怒りと亀裂。
――――ドラ……リーニョ………
朦朧とする意識の中、3世の頭の中を一人の名前がよぎった。
自分を救おうと、死なすまいと思ってくれた彼。
自分のために、敵を迎え撃とうとしてくれたドラリーニョ。
なのに自分は何も出来ず、あげくドラリーニョは返り討ち。
悔しい。
自分にもっと力があれば…
そうだ、力を。
力が、欲しい……
***
元々薫は戦闘向きの人間ではなかった。
そんな薫でさえ、ショックガンを構え、目の前の敵に向けて放つ。その姿は数十分前の透と瓜二つだった、だがそれゆえに、想いの違いがより際立って見えた。
もう一人ののび太と薫の入れ替わり立ち代りの攻撃に、ドラえもんズは苦していた。
「さぁ、どうするのかな?このままじゃぁ、何も出来ないよ?」
薫は口元を歪めながら問う。
のび太はかすかに、それでも確かに、焦りを感じていた。
このままでは負けると、のび太は確信していた。
何故かは分からない。
苛立ちと焦りで、手元の銃が滑り落ちた。
―――――何で!!?
何で、銃の撃鉄が動かないんだ!?
何回も引いた引き金が、カチリという音を立てても、弾は放たれない。それなのに、微かに銃が重みを増したように思える。
「どうしたの、僕?」
もう一人ののび太が、本物の方に声をかけた。拾おうと顔を上げたのび太の額に、冷たく硬いものが当たる。思わず彼は、体をびくりと反応させた。
「Checkmate♪」
***
黒い猫が、床に鼻を当てて匂いを確認する。顔を上げ、ロンの声でその猫は伝えた。
「あっちだ、向こうから匂いがする!」
そして、走り出す。その後を、皆が追いかけて行く。
途中、静香は何度振り返りそうになっただろうか。その度に首を振り、自分を戒めた。
そんな静香を見かねて、ジャイアンは静香に聞いた。
「ドラミちゃんが、心配なのか?」
静香は走りながら、また首を振る。ただ、横でなく、縦に。
その様子を、スネ夫とノン子も二人の後ろから見ていた。
「だって…ドラミちゃんはまだあんなに小さいのに…なのに、あんなにみんなの心配をしてるのよ…?
あんなに小さい子に、どれだけのものを背負わせているのかと思うと……どうしても、もう一度引き返したくなるの…」
「じゃぁ何で、引き返さないんだ?」
ジャイアンのその質問が、ぐさりと静香の心に突き刺さる。
引き返したい、だったら引き返してつれて来れば良い。
「ちょ、ちょっとジャイアン。今そんなこと言ってる場合じゃ…」
スネ夫が間に割って入ろうとするが、そのスネ夫の肩をノン子は掴む。振り向いたスネ夫に、今は駄目、と首を振って意思を伝えた。
静香は少しうつむき加減に走った後、もう一度ジャイアンの方を真っ直ぐ見る。
「戻ってもドラミちゃんの重みが更に増えるだけ。
今私が本当にしないといけないことは、そうじゃない。」
ジャイアンは微かに口元を上げた。
不意に、猫の姿のまま走っていたロンがブレーキをかけた。それに伴って、後ろを追いかけていたメンバーの全員が思わず前につんのめりそうになる。
「ロ…ロン?どうしたんスか?」
小龍の問いかけにロンは答えもせず、代わりに自分達の右側にある牢屋の向こうに顎をやった。振り向いた先にいた人物に、思わず静香は声を上げる。
「出来杉さん!!」
猿轡を噛まされ、太いロープで縛り上げられた出来杉。
血みどろになった学ランと、牢屋の隅に彼はいた。
***
「もう…許せないであーる…」
ドスの効いた声が僕の耳にも、そしてもう一人の僕の耳にも飛び込んできた。口調から察するに3世なのだろう。だけど、様子がおかしい。
