模擬戦
俺が模擬戦を受けてやることにした。
断ったりニクに任せても良かったのだが、Aランク冒険者の動きを取り入れた布の服ゴーレムがどんなもんかのテストにもなるだろう。
ニクとイチカは自分の闘い方があるため、パワーアシスト程度にしか使ってないしな。
というわけで、宿の裏庭にやってきた。当然ニクも一緒だ。さすがに正体不明と2人きりはマズイもんな。
「いつでもいいの!」
「じゃ、いくぞ。手加減してくれよ、俺は魔法使いで後衛なんだから」
セツナと対峙する。俺は剣を構えず、模擬戦用のグローブを付けている。動きの基にしたミーシャが拳闘士だから、剣は使えないのだ。いや、本人はきっと使えるんだろうけど使ってるところを見せてもらってないからな。
だが魔法は別だ。俺は【ウォータ】の詠唱をして、水の玉を浮かべる。
「火を使ったら危ないからな」
「模擬戦だからって遠慮しなくていいのに」
ぴょーんぴょーん、と準備運動に跳ねるセツナ。たゆーんたゆーんと大きな胸も上下に揺れる。見てる分には楽しいけど、痛くないのかね?
「じゃ、いくぞ」
「うん、最初の一発は受けてあげる」
セツナは拳を構える。そこに俺は、水の玉と一緒に前に出た。
ここで俺は布の服ゴーレムに体を任せた。あとは、俺は魔法を使って茶々を入れるだけ。多少痛みにはこらえる必要はあるが。
打った俺が一発で筋肉痛になりそうな鋭いパンチを、セツナは手の甲を当ててくりんと受け流す。水の玉は、もう片方の手で打ち抜かれてはじけた。
「あはっ、魔法使いなんじゃなかったの?」
「どうせ白兵戦になるんだろ? 手間が省けて良かったじゃないか」
従来の布の服ゴーレムの性能ではAランク冒険者であるミーシャの体術をほとんど再現できない。せいぜい遅めの動きをさらに遅く真似するのが限度だった。
が、今の俺はミーシャの50%程度の性能を再現している。これは新開発したオリハルコン入り関節サポーターのおかげだった。
「あははっ、村長さん、やるねぇっ」
「結構無理してるけど、な」
ぶぉん、とセツナの拳が俺の顔を狙い、突き抜ける。首がグキっと曲がって回避したものの、頭がグワンと揺れてそっちでダメージになる、うげぇ。
あんまり無理すると体がばらけそうだ。呪文を使うよりひたすら脱力して不意の挙動に耐えたほうがいいか。
セツナの攻撃は流れるように滑らかだ。ローキック、まわし蹴り、裏拳、頭突き、掴み、肘鉄、ジャブ、裏拳、からの拳振り下ろし、と息つく暇もない。ミーシャの足さばきと受けの動きが無ければすぐさま一発くらってノックアウトだ。
最小限の動きで避けているので比較的揺れのダメージは少ない、とおも、う……おぅ、急なスウェーバックは、がくんと来るな。
少し余裕が出てきた。【ウォータ】の詠唱を――うぐぇ、ガツガツ途切れる。本当は詠唱しなくてもいいんだが、無詠唱はさすがに見せたくない。詠唱の誤魔化しはセツナ相手だとバレる可能性があるので論外。
一応つっかえつっかえで最後まで唱え、水の玉を出すが――
「ほっ」
と、軽々打ち落とされる。
まいったな、手が無い。あ、頭フラフラしてきた酸素吸わなきゃ。
やばい。視界が黒くなってきた。ぐはー。このまま意識落として寝たい。
「っくは、も、もう終わりにし、しないか?」
「えー? 楽しくなってきたところなのに」
「体力の限界だっ、うぉっ!」
足を滑らせ、コケる。尻もちをついて息が詰まる。
「ッ、くぅ」
「もらった――ッ!?」
と、追撃に拳を振り下ろしたセツナの胸元をむんずと掴み、巴投げをした。
ずぅん! と、意表を突いたそれは、見事に「一本!」と言えるくらい綺麗に決まった。
……そういえば、こんな動きもあったな……ぐふぅ。
「んきゅう。やるね村長さん。本気でコケただけに見えたの」
「……お、おう。たまたまだ。……じゃあ、このくらいで」
「負けたかぁ。この村で負けたのは初めてだよ」
「どちらかというと引き分け、いや、こっちの負けだよ。俺は、もう動けない」
ぜはー、ぜはー、と、こっちは既に息が切れ切れだ。一方でセツナはまだまだ元気。しかもまだ奥の手も残していそうだ。なにせスキルも使っていない。
このまま続いていたら間違いなく酸欠で死ぬところだ。布の服ゴーレム、なにかリミッターつけなきゃだな……
というか、必死だったもんで適度なところで負けようと思ってたのにしっかり負けられなかった。くそう。こうなったら負けと言い張るしかない。
「いやぁ、Bランク級の強さはあるって言ってたけど、まさしくだな。まいったまいった」
「いやいや、そんなボクに一本入れる村長さんこそ強いの」
「いやいやいや、俺は見ての通りもう動けない。完全に負けたよ」
「いやいやいやいや、一本決められた時点でボクの負けなの」
と、地面に寝たままお互いに勝ちを譲るというデフレスパイラルのような何かが発動してしまった。
……この戦い、勝った方が負ける!
