見回り村長 前編
さて、昼までひと眠りして少し頭がさえてきたところで、まだ領主の使いは来てなかった。
……うん、これはこれでモヤモヤ感あるな。まぁいいや、二度寝しよう。
……
そして、まさかの二度寝しても音沙汰無しである。これはもしかしたら逃げ切れたか? なんて思えてきちゃうね。
「えっ? おはよう? まだ1日目のお昼よケーマ」
俺が村長の執務室に顔を出すとロクコが執務机でメロンパンをはむはむしていた。たぶん菓子パン詰め合わせ(6個5DP)の安いのではなく、パン屋シリーズのちょい高いやつだ。今の収入で見たら誤差だけど。
「おはようロクコ。何も連絡はなかったか?」
「無いわね。身構えてたんだけど」
まさかまだ気付かれていない、ということもあり得るだろうか。
あるいは、気付いてからまだ行動中とか。だとすればもう少し寝れる……
いや、こんな考えではダメだ。俺は細かいことを気にしないでぐっすり寝たいんだ。
「……やっぱり気がかりでよく眠れなくてさ。ロクコに手間かけさせちまうだろ?」
「ケーマって案外細かい事気にするからね。……ま、そこが好きなんだけど」
「ん? なんか言ったか?」
「私に面倒事押し付けるのが気がかりになっちゃうケーマが好きって言ったのよ」
「そうか。俺もロクコのこと好きだぞ……ロクコ、顔赤いぞ。あとめっちゃにやけてる」
ロクコはばっと顔を手で覆うように隠した。
「し、仕方ないでしょ、ケーマがそんなこと言うからっ」
「言わない方が良かったか?」
「もっと言ってよね! パートナーなんだからっ」
「おー、愛してるよロクコ」
ここでキスのひとつでもしてやれば完璧なんだろうけど、そんな軽くキスできるほどイケメンじゃないからなぁ俺。
あー耳が熱い。慣れないことはするもんじゃねぇな。
*
さて、手紙だけで放置していたパートナーの機嫌もとったし、たまにはこのダンジョン前の村、ゴレーヌ村の見回りでもしてみようか。お飾りだけど村長だし。
最近すっかり放置してたからどこに何があるのかとか確認しときたい。
「お? ご主人様、散歩か? 暇してたしウチもついて行っていい?」
「イチカか。まぁ散歩というか見回りだけどな」
イチカは何気に休みの日とかは商店のバイトとかしてるらしく、この村の現状について俺より詳しい。
休めと言いたいが、本人が「金が欲しいんや! スロットを回す金が!」とか言ってるし、宿の業務に支障が無ければということで許可している。
で、今日はそのバイトも休みらしい。
「なるほど。じゃあウチが案内するから、パン屋シリーズのカレーパン奢ってや」
「それが狙いか」
「あたりまえやん? カレーパンのためならめっちゃ媚売るでウチ。あ、おっぱい揉む?」
「……他の奴にそういう体売るようなことしてないだろうな?」
「そんなんご主人様だけに決まってるやん。安売りはせんし、なによりウチはご主人様の奴隷なんやで? 勝手にそう言う事はできんて……それとも、そーゆーことさせたいん? それがご主人様の趣味っていうなら報酬次第では――」
「いや、それならいい。変なこと聞いて悪かったな」
「なら報酬のカレーパン、頼むで?」
「わかったわかった、2個買ってやる」
俺は報酬を約束し、嬉しそうな笑顔のイチカを連れて行くことにした。
「で、おっぱいは揉まんでエエの?」
「気が向いたらな」
さて、それじゃまずはダンジョンの前だ。『欲望の洞窟』の出入口には簡単な柵が立てられている。
ゴブリン等のモンスターが出てくることは無いのだが、一応そういうのが出てきてもいいように、ということらしい。
「あと最近子供も増えたとかで、勝手に入らないようにというのもあるらしいで?」
「えっ、子供の住人増えたの?」
「商人の子や、冒険者が呼んだ家族とかでな。あと冬の間に仕込んだヤツもいるらしいけどこれはまだ生まれてないからノーカンやな」
なんでもこの冬に全く飢えなかったことと温泉もあって温かく過ごせたことが実績となっていて、移住希望者が結構居るらしい。あまりに変な奴は副村長のウォズマが許可を出さないようにしてるそうだが、それでもかなり人が増えたと。
大工冒険者のクーサンも、家を建てるのに忙しくて冒険者稼業は最近さっぱりらしい。
「そういう話を聞くと俺ってばお飾りだなぁって実感するよ」
