αFile.III「模擬戦闘」
〜皇国軍・一般寮〜
医務室の薬の匂いから解放されたレイ・クランドリオンは、寮の自分のベッドに寝転がっていた。もともと、魔力の莫大消費により入院していたため、目覚めてすぐに帰る事ができた。
「………ねえ、レヴィ」レイは自らの剣を愛称で呼ぶ。レーヴァテインの名前が長いという事で付けた名であった。
「なんだー?」気の抜けたような返事が返ってくる。レーヴァテインはレーヴァテインでレイが眠っていた間は相当暇だった訳であり、やる気がそげ落ちていた。
「僕の魔力って、皇帝とかツカサ将軍が言う程強いもんなの? パティはそんな感じじゃなかったけど」医務室での会話を思い出しながら尋ねる。
「………あぁ、そうだ。じゃなけりゃ、俺にかけられた封印を解いて契約なんかできしねぇ」レーヴァテインは素直に答える。しかし、些か口調が重くなっている。
「なんで、今まで黙ってたの?」レイは率直に疑問を口にする。
「………お前がそれだけの力を持ってるって知られたら間違いなく利用されるからな。俺の存在込みで」苦々しげに呟くレーヴァテイン。と言っても、顔がある訳ではなく、声に表れているだけだ。
「まぁ、そうかもだけどさ」レイは静かに頷いた。レーヴァテインが自らを心配してくれるのに嬉しさを感じていた。
「最初に言っただろ。『力に溺れるな、自分を常に見続けろ』って」レーヴァテインはレイと契約した時を思い出しながら言う。
〜二ヶ月前〜
「俺は封印の魔剣・レーヴァテイン。よろしくな、レイ」契約を終え、改めて挨拶するレーヴァテイン。
「………………………」レイは手に持つ質素な剣を眺める。柄から長い絹が伸びているだけで何の変哲も無い片手剣だった。
「ん? どうした?」レイは何の返答も返さない。
「………えっと、それがレーヴァテインの素なの?」
「どうゆうこっちゃ?」レイの言葉が理解できないレーヴァテイン。
「いや、だからさ、さっきの契約の時と大分感じがたがうな、って」レイは小さく言う。レイとしては『封印の魔剣』なんて仰々しい名前のついた剣であるため、もっと堅苦しいのかと思っていた
「あぁ、ありゃあただの形式的な台詞だ。元々、俺は堅苦しいの苦手だしな」
「………………………」
あまりに軽いレーヴァテインの言葉に些か気が抜ける。契約の詞はまるで、天攘から響く神の声の如き威厳をもっていた。
「………だけどな」唐突にレーヴァテインが言葉を発する。
「………?」レイは何となく背筋を伸ばす。今の言葉は今までと違い、重みが込められていた。
「………レイ、お前は力を手に入れた。だけどな、力に溺れるな。自分を常に見続けろ」
「………うん」レイは静かに頷いた。その眼には確かな光が宿っていた。
〜二ヶ月後(現在)〜
「うん、そんな事、確かに言われたね」レイも二ヶ月前の記憶を掘り起こしながら肯首する。
「いつかはこうなるって分かってたさ。だが、俺はお前が戦争とはいえ、殺人のために利用されるのが嫌なんだ」レーヴァテインは重々しく呟く。そこには嘘も偽りも無い事をレイは感じていた。
「………ありがとね、レーヴァテイン。心配してくれて」レイは自然にその言葉を使っていた。
「………お前のジイさんにもそう言われたな」レーヴァテインは懐かしそうに呟いた。
「えっ? 僕のジイちゃんに?」
「あぁ、ルーファウスにこんな感じの話をした時も言われたな」レイの驚いたような言葉を肯定する。
「まあ、相棒の事を気にかけるのは当然だ。気にすんな」レーヴァテインはぶっきらぼうに言う。
レイが何と返そうか考えていると部屋の戸が叩かれる。ノックの音が部屋の中に響き渡った。
「開いてますよ〜」レイはレーヴァテインを置いて扉を見つめる。
「お兄ちゃん………今、暇?」扉が開かれパトリシアが入ってくる。
「パティ、どうしたの?」レイはベッドから降りる。
「あ、別に私に用があるんじゃなくて、ツカサさんがお兄ちゃんの事呼んで来てって頼まれただけだから」パティは付け加えるように言った。
「ツカサさんが? ありがと、パティ」レイはレーヴァテインを鞘に納めて背中に吊す。
「戦技訓練所で待ってるらしいわ」パトリシアは机へ手を伸ばすレイに言う。
「うん。分かったよ」レイは使う事ができる魔術カードを腰のカードケースにしまい、扉に向かう。いかなる時、誰に呼ばれた場合であろうと、装備を整えるのは常識であった。
「お兄ちゃん………気をつけてよ」パトリシアはすれ違い際にそう告げた。
〜戦技訓練所〜
レイが戦技訓練所に着いた時には、ツカサは既にそこで待っていた。呼び出したのはツカサなのであるから当然と言えば当然である。
「ツカサさん、お待たせしました」レイは頭を下げながら訓練所に入る。
「やあ、レイ君。呼び出したりしてすまないね」ツカサは優しく微笑みレイに向き合った。
ツカサの横では刀身十センチほどの大剣が深々と床に突き刺さっていた。レイは、ツカサが凄腕の大剣使いだと思い出していた。
「それで、僕に用って何でしょうか?」レイは微笑みを崩さないツカサに尋ねる。
「父上………つまり皇帝と君のお祖父さん、ルーファウスさんに頼まれたんだ」ツカサは優しい口調でレイに言う。
