第4話:Cafe JB's
う、嘘でしょぉ……。
授業が終わって、皆がちらほらと帰り始めた教室で、私は机に顎を乗せてダラ〜っと腕を投げ出した。
「あ、あはは……で、でも、私は頬月さん達がクラス委員でよかったと思うよ」
「ほらほら、決まっちゃったもんは仕方ないんだから、いつまでも拗ねてんじゃないわよ」
そんなの、自分が関係ないから言えるんだよぅっ!!
「いいじゃないの、素敵なユニット名までつけてもらっちゃって」
「ゆ、ユニット名って……だいたいっ、私の名前はエミじゃなぁいっ!」
私と美樹ちゃんがそんなやり取りをしていると、真嶋さんは何かを言いたそうに口をうゎうゎ動かしている。
……どーしたの、真嶋さん?
「あ、あの……ちょっと聞いてもいいかな?」
真嶋さんは、会話に割り込んだことにだろうか、申し訳なさそうに話しかけてきた。
私と美樹ちゃんは、なぁに? と言って続きを促す。
「ずっと気になってるんだけど……なんで頬月さんって森本さんに”エミ”って呼ばれてるのかなぁって……」
そ、そっかぁ、そりゃ気になるよねぇ……。
……まぁ、恥ずかしいけど隠すのもなんだし、と思って私が言葉を発するより先に、美樹ちゃんが話し始める。
その顔はノリノリで、輝いているようにすら感じる。
一言でいうなら、待ってましたっ!! という表情だ。
「それはね、中学1年の頃の話なんだけど……」
美樹ちゃんが話した内容は、簡潔に言うとこうだ。
中学1年生の時なんだけど……とある日の英語の授業、その日はワークの宿題が出ててね?
答え合わせの時、運よく……今となっては悪くだけど、読みの問題で当てられて……。
その問題は”SMILE”だったんだ。
そこまで言えば、なんとなく予想がつくと思うんだけど、私はその時答えちゃったわけ。
――はいっ! すみれですっ!
「ってわけなのよっ!」
言い終えて、美樹ちゃんは満足そうにふぅっ!! と息を吐いた。いやぁ、いい仕事したぁっ!! とでも言いそうな顔だ。
「そ、それはっ!! あれだよ、神様の悪戯ってやつっ!!」
「いや、あれは神様の悪戯っていうか、完全にあんたのおちゃめよね?」
……うぅ。
話を聞き終えた真嶋さんはというと……
「そーだったんだぁ。スマイルですみれかぁ……良いあだ名だねっ♪」
そう言ってほにゃらかに笑った。これこそまさに、”スマイル”って感じだよねっ!!
ガシっ!!
「……あずちゃんっ!!」
「あんた、急に馴れ馴れしいわね。でもま、堅苦しいのも嫌だし、私もあずって呼んでいい?」
私は、思わず真嶋さん……もとい、あずちゃんの手を取っていた。
だってだってっ! 笑われなかったの久しぶりだったんだもんっ!!
私と美樹ちゃんが言った事に、あずちゃんは、うんっ! と答えて再びほにゃらかに笑う。
んーっ! 癒されるなぁっ!
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どうせだから、学校周辺を散策しようっ! という美樹ちゃんの提案によって、今、私たちは学校を出てその周辺を歩いている。
学校から駅に向かう大きい道を、一本ずれて歩くと、そこには小さなアーケードがあって、小さな雑貨屋や、飲食店等が軒を連ねていた。
軒並みに沿って歩いていると、昔ながらの佇まいの建物が立ち並ぶ中、比較的新しい、綺麗な喫茶店が一つ。
私は何故かこの喫茶店が気になって、足を止めた。
「何? おいしいものでも見つけた?」
私が止まったのに気づいた美樹ちゃんが、からかう様な口調で話しかけてくる。
失礼なっ!! 私はそんなに食いしん坊じゃないやいっ!!
「えっと……"Cafe JB's"?」
あずちゃんが店名を読み上げると、やっぱり食べ物じゃないのっ! と、美樹ちゃんは言った。ち、違うって!! 偶然ですっ! 偶然っ!!
「ま、いいか。ちょうど喉も渇いてきたことだし、入ってみよっか?」
美樹ちゃんがやれやれ……と言いながら、JB'sを指差す。
あずちゃんもそれに同意して、入り口のほうに足を向けた。
……あっ!! ち、ちょっと待ってよぅっ!!
