さようなら
氾濫した大量の水が、僕たちに襲い掛かった。
お互いに手を取り合い、僕たちは向こう岸の穴に落ちないように必死に手を握る。
慌てふためくドラメッドの手も、ドラニコフがしっかり握って離さなかった。
だけど。
あいつには、手をつなぐ相手はいなかった。
セワシの体が、引きずり込まれるかのように穴の中へ吸い込まれる。
手を取り損ねた薫さんの顔が、絶望色に染まる。
声をあらんばかりに叫ぶ薫さんの手は届かず。
僕は反射的に、水滴を振り乱しながら
セワシの手を、掴む。
***
「のび太君!」
ドラえもんが穴を覗き込み、名前を叫ぶ。薫さん、もう一人の僕含め、その場にいた皆が大きくぽっかりと開いた穴を覗き込んでいた。
左手には壁から飛び出したコードと、今にも落ちそうな僕の拳銃。
そして右手には、驚いた様子で僕の方を見上げるセワシ。
ちらと下に目をやれば、突然の水撃に驚きこちらを見上げる獣達。唸り声を上げ、口を開き、思わぬ収穫を逃すまいとしている。そうでなくても、落ちれば即死の高さだ。
ドラえもんがタケコプターをポケットから探り出し、頭につけた。僕たちを助け出そうと穴を見据えるが、その彼の前に薫さんの手がすっと伸びる。
「命が惜しければ、それは止めた方が良い。」
「な、何でだよ!!早く助けないと、二人が…っ!」
「ここには今までの実験で失敗したものを放り込んでいる。
実験用の動物や…失敗した電波発生源の塊とかね。
色々混ざってるからこの空間じゃ道具は使えないよ。」
「じゃぁ、じゃぁどうするのさ!」
―――どうしよう…。
と思った瞬間に体中にまとわりついた水で手がず、と滑った。がくん、と僕とセワシの体が揺れる。
「お、じいちゃん…」
セワシが体を微かに震えさせ、こちらを見上げる。その瞳に、先ほどまでの威厳と化成熱燗と言うのは微塵も無い。僕とそう大差の無い年齢の、その年相応に「死」を恐れる顔。
そのセワシが突然、声を上げる。
「もう良いよ!お爺ちゃんに助けられて、それで生きるくらいだったら僕が落ちる!
僕はもう手を放す、だから、だから…っ!!」
思わず僕はカッとして、怒鳴り返した。
「駄目だっ!!!」
「……っ!!!?…どうして…」
その声に、セワシが、そして皆が驚く。
僕は声を荒げたまま、セワシに場違いな説教をする。
「ふざけるな、これだけ沢山の人達をつき合わせておいて僕らよりも先に死ぬだって!!?
僕は許さないからな、そんなの!!
お前の我侭のために何人が犠牲になったと思っているんだ!どれだけの人に迷惑をかけたと思ってるんだ!
お前は生きて、自分の罪を償わないといけないっていうのに、僕が落ちるだって!?そんな身勝手なことしたら、僕が絶対に許さない!!許さないからな!!」
死ぬんだって?絶対にそんな事許さない、許しはしない。
暴走したロンの所為で死んだ人たち。
薫さんと透さんの実験で死んだ人たち…それに茲君。
そして―――大切な家族の記憶を失った世界中の人たち。
彼らのタメに、セワシ。
お前は生きないといけないんだ。
僕だって出来る限りの努力はするよ。
だって、僕は…
「お前の、曾曾おじいちゃんだもんな…」
震えていた左手から、一気に力が抜けた。
落ちる。
下にいる失敗動物達が歓喜にざわめき、より一層口を大きく開き、僕らを待つ。
まだだ。
まだ、諦めない!
不自然にゆっくりと、体がおちていくように見える。
ドラえもんたちの声も全く聞こえない。
頭の中をよぎる、一筋の言葉。
思わず僕は、声を大にして。
「救え!…salvatore!」
銃が光り、輝いた。
***
まばゆいばかりの光に雷山は反射的に目を閉じ、考える。
―――イタリア語…まさか、制限解除だと!?
許可も下りてないくせに…!?だが、あのイタリア語は…
光が消えた。
穴を覗き込む皆の瞳に
のび太とセワシの姿は
無い。
猛獣達の咆哮が、やけに大きく
耳に入る。
ぼろぼろと零れ落ちる涙。
居ない彼らの名を、呼んだ。
***
「…のび太っ……くぅん……セ……ワシ君っ………
僕が、僕がもっと、しっかりしてたら…っ!!」
ドラえもんが涙をこぼす。コンクリートに吸い込まれる涙は、乾く前に涙の元凶と重なり合う。
薫は、自分の愚かさを憎んだ。
あの時。
すぐにセワシに手を伸ばすことが出来なかったのは、他でもない。
自分の命が惜しかったからだ。
あそこで一瞬で判断した。
あの水圧、水量だったら、自分は確実にセワシと一緒に落ちていくと、確信していたからだ。
情けない。
悔しい。
自分は愚かだ。
あの人のためなら何だって出来るんだと、自分の中で決心したんじゃなかったのか?
だが、すでに時は遅い。
もう、あの人はいないのだ。
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