先生と薫さん。
ドラパンのステッキの先が先生の首筋にヒヤリと当てられた。
先生は笑みを消し、ドラパンの方をちらりと見やる。
「殺されに来たのか?」
ドラパンは恨みのこもった表情を変えようとはしない。先生はハァと溜息をつき、めがねを外しながらこう話した。
僕達は、一歩も身動きをせずに先生の声に耳を澄ませる。
「冗談。僕がいくら今頑張っても全員を殺すことは出来ない。
全員は、ね。
でもね、ドラパン君。」
先生の細い指が、ドラパンの額に当てられる。
その指でちょんと押しただけで、ドラパンの体は大きく傾いた。
「!?」
先生が、指にそんなに力を入れていたようには見えない。僕達も、そしてドラパンもただ驚くばかりだった。先生は表情を変えずに窓際から離れ、まっすぐにドラえもんの所へと歩み寄り、同じように額を押した。
ドラえもんも同じように体が倒れ込み、慌てて小龍がドラえもんの体を支えた。
先生は少し面倒くさそうに頭をガリガリとかきながら
「少なくとも、今なら二人は殺せるよ。
ドラパン君と、ドラえもん君ならね。
でも、今はそういう訳にはいかない。
君達にはやってもらわないといけない事があるからね。」
臨戦態勢を取っていた王ドラの手から、少しだけ力が抜ける。
だがキッドの構えた空気砲は、今だ下ろされる事は無い。
先生はそんな僕等の心境を気にする事無く続けた。
「それに、君達だって僕が必要なはずさ。
それでは、問題。
ドラパン君にドラえもん君。
君達二人だけに僕がやったことはなんでしょうか。
はい、のび太君。」
授業で急に名指しされたような緊張感が僕を襲った。先生の人差し指はまっすぐ僕を捕えて放さない。
僕はしばし考えた。
―――仮に彼が本当に薫さんとした時、ドラパンとドラえもんのみに何か共通した事を行っているとすれば…
当てはまる事柄は、1つしかない。
僕は俯き加減だった顔を少し上げて、まっすぐに先生のほうを見た。
「薫さんに手術されたこと…?」
「ピンポーン。大正解。」
正確に言えばドラパンの物は改造だったが、同じような物だ。
ドラえもんは小龍にやられた時に薫さんに預け、手術をしてもらった。だが今思い返せばBLACK CATの彼がドラえもんの傷を治すだけという事はありえなかった。
そしてドラパンは、ドラミちゃんに誘拐され、薫さんの手によってある改造を施された。
薫さんを中心とした半径5メートル以内の範囲にドラパンがうかつに入り、薫さんの声を聞くと自らの意思に関係無く体が薫さんの命令に忠実に動こうとする、と言う物だ。
先生は手を下ろし、その手でポケットから何かを探しながらまた話を始めた。
「薫は結構嫌な性格になったもんだねえ…。お、あった。
薫は多分君達二人を改造する時にもう1つおまけをつけたんだよ。
その影響が今になって現れたんだ。
そんな状況で、よく僕に喧嘩を売れたものだと感心できる所がある。
小龍君も、その手を放した方が良いよ。」
話しながらタバコに火をつけた先生が次にした事は、小龍の手からドラえもんを奪い取り、畳の床に下ろした事。ドラえもんは抵抗をしようとしてもまともに動く事が出来なかった。
先生はドラえもんを床に置くと、ポケットから取り出したチョークで部屋を半分に分け、自分、ドラパン、そしてドラえもんがいる半分と小龍達のいる半分に分けた。
小龍はドラえもんを取り返そうとするが、そのチョークの線を見たとたん足が止まる。
先生はなんとか本棚に寄りかかっているドラパンに近づく前に僕等の方を向いてこう言った。
「金属探知チョーク。
ロボット達皆はこの線を越えないほうが良い。制限解除してあるから大きな音だけじゃ済まされない。
のび太君も命が惜しかったらこの近くに寄らない方が身の為だ。
これから手術を始める。
今の彼等にオイルにのび太君が触れれば…身体がまだ未発達に君にとっては有害過ぎる。」
一気にまくし立てると先生は白衣のポケットから四次元ポケットを取り出した。中を探り、メス、ビニールの手袋を取り出す。タバコを窓の外に投げ捨ててからマスクをつけ、言ったとおりに手術を始めた。
キッドはまだ納得のいかないような様子だったが、ドラえもん達が向こうにいる以上下手に手出しは出来ない。
芸術と言えるくらい鮮やかな手つきでドラパンとドラえもんの体を手術して行く。畳にはじんわりと黒い染みが広がって行く。
マスクをつけてメスを使う先生の顔は真剣その物で、先生が本気で助けようとしてくれている事を僕は疑う事は出来なかった。
そのうちドラえもんズのメンバーも警戒心を解き始めたようで、マタドーラはまたシエスタを始め、3世は少し気にしながらもタロットで占いを始めた。
僕は小龍とチョークの範囲内に入らないようにジッと二人を手術している所を見つめていた。キッドと王ドラはほんの少しの期待と警戒心を併せ持ちつつ、離れたところから同じように見つめていたのだった。
***
そして、二十分が立った。
先生はマスクを外して、大きく伸びをした。メスと手袋をオイルのべっとり付いたままポケットにしまい、チョークの線を手で払って消してしまった。
