聖女とボス
「最初に親分が向かおうとしていた方向と、そもそも逆ですからね」
『……そうか。よく、気付いたな』
「ええ。当然です。ウーマ先輩はなかなかに策士ですね」
『そうか? ウーマは、弱いぞ。それじゃ、行くか』
飛び石になっている足場を戻りながら、聖女アルカは自慢げだった。
そして、すっかり違和感なくリンと並んで歩いていた。
残念ながら不死鳥の姿は無かった、どこかに隠れているのだろう。……とても残念だ。
マグマが溢れた熱い階層を戻り、石畳と石レンガ壁のダンジョンへ戻ってくる。
「最初に親分が向かおうとしていたのはこちらでしたね」
【マッピング】を使い、地図をスキルで確認しながらダンジョンを戻る。
そこには壁があったはずだった。しかし、ウーマを倒したからか壁が無くなっていた。
「……なるほど、ウーマ先輩が鍵だったわけですね」
『うむ、面倒、くさいな』
そして、トラップを適当にいなし、――再び、壁の前に座るゴーレムを見つけた。
ウーマだ。纏う空気が、他のゴーレムとは明らかに違うからすぐに分かる。ただ座っているだけなのだが、それがなぜか人間臭いのだ。
ウーマは聖女とリンを認識すると、ひょいと右手を上げて挨拶した。
『よぉ、あのまま帰ってくれれば良かったんだが』
「なかなか良い対処でした。普通の冒険者なら引っかかったでしょうね、先輩」
『はぁ……一応聞いておくか。――帰ってくれないか?』
「お断りします」
にっこりと笑顔で、聖女は言い切った。ウーマはため息をつくように肩をすくめた。
『リンも、アルカを止める気はないんだよな?』
『うん? そうだな。ないな』
『ならリンごとアルカを潰すだけだ。いいな? ……すぐそこの部屋で待つ』
『くっくっく、できる、のか? いいぞ、やって、みろ!』
ぐぁお、とリンがウーマを食べる。勢い余って壁も破壊した。
……その先には、扉があった。豪華な、いかにもボス部屋といわんばかりの扉だ。
ウーマが言っていた部屋というのはここのことで間違いないだろう。
「ウーマ先輩に親分を倒すなんて、できるのでしょうか?」
『くっくっ、さぁ、な。あいつは、アルカより、弱いが……頭が、いいからな』
人間並み、いや、人間以上の知能があるように思えるウーマ。それがダンジョンのボスとして立ちはだかるのか。聖女は気を引き締めた。
ギギギ、と重い音を立てて扉を開ける。
中には鈍く輝く鉄の騎士像があった。ランスを構えて騎乗したフルアーマーの騎士で、ただしフェイスガードは上がっているため顔はみえている。……卵に穴、としか言いようのないのっぺりした顔だった。
ウーマはどこに隠れているのか。ゆっくり足を進める。
殺気。聖女は素早く2歩下がった。直前までいた場所に、ランスが突き刺さる。
そのまま振り上げられるランスを、ガィン! とリンが割り込んで止めた。
騎士像が、動いていた。……そうか、ゴーレムだ。馬まで、というのは初めて見るが、ボスならそういうのもあり得るのだろう。
良い不意打ちだった。リンがいなければ、決まっていたかもしれない。
『くっくっく、ウーマぁ、おまえ、ウーマか! ウマそうに、なって! なぁ!』
楽しそうに笑うリン。
『……さぁ、やろうか』
フェイスガードを下げながら、騎士のゴーレムが喋る。それは、間違いなくウーマの声だった。ウーマは一旦距離を取り、仕切り直した。
「望むところです、いざ!」
『くっくっく! くっくっくっくっ! いくぞ、ウーマ!』
リンとウーマが同時に駆け出しぶつかり合う。……と思われたが、ウーマは馬からすばやく飛び降りた。勢い良く射出された馬だけが、リンに向かった。
『それは前に、見たッ……?!』
リンが馬を食べようと、ありえないほど大きく口をひらいた直後、馬が破裂し、白い何かが口内めがけて飛びこんだ。
『ぐげぇ?! ぐはっ、ぺっ、ぺっ! こ、これはっ、し、塩!!』
『おかわりもあるぞ、好きなだけ食え』
ウーマの背後にあった扉が開き、そこから白い馬がなだれ込んできた。馬が5頭も入ると、扉はばたんと閉まる。
『ま、まてウーマ?! それ、もしかして、全部、塩、なのか?!』
『おかわりもあるぞ、好きなだけ食え』
一言一句、言い方すら全く同じくして無情に告げるウーマ。
塩の白馬……塩馬は、容赦なくリンを追いかけ始めた。
聖女はリンがウーマと塩馬から距離をとるのを見つつ、背後から来た攻撃をバトルハンマーで受け止める。
「塩で、多少は足音を隠しても目立ちますよ、ウーマ先輩」
『…………』
「あら、無言ですかウーマ先輩。褒めてくださってもいいんですよ? それとも、喋れるのは一人だけですか?」
