ゾット帝国騎士団カイトがゆく!~疾風の少女と白き龍~
太陽が照りつける中、ボロボロのアスファルトの上を歩く二人の少年がいた。
森の中を抜けるべく作られた高架高速道路だが、今はかつての面影もない。
かつては多くの車が行き来していたであろうその道路も今ではひび割れ、その間から植物が生い茂っている。
しかし道がある程度舗装されている分、野山を往くよりはずっと楽だ。
だが、さすがに朝から歩き通しだと疲労がたまる。
街路樹が成長したと思われる大木の木陰で二人は休むことにした。
「水、足りるか?」
「わりぃな、結構前に全部飲んじまったから…」
騎士見習いの少年、『カイト』が頭の後ろを掻きながら言った。
頭の後ろで髪を小さく結え、両耳に羽ピアス。
祖父の形見であるクリスタルのネックレスを常に肌身離さず持っている。
シャツにサスペンダー、両手にパワーグローブをつけ、カーゴパンツにスニーカーをしている。
「しょうがないな、全部は飲むなよ」
そう言って水を差しだした少年は、彼の幼馴染の『ネロ』。
ネロは黒いハットを斜めに被り、整った目鼻立ちで黒縁メガネ。
左耳にピアス。
服は白いシャツに黒いジャケットを羽織り、左手の小指と中指に指輪を嵌め、右手首にブレスレット。
下はデニムパンツにスニーカーを履いている。
ネロはモデル並みの美形で女の子は黙っていない。
幼馴染の少女『ミサ』でさえ、ネロを独り占めにしている。
「それにしてもラウル古代遺跡まで遠いな、本当にこの道で会ってるのか?」
カイトが言った。
この少年、熱意はあるのだが少し頭が悪い。
「お前が『行こう』と言いだしたんだろう。それに道はあっている」
ネロは何やらデジタル腕時計のボタンを弄り、黒縁メガネのレンズにこの辺りの地図を表示する。
彼の父親は、ゾット帝国騎士団の科学者だ。
この眼鏡も彼の父親が開発した者だろう。
索敵機能や通信機能など、多彩な機能がついているらしい。
「ま~た、お前の親父が作った変な発明品か」
「変というな」
彼の父親はよく変な物を発明しては、騎士団と親衛隊に役立っている。
自慢げにネロは、カイトとミサに親父の発明品を見せびらかしている。
しかしそれは彼が父親を尊敬しているからこそだ。
「なぁ、カイトのお爺さんは何故、最後の冒険にラウル古代遺跡を選んだんだ?」
「さぁな、近いからじゃねぇの?」
カイトの祖父の冒険書に書いてあった『ラウル古代遺跡』、彼らはそのラウル古代遺跡を確かめるためここまで来た。
彼らは今、世界を見ている、カイトの祖父が見てきた世界だ。
カイトは家に伝わるクリスタルの首飾りを握り締める。
この首飾りは、彼の祖父がラウル古代遺跡で採取したらしい。
何らかの不思議な力がある、そう聞いていたがカイト自身は特に何も感じていないらしい。
「それにしてもいい景色だよなぁ」
カイトはネロに背を向けて寝転び、耳高架高速道路の防音壁が壊れた部分から眼下に広がる景色を眺めた。
広大な森が広がり、川の静水が流れる。
遠くには山が連なり、大きな湖、大きな滝、古いダム、廃棄された軍の基地などがちらほら見える。
大自然がカイトを呑み込みそうになり、おもわず息を呑む。
「昔は、この森に人が住んでたかもな」
「五十年ほど前はな。戦争でこの辺り一帯の人たちは別の地区へ散り散りになったらしい」
カイトの言葉にネロが補足した。
この辺りはかつて鉱山があり、産業で栄えた地区だったらしい。
しかし今では人はほとんど住んでいないとか。
今、二人が歩いている高速道路の残骸もかつては運送や移動の手段として使われていたのだ。
「よし、休んだしそろそろ行くか」
「え、ちょ待てよ!もう少し…」
「もう三十分は休んだんだが」
「マジかよ…」
そう言って渋々立ち上がるカイト。
せめてこの廃高速道路を下りたら水を汲ませてくれ、そうネロに言った。
ついでに何か食べ物も調達しよう。
そう言いかけたその時…
「…何か聞こえるな」
突然、ネロが呟いた。
カイトの耳には何も聞こえなかった。
聞こえるとすれば、森の木の葉がすれる音と風の音だけ。
