βFile.III「有給休暇」
〜西方基地〜
「有給バンザーイ!」基地の隊長室に甲高い声が響き渡る。
「普段、ろくすっぽ仕事してねえ奴の言うセリフじゃねえな………」そんな声に律義にツッコミを入れるエドワード。声には呆れがふんだんに込められており、対するエーリンはムッとした表情を作る。
「うっさい。必要最低限の仕事はしてるわ」エーリンは拗ねたように顔を背ける。
「最低限、な。さすがに落としたらマズイな、って仕事しかしねえじゃねえか」エドワードはかったるさを隠しもせずに言う。
普通ならクビになってもおかしくないエーリンであるが、その仕事の正確さと戦いの腕から、西方基地隊長を任ぜられ続けていた。
「固い事言いっこなしさ。とりあえずアタイのお陰で西方基地は機能してるんだからさ」
「兵の仕事と労力に支えられてな」エーリンの言葉に冷たくツッコミを入れるエドワード。
「な、何さ? 今日は珍しくツッコミに回ってるけど」エーリンはやや引き気味に聞く。普段のエドワードはボケでもツッコミでもない。
「………俺がツッコミ入れなきゃ誰がお前のアホ加減を窘めるんだよ」
国王から龍討伐の任務を受けたと同時に、任務開始まで一週間の休みをもらったエドワードとエーリンは西方基地でのんびりしていた。
「全く、アンタは昔っからそうなんだよ」エーリンは腕を組みながら言う。
「お前も昔からそうだからな」対するエドワードは言葉にできる限りの皮肉を込めて言い放つ。
「何? アタイが昔からどうしようもないバカで人に迷惑ばっかかけて、そんなアタイにいちいちツッコミ入れてるんだから昔からエドワードが変わらないのは仕方ない、とでも言いたいの!?」落ち着いたエドワードを勢いで押し切ろうと体ごと迫るエーリン。
「あぁ。まさにその通りだ」エドワードの方は全く動じずに返す。
その淡泊な返答にエーリンは一瞬何と攻めるべきか言葉を失う。
「つまりは、お前がおしとやかなら俺は問題無くツッコミの立場を引退できる訳だ」
エドワードは容赦無くトドメの一撃を叩き込む。
「………うぅ、エドひどい」エーリンはエドワードに背を向け、手を目に当てる。
「今更泣きまねなんて通じねえよ」エドワードは手をヒラヒラふって告げる。エドワードとエーリンの漫才では付き物のやりとりであった。
そうして、彼らは休息の時を消費していった。
〜王国西方都市・ベルギウス〜
古くなったマントの新調と靴の修繕のために、王国最西端の都市、ベルギウスを尋ねて来たエドワードとエーリン。ちなみに、エーリンは消耗品の補給のためについでに来ただけである。しかし………
「おっちゃ〜ん! 焼きもろこし一つ!」
「はいよっ。………って隊長じゃねえか。また食べ歩きかい?」
「いやいや、今日は買い物に付き合ってるだけだよ。あぁ、タコ焼きも追加で!」
これはあくまでとあるワンシーンの抜粋である。この街に来た事で一番楽しんでいるのはエドワードではなく、ましてや他の誰でもなく、エーリンなのであった。
「………お前、俺のお供だってマジで理解してるのか?」エドワードは両手に山のような食べ物を抱えるエーリンを眺めながら言う。
「うん。アタイはここに来る度にこういう事してるから気にせんでいいよ」エーリンのあっけらかんな返答に頭を抱えるエドワード。
「………もう何でもいいか」エドワードはエーリンの腕の中からリンゴを抜き取りかじった。
街の食べ物全てを食べ尽くそうと画策している(ような勢いで食べる)エーリンと一旦別れたエドワードは衣服店で新たな漆黒のマントを買った。
そして、靴の綻びを塞ぐために靴屋に向かうのであった。
「エーリンの多食らいは相変わらず、か」エドワードは通りを眺める。エーリンが通った道に並ぶ店の店員は確実にニコニコしている。それだけ人徳があるのである。
「しかし、あの活気だけでここまで人気が出るか?」エドワードは静かに呟く。エーリンは昔から変わらずにテンションが高いのが売りである事をエドワードは知っていた。
