αFile.I「遭遇した強敵」
その日は快晴であった。彼の上官が言うには、風向きも良く絶好の交戦日和らしい。
「魔術戦争に良い日も悪い日もないと思うけどね」彼は誰に言うでもなく独り言を言う。小声で呟いたため彼の周りにいる仲間は当然の如く彼には気を回さない。ただ一人、いや、ただ一振を除いては。
「そうは言ってもな。天候は戦況に大きく影響するぞ」
「僕はまだランクAにもなってないんだから、そんなの分からないよ」彼は、手に持つ剣から発っせられる言葉に言い返す。
「そこまで腕を磨くんだな」
「………遠距離班!! 一気に攻めるわよ! 属性魔術用意!」
剣の言葉が終わったのと同時に、凛とした声で軍に指示が出される。彼の聞き慣れたその声は、戦場では上司のそれに違いなく、彼も気を引き締める。
「おい、お前は行かなくて良いのか?」
「僕は二列目。一発目が撃たれたら僕の番だよ」
軍の前線に強力な歴戦の強者達が集まっていくのを眺めながら囁き交わす。様々な順境、逆境を切り抜けて来た|AAA《トリプルA》の魔術師達が一斉に構える。そこに渦巻く流れは一般兵にですら感じ取れるほどの強力なものである。仮にも魔術師である彼はその力を最大限に感じており、知らずにして戦慄を感じていた。
「レイ、伏せてろ。さすがにこの規模じゃ衝撃も半端ないだろ」
不意に発せられた剣の言葉に軽く頷くレイと呼ばれた青年。
「………!? レヴィ………この感じ………」
「あぁ、間違いない。王国軍にオーバーS………いや、S+は超えてる。まずいな………」
レイの言葉に肯定の返事をするレヴィと呼ばれた剣。先程までの落ち着いた様子とは打って変わり、些か危惧を感じさせる口調となっている。
「パティ! パティ!」レイが軍の先頭に向かって声をかける。そこには軽い鎧を纏い前を見通す少女が立っていた。その少女は振り返ると凛とした言葉を返す。
「ここでは『グランドリオン指揮官』と呼ぶ事になっているはずよ。レイ・グランドリオン君」
その少女はまだ幼さの残る外見とは違い、非常に大人びた態度で応えた。
「そんな事言ってる場合じゃないよ。王国軍にオーバーSの魔術師が転送して来たんだ!」
「オーバーS? ………私は感じないわよ」 レイの言葉に首を傾げるパティと呼ばれた少女。彼女の周囲の魔術師も頷いている。
「間違いないって! 僕もレーヴァテインも感じてるんだよ!」
「大丈夫よ。オーバーSだろうと属性魔術の集中発動には勝てないわ」
レイの警告を軽く流すパティ。レイは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「総員………詠唱!」
膨大な数の言葉が次々と紡がれ、一種の喧騒となる。意味の分からない者がその言葉を聞いてもそれはただのざわめきに過ぎないが、意味の分かる者が、すなわち魔術師が聞いたのならばこれから起こる事に冷や汗をかかざるを得ないだろう。
「………レイ! まずい! シールドだ!!」突如、剣が声を上げる。
「シールド? まさかこれだけの属性魔術をそれだけで防ぐ気?」
「そのまさかだ。他のカードは使われてない」
レイの言葉に肯定する剣。普通ならばありえないその事態に恐怖までも感じるレイ。
「解き放て!」
パティの声が響き渡り、軍全体に伝わる。それは紛れも無く破壊の前兆に他ならないため、ほとんどの人間が一斉に後方まで退く。
次の瞬間、凝縮された力が見えざる存在から見え得る存在に変換された。具現化された幻想が風、火、水、地、すなわち四大元素へと姿を変えて放たれた。
「もらったわよ!」パティが衝撃を耐えながら前方を見据え、聞こえてくるであろう爆音を待つ。
一秒、期待の眼差しで見つめている。
二秒、立ち上るであろう業火を待ち構える。
三秒、少し長い間に眉を潜める。
四秒、長すぎる間に不安を隠せなくなる。
そして五秒、現れた力に驚愕する。
「ちょっ、な、何なの? なんで何も起こらないの? それにこの魔力………」
「間違いなく精霊魔術だな」
パティの言葉を引き継ぐレーヴァテイン。パティ、レーヴァテイン、そして、剣を握りしめるレイの全員が前方から発せられる強大な力を感じとる。まず口を開いたのはレイだった。
「………パティ、エアーのカード使ってできるだけ大人数で逃げて」
「えっ?」
「早く逃げて! 僕が負けても大丈夫なように!」
レイがレーヴァテインを構えて腰に右手を当てる。
「何をする気だ、レイ?」
「………サラマンドラ・ブレイズで対抗する」
「なっ!? レイ、正気なの?」
レイの返答に目を見開くパティ。この世界の常識から考えればそれは確かに正気の沙汰とは思えない。
「………行くぞ、レイ」
しかし、物事には確実に例外が存在する。この場合、例外はレイ、そしてレーヴァテインである。
「頼んだよ、パティ」
そう言い残して走り出す。彼自身が良かれと思う事を成し遂げるために。
「いくよ、レヴィ!」
「いつでもいいぞ」
軍部の最前線まで走り、前方を見据える。渦巻く力はまだ変換されてはいなかった。しかし、それも時間の問題である。
「レイ、時間が無い。もう始めるぞ」
「うん! 一気に行くよ!!」
少ない言葉で意思を疎通させている。一を聞いて十を知る、とはこの事である。
「二重魔術!!」
“炎よ、我が心の輝きと共に、精霊の名の下に、紅蓮の奔流を呼び起こし………”
レイは眼を閉じ、レーヴァテインの刀身に一枚の紙片を当てる。口から紡ぎ出される言葉は普段のそれとは異なっていた。
「レイ! 来るぞ!!」
膨大な力の解放を感じとったレーヴァテインがレイに忠告する。しかし、実際その必要が無い事はレイもレーヴァテインも承知していた。レイもその発動を確かに感じていたのだから。
“我が前に立つ存在を灼熱の劫火にて薙ぎ払え!”
「行くよ! ………サラマンドラ・ブレイズ!!」
【精霊炎】
その言葉は地獄の業火を呼び出す呪文にして、同時に清らかな聖火を生み出す詠唱であった。解放された力は紅蓮の劫火であり、破壊の爆発。
灼熱の爆炎を携え、無を導くその力は、詠唱通りに精霊の御名のもとにレイの力を糧に成長し、カードの呪縛から解き放たれる。
「こりゃあ………マズイ! ノーマ・アースクエイクだ!」
レーヴァテインが苦しげな声を上げる。向かい来る強大な力を正確に感じ取り、危機感を胸の中に生まれさせる。
「ノーム………地属性か」自らの放った火炎を見守るレイの目にも映った。大地からほとばしる、怒涛の如き岩石の噴出を。
「つ、強すぎるよ!」
「レイ、逃げるぞ!!」
自らの業火の勝つ見込みが零であると判断したレイとレーヴァテインは一瞬で逃げを選択する。
“空よ、………”
「ダメだ! 間に合わない!!」レイの詠唱を遮ってレーヴァテインの悲鳴が響き渡る。
しかし、その悲鳴すらも眩ゆい光に飲み込まれた………
αFile・No1「遭遇した強敵」
著者:ユナ・アサクラ |