ツィーア家の依頼
「つまり、可愛いお嬢さんに悪い虫が付かないよう、いつでも切れる婚約者をつけておきたい、と?」
「そういうことだ」
ボンオドールは満足げに頷いた。
話としては、こうだ。
最近トンネルが発見されたおかげでパヴェーラの領主からマイオドールを嫁にくれと打診されている。でもパヴェーラ領主の息子はあまり良い噂を聞かない。断りたいが、理由が必要だ。
だからその婚約話を断る建前として、マシな婚約者を付けておこうという事になったらしい。
偽装結婚ならぬ、偽装婚約というわけだ。
「すでに婚約済みだったならともかく、打診されてからとなるとある程度口実に理由にできる箔が必要でな。その点、ケーマ殿は件のトンネルを発見し、転換期後の『欲望の洞窟』から初めて魔剣を回収して有用性を見出し、ゴレーヌ村を発展させ治めている実績もある」
なるほど、言われてみると内情はともかく優秀に見える。
しかも俺はロリコンというわけではない。つまり俺は偽装婚約の相手にうってつけだという事か。
「ただ、一点難点があるとすれば君が幼女性愛者という疑惑があることなのだが……事実かね?」
「事実ではないですから」
「だがクロイヌ殿を連れているだろう。しかも名前が……ニクだとか?」
「クロは大事な家族なので。名前については色々とありましてね」
不意に、ぽふぽふと腰を柔らかいものに叩かれる。見ると、隣に座るニクの尻尾がぱたぱたしていた。なごむ。
「まぁいい。だが娘には婚姻まで清い体でいて欲しいのだ、分かるね?」
「あの、話を受ける前提で話が進んでいるように思えるのですが気のせいですか?」
「まあね。優秀な君ならどう動くのが得か理解っているのだろう? 当然、十分な謝礼は用意している。どうかね? 冒険者として、依頼のようなものだと思ってくれていい」
「別に金に困ってるわけじゃないので、できればお断りさせていただきたいのですが。こちらも事情が」
「そうだな、神の秘宝の情報などどうかね? 神の枕、という神具の話なのだが」
「……ん、んんッ、ま、まぁもう少し話を聞きましょうか」
恐るべし、領主の情報収集力。俺の欲しいものを知っていたか……って、そういえば冒険者ギルドにも神の寝具については情報があったら買うって言っておいたっけ、そのルートかな?
でも、新しい寝具(神具)の情報だ。今度は被ってない、欲しい。
下手に出ていたから強引なボンオドールに断りを入れにくかったのだが、そういう事ならもう少しの間主導権を譲る用意がある。
「なに、難しい話じゃない。ひと月ほど名前を貸してくれればいいだけだ」
「ひと月ですか?」
「ああ。それだけあればパヴェーラの話を断り切れる。どうだね、ひと月だけ」
と、ノックがありメイドさんが入ってくる。そしてボンオドールに耳打ちをした。
ふむ、と頷くボンオドール。
「ケーマ殿。客室を用意させたから今日は泊っていってくれ。ゴレーヌ村からわざわざ呼び出しておいてすぐ帰しては領主としての名折れだからね。……道ができたと言っても、今から帰ったら夜中だろう?」
おう、これ「俺の歓待が受けられないのか? あぁん?」ってヤツだ。こうならないようにさっさと帰れる時間帯に来たはずなんだが……思っていたよりボーっと待っていた時間が長かったか?
どうするかな、ウォズマからも機嫌を損ねないようにと言われてるし……
まぁ、今日の所は受けておいた方が良さそうか。……寝具の情報も欲しいし?
「では、お言葉に甘えて」
「それはなにより。折角だ、後で娘に冒険者の話をしてやって欲しい。あの子はそういう話を聞くのが大好きだからね」
偽装婚約者、ひと月くらいなら受けてもいいかな?
