村長への相談
「金を貸してくれ」
ゴゾーが口にしたそれは、思いのほか俗な相談だった。
「いやゴゾー、そりゃないだろ」
「ん? 俺個人にじゃないぞ? 村にだ」
「……うん? そうか。じゃあ村の運営費ってことか? 何に使うんだ?」
金を出してくれ、じゃなくて貸してくれ、というあたりに良心が窺えるな。
商店の店長がにやりと笑う。
「いやぁ、話が早くて助かるで。冬の間の食料、燃料、買うモンはいくらでもある。ルートはウチで確保しとる、村の共用倉庫はクーサンが建ててくれるで、割引でな」
「……なぁ、いっそ冬の間は元居た所に帰るってのはどうだ?」
面倒になってきてついそんな発言をしてしまった。
俺としてはDPが手に入らなくなるが、別に必要ってわけでも無いからなぁ。邪魔されずにゆっくり温泉に入るのも悪くない。そのあとマッサージ椅子で寝落ちするまでワンセットだ。
……ん? みんな、その発想は無かったって顔して固まってやがる。しばしの沈黙。そしてそれを破ったのは商店の店長だった。
「そりゃないで、ここのアイアンゴーレムは良質やし、冬の間の産出を捨てるような真似はできひん!」
「あ、ああそうだな。既に生活基盤をこっちに持ってきたヤツもいるからな。なぁクーサン?」
「おう! 俺はケーマさんについてくぜ!」
追いかけるようにゴゾーが繋ぎ、クーサンはキリッと宣言した。なんでお前そんな前向きに俺の手下宣言してんの? 俺、特に何かした覚えないんだけど。
「まぁいいさ。けど金の無駄遣いってことにはならないか?」
「ちゃんと元は取れる見込みなんよ、ツィーアでもパヴェーラでも鉄は常に不足しとるし。それに近々さらにデカい需要が舞い込む予定や。それも冬の間にな」
「デカい需要ねぇ。戦争でもあって武器防具に鉄が必要です……ってか?」
そんな物語を聞いたことがある。と思い出しつつ俺が言うと店長は驚いた顔をしていた。
え、マジで当たってんのか。
「ま、まぁそんなわけやからな。時期的にここの稼働を止めたくないんよ」
「ということは、金を貸すっていうよりは投資しろってことだよな?」
「せやせや! あーやっぱケーマはん最高やで、話が早い! 絶対損させんよ、いくらまで出せる?」
店長がテーブルをバンッと叩きつつ、ニカッと笑う。
うーん、こういうのっていくらが相場なんだろうか、さっぱりわからん。だけど、この際DPにするしか使い道がなくて死蔵しちゃってる金貨を使ういい機会なんじゃなかろうか。
俺は、【オサイフ】のスキルをつかって金貨をテーブルの上に積み上げる。
ひのふの……ええい面倒だ、100枚くらいでいいか。ワタルの借金返済1ヶ月分だし。
「金貨100枚で足りるか?」
「き、ひゃくっ?! あ、ああ、そ、そんだけありゃ十分足りるわ。うん、春には倍、はちょっと難しいけど、150枚くらいにして返したる!」
「頼もしいな。じゃ、そのかわり村の運営資金関係は任せるぞ、店長。儲けて見せろ。……帳簿はチェックするから、着服するなよ?」
「さすがに金貨100枚もポンっと出してくれるとは思わなかったわ……ええやろ、このダイン商会、全力や、全力でやったるわ!」
商店、ダイン商会っていうんだ、初めて知った。
ちなみに、元々金貨10枚もあれば足りる話だったらしい。ま、出しちゃったもんは仕方ない、足りないよりはいいだろう。ついでに資金関係は任せてしまうことにした。やる気みたいだし、いいことだ。
「いつのまにそんなにお金を……しかし、出し過ぎでは? 持ち逃げとか詐欺とかを疑わないのですか?」
受付嬢さんが話しかけてきた。
確かに持ってかれたら10万DP分損したことになってそれなりに痛いが、今更ひっこめるのも面倒だし、舐められる。村長としての俺の理想は『どっしり構えるだけで、面倒な些事を周りに任せてぐっすり寝る』だ。
そうだ、面倒なことを周りに押し付けるそのためにも、ここは大物感を出しておこう。
「ま、信用しますよ。冒険者ギルドの受付嬢がここに同席している意味も含めて、ね。……それにこの程度の金を持ち逃げるようならその程度の商人ということです。でしょう?」
「おうよ、舐めんなや! 失敗して損させたらドゲザでもセップクでもなんでもしたるわ!」
土下座だけじゃなくて切腹もあるのか。あ、もしやるならDPになるようにやってくれよ?
