婚約者(偽)
「これは……」
「クロのギルドカードです。ちなみに俺はDランクなので俺より上ですね」
併せて俺のDランクのカードを見せる。
「む? ケーマ殿はBランクではないのかね?」
「御覧の通りのDランクですよ」
「ふむ。……本物か? 偽造などしてないだろうな。ギルドカードの偽造は重罪だぞ?」
そう言ってボンオドールは俺のギルドカードに目をやる。……あれ?
なんだこの反応。
平民の俺より貴族のニクの方が偽装婚約する相手として良いだろう? と見せただけだったのだが、まるで俺がBランクのカードも持ってることを知っているような反応だ。
……カマかけてみるか?
「……なぜ俺がBランクだと?」
「なに、ラヴェリオ帝国貴族名鑑に名前があったのでね。ツィーア周辺の貴族として」
なん……だと?
マジかよ。貴族名鑑って、貴族のリストがあるのか。いや、そりゃあるんだろうけど、そうか、まさかそっちから俺のランクがバレてたのか。
……ということは、俺が(一応)貴族だということを知っていたからこそ、こうして強引にマイオドールを押し付けてこようとしていたわけだ。
というかハクさん、ツメが甘い……いや、逆か。Bランクとして登録したからこそ貴族名鑑にも名前が載ったのか。Bランクのギルドカードを出した時に照会できないとアウトだから。
「……ということは、クロが貴族ということはご存じでしたか」
「まぁそうだね、名前が特徴的で目を引いたよ」
そりゃ、貴族の名前が書かれてる格式高いリストに「性奴隷」とかあったら驚くよな。ちなみに男なら「肉壁」という意味らしい。
「ちなみにそのリストに性別は?」
「載っている。載っているが……名前が名前だ。性別が誤記であると言われた方が納得できるか。私もまさか本当に女性だとは思わなかった」
だろうな。……ここだけだからと言って名前変えさせた方が良いだろうか。
「ちなみに貴族名鑑は5年に1回出る。出たのはつい最近なので、あと5年は誤魔化せるな」
「少し見せていただいても?」
「いいとも」
図書館にある図鑑のように大きく分厚い、革張りで立派な表紙の本が出てきた。
俺たちが載ってるのは新たに記載された貴族の一覧のところか。代替わりした当主、新たに家を立ち上げた貴族か。……お、ロクコもある。家名はラビリスハートだった。
「過去にニクという名前で貴族にまで上り詰めた冒険者はいない。ニクという名前を持つ者のほぼ全てはランクを持たない奴隷であるし、冒険者登録するのであれば名前を改めるからな。そして貴族として名前を登録する際も通常は良識ある記録係に止められる……問い合わせは無かったのかね?」
ハクさんには良識が無かった……いや、あの人にないのは良識というより慈悲だったわ。
で、俺についてはケーマ・ゴレーヌとなっていた。
もろにゴレーヌ村村長って名前っぽい、そりゃバレるわ。そういや俺、ハクさんに苗字言ったことなかったっけ?