「はい、お終い。
のび太君はちょっと待ってね。今からオイル拭くから。」
少しオイルのついたポケットから取り出した復元光線を当てると畳は元の綺麗な物に戻った。
壊れているわけでもないのにと驚いている僕を見て、先生はにっこりと笑いながら
「制限解除は、こう言う時にも役に立つんだよね。」
駆け寄るキッド達の声で、ドラえもん達は目を覚ました。
あくびを大きくしてから、何事も無かったように立ち上がるドラに抱きつく小龍。ドラパンも少し躊躇ってから立ち上がると、最初ふらつきながらもきちんと立つ事はできた。
そんな二人を満足そうに見ている先生に、僕は話しかけてみた。
「先生は…一体?」
「僕?あぁ。自己紹介がまだだったね。」
どうやらヘビースモーカーらしい先生はまたもタバコを咥えてから火をつけた。そして軽く笑いながら僕を真正面から見て言う。
「四柳 透っているのは偽名。まぁ、この姿から見て大体の見当はつくと思うけど。
本当の名前はね、滝沢透。
薫とは双子の兄弟って言う関係で、僕のほうが弟さ。」
そこで一旦切ってからまた先生は話し始める。
「元々はクロネコで、僕は君を見張るように言われてたんだけど飽きちゃってさ。
この前クロネコは抜けてきたんだ。」
「この前って…いつ頃なんですか。」
「昨日。」
あっさりと先生は言ってのける。
―――という事は…この人は昨日まで敵だったという事か…。恐ろしい…。
キッドがまだ少し先生を疑うような目で見ながら話しかけた。
「余計な改造してねえだろうな?」
クスクスと笑いながら先生は返事を返した。
「してないよ。でもしたかったなぁ…。
そうだ、君で実験させてくれないかな?
このチップを埋めこめば…フフフ、うん、良いねえ…。
じゃそこによこになって…」
「ならねえよっ!!」
急に爽やかな好青年からただのマッドサイエンティストに変わり、ポケットから取り出したチップには黒いオイルが所々ついていた。
先生は折角下がっていたキッドの疑いメーターをわざわざ自分で上げてしまうはめに。
数歩下がるキッドの前に、今度はドラえもんが立った。
「どうもありがとうございました。」
ぺこりとお辞儀をするドラえもん。プライドの高いドラパンは頭を下げようとはしなかったが。
それに気付くと先生はチップをポケットにしまい、
「良いんだよ。改造したのは僕の兄だから、当たり前の事をしただけさ。
…薫が、迷惑をかけたね。」
「いえ、透さんが謝ることじゃ…。」
先生は急に顔を曇らせた。顔に少し笑みが浮かんでいるものの、どこか寂しそうな表情だ。
タバコを口から右手に移して、申し訳無さそうに話し始めた。
「薫は昔からそうだった。
興味を持った事に関しては善悪関係無くディープにハマり込み、そして僕をも引きずり込んで行く。
…双子とはいえ、弟だった僕にはどうする事も出来ず、ただ兄である薫に付いて行くだけだったからね。
こんな事になったのは、薫が悪の道を歩いているのにそれを止められずに、協力してしまっていた…僕の所為でもある。
…取り返しの付かない事をしてしまって、本当に申し訳無い。」
僕は話しを聞いた後、しばらく何も言う事は出来なかった。
必死に兄を追いかけ、ついには悪の道へ走ってしまった先生を、
僕には、責める事が出来なかった。
そんな中、ドラパンがそっと口を開く。
「だが貴様は、今は違うだろう?」
驚いたような顔をして、腕組みをしているドラパンの方を振り返る先生。瞳を閉じて、ドラパンはゆっくりと話し始める。
「兄と、自分のした事は違うと知っている。
だから今日、お前はここに来て、私とドラえもんの改造を直した。
取り返しの付かない事をしたからこそ、ここに来た。
だったら…良いんじゃないのか。それで。」
「責めないんだ、僕の事。」
「貴様はな。薫は別だ。
薫が謝るまで、私はあいつを許すつもりは無い。」
一瞬、あっけにとられた顔をしていたがその内プッと吹き出し、堪えきれずに先生はククッと笑い出した。しばらく笑いつづけると、急にドラパンに抱きついた。ドラパンは驚き、必死に彼を引き剥がそうとする。これには僕等も、ただただ驚くしかなかった。
「最高だね、君達は。
僕も薫と一緒でさ、興味を持ったものはとことんやり遂げるタイプでね。
うん、君達の協力を、させてくれないかな?
傷ついたら直してあげるし、もしどうしても必要なら制限解除だってしてあげる。
ダメかな?」
「私に聞くな、私に!離れろこの変態がっ!!」
今まで見た事ないほど取り乱しながら、やっとの思いでドラパンが先生を引き剥がした。先生はぶつけた頭をさすりながら僕の方を向く。
「駄目かい?」
僕は皆の顔を見まわしてみた。
皆の答えは一致していたので、わざわざ声に出して聞く必要も無かった。
先生に方を向いて、僕も笑ってみる。
「こちらこそ、宜しくお願いします。」
僕達に、強力な仲間がまた1人増えた。
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