本物とその頃。
「小…龍…なん…で?」
「…何で?そんなの、決まってるじゃないッスか。」
腰から抜いた銃を、小龍は僕の額に当てる。ひんやりとした、冷たい銃の先が触れるのと同時に、僕の体から血の気が一気にさっと引いた気がした。
ニヤリと笑う、小龍。その顔に、同情とか、哀れみなんてものは、微塵も無い。
「俺とアンタは敵同士。殺しあうのは、当たり前ッスよ?」
小龍の指に、力が篭る。
「待つであーるっ!」
僕と小龍の間。そこに、姿も気配をも消していた3世が現れる。小龍の腹部に手を置いたかと思うと、見えない力に吹き飛ばされるかのように小龍の体は勢いよく後方に吹き飛ばされた。声も無く吹き飛ぶ小龍を、睨み付けるかのように3世は見ていた。
「彼は小龍ではないであーる。本物の小龍はまだ向こうにいるはずであーる。」
「え…?」
「我輩が小龍の姿を確認した時、小龍は腹部など傷を負っていなかったである。
我輩が駆けつけたときには、確かに小龍はぼろぼろで、マリア殿達もいなかったであるが、敵は誰もいなかったであーる。
つまりそいつは偽モノ…ギガであーる!!」
「へぇ…馬鹿ばかりじゃないんだね。」
ゆらり、と立ち上がる小龍。だが、その表情は怪しく歪み、明らかに小龍ではない。向こうは、自分がギガであることがばれてしまったと言うのにいたって冷静で、しかも自分のその姿を変えようとはしなかった。
「この姿ね、結構お気に入りなんだよねぇ。…何でか分かる?」
「…?」
「…ギガ。」
今まで黙っていた薫さんが、不意に口を開く。ギガはチラリと薫さんのほうを見て、小さくため息をつく。分かってるよ、と小さくもらしてから。
僕も同じように薫さんのほうを少し見てみると、薫さんはいつもより険しい顔つきでギガを見据えていた。
「今回の作戦は絶対に失敗しちゃいけないんだ…分かってるね、ギガ。」
「うん。分かってる。…さーて。じゃぁ、始めようか。」
相変わらず小龍の姿を借りたまま、ギガは言った。
***
「よく来てくれたね、皆。」
セワシはそう言った。どこか遠くを見つめるような、闇に染まった瞳は、その場にいる全員を見渡す。
ミミ子、ノラミャーコ、ミニドラ軍団。黄色い服に身を包んだ僅かに釣り目の少女。三色のパーカーを着たそっくりな小柄の少女ら。
ドラパンとジェドーラも、もちろんそこにいた。彼らの先頭に立ち、無感情にセワシを見上げる。
「丁度今、この上に敵はいる。薫とギガが今は行ってくれてるんだけど。
…君達の仕事は簡単だよ、彼らを一人残らず殺して来れば良い。
情もいらない。派手に殺りたければ殺れば良い。
ただ、彼らを殺してくれればそれで良いよ。
殺せないのなら、時間を稼ぐだけでいい。
その間に…“コレ”は完成する。そうすれば、確実にあいつら全員、殺れるからね。
どっちが先に殺そうが関係ない。でも、この中の誰かがあいつらを…アイツを、殺してくれればいい。
じゃぁ…よろしくね。」
「了解」
メンバーはそう返事を返すと、一瞬にして全員が姿を消した。セワシは満足そうにニヤリと笑い、それから振り返る。自らの後ろで、あとは仕上げを待つばかりとなった“コレ”。
コレには、誰にも勝つことなんて出来ない。
―――楽しみだよ、お爺ちゃん。
君が殺されるところを、早く見たい…。
***
青い空の上に、白い雲は途切れ途切れに浮かぶ。ドラパンはふと、そんな当たり前の風景を思い出した。
黒い雲に覆われていても、その向こうには必ず光が待っている。
見えなくても、探し出せば必ずそこにあると断言できる、青い空。
けど、今の自分には青色の空さえ存在しないのだ。
微かな希望と共に、空に手を伸ばしたとて、青い空は待っていてはくれない。