いや…
「誰かが歩いてくる…」
「どれどれ」
カイトたちの目に写った者。
それは、地平線の向こうからこちらへと歩いてくる人影だった。
この地区に旅人など珍しいそう思いながらしばらくその人物に目をやる。
その人物はフラフラとした足取りで歩いている。
だが、その人物は途中で力尽き、その場に倒れこんでしまった。
「お、おい倒れたぞ!」
カイトが叫ぶ。
二人はその人物の下へと向かった。
倒れていたのはボロ布に身を包んだ少女だった。
年齢はカイトたちより少し年上と言ったところか。
「た、助け…」
少女が目を覚まし、起き上がろうとしている。
だが、少女は次の瞬間再び倒れた。
「しっかりしろ!」
カイトは少女の無時が気になったのか横になった彼女の胸に耳を当て、生死の確認をする。
人形の様にぐったりとしている。
横になったまま動かない…
しかし、息は普通にしているので、人と出会い安心して気絶しただけのようだ。
そんな中、なんとなくカイトは彼女のボロボロの服に目がいってしまう。
ボロ布から覗く生足を見て、カイトは思わず生唾を飲み込み喉を鳴らす。
興奮して鼻血が出そうになり、慌てて鼻を押さえ、視線を逸らす。
ふと、気まずくなって人差し指で頬を掻く。
「変なこと考えるなよ、カイト」
「へ、変なことってなんだよ」
「別に。とりあえず水でも飲ませてやるといい」
ネロに注意されるカイト。
少女の変なところに目がいかないように注意しつつ、右手でネロから水筒を受け取ろうとする。
その時、カイトの右手がなにか柔らかい物に触れた。
「なんだ?」
「おいおい…!」
「や、やべ。コイツの胸を掴んじまった!しかも…小さ…」
カイトがそこまで言いかけたその時、その少女の手が少し動いた。
ネロはそれを見逃さなかった。
意識を取り戻したのか…?
いや、違う。
これは…
「カイト、離れろ!」
「へ?」
「ガキ共いい加減にしろや!」
そう言うとその少女は纏っていたボロ布を脱ぎ捨てた。
猛禽類のような鋭い眼、荒野を流れる風と燃え盛る炎のように美しい朱色の髪を持っていた。
レザージャケットにショルダーパットというその衣装はまるで鎧のようにも見えた。
しかし、その顔は濁りきった眼の悪人面だった。
「こんな時代だ、ちょっと弱みを見せればバカな男どもが寄ってくる…」
「やられたなカイト、どうやらソイツは盗賊らしい」
「ガキだからと言って容赦はしない、とりあえず持ち物と金を置いていけや」
そう言うと、盗賊の少女が奇妙な構えを取り始める。
流水のようなしなやかな腕の動きに、敵であることを忘れ魅了されるカイト。
ゆっくりと、だが正確にその拳は対峙したものに傷を負わせる。
「ビャオ!」
その叫び声と同時に、彼女の手刀が空を切り裂く。
当たってはいない、しかしその一撃によりカイトの後方の壁に一筋の大きな傷跡が残った。
もしこの一撃を喰らえば、単なる怪我では済まないだろう。
「なんだ今のは!魔法か!」
斬撃を飛ばす攻撃魔法は比較的メジャーな技だ。
魔力の消費は激しいが、習得自体は簡単な部類に入る。
この少女もその技が使えるのだろうか。
しかし、ネロはその可能性をあっさりと否定する。
「いや、今のは魔法では無い。恐らく…」
先ほどのメガネ型端末を使いデータベースから盗賊の少女の使った技を導き出す。
ゾット帝国軍で正式採用されている『サブマシンガン』や『ポンプアクションショットガン』などなら一瞬で解析可能。
たとえそれが『幻術』や『縮地法』、『伝説の邪剣-夜-』や『極東の多節混』といった珍しい技や武器であろうとわずか数秒で解析することができるのだ。
王都ガランにあるゾット帝国国立図書館に収納されている資料からそれを割り出すことができる。
つくづく、彼の父親の持つ技術力には驚かされる。
「まさか…あの技は!?」
ネロが解析結果を見て、信じられないものを見たかのように驚く。
それを見た少女が件についての説明を始めた。
「この拳は東方大陸の極一部の部族にのみ伝えられている激情の開陽拳…」
「そんな技を何故…」
