ワタルの話
模擬戦はワタルが圧勝した。
「じゃあ、この円から僕を出せたらセツナさんの勝ちでいいですよ。僕に勝てたら、ケーマさんには内緒で良いことを教えてあげましょう」
「おいワタル?」
「あはは、大丈夫です。僕は負けませんから」
と言って5戦して、その宣言通りに半径1mほどの円から一歩も出ることは無かった。
1戦目はセツナが殴りかかったところを正面から受け止めて地面に転がしていた。
2戦目は突っ込んできた勢いで空にぽーんと放り投げて、お姫様抱っこでキャッチ。
3戦目は足払いをかけられたものの微動だにせず、逆に蹴り転がした。
4戦目はセツナの猛攻を円の中で軽々避け、いつのまにか首筋に剣をあてていた。
5戦目はぽすっと頭に手を置いて掴み……セツナは動けなくなり、降参した。
勇者は4年間ガチで鍛えるとこんなに強くなるらしい。しかもまだ成長途中だとか。
……ゴーレムの参考になるかと思ったんだけど、こりゃ無理だな。レベルが違い過ぎて話にならん。
「あ、ケーマさんも模擬戦します?」
「はは、勝てると思ってるのか? 俺が」
「またまたー。強くなってるでしょう? 分かりますよ、なんかこう、ぼんやりとしたそれっぽい何かで!」
それっぽい何かってなんだよ。せめて気とかオーラとかそういう感じのものを言えよ。
実際【超変身Lv3】とか身に付いてるから勇者としては強くなってるんだろうけど、それを見抜くとはさすがワタルである。あ、布の服ゴーレムの強化の方かもしれない。
「んきゅ! 村長さんと勇者様の模擬戦、見てみたいの!」
「そうね、村長さんがボコボコにされるところ見たいわ」
「ほら、セツナさんとナユタさんもこう言っていますし。ルールは同じでいいですから」
「……おうし、じゃあ武器を使わせてもらってもいいか?」
「どうぞどうぞ」
というわけで、俺は武器を用意しに行った。
そしてお布団を持ってきた。布を敷き、さらにその上にお布団を敷く。
「あの。武器って」
「それじゃあ模擬戦を始めようか」
「え、一体何をする気ですか!? ちょっと!」
「気にするな。じゃ、おやすみ」
「えっ」
俺は布団にもぐった。……そう、この模擬戦には致命的なルールの穴がある。
俺の敗北条件が一切ないのだ。
つまり、ワタルの横で寝ようが、無視して帰ろうが、俺が負けを認めなければ負けじゃないのだ。
「大丈夫だ、トイレが我慢できなかったら遠慮なく漏らしたりしてくれて構わない。だが一歩でもその円から出たらお前の負けだ。なに、俺はお前が飢え死にするまで模擬戦に付き合ってやろう」
「もはやそれ模擬戦じゃないですよね! あーもう、わかりましたよルール変更で!」
「ん? 何言ってるんだ。ルールはそのままだろう。何で勝手にルール変えようとしてるんだ? 負けを認めるのか」
「……僕の負けです! ケーマさんひどい!」
というわけで、俺はワタルに模擬戦で1勝した。
しかし負けとは言ったものの、ワタルは笑っていた。何かツボにはいったのだろうか。
「村長さん、さすがにそれは無いと思うの」
「……私はちょっと見直したわ」
高度な格闘戦を期待していたであろうセツナには当然不評だったが、意外にもナユタには好評価だった。てっきり「とんだクズね」くらいは言われるかと思ったんだが。
「正面からやったら勝てないからな。さすがに冗談だけど」
「本気で寝る気にしか見えませんでしたよケーマさん?」
「目の前で布団を敷いたのはさっさと降参させるための演出だ。本気でやるならここに戻ってこないでお前が円の外に出るのを寝ながら待ってただろうよ」
「なるほど……じゃあ仕切り直して普通に模擬戦しますか?」
「いやだよ?」
そもそも俺は後衛の魔法使いだぞ。もっともそれをあまり認知されていないのは俺が人前で魔法を使っていないからっていうのが大きいけど。人前にあんまり出ないもんな。
「それじゃ魔法攻撃ありで、こっちは攻撃しない。そして制限時間1分で僕を円から出したらケーマさんの勝ちっていうルールならどうです?」
「断る。今日の所は勝ち逃げさせてもらおう」
ワタルはしつこくルールを変えて対応しようとしたが、魔法使いにとって魔法は切り札だ。パーティーメンバーでもない冒険者にそうやすやすと手札は晒せるわけないだろうが。
それにミーシャには通じた【クリエイトゴーレム】で足場をひっくり返すやり方も、ワタルは円の中なら自由に動けるルールのためゴーレムをごしゃりと踏みつぶされて終わりだろうし。むしろこの勇者、空飛べるんじゃないか?
