お見合い話(ボンオドール視点):前編
(他者視点、できれば前後編に収めたいので、ちょい長めに……)
私はボンオドール・ツィーア。ツィーアの領主だ。
その日、私は最新版の貴族名鑑に目を通していた。
するとそこに、昨年できたばかりだが発展めざましいゴレーヌ村の名前を見つけた。
「ケーマ・ゴレーヌ……? ふむ? 確かあの村の村長はケーマという名前だったが、貴族だったのか?」
気になった私は早速問い合わせを出した。
貴族の情報については帝都の管理局に問い合わせをすれば回答がもらえる。
冒険爵であれば、そこにはパーティーメンバーについての情報や冒険者としての実績が付いてくる。Bランク冒険者ともなれば多少は名前が売れていたり、功績があるものだ。
魔法便を使っての問い合わせから数日後、情報が送られてきた。
これによるとケーマ・ゴレーヌを含む4人パーティーは全員がBランクの冒険爵で、功績は「パーティーでのダンジョンの攻略・5件」となっていた。
『白の試練』『欲望の洞窟』『白の砂浜』『骨の洞穴』『三つ巴の洞穴』……
……聞いたことはないダンジョンもあるが、いずれも単一パーティーでの攻略となっており、しかも3件は爵位を得てからの攻略とのことだ。うち2件はダンジョンの破壊まで行っている。
破壊が許可されるほどの危険なダンジョンを2つも攻略している。それはつまり、かなりの実力者であることを示しており、さらに――
――『この者の才覚は、白の女神が保証する』
そんな、頼んでもいない一筆が添えられていた。
……これはヤバイ。この一文を見たとき、思わず凍りつきティーカップを落として割ってしまった程だ。ツィーアのすぐそばでこれほどまでの実力者が村を作り、しかも発展させている? その後ろ盾はラヴェリオ帝国で知らぬ者はいない白の女神……
どう考えても厄介だ。だが、知ったからには放置しておくわけにはいかない。
ああ、胃が痛い。また抜け毛も増えそうだ……
ちなみにこの情報にあわせて、逆に帝都からツィーアへの問い合わせがあった。
ゴレーヌ村についてと、ツィーアにて管理している『神の枕』について、どちらも管理は大丈夫か、という簡単な確認であるが……
私はこの露骨すぎる問い合わせの意味が分からないほど凡愚ではない。……これは、『神の枕』を切り札にして友誼を結べと、そういうことであろうな。
さて、どうするか。……ケーマ・ゴレーヌに娘を宛がってみるかな?
ないだろうが万一別人ということも考えて、あくまで候補だと保険もかけておくか。
身分を隠しているのか、ゴレーヌ村の村長はただの「ケーマ」であり、平民という事になっている。そしてゴレーヌ村村長、ケーマの評判はとても良い。
曰く、優秀な村長であり村一番の凄腕冒険者だと。
曰く、誠実で人を助ける義に厚い男だと。
曰く、知に優れ桁外れに器の広い男だと。
ゴレーヌ村が目覚ましい発展を遂げている点を見ると、その評判は信憑性が高い。
去年まで何も無かったような場所が整備され、ひと冬で充分な、いや、驚愕に値する発展を遂げている。ダンジョン鉱山としての機能が十分に活用でき、運営が軌道に乗っている。……よほど運が良く、才覚がなければこうはいかない。
白の女神の後ろ盾がなくとも、この手腕だけでも一族に取り込んで損はない男だった。
まぁ幼女性愛者という噂もあるが、貴族にはたまにあること。
とにかく本人を呼んだのだし、実際に会ってみて判断してみよう。
屋敷にやってきたケーマ殿は、黒髪黒目の、丁寧な物腰の男だった。
そして身なりの綺麗な犬人の奴隷を連れていた。……パーティーメンバーの1人、ニク・クロイヌだろう。
ひどい名前だ。この少女が幼女性愛者の情報の出所とみて間違いないだろう。この少女がいるから幼女性愛者なのか、幼女性愛者だからこの少女を連れているのかは分からないが。
「待たせたかね? ボンオドール・ツィーアだ。領主と言った方が分かるかな?」
