急変と暗闇
…これは、誰の声だろう?
あぁ…そうか、夢を見ているんだ。
懐かしい、あの日々が目の前に広がっている。
青い体で短い足のお兄ちゃんとのび太さんが、私と隣にいる人に手を振っている。
隣にいるのは、勿論セワシさん。
おじいちゃん、って、のび太さんを呼んで。
おじいちゃんって呼ぶなって、のび太さんは少しむくれて。
後ろを振り向けば、ドラえもんズの皆がそこにいた。
キッドは少し顔を赤くして、私の手を引っ張ってくれる。
ずっと昔の、思い出。
…なんでだろう
いつから、こうなってしまったんだろう。
セワシさんは苛々するようになってきて
私に、暴力を振るうようになって
知らない科学者さんたちと
知らない物を作って
知らない人を殺して
知ってる人を、殺そうとした―――――
***
「っ!……はぁ、……はぁ…」
気絶…していたようだ。それも、結構長い時間。
重い頭を持ち上げると、ズキンとした痛みが襲ってくる。牢屋か何かのようなものに閉じ込められているようで、辺りは暗く、目の前には鉄の格子があった。
冷たくて、暗い世界。
ドラミは、そんな世界から目を背け、足を抱えうずくまった。
そして、ふと。
あることに気付く。
思わずその“こと”に驚いたドラミは、え?と小さく声を上げた。その声は自分でも驚くような、裏返った声。
「…なんで?」
***
「ドカンドカン!ドカン!」
「この前と同じことの繰り返し。無駄だってこと理解できないのかい?」
皿を割り、欠片は飛ぶ。飛んできた欠片で、傷を負ってしまう。
「この前と同じことの繰り返し」と言うジェドーラの言葉は、確かにそうだった。だが今とあの時では、状況が違う。
「…手伝うか、ジェドーラ。」
「いや、良いよ。ドラパンが出てくるほどじゃない。」
キッドの体にはすでに無数の切り傷。鋭い出刃包丁はキッドの後ろ側で舞うように浮遊し、他の者達の邪魔は許さない。いや、例え動いたとしてもその場にいる者達にはどうしようもできなかった。
この前はのび太の機転とドラえもんの道具があったからこそジェドーラを倒せたのだ。
なすすべが、無かった。
「そろそろ終わろうか。」
不意に、ジェドーラが右手をすぅ、とあげる。
欠片達の動きがピタリと止み、ジェドーラの指先に集まっていく。
キッドがヤバイ、と判断するか否の刹那。
***
「お、雷山!何か騒がしいと思ったらお前らか。」
「ロンか…怪我は?」
雷山さんはタバコの煙を揺らしながら、左肩を抑えるロンに話しかける。ロンは微かに笑い、俺は平気だ、と返す。
けど、その後ロンは親指で自分の後ろを示した。
「一人で歩くっつってるから一人で歩かせてるんだが…ありゃヤベぇ。小龍の方を看てやってくれ。」
僕はそっとロンの後ろを覗き込んだ。そして、驚愕する。
「小龍!!」
その声が小龍にも届いたのか、小龍は小さく何か呟き、それから壁にもたれかけていた体を少し浮かばせる。だが、そこから歩く気力すら、そして立つ気力すら彼には残ってなかった。
廊下に、どさぁっという倒れる音が大きく響いた。
「目を覚ましてよ小龍!小龍!?」
そこまで言って、僕はハッと息を呑んだ。
小龍の金色の両の瞳が、一刀両断されていたのだ。真っ直ぐに瞳を両断し、オイルによって黒い汚れが顔のところどころにこびりついている。
「兄……貴…雷山……さん?」
空を掴むように、小龍の伸ばした手は僕の横に動かされる。僕はその手をそっと持ち、それから両手で包み込んだ。出来るだけ優しく言い聞かせるように、僕の場所がしっかり分かってもらえるように、言う。
「僕はここにいるよ、小龍…」
「……兄貴………無事で良かったッス………本当に…」
こんな状況になってまで、小龍は僕の身を案じていた。うつぶせになった小龍の体にはやっぱり、体温は無く、冷たい。
けどそれは、ロボットだから、当たり前なのかもしれない。
「…大丈夫なの?ごめんね、ドラえもんが今、いないから…」
「平気ッス…兄貴が無事なら、それで…それだけで、俺は平気ッスから…」
「何かっこつけてんだ。」
コン、と雷山さんは小龍の頭を小突いた。え、と顔を上げる小龍に、静香ちゃんやジャイアンたちも近づき、心配そうに小龍を見下ろす。
雷山さんは小龍の髪をかきあげ、怪我の度合いを見た。
深い、と言うほどまででもないが、目を両断され、更にこの怪我の状況ではこれから進んでいくのは無理だと言うのは僕でも分かる。
雷山さんは少し考えてから、立ち上がる。
「そこのお嬢さん。それに小僧。小龍とロンを看といてくれるか。
屋敷の外で、俺の部下が待機してるはずだ、そいつの所まで二人を連れて行って欲しい。」
「…わ、分かりまし…」
「待てよ!俺はまだ戦える!」
そういって静香ちゃんの声をさえぎったのは、不服そうなカオをしているロンだった。その瞳とぶつかった雷山さんの目が、一瞬細くなる。
雷山さんはおもむろにロンの右腕を掴み、少し力をこめた。
そんなに力を入れたわけではない、軽く握る程度だった。
それでも、ロンの体には激痛が走ったように見えた。彼の顔は、苦痛に歪む。
「無理したら元も子も無ぇんだ。大人しく休んどけ。」