「えー? 僕とケーマさんの仲じゃないですか。もっと親密な関係になりたいです、というわけで借金の減額をですね」
「なら利子ってことで借金額を2倍にしようか。やったな、これで俺達の仲は2倍に深まるぞ」
「すいません勘弁してください……」
ワタルはごく自然な動作で頭を下げた。
元々冗談半分だったので勘弁してやることにした。
そんな俺たちのやり取りを見て、ナユタはなにか苦いものでも食べたかのように顔をしかめていた。
「……勇者ってもっと畏れられている存在のはずなのに……いや、この勇者様が特殊なのかしら……? それとも村長さんが……うん、村長さんが怪しいわ。何をさておき村長さんが怪しすぎるわよね、露骨に」
「なぁ、そういうのって本人いる前で言う事じゃないだろう?」
「いいのよ、聞こえるように言ってるんだから」
一応俺、この村で一番偉いんだけど。村長だし。
「お飾りの、よね? ロクコ様の素性は知ってるわよ。それに実務も副村長のウォズマさんが取り仕切っているんでしょう?」
ロクコの素性を……ダンジョンコア、いや、帝国のトップ(ハクさん)の妹って事か。
だからロクコがこの村で一番偉い。なるほど。
獣人族は上下関係にいろいろうるさいと聞いてたけど、そうか。ナユタの中で俺はだいぶ低い位置にあるのか? だから俺に対して口調がアレだったりこういう態度だったりか。
一応セツナといい勝負する程度の腕前はあると伝わってるし、『有望株』とやらのはずなんだが、ナユタの評価基準はどうなってるのかね。戦闘より智謀に重点があるんだろうか。
「毎日寝て過ごして、働かずに食う飯は美味いかしら?」って顔してるからそういうことかもしれない。最近は万一に備えゴゾーの誘いも断ってたもんな。寝てたけど。
まぁ、俺はナユタを放置してワタルに1つ聞いておくことにした。
「ところでワタル。なんでネルネなんだ? 勇者ならもっとより取り見取りだろうに」
「……それがですね。ほら、僕って勇者じゃないですか? 女性は特に肩書だけに寄ってくるか、力を恐れて化け物扱いで距離とられるかのどっちかなんですよ。あとは結婚詐欺だったりどっかの国の諜報員だったり……」
遠い目をするワタル。案外大変なのな、勇者ってのも。
そして諜報員のあたりでしっぽをぴくりとさせるセツナ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
ワコークの機密情報持ってるってことは、そういう事なんだろうか。正体が見えてきたな。
……ん? でもよく考えたらもろに諜報員ですって言ってるようなもんか。しかも雇い主がワコークのダイミョーって所まで。そういうのって言ったらだめなんじゃないのか?
「その点この宿はいいですね! 僕のことを特別扱いしないで普通に接してくれるし、まるで日本に居た頃のような気楽さがあるんですよ! ケーマさん見た目も日本人っぽいですし、もうここに住みたいくらいです」
「なんだ、ただのドMか」
「違います! でもそうやって勇者なんて関係なく軽口叩いてくれるのってケーマさんとロクコ様、あとネルネさんくらいなもんで……」
「お、おう」
ふいに寂しげな顔をするワタルに、俺は何も言えなくなってしまう。
こいつ……ボッチ属性だったのか。すこし手加減してやるか……
「あと実は勇者デビューしてから僕に模擬戦で勝ったのはケーマさんが初めてです! なりふり構わず勝ちを狙う人はいたんですけどね」
「おいやめろよ、あれで俺が勇者に勝ったとか言いふらすんじゃないぞ」
「さすがにそれだとケーマさんに迷惑になるってのは分かってますし、言いませんって。あ、でもその代わりに借金の方をですね……」
「それは一切値引きしないぞ。クロを賭けた対価だしな」
「納得しました。誠心誠意払わせていただきます」
その節は本当に申し訳ない、と頭を下げるワタル。
勇者の威厳もへったくれもないなぁと今更思うが、手遅れだろうか。
……最初からなかったかな。
(そういえば今月25日に3巻発売です。
あと関係ないですが、ラノベは最初一週間の売り上げで次が出るかどうかが決まるという噂が)