だが、些か腑に落ちない点があった。いくら明るい人間はいえ、今のエーリン程の人気はでないであろうところである。まだ、何かの要素があるはずだと考える。
「だとしたら、何がエーリンの人気を高めてるのか………」
「引ったくりだ〜っ!!」エドワードの思考を裂く大声が突然上がる。エドワードが声のした方を見ると、グラサンにマスクという変態丸出しながたいのいい男が茶色いバッグを抱えて猛ダッシュしていた。
「バカだな。今どき引ったくりなんて袋叩きに合うだけなのにな」エドワードは背中の槍を手にとると一歩踏み出す。
「ん?」しかし、二歩目は出なかった。引ったくり犯がダッシュする方向は皆が避けているため開けている。そんな中にエーリンが一人、ポツンと立っていた。それを眼の端に捉えたエドワードは足を止めていた。
「どけぇ!! 女ァ!!」マスクを通し、曇った罵声が上げられる。
しかし、エーリンはどかなかった。それどころか、引ったくり犯に向かって走り出した。
「しゃらくせえ!!」引ったくり犯はエーリンを吹っ飛ばそうと腕を振り上げる。
「うっさいよ、バカ」対するエーリンはそう言い放つと、腰を軽く落とし構える。
バキィィ!!
次の瞬間、男が吹っ飛び、エーリンが着地する。間合いに入った瞬間、ドラゴンサマーソルトを男の下顎に叩き込んでいた。
「ハアッ!!」着地と同時に跳び上がると腰から武器を取り、構える。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
エーリンの手に握られた小振りの双銃が火を噴く。俯せに倒れる男の顔の真横、左右に三発ずつ、それぞれスレスレの位置に弾丸を放っていた。
「アタイの眼が黒い内には西方じゃ犯罪なんか起こさせないよ」男の真正面に立ちながら言い放つ。男は完全に失神していた。もっとも、エーリンのどの攻撃で気を失ったのかは分からないが。
「………なるほどな」エドワードは納得していた。
エーリンの正義感の強さは昔から半端ではなかった。この戦争に参加しているのも、エーリンの周りにいる人間を守るため、と言っていたのをエドワードは思い出していた。
「あんだけの事してりゃ、一般人には好かれるだろうな」エドワードは小さく笑みを浮かべた。まっとうに生きている人間には好かれ、闇に塗れる人間には疎まれる。
「エーリンらしいな」
「エドー! こいつ、連行すんの手伝って!」いつからエドワードに気付いていたのか、大声で呼ぶエーリン。どこから出したのか、男はロープで縛られていた。
「しゃあねえな」エドワードはグングニルを背負い直すと、エーリンの下に向かう。
「どこに連行したらいい?」エーリンはロープを片手で握りながら尋ねる。
「お前な、自分が西方基地の隊長だって知ってて聞いてんのか?」エドワードは溜め息混じりに聞き返した。各基地はその周辺の事全般を請け負っている。それは、無論犯罪に関しても然りであった。
「だって面倒だし」
「どうせお前は何の仕事もしねえだろ。つーか、お前が仕事してるの見た事ねえぞ」エーリンの反論、もといわがままを弾き返すエドワード。
エドワードは一枚の魔術カードを取り出すと、魔力を展開する。
「今日はもう帰るぞ。エアーのカードで転送してやるから」エドワードはエーリンの手からロープをとると詠唱を始めた。
“空よ、我が存在をその流れに委ね転移させよ!”
「仕様がないか。エド相手に口で敵うはずないし」エーリンはやれやれと肩を竦める。
「飛ぶぞ………エアー!」エドワードはエーリンに対するツッコミを全て我慢し、一陣の風を呼び起こす。
【空】
次の瞬間にはベルギウスからエドワードとエーリン、引ったくり犯の姿は消え去っていた。ちなみに、エドワードが靴の修繕を忘れていた事を思い出したのは男を牢に繋いで隊長室に戻った後の事だった。
βFile.III「有給休暇」
著者:ユナ・アサクラ |