「このあたし、『カツミ』様はその拳を11歳で全て習得した。並みの人間にはこの技は見切れん!」
そう言うと、カイトに向かってカツミが突進する。
すれ違い様に切り刻むつもりだろう。
カイトも剣を抜き、反撃しようとするが…
「遅い!」
カツミの手刀から発せられた斬撃波が剣の鞘を切り落とす。
剣を握ろうとしたカイトの拳はむなしく空を握りしめる。
その握りしめた拳をカツミに振りかざし、殴り掛かろうとする。
パワーグローブをつけているため、その力は常人の数倍の威力となっている。
「うおぉ!」
「一辺倒な攻撃だな、所詮は子どもか」
だがその拳もカツミにあっさりと見切られ、カウンターの斬撃波を喰らう。
パワーグローブで何とか防ぐも、攻撃跡が生々しく残った。
内部の機械が露出し、いつ壊れてもおかしくない状態だ。
「うわ…」
ならばと、剣の鞘とは逆の位置につけているホルスターからオートマチック銃を抜こうとする。
だが、ネロはそれを咎めるように叫ぶ。
「よせ、相手は女だぞ!撃ち殺す気か!」
「知るかバカ!」
ネロを無視し、カイトはオートマチック銃を握り締める。
だが、それすらもカツミには酷く鈍い動きに見えた。
銃を握るカイトの手を蹴り飛ばし、その衝撃でカイト自身も壁に叩きつけられた。
「ちょうどいい運動にはなったよ。最近体動かしてねーからなー」
軽く体を動かす素振りを見せながらカツミが言う。
彼女にとって今までの行動は『戦い』ですらない。
単なる『準備運動』にすぎないのだ。
彼とカツミの間には天と地ほどの実力差がある。
この勝負、彼は間違い無く、勝てない。
「その剣と銃、王都の騎士団で正式採用されているヤツだな?」
「あ、ああ。それがどうした」
「裏ルートで流せば高く売れるな。あたしがもらってやるよ」
そう言ってカツミがゆっくりとカイトの下に歩み寄る。
この二つを差し出せば彼女はおとなしく帰ってくれるだろうか?
その思いが頭によぎる。
そうすれば少なくとも命までは取らないはず。
絶望感漂う中カイトは瞼を閉じ、胸のクリスタルを片手で握り締めた。
その時…
「う、うお!なんだ…!?」
一瞬、辺りが白い光に包まれた気がした。
握りしめたクリスタルが光り輝いている。
その光の中、ふとネロの声が聞こえた。
「今だ!早く逃げるぞ!」
そう言うと、ネロは高架高速道路の防音壁に開いた穴から地上へ向かいロープを垂らす。
そのロープを伝い二人は地上へと降りていった。
「ま、待て…」
カツミもその後を追おうとするも、ネロは使い終わったロープに火をつけた。
元々燃えやすい素材でできていため、その火は一瞬で燃え上がり、ロープは灰と化した。
これではカツミは二人の後を追うことはできない。
「へへ、やったなネロ」
カイトが頭の後ろを掻きながら言った。
先ほどのカツミは並みの魔物よりも遥かに厄介な相手だった。
正面から戦わなくて大正解と言える。
安心しきった顔のカイトに対し、ネロは少々困惑した顔を見せる。
「あのロープは本当は緊急用の燃料も兼ねていたんだけどな…」
「それより、さっき俺一人に戦いを任せやがって!お前も…」
とその時、カイトのインカムに通信が入った。
恐らくミサからだろう。
「…わかった。任せろ」
「なんだって?」
「食料買っておけって、あと水」
「人をこき使いやがって、何だと思ってるんだよ」
「そう言うな、それよりさっきのヤツが来るとまずい。さっさと行くぞ」
「あ、ああ」
そう言い、カイトたちはその地を後にした。
しかしカイトは…
いや、彼と戦ったカツミは先ほどの戦いの中で不思議なものを目にしていた。
クリスタルが光った瞬間、一瞬であるが二人には『ソレ』が見えていたのだ。
白銀のような肌、吸い込まれそうなサファイアブルーの瞳を持つ幻竜の姿が…
それが何かをカイトが知るのは、この事件から少し経ってのことだった。
同時に大きな事件に巻き込まれていくことに彼はまだ知らない…
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