「そうなん? 一応ご主人様の了解貰ってるらしいけど」
「ああ、移住希望のあたりはウォズマとクーサンに丸投げしてるからな」
「……あー、そういう?」
で、ダンジョンからのびる道を挟んでうちの宿『踊る人形亭』と冒険者ギルド出張所。
宿は村長邸や従業員寮とくっついているから結構広い面積を使っている。ギルド出張所の裏には倉庫が、隣には酒場がある。副村長のウォズマはここの酒場のマスターをしていたりもする……まぁウォズマは元々そっちが本業なんだが。
「そういや、酒場の方は繁盛してるのか? 副村長の仕事めっちゃさせてるけど」
「そこは繁盛しとるんやろ。酒場の仕事は夜がメインやし……ほれ、なんか酒場の裏が工事中やろ、あれ酒場の施設ちゃうん?」
見ると何か建てているようだ。ギルド経由で大工手伝いの依頼が出ているのか、うちの宿に泊まってる冒険者の姿もある。
「ってことは、そこそこ儲かってるのか」
「仮に儲かってなくても副村長としての手当ては出してるんやろ? なら文句はないって」
それもそうか。じゃあいいや。
で、次はその酒場の更に隣、ダイン商店だ。ウチの村の財政を管理させてる商人、ダイン。適当に金を預けておけば勝手に増やしてくれる有能な商人である。おかげでこの村は楽々黒字経営だ。
と、丁度そのダインが商品の品出しをしていた。
「おろ? イチカやん。今日はバイトやないやろ。どないしたん?」
「ちょっちウチのご主人様の見回りの付き添いや。冷やかしやから相手せんでええよ」
「そかそか、んじゃ勝手に見たってってー……ってんなわけいくかい! ケーマはん、まいどおおきに!」
「お、おう、ダインも調子よさそうだな」
エセ関西弁に翻訳されて聞こえるパヴェーラ訛りの2人が揃うと、まさに関西風だな。
「そや、この間ダンジョンから出た『コンロ』っちゅー魔道具ありまっしゃろ、あれめっちゃエエですわ!」
「ああ、コンロか」
コンロは、うちの見習い魔女ネルネに開発させた魔道具だ。用途はずばりコンロ、調理用だ。燃料は魔石。陶器の板に魔法陣が描いてあり、ちゃんと熱量の調整も可能だ。
ダンジョンの宝箱にも入れたが、いくつかは直接この店に持ち込んだんだよな、ダンジョンの中で見つけたって言って。(尚、ネルネの研究室はダンジョン内にあるので嘘はない)
「薄いし、普通の鍋をそのまま使いまわせるのがエエっちゅーことで冒険者以外にも飛ぶように売れましてなぁ……ちゅーわけで、また見つけたらぜひウチの店に。イロ付けますんでよろしゅう」
「ま、見つけたらな。とりあえずは売り物でも適当に見せてくれ」
「はいなーヨロコンデー!」
売り物は冒険者向けの道具に、いくつかの武器と魔道具が並んでいた。
この武器や魔道具はダンジョンで手に入れた他、ネルネに魔道具の作り方の基礎を教えてくれたカンタラが作ったのも置いてるらしい。カンタラは鍛冶屋であり錬金術師でもある多才な奴だ。
……お、魔道具と剣を組み合わせた剣もある。これ売れてるの? あ、売れてない。そっかー。
「……うん? なんかアクセサリー系も充実してるな。この指輪はなんだ、これも魔道具か?」
「そいつはただのアクセサリーやで。けど売れ行きは凄く良いんよ」
「へぇ、なんでだろ。観光にきた通りすがりが買ってくのか?」
口コミで評判が広まったのか、うちの宿に「温泉に入りに来た」「ご飯を食べに来た」という一般人の客も増えてきている。そういうのがお土産に買ってくのだろうか?
「いや、そういう通りすがりの客には木彫りの彫刻が売れとるよ」
木彫りの彫刻はダンジョン内で匿ってるサキュバスたちの村で作らせてる内職品だ。ウチで引き取って宝箱にハズレ枠として入れてるヤツだった。
尚、何故か松茸のような形状のものばかり。なんとかコケシと言い張って売りつけておいたヤツだ。
「……え、なんで?」
「ダンジョンから手に入った置物、ってだけで一般人には物珍しい特産品みたいなもんなんちゃう? 木なのにツルツルするくらい妙に手触りが良いし。ま、これも持ち込み歓迎かな。そこそこの値で買い取るで」
……サキュバスの残り香でもついてんのかな?
店のスミにひっそり並んでいたコケシを手に取り、くん、と少し嗅いでみたが、よく分からなかった。
(全く関係ないけど、本好きの下剋上の番外編が始まって大喜び中。 Y orz(お祈りのアレ))