「あ、じゃあ引き分けでどうかな」
「……いいだろう、それで手を打とうじゃないか」
「じゃあ引き分けで! ――まぁ、ボクは負けたと思ってるけどね!」
「なんの、俺こそ負けたと思ってるぞ! ――やめよう。むなしい戦いを繰り返すだけだ」
「あはは」
結局妥協案に同意。一応引き分けということになった。
「お疲れ様です。さすがです、ご主人様」
「村長さんってば強いけど、体力が無さすぎるね。どこか怪我でもしてるの?」
「ははは……」
ニクが俺の体を起こしつつ、水の入ったコップを差しだしてきた。疲れ切った腕を動かして受け取り、飲む。……っぷはぁ、美味い。
とりあえずミーシャの体術は相当使える、ということが分かった。一応、殺されるようなこともなかったようだ。
もし殺されても大丈夫なように『自分』に変身してあったが、これについては無駄になってよかったというべきか。死ぬのは、なるべく試したくないもんな。
ちなみに、自分に変身していても能力の制限はかかっている。身体能力は変わらないが、俺の得意技である【クリエイトゴーレム】が使えないほどだ。他の人に変身しても、能力はほとんど使えないだろう。
「ねぇクロ先輩。模擬戦しよ? 村長さんには負けちゃったし、滾ってきたのー」
「……承りました。今度は負けませんよ」
引き分けだっつってんだろ。と、声に出さずにツッコミをいれる。
ニクはそんなセツナに向き合って、模擬戦用の木製ナイフを両手に1本ずつ構えた。
そして、ハイレベルな模擬戦が始まった。
斬る、払う、殴る、避ける、蹴る、受ける、掴む、捻る、投げる、回る。立ち位置もぐるぐると入れ代わり立ち代わり、右にいたと思えば左にうつり、と思えば上に跳んでいたりと。見てるだけで目が回りそうだ。
……ニクにはまだオリハルコン混ぜた関節サポーター作ってないんだけどなぁ。
俺の分のサポーターは『白の砂浜』で使ってたオリハルコンを回収して作ったけど、ニクの分は『父』から貰ったオリハルコンの剣をバラしてからだな。
(研究と開発はダンジョンバトル準備期間に済ませておいたので、すぐ作れた)
あれ、さっきは俺もそこでそう動いてたの? マジか、どうりで目が回るわけだ。コーヒーカップで最大限にぐるぐる回るのなんてメじゃない速度だもんな。
「ふッ! てやッ!」
「くっ、ですが……ッ」
と、ニクが木製ナイフで斬りかかったその瞬間、セツナの拳がナイフをメギリと折った。
「ボクの勝ちかな?」
「くっ、まだです」
ニクは折れたナイフをセツナにむかって投擲し、同時に残ったナイフを構えて地面すれすれを走り抜けた。すれ違いざまにゴッという肉に硬いモノがぶつかる鈍い音。ぽとりと、投擲した折れナイフがセツナの足元に落ちた。
どうなったか……?
「う、ぐぅ」
「残念。おしかったね、クロイヌちゃん」
ニクは頭を押さえて蹲った。
どうやら、すれ違いざまに脛を斬りつけようとしたニクだったが、逆に膝で頭をゴリッとやられたらしい。それは痛い。
「負けてしまいました……」
「もっかいやる? ボクは何度でもいいよ。強い子大好き、大歓迎なの!」
「ええと」
ちらりと俺を見るニク。俺は、ニクの頭にやさしくぽすっと手を置いた。……あ、【ヒーリング】も使えねぇや。【超変身】の制限、結構厳しい。
「まぁ、俺は部屋に戻ってる。好きにしていいぞ」
「……それでは私もご一緒します」
「そうか。じゃあセツナ、このくらいでな。また今度クロに稽古つけてやってくれ」
「むう、残念。今日はこのくらいで勘弁してあげるの、次は村長さんに勝つからね!」
「ああ、もうセツナの勝ちでいいよ。んじゃ俺は疲れたから寝る。お休み」
「それじゃダメなのー! ちゃんと真面目に勝負してよねっ、おやすみー!」
俺はセツナに手を振り、部屋に戻った。
【超変身】を解き、ニクと自分に【ヒーリング】をかける。あー生き返る。
とりあえず、セツナは普通に強い。ナユタの強さはわからんが、錬金術の知識は豊富だ。
……この姉妹、味方につけておきたいところだ。だが勇者やリンみたいな理不尽な存在でもないので、敵に回しても何とかできる、とは思う。
どうするか、方針は寝ながら考えるとしよう。俺、今日はもう疲れたよパトラッシュ。
神の掛布団使わせてもらおうかなぁ……いややめとこ。俺は我慢ができる子なのだ。別に疲労と筋肉痛を言い訳に寝続けられるからというわけじゃない。ちょっと背筋がぞくっとするからでもない。
(前になろう公式ラジオにお便り書いて、先輩の書籍化作家さんに戦闘描写についてアドバイスもらいました。が、やっぱり難しいですねぇ。もっと書けるようになりたい)