2体目の騎士型ゴーレム。油断しているところを狙った完全な不意打ちのはずだった。だが聖女はウーマならそれくらいやってくるに違いないと、ある意味確信のようなものがあった。むしろこの程度かとガッカリしているくらいだ。
『……さぁ、やろうか』
「ええ、やりましょうか、先輩」
リンに対してと全く同じ言葉をかけ、戦闘が開始される。
ウーマの剣術は、騎士のものに近い。ただし、技量はせいぜいCランク冒険者といった程度の雑なものだった。
聖女は手に持ったバトルハンマーで騎士型ゴーレムの攻撃をいなす。リンは塩馬に追いかけられこちらへの援護は期待できない。だが、正面からの戦闘でもこれなら勝てると、聖女は見込んでいた。
「ふふふ、親分に比べたらこの程度……軽いですよ!」
ガィン、ガィンと金属同士がぶつかり合う音が響く。聖女のバトルハンマーは黒鋼という鉄よりも固い鉱石でできていた。対するウーマは全身が鉄でできており、武器もまた鉄の剣だ。
聖女の攻撃を受け止めるたび、剣がギャリギャリと耳障りな悲鳴を上げ、体にはハンマーの跡が残る。
「ほらほらほら! 甘い、そこ、そこ、ここも!」
焦りとダメージが動きに現れるようで、次第に精彩を欠いていくウーマ。聖女は容赦なくウーマを物理的にへこませていく。
と、ウーマがよろめき、しゃがみこむ。剣を捨て、左手を広げて前に突き出した。
「なんです、まったですか? ふふふ、剣を捨てたという事は降参でしょうか? ですが、ウーマ先輩を倒さねばダンジョンコアまで行けないんですよね。だから、やらせてもらいますよ」
『……おかわりもあるぞ、好きなだけ食え』
さらにウーマが右手で上を指差す。ビクリと、罠を警戒してウーマを視界に留めたまま上を見るが、何も無い。……いや、よく見ると、天井は、白かった。
次の瞬間、天井が崩れる。それは、大量の塩だった。ゴーレムである塩馬とウーマには全く平気だったが、リンと聖女は一瞬目を閉じることを余儀なくされてしまった。
『もがあ?! ぺ、ぺ! ぐ、ぐぐぅっ! 不味い! なんて、不味さだ! うげっ、ぺっ!』
リンの苦しそうに唸る声が聞こえる。どうやら目を閉じた隙を突かれて塩馬を食らわされてしまったらしい。というか、塩が弱点なのだろうか。いや、弱点なのだろう。だからこそ、どうやってかは知らないが、ウーマはこれほどまでに大量の塩を用意したのだ。
「く、ッ!」
バトルハンマーで防御を固めつつ目を開けると、正面にウーマが居た。武器を持たず、激しい動きが無かったせいか、塩の落下に紛れていたせいか。接近したウーマの左手は、先ほどよりもはるかに聖女に近い位置にあった。
――次の瞬間、ウーマの左手から勢いよく出た細い何かが、聖女の心臓を貫いた。
「……は?」
こふ、と血を吐く聖女。肺か気道にも穴が空いたようだ。
鉄製の胸当てを付けていたのに、見事に貫通している。
「ゴーレム……のくせに、魔法、ですか? ……詠唱、いつのまに……?」
回復魔法を唱えようにも、目の前の敵はそのような暇は与えてくれそうにない。そもそも肺に血が溜まり、呼吸すら怪しく、話し方もまるでリンのように途切れ途切れだ。感覚で「あ、これは死んだな」と経験で分かってしまう。
「ごふ。ふふ……油断、しました。どうやら、私の、負けですね……」
『……』
ウーマは喋らなかった。当然だ、死に往く者への冥途の土産、というわけにはいかないのだ。聖女は生き返るから。
ネタばらししてしまえば、次は対策をしてくるだろう。だから何も言わない。何も答えなかった。
もっとも、聖女にも多少の推測くらいはできる。
服が濡れていた。ということは、水系の魔法だろう。鉄の胸当てを一瞬で貫通するほどのそれは、おそらく上級以上の魔法だ。
ウーマは、ゴーレムというより、ガーゴイルの亜種なのだろう。
詳しくは分からないが、「そういう魔法が無詠唱で使える」と見ておけば間違いはない。ならば、次は。次こそは。
……しかし、その次は当分先になりそうだ。しばらくの間、聖女はダンジョンに潜れなくなる。【トリィティ】は、そういう制約がある。
『むッ?! お、おい、アルカ! やられたのか!』
「ぐ、申し訳ありませ、ん、親分……また、いずれ来ます、よ……」
聖女は暗くなる意識に逆らわず、ゆっくりと眼を閉じた。「……ああ、最後は、せめて親分に食べられたかったかも。でも今塩まみれだから食べてもらえないなぁ」とか、ちょっと的外れな事を考えつつ。
(基本的に不意打ちなので、決まればあっさりカタが付いてしまうのがケーマ流)