「…ドラパン?」
いつの間にか、自分の横にジェドーラが立っていた。心配そうな瞳は、確かに此方を向いている。
「大丈夫かい?気分でも…悪いの?」
「いや、平気だ。」
―――本当は、平気なんかじゃないのかもしれない。
「あいつらは今、この上だといったな。」
「…うん。」
「行くぞ。さっさと行って…」
トントン、とステッキで自分の肩を叩く。
「お前のドラ焼きでも喰わせてもらうぞ。」
ジェドーラは一瞬呆気にとられた顔をしたが、その後すぐに、微笑んだ。
クロネコに入ってから、一番の笑顔を見せた。
「うん、とびきり上等のを作ってあげる。」
***
「もう一度食らうであーるっ!」
ギガに向かってドラメッドが、両手をかざす。だが、次の声でストップがかけられた。
「おっと、今のをもう一回やったらこの子達の命は無い…よ?」
「「!」」
しまった。
薫さんの元には静香ちゃんが。そして、ジャイアンとスネ夫も彼の手中にある。攻撃をもう一度しようものならば、静香ちゃんたちの命は確実に…無い。
だけど、ドラえもんたちやノンちゃんたちの為に、ここでみすみすやられる訳にもいかないんだ。
でも…どうする?
動けなければ、道具もこの銃しかない。
でも使えば静香ちゃんたちは…
「斬!」
「なっ…!?」
途切れ途切れの息と共に誰かが声を荒げた。と、剣に似た何かが薫さんの両頬を掠めて行く。ピッ、ピッという音がして薫さんの両頬から真っ赤な血がつぅと流れる。
薫さんはどこか愉快そうにクスリと笑い、静香ちゃんのこめかみから銃の先端を放す。小龍を象ったままのギガも、元の自分の姿に戻った。
「案外早かったね…流。」
「…」
「雷山さん!」
雷山さんが手にクレヨンを持ち、そこに立っていた。手早く空気中に剣を三つ描くと、大声を張り上げる。
「斬×三…疾風斬りっ!」
空を切る音は、僕の耳にも届いた。グレーの空気クレヨンで描かれた三本の剣はまっすぐに薫さんをめがけて飛んでいく。
「…っ!くそっ!」
薫さんは哂うのをやめ、三本の剣を避ける。だが剣は勢いを失わずに、薫さんめがけて飛んでいった。
ギガは薫さんの手を引き、廊下に彼を倒してから自分の右手をアメーバ状の液体に変えた。ゼリーのようにそれは三本の剣を包み込み、その中で三本の剣は微かな残りカスを残してから消え去った。
「だいじょぶ、薫さん。」
「うん…ごめん、手を煩わせたね。
…にしても…」
と、薫さんは廊下に座り込んだまま、自分を見下ろす人間を顔をあげて見上げた。
「状況も一変しちゃったね。」
「…みたい。」
「…茲は、死んだ。」
雷山さんは搾り出すように、そう言った。
薫さんは返事を返す。
「だろうね。」
「茲を看ていてくれたドクターも死んだ。」
「そう。」
「…茲が死ぬ前に何て言ったか、教えてやろうか。」
「それは是非知りたいね。」
「『薫お兄ちゃんと透お兄ちゃんは元気?』だ。」
「…」
「アイツはお前たちが自分を苦しめている元凶だと知っていた。
だが、お前たちを憎む発言はしなかった。」
「…だから?」
「それを聞いて、お前は何も感じないのか。」
「別に。」
問いただす雷山さんと、短く簡潔な言葉で返事を返す薫さん。
僕にはその二人の会話、ともおぼつかぬ質問と回答に口出しすることは、出来ない。
「だとしたら…」
「…?」
「お前は本当にただの、殺人鬼だな。」
「…かもしれないね。…行こうか、ギガ。」
薫さんは静かに立ち上がり、ギガに話しかけた。ギガは少しためらいがちにかおるさんに尋ねる。
「…良いの?」
「良いさ。…流。」
「…」
薫さんは振り返らずに、言う。ショックガンを持った手を軽くあげ、ひらひらと振りながら。雷山さんに言った。
