二度目のダンジョンバトル
というわけで、イッテツのひと声で交渉は決裂となった。
「えッ、そ、それじゃあこの騎士像は貰っちゃダメなのかッ?」
「駄目だァ! よくわからんが『裏切者』の仲間、敵だぞォ!」
「敵ッ! 久しい言葉だッ! なんて意味だっけ? ドラゴン語で言ってくれッ」
「『敵』だァ!」
「『敵』かッ! 腕が鳴るッ!!」
おいドラゴン語の「敵」ってそういう意味なのか。さすが最強系生物、おもいっきり見下してるな。
「というわけだから領域の交渉は受けられんッ! だが騎士像は欲しいぞッ?! どうにかしてくれ112ッ!」
「あァー……おいケーマァ、どうにかならねェかァ?」
敵だと言ったり、しおらしく聞いて来たり、せわしないやつだなオイ。
これはアレか、マスターの絶対命令権が発動してるのか? 「早くしてくれ」とか「どうにかしてくれ」とかで。
「おいおいイッテツ。俺は敵なんじゃないのか?」
「寂しィこと言うなよォ。それはダンジョンコアとしてだァ、俺ァお前の事は気に入ってるからなァ」
それはなによりだ。俺もお前のことは気に入ってるぞ。話しててちょろいからな!
「クリスタルの騎士像は持って行ってもいいぞ。タダというわけにはいかないけどな」
「本当かァ! やっぱお前はイイやつだァ。で、どうすんだ? 領域はやれないぞ」
「うん。簡単な話だ。ダンジョンバトルを申し込むから受けてくれ。こっちが負けたら金貨50枚とおまけの銀貨、それともう1体あるクリスタル騎士像を渡そう。かわりに、コッチが勝ったら領域をもらう。これなら勝負の結果だから交渉じゃない、いいだろ?」
「ほォ……まァ良いだろ。だけどそりゃァ、ウチが有利すぎるなァ……?」
「そこで、変則ルールを2つ提案したいと思う」
変則ルール。それは、前のダンジョンバトルにおいてハクさんがやっていたように、ダンジョンコアじゃなくてダミーコアを目標に、という勝利条件の設定だ。
「まず、そっちは攻撃しないで防衛に徹するんだ。一定時間守りきれば、そっちの勝ち……そうだな、1日でどうだ?」
「ほォ、防衛戦ってヤツかァ。だが、ウチのダンジョンはかなり深い、1日で攻略はまず無理だろォ」
たしかに500年物のダンジョンだ、何階層あるかもわかった物じゃない。
「そこでもう一つのルールだ。……今うちのダンジョンは5階層ある。だからここは『対等』に、5階層より下まで到達できたら俺たちの勝ち、っていうのはどうだ?」
「おォ、それなら対等だなァ。いいんじゃねェかァ? そんときゃ洞窟分の領域はくれてやらァ」
尚、全然対等ではない。
半日あれば5階層のダンジョンバトルで攻められつつ侵攻もできる。それが1日、しかも侵攻だけに集中できるのだ。
更にこっちは以前から侵略の準備を進めている。完全に有利だ。
「ついでに、そうだな。もし最下層のダンジョンコアにタッチまでできたら……ツィーア山の半分をくれ」
調子に乗ってそこまで言うと、流石にチョロマンダーのイッテツでも目を見開く。
「なァ?! そ、それは流石に条件が合わねえんじゃねェかァ?!」
「なにいってんだ、1日で最下層まで行けるわけないんだろ?」
「お、おォ! そォだったなァ。1日だったかァ……おいレドラァ、どうするゥ?」
「いいんじゃないかッ?! 受けるだけでも像は貰えるんだろッ?! あとは『敵』を処理するだけでさらに金貨も銀貨も貰える、いいことだらけだッ!」
これ確実に負けることを考えてないな。
「そっちが負けたら金貨なしで領域だけもらいますよ?」
「条件が対等ならアタイが負けるわけないだろッ!」
「ではこの条件でいいんですね?」
「おうッ! で、いつやるんだ、今すぐかッ?!」
正直今すぐ、といっても準備はできていないことはない。
が、勝利を確実にするにはさすがに今すぐはまずいな。
「さすがにウチのダンジョンも準備するからなァ」
「じゃあ1週間後、ということで」
「おォ、そんならいいぞォ。んじゃ今日のところは帰るわァ」
「この像はもらってっていいんだよな?! なッ?!」
「……どうぞお持ちください」
俺はにやりとほくそ笑んだ。
*
「……で、勝算はあるの?」
ロクコは、宿に戻った俺に早速そう尋ねた。
抱き枕になるべく駆け寄ってきたニクの頭を撫でつつ俺は答える。
「なにいってるんだロクコ。もう勝ちは確定してるだろ?」
「……え? なんでよ」
不思議そうに首をかしげるロクコ。
どうやら気付かなかったようだな……まだまだ甘いぞ?