「…チッ。わぁーったよ、行けば良いんだろ!?」
ロンはまだ不服そうな顔をしていたが、このまま彼を連れて行くわけにも行かないのだ。雷山さんはちらと小龍とロン、それに静香ちゃんたちを見てから、すぐに足を進めようとした。
静香ちゃんが、ジャイアンが、スネ夫が。そして、小龍が何か言おうとするが、雷山さんは聞く耳も持たない。そして、その雷山さんに僕とドラメッドは着いて行くしかない。
僕は一回だけ、後ろを振り返った。
出来る限りの笑顔を作った。
そして、言った。
「大丈夫。」
その、たった一言だけ。
***
「誰が…同じことの繰り返し…だって?」
白煙がその場に立ち込めた。
「…な………!馬鹿な、何で…」
その向こうで、驚きを隠せぬジェドーラ。
「………制限解除か。」
対称的に、冷静なドラパン。
「そーだよ。」
嗤う、キッド。
皿の欠片は、跡形も無く消え去った。さっきとは比べ物にならないほどのパワーを持った、空気砲の一発で。
「俺達が制限解除なんてもんを見て、黙ってるとでも思ったか?」
「本当は、先生…透さんがしつこく進めるからってだけなんですけどね。」
王ドラのヌンチャクは、包丁を砕く。硬質な音と共に、包丁は床へと落ちた。今のジェドーラには、その包丁を動かす気力さえ、無い。
キッドは後ろを振り向き、王ドラに
「何で今そんなこと言ーんだっ!せっかくかっこよかったのによっ!!?」
と、言い返す。
「退け、ジェドーラ。」
その声を、静かに制圧する声。声自体は小さくても、その声に反する権利は誰も有しない。マントを翻し、モノクルは怪しく光る。黒に微かに紫を混ぜたような、細い瞳。
「私が殺ろう。」
そのドラパンの瞳に映ったのは、キッド。そして
「ドラえもんズ…貴様らは私の手で葬ってやろう。
それが…貴様らに出来る最高の償いだ。」
「ドラパン…。」
ドラえもんがそう、彼の名前を呼んだのと同時に、ドラパンは床を蹴った。
今までためていた、何かを捨てようと。
そう思いながら蹴った床は固く。
物質変換装置はナイフへと変わり。
キッドの心臓部分へと、狙いを定める。
あまりにも早すぎたその行動に、キッドはその場から一歩も動けず。
「…っ!!!」
ナイフは、とまった。
貫くまであと数センチといった所で、ピタリととまる。死を覚悟していたキッドが閉じた瞳を恐る恐る開けると共に、ナイフが滑り落ち、床で硬質な音を立てているのが聞こえた。
ドラパンの瞳には、今まで無いくらい何かに怯えた感情が入っていた。
ナイフの落ちた手で口元を押さえ、激しく咳き込むドラパン。キッドは、目の前の人物が自分を殺しかけた者だと言うことも忘れ、その背に手をかけた。
ドラパンはその手を払う力すらわかないのか、ただ苦しそうに息を切らすだけ。
「ドラパン!」
ジェドーラは我に返り彼に近づこうとする。
だが。
「おい、ドラパン…」
「その手を…除け…ろ……っ!!私は…っ貴様らの…」
ここまで来ると、キッドの怒りは爆発した。
「いい加減にしろ!ンなコト言ってる場合じゃねーだろうが!」
「ふぅ、間に合った♪」
緊迫したその場に似つかわしくない、気楽で気力もなさそうな声が響く。ドラえもんは声のしたほうに顔を向け、それから驚いた。
「と、透さん!!?」
「やほー。正真正銘滝沢透です。」
にっこりと、透は笑う。屈託のない笑みをここまで純粋に浮かべられることは、薫には出来ないだろう。白衣はドロドロに汚れ、体の所々にかすり傷がある。決して小奇麗とはいえない格好の彼は、タバコを口にし、ため息を一つつく。
「いやぁ、薫に急に拉致られてさ。牢屋から何とかピッキングしてさ迷ってたら丁度君たちの声が聞こえてネ。
…さてさて、ドラパン君にジェドーラ君。
君たちは本当に、厄介なことをしてくれたもんだねぇ。」
へらへらと顔に浮かべていた透の笑みは、一瞬にして寒気のするような笑みへと急変した。誰もがその豹変振りに驚き、恐怖を覚える中、透は腰をかがめ、ドラパンの髪にす、と自分の手を添える。手が肌に触れたわけではないが、その動作に思わずドラパンを身をすくめた。
一つ空咳を咳き込んだドラパンに、透は不気味な笑みを浮かべて話しかける。
血に飢えた吸血鬼が女性に咬み付く数秒前、と表せば、透の表情は分かるだろうか。
「…僕を殺そうとするわ、関係ない人たちまで殺そうとするわ、あげくのはてには仲間まで手にかける。本っ当に良い度胸してるよねぇ…君たちは。
そこは褒めてあげる。
もし君たちが…ただの悪戯ネズミだったら、
是非とも生きたまま火炙りにして殺りたいくらいさ。」
本当は薫なんじゃないかと思わせるかのように。彼は夢見ごこちに、粘り気のある話し方でドラパンに話しかける。微かに震えるドラパンの指が、“彼”の恐ろしさを際立てているように、キッドには見えた。
「貴様に…私達の何が分かる…!?」
微かに肩を震わせたドラパン。その手は再び、キンキンステッキに触れた。
「何も分かっていないくせに…余計な口出しをするな!
これは………と…………の……………もんだ………ぃ」
ドラパンの目蓋が、フッと閉じられる。
暗闇に、意識は溶け込んでいく。
私の大嫌いな
クラヤミニ
|