幼女再び
(ケーマがサキュバス用のゴーレムを作っている間の出来事である)
村に侵入したピンク髪の幼女、ミチル。
彼女の仕事は、村長の篭絡であった。
情報によればここの村長は飾りで、実際の権限は副村長である酒場のマスターが持っている、という話であったのだが……実状は村長が最終的な権限を持っており、副村長の提案もあっさりと切り捨てることができるという代物だった。
事前の調査では村長は幼女性愛者という事が分かっていた。そのため、サキュバスの中でも未熟なミチルにわざわざ割り振られたのだ。
幼女性愛者は大人のサキュバスが擬態した幼女を容易く見破ることがよくあり、比較的成功率の低い強敵である。しかしミチルであれば実体も幼女であり、擬態するまでもない。
また、仮に失敗して撃退されたとしても構わない、捨て駒……とまではいかないが、あまり期待されていない存在でもあった。
そのためロクな情報もなく、とにかく村長を篭絡していう事を聞かせられるようにしてこいという指令だけを受けている。実際に撃退されているので、多くの情報を持たせなかった判断は正しかったと言えるだろう。
「……だけど、私はくじけない! 村長を言いなりにするのよ!」
ぐ、とコブシを握るミチル。気合は十分であった。
が、その日の夜に改めて村に忍び込むと、村長は不在だった。
さすがに連日だと警戒してるか、と肩を落とすミチル。くぅぅ、とお腹が鳴った。
……サンドイッチ食べてから何も食べてないことを体が思い出してしまったようだ。
「うう……精気さえあれば食事が無くてもいいのに……この際動物のでも……」
しかしここはできて間もない冒険者の鉱山村。ペットを飼ってるような家はない。冒険者たちの中でテイムした従魔を連れているような者も居なかった。
かといって冒険者相手に夜這いはミチルには荷が重い。
どうしたものかと宿の前で途方に暮れてしょぼんと座り込んでいたその時だった。
「あら、お嬢ちゃん。こんなところで何してるの?」
「ふぇ?」
顔を上げるとそこには薄緑髪の綺麗な女の人が居た。
フリフリの服を着ている……たしか、ここの宿で働いてる人の服だ。
「お客様の子供かしら? ……お嬢ちゃん、パパやママはどこかしら?」
「え、えっと、えっと……!」
あわあわと混乱するミチル。ここは敵地なのだ、迂闊なことは言えない。
が、体は正直だった。きゅるるぅー、と可愛いお腹の音が鳴った。
「あら、お腹が空いてるのね。余りもののパンでよければご馳走しますよ?」
「め、めがみですか?」
「あらやだ。私はただのメイドさんですよ」
「はっ。でも、知らない人についてっちゃダメって、お姉さまが……」
「あら、それじゃあ自己紹介をしましょう。私はキヌエ。この宿で働いています。あなたは?」
「み、ミチル……」
「ミチルちゃんですか、良い名前ですね。さあ、これで私はもう知らない人ではないですよね?」
にっこりと笑い、手を差し出す女の人……キヌエ。
差し出されたキヌエの手を、ミチルは恐る恐る握る。その手は、きゅ、とやさしく握り返して、ミチルを立たせてくれた。
お母さんってこんな感じなのかな、とミチルは思った。
「えっと……私、この宿のお客さんじゃないんだけど、いいのかな」
「あら、それなら私のお友達ということで、ご馳走させてくださいな。ミチルちゃん」
「……! う、うんっ! お友達、私とキヌエでお友達ねっ!」
そして、ミチルは緑色のメイドさんに連れられて宿の食堂に入っていった。
*
「ターゲットを保護しました、どうしましょうロクコ様」
「どうしましょうね、ええ」
マップにケーマがタグを付けた幼女が現れたものの、なにやら路頭に迷っている雰囲気だったのでとりあえず様子見に手を出したところ、なぜか保護してしまった。
今はパンをお腹いっぱい食べてぐっすりと寝ている。その寝顔はどう見てもタダの子供にしか見えない無垢な顔だった。
さて、どうしたものか。
ケーマに相談しようにも今はサキュバスの入れ物となるゴーレムを作るのに集中しており、話しかけても上の空だ。こうなったらほっとくしかないことをロクコは経験で知っていた。
「始末しますか?」
「うん、私が言うのもなんだけど物騒なこと言うわね。キヌエ、あんた結構容赦ないわねぇ……友達とか言ってたのに」
「メイドですから。私情より仕事が優先されますので」
「私情ではどうしたい?」
「ふふふ、家事を仕込んで私の部下にするのもいいですね? なにせ、初めてのお友達ですから」
なるほど。とロクコは頷いた後、あれ? と首を傾げた。
「キヌエは冒険者からよく『お友達になってください』って言われてなかったかしら? アレは?」
「あらロクコ様。それは『恋人候補にしてください』という下心しかない意味ですよ。私には心に決めた恋人がいますから断ってます」
「あ、そうなの?」
「せめてお掃除しがいのある屋敷をプレゼントしてくれる方なら考えてもいいのですが」
「……ケーマはあげないわよ?」
「はい、心得ておりますロクコ様」
にっこりと笑うキヌエ。宿や村長邸、ダンジョンという掃除しがいのある物件を複数所持し、かつ掃除をキヌエに任せているケーマ。しかもお掃除だけでなく料理もし放題というメイド妖精冥利に尽きる環境を提供している。
そんなわけで、命名効果も合わさりキヌエからケーマへの好感度は最高に近い。ケーマの障害になるのであれば初めてのお友達でも始末する程には崇拝している。
「あと、レイやネルネは友達じゃないの?」
「仲は良いですが、友達より前に同僚ですね。共にダンジョンにお仕えする身です」
「なるほど」
案外ドライなところあるのね、とロクコは思った。
「まぁそいつの処理についてはケーマのゴーレム完成待ちね。だいぶ気合入れてたからまた寝不足になって意味不明なことになるんじゃないかしら」
「また、ですか?」
「ええ、前に睡眠を忘れて熱中して作業したことがあってね」
キヌエはあの睡眠を何よりも優先するケーマが、他の事に集中して睡眠を忘れるなどという事は想像もつかなかった。……もっとも、今現在まさに睡眠よりゴーレムを作ることを優先しているが。
「集中したケーマはすごいわよ、なにせ、ハク姉様に勝つダンジョンだって作っちゃうんだから」
「それならゴーレムの完成度も期待できそうですね」
「でもとりあえず一通り満足した時点で寝かせないとダメよ、その幼女の処遇はそれからになるわね。適当に部屋で面倒見ておきなさい、仕事のシフトは調整しとくわ」
「はい、ありがとうございますロクコ様」
キヌエは、ロクコに恭しく頭を下げる。
……さて、折角だしお友達らしくおしゃべりでもして、できるだけ情報を引き出してみようかしら。と、キヌエは微笑んだ。
(正月は思いのほか執筆が進みませんでした(´・ω・`) 書き貯めする予定が……ううむ)