「ケーマです。初めまして領主様、それほど待ってないです」
「そうかい?」
部屋で鐘ひとつ分の時間を待たせても腹を立てた様子は微塵もない。
……時間に無頓着な男か、はたまたあくまで平民という立場を貫いた故か。少なくとも器が大きいという噂は真実のようだ。
領主の娘との婚約についてケーマ殿が乗り気でないことにすぐ気が付いた。
白の女神様のお気に入りであるケーマ殿には、領主一族という地位は何の魅力も無いのだろう。
とにかく、繋がりを保つためにここは強引に話を続けよう。村の規模やケーマ殿の話を聞く。もちろん、あらかじめ情報は集めていたことだが。
ケーマ殿の話では村全体でアイアンゴーレム30体程度を獲っているだろうとのことだが、こちらで把握しているだけでも40体分の鉄インゴットが輸出されている。把握していない分を含めれば50体分を超えるはずだ。
普通の村長なら自分の価値を上げようと大げさに報告するのだが……ケーマ殿はそれを大したことではないように淡々と語っていた。しかも、過小気味に。
それはつまり、この程度のことは自分の手柄とする価値もない、ということだろう。
と、そんな話をしているとマイがやってきた。マイには、ケーマ殿を婚約者候補と話してある。
聡明な我が娘はそれだけでケーマ殿が優秀な人物と理解しており、興味津々なようだ。
私もケーマ殿を身内に引き込みたい。少なくとも敵対はしたくないな。
が、ここでクロイヌ殿が「今回の話、お断りさせてほしい、のです」と言い放った。
「……ケーマ殿? これはケーマ殿の意向かね?」
堂々と断りが入ったことに、ウチの娘が不満か、と魔力を込めて睨みをきかせてみた。
領主として、婚約を断られた父親として、敵対しないギリギリのラインだろう。
「ええ、私は結婚する気は無くてですね……」
しかしケーマ殿は眉一つ動かさない。気の弱い人間なら失神し、敏腕の商人でも冷や汗をかき表情が凍る程度の威圧だというのに……凄まじい胆力だ。
さすが白の女神が保証するだけのことはある。と、このままでは敵対してしまうな、流れを引き戻そう。
「気に入った! 良いだろう、ケーマ殿の意見を尊重しようじゃないか」
「お父様にきっぱりと意見を言い切れるだなんて……ケーマ様、素敵です!」
その後、マイの機転もありケーマ殿とは婚約者候補ということになり、マイオドールが退室した後には婚約者として名前を借りるために用意しておいた名目を話す。
パヴェーラの小僧が生意気にもマイと婚約したいと言っているのだ。トンネルで繋がったからつながりを強化したい、と。……だが断る。
神童だという噂は聞くが、マイはツィーアから出したくないのだ。ゴレーヌ村なら近いからまだ良いとする。
……父親の我儘だということは分かっているのだがね? やはり娘は可愛いのだよ。
ケーマ殿に報酬として『神の枕』の話を匂わせると、驚くほどに強い興味を示した。
好感触だったので、これは押せばいけるかもしれない。
ちなみに、ケーマ殿を通した部屋は、裏から様子をうかがえるようになっているのだが……密偵の報告によればクロイヌ殿がケーマ殿のことを「父」と呼んで甘えており、ケーマ殿も「親子の関係」と言っていたそうだ。
ケーマ殿本人からも「大事な家族」と言う発言を聞いていたし、思えば2人は黒髪同士。それはつまり、勇者の血筋ということだ。
その2人が一緒にいるということは、実際に血のつながりがあってもおかしくない。
親子というのは高確率で事実だろう。
ケーマ殿は独身と言う話だし、過去に公にできない関係があったのだろうな。
娘がニクと言う名前で、奴隷の首輪までつけているような……到底口にできない何かが。
なんということだ。そんな事情があるにも関わらず私はケーマ殿とクロイヌ殿に大変失礼なことを言ってしまった。
よく部屋に連れ込んで一緒に寝ているという噂だが、娘であれば当然の事だ。それを幼女性愛者などと!