「君を………育て上げ、強さを身につけるように、ね」
一瞬、かなりの量の思考がレイの頭を支配した。まず、ツカサが皇帝の息子である事を思い出した。次に、ルーファウスが皇帝やツカサの友人だと言っていた事が頭を過ぎった。そして、自分を鍛えるとはどういう事なのか、と考えが至った。
「えっ………?」ようやく搾り出した言葉はそれだった。
「簡単に言うなら、私が君の戦技教官を担当するって事だよ」
レイは訳が分からなかった。レイ自身の魔術師ランクはBB+であり、まだAランクですらない。そんな自分に何故SS+のツカサを戦技教官としてつけるのか。
「で、ですが! 僕はまだAランクにも満たない中級魔術師です!」
「言ったろう。君はオーバーSほどの能力、実力を持っていると。でなければエドワード・ヴァレンタインの精霊魔術を跳ね返すなんて不可能なんだから」レイの反論を全く受け付けないツカサ。
「それは………きっと何かの間違いです」レイは驚きと混乱から弱々しく呟く。
「………なら、試してみるかい?」
「えっ?」ツカサの言葉がまた一瞬理解できなかった。
「私が君と手合わせする。ただし、本気でだよ。レイ君が一撃でも私に通す事ができたら君は本物だ」ツカサは大剣に手をかけながら言う。その目には嘘も冗談も無かった。
「………分かりました」レイは、ツカサが始めからそのつもりだった事に気付いていた。わざわざ戦技訓練所に呼び出した理由がそれであると。
「君が勝ったら訓練を受けてもらうよ。負けたら好きにしていい。レーヴァテイン、君は口出し無用だよ」ツカサは大剣を引き抜きながら言った。レイが力を抜く可能性など微塵も無いと考えているようだった。
「あぁ。俺もレイも本気で行くさ」レイの手の中でレーヴァテインが告げる。
「じゃあ………開始!」ツカサは大剣を引きずるように構える。
「行くよ、レヴィ!」レイは軽くレーヴァテインを握る。
「はぁっ!」レイは軽い構えでツカサに切り掛かる。鋭い横薙ぎの剣戟はいともたやすくツカサに止められる。
“雷よ、その輝ける刃を轟かせよ!”
腰からカードを一枚引き抜き、高速で詠唱する。その隙にツカサはレイから間合いをとる。
「薙ぎ払え、サンダー!」レイの声と共にカードを通った魔力は轟く雷鳴へと姿を変える。
【雷】
眩ゆい閃光が走り、高電圧の塊が一瞬でツカサに迫る。
「………はっ!」ツカサは体重を巧みに移動させ、大剣を薙ぐ。運動エネルギーを秘めた大剣は稲妻にぶつかると一瞬で霧散させた。
「えっ!?」レイは驚いて間合いを確保する。何の反応もなく、魔術を一瞬で消し去ったのに驚きを隠せなかった。
「今度は、こっちから行くよ」ツカサは懐からカードを取り出す。
“樹よ、汝の身体を戒めの鎖とせよ!”
「捕らえよ、ウッド!」ツカサの魔術が発動し、展開していた魔力が変換される。
【樹】
おおい茂る頑丈な蔦があらわれ、レイを縛り上げようと一瞬で迫る。
『剣だと斬る前に搦め捕られるな』レイは自然に的確な判断をしてカードを引き抜く。
゛炎よ、汝の姿はわが心。我が前に紅蓮の広がりを呼び起こせ!゛
レイは声を出さずに心中で詠唱する。すなわち詠唱無用の『無声詠唱』である。
「いけっ、ファイア!」
【炎】
刹那、レーヴァテインを媒介に紅蓮の魔術を発動させる。カードから広がった業火が蔦に絡み付き、一瞬で消し炭に変化させる。
「四属性魔術を無声詠唱!?」ツカサは驚愕を隠し切れなかった。そして確信した。レイの力が本物であると。
「はぁ!」レイはレーヴァテインを深く構えるとカードを二枚添える。
「二重魔術!!」魔力を展開し、レーヴァテインで誘導して魔術を発動させる。
“水よ、我が心の煌きと共に、精霊の名の下に、生命の清流を溢れ出させ………””
莫大な魔力が展開されカードを通り変換されていく。
「まずい、ね。レイ君本気だ」ツカサは軽く微笑むとカードを構える。
「二重魔術………」
“炎よ、その輝きは精霊サラマンダーの御下にあり。神の如きその輝きをもって、森羅万象を焼き尽くせ!”
“その清き流れで万物を葬り去れ!”
ありえないほどの力を秘めた二つの詠唱がこだまする。レイが先に詠んでいた分に追い付くため、ツカサは失敗のリスクを負いつつも早口で詠唱した。
「砕いて! ウェンディーヌ・スプラッシュ!!」
「燃えろ! サラマンドラ・ブレイズ!!」
【精霊水】
【精霊炎】
二つの精霊魔術が真っ向からぶつかり合う。陰の性質を持ったレイの水、陽の性質を持ったツカサの炎。二つは力が均衡であったため、互いに中和し魔力相殺を引き起こした。
「うわっ!」
「くっ!」
二人は踏ん張りながら、相殺の際に生じた衝撃波を受け流す。相殺した魔術の規模が半端ではなかったため、発生した衝撃波も相当な力を持っていた。
「これが………魔力相殺」レイは静かに呟く。ランクの低いレイは白兵戦などほとんどしておらず、今まで魔術をぶつけ合う事など全くなかった。故に魔力相殺を見るのはこれが始めてだった。
「さあ、どんどん行くよ」ツカサは大剣を構えると微笑む。
「くっ! 出せる力は、全部出す!」レイはレーヴァテインを握り直すと、ツカサに切り掛かった。
αFileIII「模擬戦闘」
著者:ユナ・アサクラ |