でも俺の本名であるマスダじゃないのは好都合だ。俺の名前じゃないと言い張れる。
「ああ、やっぱり。いきなりBランクと言われて驚きましたが、これは俺じゃないですね。俺は見ての通りDランク冒険者、ただのケーマなので」
俺がそういうと、ボンオドールは訝しげな目で俺を見る。
だが俺は一言も、自分が貴族である、と断言していない。
「……すっとぼけるのかね? 先ほど、認めていなかったか?」
「はて? どうして俺がBランクだと思ったのかを確認しただけですよ。たしかにうちの村の名前とたまたま同じ家名の貴族がいたら、反射的に紐付けても仕方がない」
「そうかね。……ではケーマ殿はあくまでDランクの冒険者である、と?」
「ええ、そのギルドカードに書いてある通りです。そのカードは正真正銘の本物ですよ、偽造なんてそんな重罪を犯すほどの度胸は俺にありませんからね」
なんなら嘘を見抜く魔道具を使っても良い、俺のギルドカードは本物だという事についてはな。
と、ボンオドールがこらえきれないといったように笑い出した。
「くっくっく、そうか。あくまでそう言うのか。……君は貴族でも十分やっていけるよ、ケーマ殿」
「そいつはどうも」
「では、ケーマ殿の提案に乗ろう。クロイヌ殿を婚約者としようじゃないか」
おや。さっきまで「考える」と言っていたのに、もういいのか。
まぁ俺が貴族でないならニクの方が優良物件だもんな。若いし、体力もあるし、性格は従順。奴隷の身分と性別以外は何の申し分もない。
「では、報酬の方、よろしくお願いします」
「うむ、『神の枕』の情報だったね。いいだろう。……『神の枕』というのは、『神の寝具』とよばれるものの1つ、それも我らがラヴェリオ帝国にとって大変重要な神具だ、これから話す内容は他言無用としていただこう」
寝具と神具で「シング」がだぶって紛らわしいな。……あ、でもこっちの人には分かんないのか。
「一度しか言わないからよく聞きたまえ。『神の枕』は、実在する。そして、それは代々ツィーアの領主一族が守り継いでいるのだ」
……
えっ、それはつまり、その。
『神の枕』はこのツィーア家の持ち物だということか。
「ちなみにその管理は領主自身では行ってはいけない。後継者も、後継者候補も『神の枕』に触れてはならない。そして、その配偶者もだ。……つまり、分かるな?」
管理をしているのは、領主のボンオドールではない。
後継者の長男と、そのスペアである次男も除外だ。
そしてその配偶者である、領主婦人も違う。よって、
「……マイ様が、『神の枕』の管理者だと……?」
「あるいはマイの婚約者であれば、管理者の要件を満たすであろうな」
……なるほど。『神の枕』を使いたくば正式な婚約者になれと?
なんとボンオドールに都合がいい話だ。よくできた作り話にすら聞こえる。
「この話は真実であることを、ツィーア家の名において、ラヴェリオ帝国が始祖、白の女神様に誓う」
「……!」
この宣誓は、ラヴェリオ帝国の貴族として最上級の保証だ。
意味は「嘘だったらハクさんにツィーア家の一族徒党ぶっ殺されても文句言わないし化けても出ないよ」である。一応ハクさんから世間話程度に「あいつら私に誓うのよ」と教わった。そしてこの誓いは今まで誰にも破られたことはないらしい。
「なんなら宣誓を書面にしたためるかね? 話の詳細は書けないが」
「そうですね、念のため」
でも一応、一筆もらっておいた。
*
ニクが婚約者となることで、もう1日滞在することになった。
今日の晩餐で改めてニクを婚約者として家族に紹介するとのことだ。
改めて手紙を書き、ゴレーヌ村に送ってもらう。
内容は「ニクに婚約者をおしつけた」だ。
昨日と同じ客間に戻る。晩飯まで自由時間だ、一眠りすることにしよう。
と、ニクが俺の服をきゅっとつまんで引っ張ってきた。
「……ご主人様?」
「ん? どうしたニク」
「……」
ニクは小さく震えていた。……なんだ?
「……おい、どうした。大丈夫か? 腹でも痛いのか?」
「わ、わたし、捨てられちゃう、のですか?」
ニクは、力ない声で俺に尋ねてきた。
……そっか、そういう風に聞こえてたのか。俺は少し反省した。
「大事な抱き枕を手放すワケ無いだろ。名前を少し貸すだけだ」
「……わたし、一生、ご主人様の奴隷でいられます、か?」
「俺が生きてる限りは俺の奴隷で抱き枕だ」
そう言うと、ほっとしたのか震えが収まった。
自分で言うのもなんだけど、一生奴隷で抱き枕ってだいぶひどい扱いだと思うんだけどいいんだろうか。
まぁ、とにかく俺はニクを抱き枕に一眠りすることにし
「ケーマ様! どういうことですか!?」
……せめてノックしてくれよ、マイオドール。
(締め切り聞き忘れて書籍化作業がマッハ。来週は更新できないかも。
そういえば4巻Webアンケートの人気投票、現状ロクコが1位だとか)