏡を覗き込む。驚いたことに、鏡に映った自分の面相は、一気に一回りも老け込んだように見える。
『いったい、昨夜、何があったんだ……』
桜井は漫然とそう思い、Tシャツの袖で顔面に付いた水を拭うとベッドに戻った。
少しうつらうつらしていると、インターフォンが神経を逆撫でするかのように鳴り響く。
桜井は、条件反射のように身体をびくつかせた。
「誰だ、こんな時に……」
桜井は起き上がり、のそのそと玄関に向かった。ぐずぐずしている間に、二度目のインターフォンが鳴る。桜井は顔を顰めた。
「やぁ」
ドアを開けると、牟田が立っていた。
「牟田か……」
牟田が訪れるとは意外だった。しかも飲んだ翌日である。飲み終わった後は三々五々、次の酒の席まで連絡を取り合ったこともなかったのである。
考えてみれば、ここ数年、互いの自宅を行き来したことはなかった。
「どういう風の吹き回しだ」
「ちょっと、話があってな」
牟田は、ニタリと愛想笑いをした。
「俺に話? ……まぁいい、入れ」
と言って、桜井は背を見せた。牟田は桜井の後を従いてリビングに行き、ソファーに座る。桜井は、そのままキッチンに入った。
「飲むか」
桜井は、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットポトルを取り出し、牟田に見せた。
「いや、いい」
牟田は返事する。桜井は、立ちながらペットボトルの栓を開けると、牟田と対峙するようにソファーに座った。
「それで、何だ、話って」
そう言うと、桜井は水をごくごくと喉に流し込む。
「話というのは、他でもない、昨夜の事だ」
牟田が言うと、桜井の顔色が変わった。牟田は、妙に落ち着き払っている。
「昨夜の、こと? やっぱり……何かあったんだな、昨夜」
桜井は、徐にペットボトルをテーブルに置いた。
「……いったい、昨夜、何があったんだ」
その表情は、怖れを表している。
「実は……お前の寿命は、あと、一年しかない」
牟田は、無感情に告知した。
「な、なに、俺の寿命が、あと一年……何を言ってるんだ、お前は」
桜井は、呆然として言葉を失った。
三
牟田は、事態の一部始終を告白した。
牟田は、自分の寿命を取り戻すため、桜井を地獄に入口に誘い込んだというのである。
地獄にも、地獄の秩序を保つために、生きた人間というエキスが必要であった。
だが、いかに地獄の外道でも、人間を生きたまま無暗に地獄に誘い込むことは出来ない。
現世と地獄の間には結界が存在し、地獄と現世両方の特性を有った亜空間質のバイパスを介さなければ、生きた人間を誘い込むことはできないのである。
そのバイパスが、『入口』であった。
其処では、命の水が施される。
身代わりが水を飲まなければ、二人とも地獄に落ちることになる。そうなれば、地獄の外道どもの餌食になりながら、永久に地獄を彷徨う運命である。
二人とも水を飲めば、連れてきた者の現世での寿命は戻り、身代わりには現世で一年だけ命が与えるのである。
一年の猶予の間に、次の“身代わり”を連れて行き、水を飲ませなければならない。
もし、身代わりを連れて行かなければ、地獄に落ちるのは自分だけである。
その地獄は、無間地獄であった。其処には、魑魅魍魎が跋扈する。
彼奴等は人間の血肉を貪り喰い、その人間は五体が喰いちぎられても、苦しみもがきながら永久に生き永らえ、血潮が雨となり腐臭が風となる、忌まわしくもおぞましい暗黒の空間であった。
誰も、地獄の生贄などにされたくない。だからこそ、必死で“身代わり”を探し出し、地獄の入口に誘い込もうとする。まさしく、人間の生への執着、あさましい本性を巧みに利用した邪悪な連鎖の罠であった。
牟田がその連鎖の罠に嵌められたのが一年前、通勤途上で大学の同窓だったという男から声を掛けられたのが始まりだった。
その男は真船と名乗った。真船は、牟田には見覚えの無い顔だったが、真船の言うことが牟田の学生時代の記憶と妙に符合したこともあり二人は意気投合し、以来酒を酌み交わすようになる。
そしてある深夜、飲んだくれた二人が、新宿のビル間の隘路にさしかかった時だった。牟田は、地獄の入口に誘い込まれてしまったのである。
牟田は、其処で水を飲み、一年の命を与えられて現世に戻された。
