マスタールームにて。
「よしっ! 聖女とった!」
俺は思わずガッツポーズをとった。
倒せてよかった。あれで倒せなかったら50体までストックしてたファイアーアームガーゴイルで消耗戦にもつれこんでたところだ。
ここまでガーゴイルを隠してて決めそこねたら、カッコ悪いどころじゃないからな。
リンにはダンジョンコアを狙う理由が無いので、聖女だけ倒せればこちらの完全勝利だ。
「……凄い威力ね。これ、ケーマが研究してたガーゴイルってやつ?」
「ああ、ガーゴイル仕様、仕込み腕だ」
ウォーターカッター。それが聖女を貫いた攻撃の正体だ。
ゴーレムの左腕内部に仕込んだ水を作り出す魔法陣、その数およそ100個。内部でタケノコのように細かな仕切りを積み重ねて、腕だけでその数を仕込んだ。
実験では腕が破裂するなど、非常に危険だった。いやぁ、研究室と別室で実験室作っておいてよかったよ。最終的には最初から内部を水を満たして、魔法陣を刻む素材を日用品のペットボトルから作って、黒鋼を挟んだ三層構造で造ることでなんとかなった。
魔法陣ひとつで、一瞬にしてコップ一杯分を満たす水を作る魔法陣。それが腕という――ハニワゴーレムの腕なので結構デカい腕だが――ごく狭い範囲で無理矢理100個も同時起動すれば、一瞬とは言えその圧力はとんでもないものになる。貫通力を高めるため、砂を出す土属性の魔法陣を1つ混ぜているのがポイントだったりする。最初はルビーの粉末でも仕込みたかったところだが、水圧がすごすぎるのかこの砂でも十分な威力が出てたから問題ない。尚、実験では1発で厚さ3cmの黒鋼を貫通していた。
あと1発目は栓にしている針金が超高速で飛ぶ。……うん、ウォーターカッターなくてもこれだけでかなりの威力だよね。
作成にかかる費用は1つあたり約2000DP、内訳は主に黒鋼インゴット代と魔法陣につかう魔石代だ。
「もっとも、発動にはかなり上等な魔石(500DP)が一瞬で消費され尽くして消えてしまう程度のコストがかかるからな……そうそう乱発はしたくない」
「うわぁ……ねぇ、それ大人しくリンに勝てるような強いモンスター召喚した方が良かったんじゃない? 封印される前の話になっちゃうけど」
研究費用すごく掛かったし、その方が良かったかもしれない……ま、まぁ、勝てるかどうかわからなかったし。
というか、ガーゴイル仕様のアイアンハニワを2体も作った上に、塩で馬ゴーレムも作った俺は、今回ものすごく働いたと思うんだ。無駄に鉄馬から装甲パージするあたり、だいぶ苦労した。見た目からしていかにも「塩!」な塩馬ゴーレムは骨格を鉄で作って塩で覆うことで強度を確保した。
あと天井塩ゴーレムは単純にリンへの嫌がらせとして仕込んだ。
働いたわー、超働いた。もう寝てもいいよね。
「……いやぁ、それにしてもヤバかったな」
「そうね」
「ゴーレムの再生ボイスを『さぁ、やろうか』と『おかわりもあるぞ、好きなだけ食え』しか用意してなかったからな……」
急いでいたのもあるが、急きょ仕込んだ録音ゴーレムではこれぐらいが限度だった。
喋らせることでウーマであると認識させ、それを2体みせることで翻弄する予定だった。一人だけとみせかけての不意打ちで仕留めたかったが、さすが聖女、不意打ちは防がれた。
「え、そこなの?」
「え、そうだよ。別にここ突破されても、奥にあるのは「新・謎解きエリア」への階段だろ。作りかけだったけど」
……え? ボス部屋だけど、その奥はコアルームなんて一言も言っていないよね?
