狩りの準備
ちょっと予定外の事はあったが、どうやらこっちで好きに処分していいらしい。
……ダンジョンの闇に葬る方針でいいな。
マイオドールとシキナを危険に晒すわけにはいかない。
レイの強化で追加された能力の中に【幻術】スキルがある。相手に幻を見せる能力だ。
これを使えないだろうか。折角強化されたのに全然使ってなかったもんな。
「というわけで2人の影武者をするとして、【幻術】スキルでどのくらい騙せる?」
「えーっと、影武者として使うんですか? その、相手が2人ならともかく、大勢の前だと無理です……すみません」
「うん? レイの幻術って変装とかそういうのじゃなくて、対象者に幻覚を見せる感じなのか?」
「……あー、その。私にも良くわからないんですが、見てくる人が多いと騙せなくなるようでして、解けるんですよ。自分の姿の幻ならかなり大丈夫なんですが、他人2人となると結構厳しいですね。5人くらいが同時に騙せる限度かと」
なにそれ。世界は観測されることで事象を特定するみたいな云々で、観測者が多いとその分幻影を保つのに力が必要になる、と? うーん、良く分からん。けどひどく面倒臭い仕様のようだ。
とにかく大勢の前では使えないってことだけ覚えておけばいいか。
「あ、姿を消すやつなら人が多くても使えますよ!」
「なるほど。姿を消せば見られなくなるもんな」
それを踏まえて、うん、作戦には使えそうだな。
「2人ならいけるのか?」
「2人なら騙せます! ……あ、ですが触られたら空振るのでバレます。中身が欲しいところです。ゴーレムをお貸しいただければ……でも硬いですかね?」
「……細く作って布巻いて手袋をしていれば誤魔化せるかな? あと服着せとくとか」
大勢に見られるギルドで誘うのは無理そうだし、洞窟の中で釣るか。
まずはマイオドールとシキナには安全になるまで宿に隠れていてもらわないといけないな。早速呼び出して話をするか。
「あー、その、マスター。幻術を使うにあたってもうひとつ問題が……」
「何だ?」
「2人の身体をしっかりと認識しないと【幻術】で再現できないので、2人の全身マッサージをさせてもらえないかと……あ、でもそれでも覚えてられるのは1日が限度かなぁと」
「……その協力も必要だな。分かった。まぁあの2人、あとニクを呼んできてくれ」
マイオドール、シキナ、ニクを呼んできてもらうよう頼む。レイが部屋を出て行ってすぐ、丁度3人一緒にいたらしく、3人を連れて戻ってくる。
マイオドールのメイドは居ないようだが、扉の前で待機してるな。
「あの、ケーマ様。話とはなんでしょう?」
「自分も関わってくる話と聞いたであります。オフトン教の話でありましょうか?」
「……枕でしょうか?」
レイは、何の話かまでは話していないようだ。
あとニク、この2人にさすがに抱き枕業務を頼むほど怖いもの知らずじゃないよ? なんか色々責任取らされそうだもん。
まぁいい。さっさと話をしてしまおう。
「えーと、ここからは村長として話します。……この村に凶悪な犯罪者が入り込みました。冒険者ギルドに所属する冒険者ですが、新人狩りと称して殺人まで犯しています」
俺がそう言うと、シキナはぐっと眉を顰め、マイオドールも真顔になった。ニクはいつもの無表情のままだ。
……マイオドールの反応は少し意外だな。ただのお嬢様なら青ざめてもおかしくないが、度胸の据わった、人の上に立つ者の顔をしていた。
一番心配なマイでこれなら、もう少しぶっちゃけて話してもよさそうだ。
シキナには師匠命令で、ニクには普通に協力してもらえるので、正直な所マイオドールにだけ話せばいい。俺はマイオドールに向き合った。
「それは恐ろしいですわね。ケーマ様、どうなさいますの?」
「ま、死刑ですね。それでどうやらこの3人がターゲットにされているようでしたので、カタが付くまでマイ様とシキナには宿で大人しくしていてもらおうと思いまして」
「そんな、自分にも手伝わせて欲しいであります! というかクロ殿はいいんでありますか!?」
「シキナは少し黙ってろ、今マイ様と話してるからな。あとクロは強いから良いの」
「自分が弱いと……!?」
「シキナは不意を突かれると弱いからな。今回は特にそういう相手だ、警戒していても不意を突いてくることが考えられる。わかったら、黙ってろ」