翌日、牟田は、真船の訪問を受ける。
真船から、事の真相と地獄に纏わる縁を告げられた牟田は、徐々に記憶が回復する中で自らが置かれている恐ろしい立場を知るのだった。
そして、牟田は、ある夜、白昼の夢の中で、自分の身代わりが学生時代以来の親友の桜井であることを知ることになる。
牟田は助かりたいがために、酒好きの桜井を何度となく飲みに誘い、地獄の入口に誘いこむことに成功する。
この時の、牟田の悪魔のような喜悦は想像に難くない。
牟田に良心の呵責がなかったわけではない。だが、牟田は迷うことなく、自分の命を最優先したのである。
牟田は語り部のように、一言一句過たず滔々と語った。
始めは半信半疑に聴いていた桜井であったが、牟田の告白が引き金になったかのように、徐々におぞましい記憶がフラッシュバックのように呼び覚まされ、桜井は自分のただならぬ立場を知るのだった。
その一方で、罪の意識などもともと無いかのように、厚顔無恥で勝ち誇ってさえ見える表情で語る牟田に怒りを感じるばかりか、吐き気さえする桜井であった。
すでに、目の前にいる牟田は別人であった。だが、これが本性を現した牟田の真の姿かも知れない。
桜井は頭を起こし、険しい表情を見せながら体を正面に直した。
「貴様、自分が助かるために、俺を嵌めたというんだな」
桜井はそう言いながら、飲み干したペットボトルを握り潰した。
「そうさ、俺はお前を嵌めた。その見返りに、俺は寿命を取り戻したんだ。
お前には、すまないとは思っている。だが、お前だって俺の立場だったらそうしたんじゃないのか」
牟田は、身勝手な言い訳をして開き直った。
「まったく、お笑い種だ。今まで、そんな奴を、親友だと思っていたんだからな」
桜井は、牟田を睨み付けた。だが、怒りはふつふつと湧き上がるばかりである。
「くそっ!」
怒りに任せて、桜井は、握り潰したペットボトルをサイドボード目掛けてぶん投げた。
ペットボトルは勢い余って何度も跳ね返り、やがて絶命したかのように動きを止めた。
「いいか、これだけは言っておく。俺は、他人を犠牲にしてまで自分が助かろうとは思わん」
桜井は、息を荒げた。
「お前は、地獄の生贄になることが、どんなに恐ろしいことか、分かっていない。だから、そんなことが言えるんだ。その恐ろしさを知れば、お前だって、犠牲など何とも思わなくなるだろう」
牟田は、悪びれずに言う。
「あまり、人を侮らないことだな。俺は、貴様のような自分勝手な臆病者とは違う。
地獄に堕ちる運命ならそれでいい、受け入れてやる。だが、お前こそ、地獄に堕ちるに相応しい人間だということを忘れないことだな」
桜井は、牟田を蔑視した。
「俺が、地獄に堕ちるに相応しい人間だと? 負け惜しみは、止すんだな。
こう見えても、俺は恩に着ているんだ。お前のおかげで、生贄にならずに済んだんだからな。だから、お前の分まで、生き延びてやろうと思っているよ」
牟田は下世話な皮肉を言いながら、目の奥で不吉に笑った。
「なんて、奴だ……」
桜井は蔑むように言い、
「……貴様は、狂っている」
と、ののしる。
「俺が、狂っているだと? ふっふふふ……」
牟田は、せせら笑う。
「貴様、何がおかしい」
桜井は大声を張り上げた。
「俺が狂っているというなら、生贄を恐れて、他人を犠牲にした人間全てが狂っていることになる」
「な、何……それは、どういうことだ」
「お前に、いい事を教えてやる」
と言うと、牟田は不敵な笑みを浮かべた。
「地獄の入口は一つだけじゃない、いくつもあるんだ。そればかりか、入口は増え続けている」
「入口が、増え続けている?」
「入口は、人間が自分の身代わりを犠牲にするたびに増えていく。つまり、入口を増やし続けているのは、他でもない、人間自身ということさ。
それら入口の一つひとつはナイヤガラの滝のように繋がり、必ず、誰かが滝壷に堕ちるように仕掛けられている。
こうしている間にも、別の入口で、犠牲者は増え続けているという趣向さ」
牟田は、まるで地獄のメッセンジャーのように言う。
桜井は、いつの間にかソファーに背中を預け、ぼんやりと天井を見上げている。不思議にも、さっきまでの燃え盛るような怒りが消えている。