いやぁ、誘導成功してよかった。
当然、ダンジョンコアを置いてあるのは誘導したのとは別の部屋の奥だ。もともとリンがあちこち破壊したのを直すついでに倉庫エリアを拡張したりもしていたから、リンも場所は分からなかっただろう。
「あの、ご主人様、これ、いつまで追いかけてれば……?」
ニクが塩馬ゴーレムにリンを追いかけさせつつ言った。リンを的確に追い込んでいくその操作。凄いセンスだよなぁホント。
「おっと。それじゃあちょっとメッセンジャーゴーレムでリンに話をつけに行ってくるから、もう少し追いかけておいて、俺が合図したら止めてくれ。あ、ロクコ。地面に落ちた塩、回収しといて。リンの調教で使い回すから」
「わかりました」
「はーい」
いい返事だ。俺はメッセンジャーゴーレムを用意して、リンが塩馬ゴーレムとじゃれているボス部屋へ向かった。
*
「おーいリン、止めてほしいか?」
『なっ、ケーマ! もう、元に、戻ったのか!』
いつものメッセンジャーゴーレムでリンに話しかけると、リンは驚いたようにこちらを見て――よそ見したせいで塩馬ゴーレムに突っ込まれ、全身で塩を味わっていた。
別に口からじゃなくても食べられる、食べることができてしまうリンには相当な痛手だろう。
俺が来た時点でハニワ2体を回収したので、残っている『ケーマ』はこの1体だけだ。
『ぬわー?! や、や、やめさせろ、ケーマ! お前の、配下、だろ!』
「リンも俺の配下になってくれればやめてもいいけど?」
『ぐぬ! それは、だめだ!』
ウーマじゃなくてケーマっていうことは今は狼語で話してるんだろうか、俺。
深く考えるのは面倒くさいな。どっちでもいいか。
『くそ、したくはなかった、が、仕方ない……――全てを飲み込む漆黒の穴よ――』
「おいまて、わかった。止めるからそのバチバチするのをやめろ」
リンが魔法の詠唱を行い始めて黒い雷がバチバチし始めたので、慌ててニクに合図して塩馬を止める。リンもそれを見て詠唱を止めてくれた。つーか、すべてを飲み込む漆黒の穴ってブラックホールか? そんなのもあるのか、ヤバイな魔法。
あわよくばこれで配下にできれば良かったんだが、リンはまだ俺の知らないカードを抱えているらしい……
『ふん、初めから、素直に、そうすれば、いいんだ』
「はぁ……おいリン、配下にならないならダンジョンから出てけ……といいたいところだが、まぁあの部屋に居るなら置いといてやる」
『うん? 偉そうだな、ケーマ』
「今回は俺の勝ちだからな」
『……まぁ、いい。まぁいい。そういうことに、しておいてやる』
よほど疲れたのか、ぐったりとするリン。
「まぁなんだ。とりあえず1日5体ゴーレム食わせてやるから、あの部屋の先に侵入者が来ないように守っといてくれよ、親分」
『うん、ここに、いる間は、守ってやる。任せろ』
「子分だからって奥に連れ込むのはもう無しだぞ? そんなことしたら塩馬を食ってもらうからな」
『……わかった、いいだろう』
塩馬がよほど嫌だったのか、リンはおとなしく頷いた。
これ以上は藪蛇になりかねないから、約束はこの位でいいか。あまり細かい条件つけて「そんな約束したか?」と忘れられてもアレだからな。
それに、リンはリンで1日950DPの基礎収入がある上に、閉じた部屋に居てもらってるからさらに倍。居てくれるだけでかなりうまみのある奴なんだ。今回みたいなリスクもあるが。
実際に聖女を昨日まで撃退してくれていた功績と併せて、今回は許してやろう。
……べ、べつに倒せないから許すしかないというわけじゃないんだからねっ。
「……そういえば、滞在はいつまでになるんだ?」
『うん? そうだな……遅くても、春になったら、行く。ケーマも、くるか?』
「いや。俺はここから離れたくないからな」
『そうか、ケーマがいれば、食料に、困らないと、思ったのに』
食う気満々じゃねぇか。というか、ゴーレムでもいいんだから直接土でも食えばいいんじゃないかな。
(あと聖女のエピローグでこの章終了なかんじです。そしたら閑話挟んで次のエピソードかな)