カランカラン
中に入ると、まずコーヒーの香ばしい匂いと、シナモンの甘い匂いが鼻をくすぐった。
床は黒く塗装された板張りで、その板一枚一枚に赤い鉄枠が打ち付けられている。
「いらっしゃい。おや、学生さんとは珍しいな」
奥のほうから、店長と思われる人物が現れ、私たちに声を掛けた。
その人は、ロマンスグレーの髪を後ろへ流し、口には髭を蓄えている。白いシャツにスーツベスト、そして、赤い蝶ネクタイが印象的な、いわゆる、
”ダンディなおじ様”、と言った風貌だった。
金色のネームプレートが胸に光っていて、そこには”MASTER Joichiro BABA”と書かれている。
……ばばじょういちろう……あーっ!! だからJB'sねっ!
私が、そんなことに気づいてちょっとした優越感に浸っていると、あずちゃんはちょっと落ち着かない様子だ。
「ね、ねぇエミちゃん、美樹ちゃん……今、学生が来るのが珍しいって言ったけど……? すっごく高かったりするのかな?」
あずちゃんがそう言うと、私も急に不安になる。
い、今私そんなにお金ないよぉ……。
「ははは、お金の事は心配することないさ。普通の喫茶店となんら変わりはないからね」
店長さんに私が考えていたことが当てられ、ビックリした私は、美樹ちゃんのほうを見た。
美樹ちゃんは、ジェスチャーで口にチャックをする。
……も、漏れてたのね……。
席に通されて、美樹ちゃんはカプチーノ、あずちゃんはローズティーを注文した。
「じゃあ私は……カルボナーラとオレンジジュースっ!!」
私が注文すると、美樹ちゃんは呆れ顔で、あずちゃんは驚いた様な顔で私を見る。え? 何っ?!
「あんた、昼食べたばっかりでよくそんなに食べれるわね」
「エミちゃん……見た感じお弁当も相当な量だったけど……大丈夫?」
えっ! だってさっき食べたの12時半くらいでしょっ?? もう2時間は経ってるしっ!!
……ち、違うもんっ! 食いしん坊じゃないもんっ!!
そんな2人から視線を外して、私は店内を眺めた。
改めて見ると、壁のあちらこちらにレコードが飾られていて……
ふと、店内のBGMに耳を傾ける。それは重低音が聞いた音楽で、ギターの音、ベースの音が心地よく跳ねている。
……なんか、気持ちのいい音楽だな、心に響く感じ。
「おや、お嬢さん、この音楽が気に入ったかね?」
お、おおぅ。
突然の声に驚いて顔を上げると、そこには料理を運んできた店長が立っていた。
「店長っ!!」
「僕のことは店長じゃなくてマスターって呼んでくれると嬉しいな」
そう言って、マスターはウインクをする。ウインクが様になる日本人もいるんだなぁ。
「じゃあ、マスターっ!! この音楽なんですかっ?!」
私がそう言うと、マスターは子供のような目をして答えた。
「そーかそーか。君達くらいだと、あまり興味のない音楽だと思っていたが……。これはファンクと言ってね、君達が生まれる前くらいに流行った音楽なんだ、今の音楽のアーティストはJAMES BROWNと言って、僕のお気に入りさ。店の名前にしてしまうくらいにね」
じぇーむすぶらうん……で、JB'sか……。店長の名前じゃなかったんだ。
そんな話の途中も、音楽は心地よく私の中に流れ込んでくる。
ファンク……ファンクかぁ……。
「おっと、親父があまり女の子の時間を邪魔しちゃいかんな。じゃあ、ごゆっくり」
突然マスターが席を外したと思ったら、美樹ちゃんが退屈そうにしている。
あずちゃんは、その美樹ちゃんのご機嫌を窺いつつ、私とマスターの話を聞いていた。
……ご、ごめんね美樹ちゃん……。
「エミちゃんと美樹ちゃんは部活ってどうするか、もう決めた?」
突然のあずちゃんの問いに、私はカルボナーラを頬張りながら考える。
部活……部活……ねぇ……。
「私たちはまだ何も決めてないよ?」
私が考える間もなく、美樹ちゃんが先に答えた。更にあずちゃんが突っ込む間もなく続ける。
「それで、あずはどうするの?」
あずちゃんは、美樹ちゃんの勢いに一瞬怯んだものの、すぐに立ち直って答えた。
「私は……ダンス部に入ろうと思ってるんだ」
へぇ、なんか意外な感じだね、と美樹ちゃんは言った。
「うん、私も自分でそう思うんだけどね……。去年の北高の文化祭、私見に来てたんだけど……その時のダンス部の発表が凄く綺麗で、かっこよかったの! 芸能人でもない、普通の高校生が凄く輝いて見えて……私も出来るかな、やってみたいなって思ったの」
そう言うあずちゃんの目はキラキラしてて、凄く綺麗だった。
美樹ちゃんはそういうあずちゃんにそっか、と答えて微笑んだ。
なんだか、2人のほんわかした雰囲気に私にもついつい笑みがこぼれる。
ダンス……ダンスかぁ……!!
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