マップを見つつ、俺はロクコに説明をする。
「俺達の最低勝利条件は、火焔窟の5階層より下に到達することだ」
「そう言ってたわね」
「ニクはどうだ、わかるか?」
ロクコと一緒に映像で交渉を見ていたニクに尋ねてみる。受付業務でここにはいないが、イチカが見ていたならたぶん分かっててニヤニヤしてるところだ。
ニクは、少し考えて答える。
「…………あの、像、ですか?」
「え? あの像がどうしたってのよ」
おい、ニクの方が賢いぞ。しっかりしろダンジョンコア。
「だって、あの像、ご主人様のゴーレム……ですよね? なら、味方……」
「え? アレ、あげたんじゃないの?」
「持って行っていいとは言ったけど、あげた覚えはないな」
「でも、プレゼントするって」
「それは、金貨を50万DPで買い取ってくれた場合の話だ。その話はなかったことになったからな」
ひどい言い掛かりのようだが、プレゼントでない以上所有権はこちらのものだ。
そしてああ見えてゴーレムなので、当然こちらの手駒。手勢だ。
……宝物庫に仕舞われてしまったとしても、こちらの手勢が5階層より奥に行った事実に変わりはない。
あわよくば、ダンジョンコア本体にタッチもできるかもしれない。
万一負けるとすれば、それは宝物庫が5階層以前の浅い階層にある場合だけど、既にだいぶ深い所に運ばれていた。
「勝ち確定だな」
「……いいのそれ?」
「マップで位置が確認できるし、ゴーレムを介して音や映像も見れる。何の問題もなく手勢が最奥に潜り込んだわけだが、なにか問題でもあるか?」
「……ホントだ。うわぁ、ひどい」
かの武将は言っていた。 戦とは、始まる前に勝敗が決まっていると。まさにその通りだな。
「だがあくまでこれは切り札だ。できればクリスタル像がゴーレムとバレないように勝ちたい。……そうすればいつでもあいつらの会話を盗み聞きできるし、今後圧倒的に優位に立てるからな」
「ケーマ、悪いこと考えてる顔してるわ……頼もしいわね!」
しかしあくまで『できるなら』である。
普通にやって勝利できないなら遠慮なく使うし、もしダンジョンコアにタッチできる隙があるならクリスタル像がゴーレムとバレてもいいからタッチしておきたい。今後も特殊なゴーレムを使うわけだし、そろそろ『お披露目』してもいい。この切り札でツィーア山の半分というのは十分な対価だろう。
もっとも、クリスタル像ゴーレムが宝物庫とかにしまわれた場合、直接ダンジョンコアにタッチとかはできないだろうけど。
いや、別にトンネル分の勝利だけでもいいんだよな。山じゃなくて裾野の地下へとダンジョン伸ばしていけばいいだけだし……。
「まぁいいや」
面倒になったので俺は考えるのをやめた。一番の仕込みは済んだし、あとは、いかにうまく勝つか、だけに集中しとこう。