私もできる事ならマイと一緒に仲良く隣り合って寝たい。平民であればそれも叶うのだろうか? かといって領主である立場を捨てることなど絶対にできないが。
……詳しい事情を知りたくはあるが、これ以上探ることは敵対行為にしかならない。
私は密偵にこれ以降はよいと告げ、通常業務に戻らせた。
しかしケーマ殿の年齢にしては大きい娘だが、一体何歳の時の子だろうか?
クロイヌ殿は犬人だし母親も犬人なのだろうが、成長が早いという話は聞かない。
ということはケーマ殿は見た目より年上なのだろうか。ケーマ殿は勇者だけでなくエルフの血も引いているのかもしれないな。
……もしや白の女神様の……? いや、流石にそれはないか。
*
晩餐でケーマ殿をもてなした。
家族を紹介した後、ウチの料理長――といっても料理人はあと見習いが一人だけだが――が丹精込めて作った食事を振舞った。
料理長はツィーア領の誇るトップの料理人……だとは思うのだが、ケーマ殿の宿では珍しくて美味しい料理が出るという。
辺境の宿屋で働く凄腕の料理人……ううむ、この一文だけで意味深な何かを感じる。
実際に比べてみないとウチの料理長とどちらが上かは分からないが、もしかしたら食の神イシダカが所持していたという伝説の【料理】スキル持ちという可能性も――それはないか。
晩餐ではケーマ殿となかなか話が盛り上がり、好感触であった。
もっとも、ケーマ殿が気を使ってくれているような感じはした。
「後衛とはいえケーマ殿も多少はやるのだろう? 食後の運動に模擬戦でもどうだ?」
「ははは、ご冗談をロンド様。俺程度の者などごまんといますよ」
……ロンド、お前は長男なんだから前線に立つより執務をだな。
ちなみに、この場の面々には昨日までにケーマ殿の才覚を白の女神が保証している話や、ダンジョン攻略の功績について話をしている。そのため、マイとケーマ殿の婚約話にはかなり前向きだ。
と、食後のお茶を飲んでいる時、妻が私の方を見てにこりと微笑んだ。
ああ、これは良くないことを考えてる顔だ。私にはわかる、愛しているからな。
「そうそう、ケーマさんは白の女神様からお褒めのお言葉を賜られたとお聞きしましたが」
「……白の女神様ですか?」
ぴくりと、私の威圧でも動かなかったケーマ殿の右眉が動いた。
「うぉっほん! そうだな、ケーマ殿の宿にはなんでも温泉があるとか。白の女神様も大層気に入られているらしいな」
「ええ、そうでした。とても素晴らしい宿だそうですね?」
ワルツめ、これはわざと口を滑らせたな。
どうやら私が「まだゴレーヌ村のケーマ殿と、貴族名鑑のケーマ・ゴレーヌが同一人物かは確認できていない」と言ったのを覚えていたらしく、確証が欲しくて探りを入れたのだろう。
まったく愛おしい妻だよ。できれば事前に言ってくれ。
まぁ、これでワルツもケーマ殿とケーマ・ゴレーヌが同一人物であると思えただろう。今ので98%だったものが99%になったくらいだが……
理由としては、今の反応が「どうしてそれを知っている?」という反応だったからだ。普通、白の女神様に褒められたことは隠すようなことではないし、忘れられるような事ではない。
なのに隠して聞き返すということは、何か相応の事情があるという事だ。
貴族の身分を隠しているという事情が。
父と娘という身分を隠さなければならない壮絶な事情が……!
「そんなことよりケーマ殿。マイと話をしてみて、どうかね? 良い子だろう」
「ええ、俺にはもったいないですね。わざわざ俺なんかと婚約などして経歴に傷をつけることも無いと思うのですが?」
「あら、ケーマ様との婚約は傷にはなりえませんわ。わたくし、ケーマ様のこともっと色々知りたいです。ね、お父様?」
たとえ婚約が破棄されたとしても、あるいは「白の女神様がわざわざ一筆書くような人物と婚約できていた」と箔すらつくのではないか。
まぁ、全くというわけでもないが、さほど傷にはならないだろう。
「そうだな。かえって箔がつくさ」
領主としてはなんだが、可愛いマイを嫁に行かせるのが遅くなってくれるというならそれもアリだというのは、ここだけの話だ。
(続く)