「……うぐぐ、悔しいけどその通りであります。さすが師匠、よくわかってる……ぽっ」
ぽってなんだよ、口で言うな。そして頬を赤らめるんじゃない。無視だ無視。
割り込んできたシキナを言いくるめたので、改めてマイオドールに向き合う。
「というわけでしばらくご不便をおかけしますが、ご容赦を。それと協力していただきたいこともあります」
「かまいませんが……協力は何をすれば良いので?」
「協力していただきたい内容だけ言えば、マイ様とシキナにはレイから全身マッサージを受けてもらいたいのですよ」
「……ええと。話がつながらないのですが」
だろうね。俺も犯罪者をとっちめるから全身マッサージ受けてと言われたら今のマイオドールと同じように首をかしげる。青い縦ロールが揺れるのはマイオドールだけだが。
「なに、スキルの制約ですよ。レイは【幻術】のスキルが使えるので、それで影武者を立てようと思いましてね。ただ、このスキルもそう便利なものでもなくて……全身マッサージを行った相手をその時点から1日の間だけ再現できる、といった感じです」
「そういう事情でしたか。納得しましたわ」
「しかも、大勢の前には出られないのでダンジョン内で遭遇するのを待つ形になります」
ちなみにここまでレイのスキルについて詳しく話したのは、後々下手に利用されないためであることと、悪用できないと宣言するためだ。
これが嘘で、悪用できたらもっと良かったんだけどね。
「……なるほど、わかりました」
「おお、では早速」
「――しかしケーマ様。それでは相手がダンジョンに入らなければいけませんわよね?」
「え? ええ、まぁ」
「発見し次第強引に取り押さえてもいいはずですが、あくまで回りくどく処理しようというのは事を極力荒立てないためと推察します」
しまったその手が! ……じゃなくて、一応手順を踏んでおこうと思ったんだよ。うん。
あと俺の信用度とか心証の問題かな。あいつらが本当に初心者狩りだと見せておかないと、俺が罪のない一般人を処罰に追いやったように見えてしまうかもしれないからな。
……俺の中で納得するための我儘ってことにしとこう。
「となれば、私達が一度囮となって犯人をダンジョンにおびき寄せ、そこで取り押さえる形の方が良いと思うのです」
「……一理ありますが、それだと貴族であるマイ様とシキナが危険に晒される可能性がありますね。人質に取られるかもしれません」
「……わたくしだって、婚約者であるクロ様のお役に立ちたいのですわ」
じぃ、と上目遣いでこちらを見るマイオドール。
なら折角だし、使わせてもらおうか。一応冒険者ギルド通して指名依頼扱いにしとくかな。
「それなら、ギルドで釣り上げて教会までおびき寄せてください。教会にはあらかじめ話を通しておくので、そこで影武者と交代。これでどうです?」
村内であれば人目があるため犯人は手を出してこないはずですからね。と付け加えると、マイオドールもそれで納得したようでこくりと頷き、そしてシキナが割り込んできた。
「師匠! それであれば自分も、自分もっ!」
「……演技、できるのか?」
「……が、頑張るであります!」
まぁギルド内じゃレイの幻術で影武者をするわけにもいかないし、少しくらい経験を積ませてやろう。
「わかった、許可しよう」
「やったであります! マイ殿、やるでありますよ!」
「はい、共に頑張りましょうシキナ様!」
がしっと強く握手する2人。程々に頑張ってくれ。
尚、演技するにあたり簡単な設定を伝えた所――ニクがマイオドールのペットと言った時点でマイオドールが顔を赤くして「そんな……そん、良いのですか!?」とにやけていたのだが、まぁ気にしないことにした。
んじゃ表の準備も整ったし、裏の準備もしておこっと。
尚、服とかの感触も覚えないといけないらしいから、マッサージの他に服も貸してもらっていたが……それを記憶するために頬ずりしたり匂いを嗅いだりするレイはまるで変質者のようだったというのはここだけの秘密だ。
……いや、本人はいたって真面目なんだけどね? 絵面がどうにもそういうソムリエにしか見えなくて。
(【幻術】のために使用済みの下着や上着を くんかくんかスリスリぺろ、はむはむもふもふむぎゅー とかするレイ。
尚、ケーマを【幻術】で出すのはかなりの精度だとか。ダンジョンマスターとモンスターの繋がりはさすがですね!)