その時、桜井は、昨夜の忌まわしい記憶が蘇りつつあったのである。桜井は、蘇る昨夜の記憶に意識を集中した。
薄暗いパノラマのような空間、いかがわしい飲み屋、薄気味の悪い女将、ブラックホールのような渦、水を手にとっている自分の姿、地の底から聞こえる正体不明の呻き声、未だ断片的で連続して繋がらないのだが、少しずつ、昨夜のことを思い出しつつあった。
その度に、底知れない恐怖が押し寄せてくる。桜井は、眩暈に襲われた。
「誰も逃げられない、そういうことなんだな」
「あぁ、逃げられはしない。それに、お前一人が犠牲になったところで、この連鎖は止められはしないんだ。無駄なことは止めるんだな」
「なんという、ことだ……」
桜井は、天井を見上げながら続けた。
「……話というのは、それだけか」
「もう一つ、ある」
牟田は、桜井に、最後の申し送りをしなければならない。
「だったら、早く言うんだな」
力なくそう言う桜井の目は、虚ろであった。
「お前は、まもなく自分の身代わりが誰かを知ることになる。身代わりをどうするかは
お前の自由にするがいい」
「自由にする? 何を言いやがる。言っただろう、俺は、他人を犠牲にするようなことはしない。自分の始末は自分で付けるとな」
桜井は、顔を正面に、牟田をまっすぐに睨み付ける。
「あぁ、そうだろうな。だが、お前が入口にいざなわれた時、運命には決して逆らえない、このことを知っておくことだな」
牟田はにやりとした。
「入口にいざなわれる? 運命に逆らえない? どういうことだ、いったい」
桜井は、背もたれから上半身を起こした。
「望もうが望むまいがお前は入口に導かれ、そこで、必ず水を飲むことになる、そういうことだよ」
「俺が、必ず水を飲むだと? ばかな、そんなことがあるもんか。俺は、飲まんと言っているだろう」
「まぁ、その場になってみれば分かるさ。お前は、連鎖の罠の本当の恐ろしさを知ることになるだろうよ」
「なに、連鎖の罠の本当の恐ろしさだと?」
「そうさ、だが、俺の口からはそれ以上は言えない」
牟田は、ふてぶてしく言い返した。
「ちっ、言うだけ言って、それで終わりというのか。この、下劣な人でなしめ」
桜井は、そう言うと、すっくと立ち上がり背を向けた。
「いや、これ以上言うと、また俺も危なくなるんでな。安心しろ、そのうち嫌でもわかる時が来る」
牟田は、陰湿に嗤った。
「貴様って奴は……もう、言うことがないんなら、早く帰れ。お前の顔など、見たくもない」
と、吐き捨てるように言う。
「あぁ、そのつもりだよ」
牟田はゆっくりと立ち上がり、無感情に続ける。
「最後に、忠告だけはしておく。
下手な正義感など無意味だし、運命に逆らおうとしても無駄なことだ。流れに、おとなしく身を任せることだ。そうすれば、少なくとも地獄の生贄にはならずに済むからな」
「もういいと言ってるだろ、早く出て行け」
桜井は、牟田自身を拒絶した。牟田は、あの不敵な笑みを浮かべて、桜井の部屋を出て行った。
「お前とも、今日限りだ。この、くそ野郎が」
桜井は、牟田の遠くなる足音を聞きながら毒づいた。桜井に残ったのは、暗く空虚な心だけであった。
三日後、桜井は、幾度とも知れない程となった中東の戦地に赴いた。
戦地での小刻みの仮眠の中で、封じ込められていた記憶が加速されて蘇っていく。
それらが連続的に繋がれていき、全貌が明らかになってくる。そのたびに、桜井の恐怖はエスカレートしていくのだった。
桜井は自分に降りかかったことは、自分で始末をつけるつもりであった。
しかし、刻一刻と最後の時が近づくに連れ、知らず知らずのうちに、醜態を曝け出してでも生き永らえようとする心に傾斜していく自分に、唖然とした。
桜井は、人間の浅ましさを自らを通じて見せ付けられ、この上なく嫌悪するのだった。
戦地で、一週間が過ぎた頃であった。体調が優れず、気分が塞ぎこんでいた。
桜井は、白昼夢を見た。
夢の中では、今までの人生が走馬灯のように映し出されていた。
どの場面でも、恋人の久住絵里が微笑を浮かべ、桜井の傍らに寄り添っていた。
その笑顔は、戦地に赴く前日に会った折、彼女が見せた愛おしい微笑、そのものだった。
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