「意外ですね。……いきなり村長を押し付けられて、即決でここまでの判断ができるとは」
「フフフ、ここまで様相を崩したダインさんを見るのは初めてですな」
受付嬢さんから珍しく褒められた。その横でダンディーな髭のオジサマ……酒場のマスターがなんか意味深にニヤリとしていた。きっと店長がしどろもどろになってるのを見てのことだろうな。
だが次はアンタの番だ。
「じゃ、ついでに。俺に何かあった時は酒場のマスターに村長をやってもらいますね、ってことで、副村長よろしく」
「おっと私ですか。……ふむ、ケーマさんも冒険者、何があるか分かりませんからね……わかりました、お引き受けしましょう」
ふふふ、仕事できそうだからな。大方の仕事は押し付けてやるぜ。
「じゃ、分かってるだろうが指示をまとめようか。まず方針。これは冬支度だ。……もっといえば、冬の間のアイアンゴーレム採掘のための準備だな」
俺は一同を見て、それぞれに最低限の仕事を割り振る。
「クーサン、お前は明日からすぐにでも倉庫を建て始めろ。カンタラは釘とかの必需品を優先して作れ。受付嬢さん、ギルドの方で木材収集の依頼を。……金はダイン商会と相談でお願いします。あとダイン商会は物資の調達と資金繰り。物資については、なんならしばらくは宿の倉庫をつかってもいい。副村長のマスターはダイン商会の案をみて不足がないか確認を。その他細かい指示は任せる。で、ゴゾーだが」
「おう、あと俺はダンジョンでアイアンゴーレムを狩ってくる仕事だな! まかせとけ」
「それもあるが、お前にはもっと重要な仕事をくれてやるよ」
「ん? なんだ、重要な仕事って」
ゴキリと鳴りそうな太い首をかしげるゴゾーに、俺はにやりと告げてやる。
「この村の名前を考えといてくれ。頼んだぞ」
「はぁ?! そこ俺に投げるのか?!」
ゴゾーは思った通り素っ頓狂な声をあげた。
「あくまで案だ、気楽に考えてくれよ。くだらない案出すくらいならゴゾーロップラブラブ村にしてやってもいいぞ。じゃ、しっかり考えてくれ」
「なんだそりゃ?! わ、わーったよ、考えりゃいいんだろ、考えりゃ!」
こうして俺は自分の仕事がなくなるようにすべての仕事を一同に割り振ってやった。
……しめしめ、こいつらはこれから自分が何をすればいいかを思い返していて、俺の仕事がなくなったことには気づいていないようだな。
「忙しくなりそうだな。……俺もお飾りの村長頑張るよ。じゃ、俺は帰って寝るとする。オヤスミ」
さて、帰って寝るとするか。
*
ケーマが去った後、村の幹部達は酒場で差し入れのカラアゲを食べつつ、村長としてのケーマの話をしていた。
「まったく、大したタマだぜ。あいつ、村長押し付けられた直後にあんなにスラスラ指示だすかよ」
「さすがケーマさんだな! 俺は一生ついていくぜ!」
「やれやれ。私なんて副村長にされてしまいましたよ?」
「ウチの店は財務省扱いやね。……金貨100枚をアッサリ出してくれるとは、ホント大物やわぁ」
「いつの間にあれだけのお金を用意したのかしら……Dランク冒険者なのに」
「ああ、ワタルが賭けで金貨2300枚巻き上げられたっつってた。月に金貨100枚払わせてるんだってよ」
「……勇者様相手に? それこそ勇者ですね」
さしあたって「どこがお飾りだ」と、一同の意見は一致していた。
意見を聞いて方針を定め、そのための指示を出し、裁量も与える。
それは立派な村長の仕事だった。
本当は村長になるのを断られた後に、宿から金を貸してもらう口添えをしてもらうだけの予定だったのだが。
よもや村長になるのを了承されたうえ、本人から即決で金を、それも予想していた最高額の10倍を出されるとは思わなかった。
おかげですっかり主導権を奪われてしまった。
「ケーマさんにスロットの貸し出しやおつまみのレシピの提供などの借りを多少は返せるかと思ったのですが」
「全くやなー。イチカはんをたまにバイトしによこしてくれるおかげでウチの店も助かっとるし」
「ギルドとしても、救助依頼を何度かこなしてもらっていますし……」
「はっはっは! 敵わねぇなぁ、村長には」
ちなみにイチカについては、食費とスロット代を稼ぐために空き時間や休養日に自主的にバイトをしているのだが、ケーマから派遣されていると思われていた。
スロットで散財するのも、ケーマからの富の分散だと思われている節すらある。
「儲け話の件もすっかり見抜かれてましたわぁ……」
「独自の情報網があるとみて間違いないでしょう。伊達にAランク冒険者御用達宿の秘書をしていない、ということかと」
「さらに言えば、宿の倉庫を使ってもいい、っちゅーのは、当然物資の値上がりを予想してサッサと買い込めっちゅー意味なんやろな。しかも現金がたんまり入ったし、コッチで押さえてた分以上に買えそうやで」
そこまで予想しているのか、と酒場のマスターは驚愕した。
一方でゴゾーはシリアのコップにリンゴ酒を注ぎつつ尋ねる。
「……なぁシリアちゃん。今、ケーマってランクいくつだったか?」
「先日試験を受けて、Dランクになりましたよね。というか、試験官ゴゾーさんだったじゃないですか」
「分かってらぁ、聞いてみただけだ。……Dランクかぁ。俺よりランク下なんだよな、アレで。……もうCランクでいいんじゃね?」
「さすがに1年もたたずにCランクにするには功績が足りてませんよ」
ギルドの受付嬢は、そう言いながらカラアゲをつまみ、リンゴ酒を一口飲み込んだ。
あとクーサンは「うまい、うまいぞー!」とカラアゲを頬張り、ケーマへの尊敬をさらに高めていた。