「僕を捕まえたかったら、他の子達を倒してからにしなよ。
僕はセワシさんと一緒に待ってるから、さ。」
「…チッ。」
クスクスと笑いながら、薫さんはギガとともに去っていく。僕は追いかけようとしたが、雷山さんに肩を掴まれ、止められた。振り返り、雷山さんの顔を見るだけで分かった。
雷山さんは自分でも制御しきれないほどの怒りを抱いていたのだ。
「おい、お前ら行けるか?」
「はい…」
***
「ウソ…でしょ?」
「こんな力が…どこに」
そういい残し、二人のクロネコは倒れた。ノラミャーコと、ミミ子。その向こうには、ドラえもんズの面々がいた。息も荒々しいが、しっかりと立っている。ドラニコフは背にドラメッドを背負いながら戦っていたのだ。
彼らが囚われの身から脱することが出来たのにはもちろん理由があった。だが、それは後で述べることにしよう。とにかく彼等は今、このアジトから逃げるすべを探しているのだ。
「くそっ…だいぶ力使ったな…おい、皆大丈夫だよな!?」
「えぇ…ごめんなさいドラニコフ。あなたにドラメッドを任せきりにしてしまい…」
「わぅ…」
ううん、大丈夫だよとでも言っているかのように、ドラニコフは王ドラに返事を返した。キッドは空気砲を付け直し、一つ咳き込む。
隣にいた王ドラが心配そうに覗き込むが、キッドは首を振った。
「気にするな。あのカプセルにいた所為だろ…
…待て、とまれ。」
左手を皆の前に出し、一旦止まれ、と合図を送った。固い廊下を歩いてくる、靴の音が聞こえる。倒れたミミ子とノラミャーコが、不敵にニヤリと笑った。
「へっ。ターゲットのお出まし、ってか。上等だぜ。」
「ん〜?キッド、ターゲットって誰?」
「…彼らですよ。」
声を潜め、王ドラは言った。曲がり角の向こうから、その二人は出てくる。
「どうやら…あの二人では役不足だったようだな。」
「僕達も出来れば早く上に行きたかったけど…やっぱりこっちが先だよね。」
ジェドーラと、ドラパン。
キッドが何か言おうとすると、不意に、ドラパンの隣のジェドーラの姿が消えた。驚く間もなく、自分たちの後ろから断末魔が響く。
全員が後ろを振り向けば、そこは真っ黒なオイルが床に渡りつくしていた。
ジェドーラの操っている包丁は、確かに二人の―――人間で言う心臓部分を―――貫いていた。
「…な…」
絶句し、キッドは自分の味方までも手にかけたジェドーラを見つめた。
「使えない駒は…排除。そう教えられたからね。」
「…」
「駒…ってお前ら…ミミ子もノラミャーコも、仲間じゃ…無かったのかよ!?」
包丁についたオイルを、ジェドーラはペロリと舐める。ニヤリ、と笑ってから、ジェドーラはドラニコフに向かって突進した。包丁を右手に持ち直してから、ドラニコフの腹部に包丁をつきたてようとした。
「…っと!下がれ、ドラニコフ!」
マタドーラはドラニコフの体をかるく後ろに引っ張り、ジェドーラの持つ刃を素手で捕らえる。ポタリ、ポタリと手からオイルが落ちるが、ジェドーラはその手を緩めようとはしない。
「…仲間だって?くだらないよ。」
「…あぁ?」
マタドーラは持ち前の握力で、その刃の切っ先を横へそらした。ジェドーラの体はマタドーラのほうへ傾き、マタドーラが一発肘鉄でも食らわせようとした。
だがジェドーラの足は思っていたより強靭で、その足で思いっきり地面を蹴ると、さっきの位置まで下がった。
「だって、仕方ないよ。この二人は、せっかくセワシさんに見込まれて、ここを任されていたんだ。けど、その任務を怠った。
任務も遂行できないようなヤツは、消えれば良いだけさ。」
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