此処から見える3世の影が、今までの3世のものより随分長くなっている。
僕は思い切って足でもう一人の僕の腹部を蹴り、殺される一歩手前から逃げ出した。
小さな声を漏らしたもう一人の僕は一メートルほど先に転がった。僕は息をつく暇もなく、3世の方を振り返る。
地面まで降りた髪がざわざわと揺れる。
怒りの感情に満ちた3世の眼が、もう一人の僕を捕らえた。
いつもよりも高くなった身長は、もう少しで廊下の壁につきそうだ。
「ドラメッド…まさか、お前…」
キッドが、ごくりと息を飲む。
3世はキッドの声も気にかけず、右手をもう一人の僕の前に突き出した。そして、凛とした声で叫ぶ。
「風よ、我輩に従うであーるっ!!!」
風が、3世の手元に集まる。小さな台風のように渦巻くそれを押さえる右手。支えるように、腕に添えられる左手。
どぅん、という衝撃波のような音と、吹き荒れる風。
壁に打ち付けられる鈍い音と、3世が地面を蹴った音が僕の耳に届いたのは同じ頃。首筋を力いっぱいに掴んだ3世から逃れようとするが、いくら力んでも出てくるのは荒い息ばかり。
「謝るであーる…」
ぼそりと呟く。聞き取れないほど小さい声。
「ドラリーニョに、謝るであーるっ!!!」
ドラリーニョはまだ、眼を瞑ったまま。押し付けられた体を中心に、壁にびし、びしと亀裂が入っていく。それと同時に、もう一人の僕も声にならない悲鳴を上げる。
その光景にドラえもんズが、そしてセワシ達もさえ声を出せずにいた。
隣にいたドラリーニョの手が、微かに隣にいた王ドラの手を、握り返した。
ゆっくり、ゆっくりドラリーニョはまぶたを持ち上げる。
少しずつ視界に入る惨状に、ドラリーニョは突然、眼を見開く。
「ドラメッドぉっ!駄目ぇぇぇぇっ!!!」
***
壁に入る亀裂の隙間から、駸々と何かが湧き出てきた。
その亀裂が多くなるにつれ、その何かの量も増えていく。
3世の眼が、それを捉えた。
「み、み、み、水であーるっ!!
水怖い水怖い水怖いーっ!!」
ぼん、というなさけない音と煙。次の瞬間には、さっきの威厳は何処へやら、いつもと同じ格好のドラメッドが、あたふたあたふたと水から逃げようとしていた。だけど、ほっと一息ついている場合ではない。
水は勢いを増して、この空間に広がろうとしている。
…さっき自分達が落ちてきた穴は高すぎるし、それにここの何処かにノンちゃん達も居るはず。ほかの人を置いて自分たちだけ逃げるなんて…。だけど、どうしたら…!
「A−002!ここに空気砲を!」
声に反応したもう一人の僕が、薫さんの示した先の壁に向けて空気砲を構える。そこは、ひび割れて水が漏れ出している反対側の廊下の壁。見るからに固そうな壁に向かって放たれた弾は一発ではなく、ヒビが入り割れるまで数発の弾を要した。
そして、壁に入った亀裂が割れ、穴が開く。
地下に不自然に広がる、何も無い空間。
その空間の下の方から、かすかに聞こえてくる呻き声、悲鳴、喚き声、啼き声。
それは、更に下層の地下に何かが存在し、蠢く事を物語っていた。
人の声とも猛獣の声とも取れない、声。
地獄の底から逃げ出したいと訴えている、声。
漏れ出した液体は逃げ場を見つけ、更に下層へとうねりながら落ちていく。
だけどとりあえず、溺れ死ぬと言う最悪の事態だけは免れたのは分かった。
そんな中。
ビシ……バキ………ピシィッ…………
何かが少しずつ、悲鳴を上げている。
それは、生物のものじゃない。
コンクリートの壁が突然、限界に達した。
「セワシさんっ!!!!」
薫さんの悲痛の叫び。
響く。
僕の耳に。 |