と、神の寝具を餌にぶら下げられて、俺はそんな気持ちになっていた。
*
「ご主人様」
「ん?」
用意された客室につくと、すすす、とニクが近寄ってきた。そして小声でぽつり。
「……みられてます」
「ふむ」
ニクはこっそりと壁を指さした。指差した先の壁からは見えないように。
……監視付きか。まぁ、娘の婚約者になるかもしれない相手の情報は多い方が良い、と、そういうことだろうけどあまり良い気はしないな。
ちょっとイタズラしてやるか。
俺は客室にあるゆったりめのソファーに腰かけた。壁には背を向ける形で。
「ニク、おいで」
「……! はい」
ニクは俺の意図を察したようで、俺と同じ位置に座る。
俺を背もたれにして、俺の内側にすっぽり収まる感じ。いいフィット感だ。
この辺の感じは夜な夜な抱き枕にしてるだけあって慣れたものだ。
「んっ……はふ、ご主人様」
「よーしよしよし」
ニクをこしょこしょ撫でまわしたり、たまにぎゅっとしたりとスキンシップする。
そのたびに「あっ」とか「ふぁ」とか漏れ出るニクの声。
……あれ? なんか思ってたのと違うな。もっとこう、ペットとのふれあいを見せつけるようにして監視してるのを馬鹿らしくしようと思ってたんだけど。
「いやいや、きっとよそからは親子のように見えてるはず……そう、俺とニクは家族の関係。だから大丈夫!」
「……親子……おとー、さん?」
うっほう、うちの子ってば可愛い。ますます撫でてやろう。
……もしかしてこんなことしてるから俺のロリコン疑惑が加速するのか? いや、まぁいいか。うちの子可愛い、可愛いうちの子。あれ? サキュバス化してないよね?
「んー」
スリスリと俺に体をこすり付けてくるニク。やっぱり犬みたいだなぁ。よしよし。
とりあえず監視されてたら下手に話をすることもできない。誰かが呼びに来るまでニクを愛でておこうかな、とそう思ったその矢先にコンコン、とノックの音がした。
「ケーマ様、マイオドールです。入ってもよろしいですか?」
「っと、しばしおまちを……はい、どうぞ」
俺はニクを横に座らせ直して、マイオドールを呼ぶ。
ゆっくりと優雅にドアが開くと、マイオドールと一緒にメイドが1人入ってきた。側仕えってやつだろう、マイオドールは対面のソファに座ったが、メイドは斜め後ろに立ったままだった。
「さて、何用ですか? マイオドール様。ああ、冒険者の話をお聞きしたいとのことでしたか」
「はい、ケーマ様のことをお聞きしたいのです。……その、どうかマイ、とお呼びくださいませ」
「いえ、俺はただのしがない冒険者ですから」
胸に手を当てつつそう言うマイオドール。それってあれだろ? 親しい人間はそう呼ぶってヤツ。
「婚約者――と、まだ候補ですけど、そういう関係なのですから」
「……ではマイ様とお呼びさせていただきましょう」
「様、は取って頂けないのですか?」
「マイ様も私の事を様付けで呼ばれているでしょう。お互い様ですよ」
一旦断り、妥協案を提示する。うん、このくらいの対応が妥当かな。
さて、それじゃあ俺の冒険者の話を――と思ったけど、そういえば俺は冒険者としてほとんど活動らしい活動をしていない。
トイレ清掃、配達、ウサギ狩り、あとはダンジョンの話くらいしかない。しかも半分以上は人に言えない。適当に作るか……
「さて、実のところ俺たちはあまり冒険者らしい冒険をしていないので、あまり話せることも無くてですね。他の冒険者に聞いた話とかもありますが、それでも良いですか?」
マイは生まれを端折った桃太郎の話が気に入ったようだ。
(↓のランキングタグから、人気投票中。3/31まで。……うん、現在1位と2位は順当。
それはさておき、作者を選択肢に追加した人、作者に投票した人は……怒らないから正直に手をあげなさい)