占いと通信機。
「私には分からないわ…なんで貴方達がそんなに簡単にお兄ちゃんを諦めきれるのかわからない…。
貴方達は絶対に、お兄ちゃん達と一緒にここまで来ると思っていたのに、なんですぐに諦めたり出来るの!?」
「ドラミちゃ…?」
ジェドーラが少し困った顔で尋ねるが、ドラミは目に涙を浮かべて続ける。
「私にはもう…セワシさんをどうする事も出来ないから…だから、お兄ちゃんやのび太さんやキッド、それに貴方達ならって…思ったのに…。
なのに何でそんなに簡単にセワシさんに付いて行く事が出来るの!?
私は…」
ポンとドラミの口に手が置かれ、ドラミの表情が急に強張った。
「どうしたの、ドラミちゃん。」
パッと手を離し、その人物は大きくあくびをしながらドラミのよこに立った。いつからドラミの後ろにいたのかは、分からなかった。全く気配を感じなかったからだ。
よこに立つのは、ギガ。
ニヤリと笑ってから、ドラミの顔を覗きこむ。ドラミはただ目の前の人物に恐れを抱き、震えていた。
「ドラパンとジェドーラがセワシさんのお気に入りって事くらい、君なら知ってるんでしょう?
そんな事言ってみな、セワシさんに何されたって文句は言えないんだからね。
それとも。もしかして今の、本気で言ってた?」
「…いぇっ…ちがっ…!」
「そんなにお兄ちゃんの事が心配なのかな?それより今は、自分の心配した方が良いんじゃないの?」
「…えっ…?どういう…」
ギガがパチンと、指を鳴らす。それと同時に、ドラパンとジェドーラの表情が一変した。ゾクリと寒気のするような、冷たい目に。
ダンッと言う音が廊下に響いた。
ドラミの体は廊下に押しつけられ、ジェドーラが逃げられないようにドラミの両手を掴んでいる。そのよこでは、ドラパンのナイフがドラミの首筋に当てられていた。ドラパンがドラミの顔を見たまま、ギガに話しかける。
「…どうする?」
「その辺にぶち込んでおいてよ。オイラは先行ってるね。」
「了解。少し遅れるって言っておいてくれる?」
「うん、じゃよろしく〜。」
ギガが今来た道をまた戻って行く。姿が見えなくなると、ドラミは二人に何かを話しかけようとした。だがジェドーラがそっと口に人差し指を置いてから、近くの物置に丁寧に連れて行った。ドアを閉める前に、ジェドーラがそっと耳打ちをする。
「あとで出してあげるから…また来るよ。」
そして、物置のドアを閉めた。ドラミは膝を抱え込み、誰にも聞こえない声でそっと呟いた。
――――お兄ちゃん…
***
「ドラメッド〜〜!」
「ドラリーニョ?どうしたであるか?」
もう少しでお昼時という頃、ドラリーニョが3世に話しかけていた。にっこりとドラリーニョが笑いながらこう話す。
「ドラメッド、占いしてよ占い!
あのね、皆最近ずっと何か考え事してるでしょ?だから、占いして、良いことあったら皆喜ぶと思って!」
「なるほど、そういうことであーるか。」
―――もっとも、変な結果が出ればそこまでであるが…。
3世は苦笑いをしながら懐からタロットカードを取り出した。それを見てキッドやマタドーラが3世に近寄ってくる。
「おっ!占いすんの!?俺のも占ってよ、恋愛運。」
「バーカ。状況考えろよ。ここは俺の…」
急にガヤガヤと3世の周りが騒がしくなった。いつのまにか部屋にいた全員が、3世を取り囲むような格好になっている。
相談の結果、とりあえずこのさきの未来を占ってみる事にした。そして、それが幸運であれ不運であれとりあえずその結果を受け入れる。と、皆でそう決めた。
3世のタロットカードが宙を舞い、その中の1枚が3世の手の中へと導かれる。3世がその1枚の絵柄を見てみると、何とも複雑な物になった。
「どう言ったら良いであるかなぁ…。」
「なんだよ、見せてみろって!」
キッドがひょいと3世の手からカードを引っ手繰る。それを見て、キッドも首を傾げた。部屋の皆が、キッドの手の中にある1枚のカードに注目した。
「?ドラメッド、何だよこれ?」
「それは『メビウスの輪』を表したカードであーる。」
「めびうすのわ?」
ドラリーニョが興味津々と言った目でそのカードの図柄をもう1度見つめた。
メビウスの輪。僕はその言葉に聞き覚えがあった。ドラえもんにも一回実際に目の前でやってもらった事がある。長細い紙を一回ひねってから繋ぎ目をテープで止める。そこから鉛筆で線を引いて行くとあら不思議、線はテープの裏にも表にも引かれている。
そのタロットカードの絵柄はそのメビウスの輪の表面を数匹のアリが歩いていると言う物だった。アリがテープの表にも裏にも移っているその図柄は、見れば見るほど訳がわからなくなってくる。
「これはエッシャーという画家が描いた作品であーる。
表と裏は常に紙一重というこのカードの示す意味は他のカードと比べて複雑であーる。」
「複雑…ですか?」
「がう?」
「そうであーる。この輪のように運命は常に表と裏が紙一重。
つまり少し判断を誤るだけで裏…つまり絶望に陥るである。でも絶望に落ちても少しづつ歩いて行けばいつかはまた表…明るい運命に戻る事が出来るのであーる。」
僕はその言葉を、頭の中で繰り返し繰り返し唱えてみる。
表と裏、常に紙一重。
メビウスの輪…か、なるほど。確かにその言葉と合っているかもしれない。
透さんが感心したように感嘆の溜息を漏らす。
「へぇ、凄いね。1枚のカードからそんな事まで分かるわけ?」
「全てって訳ではないであるが…。」
「ドラメッドは凄いでしょ〜?」
メビウスのカードを持ってドラリーニョがはしゃぎ回る。その後をドラニコフが追い、二人でバタバタと部屋の中を走り回った。その様子を見ていた僕をチラリと見て、ドラメッドはもう1度タロットカードで占いをし始めた。その中の1枚のカードを今度は僕に渡した。
そのカードが示していた絵柄はシルバーの拳銃、バックは真っ黒と言うシンプルな物だった。
「これは?」
僕が尋ねるとドラメッドは残りのカードを片付けながら僕に教えてくれた。
「そのカードの名前は『必中』であーる。その名の通り撃てば必ず当たると言うことであるが…。」
「ある、が?」
少し言いにくそうにドラメッドは話す。
「そのカードは同時に…勇気の有無を確かめる物でもあるのであーる。
つまり…撃てば必ず当たるであるが、問題はその引き金を引けるかどうかと言うことである。」
撃てば必ず当たるけど、問題はその勇気?僕には良く分からなかった。
当たるって分かるんだったら、別に勇気が無くても簡単に引き金なんて引けるんじゃないの?それが最後の一発だったら確かにちょっと躊躇うだろうけど…。
まさか、それとも…
――――まさかね。
そんな事、ある訳が無い。
だからとりあえず、この結果は良いものとして受け取っておこう。僕は『必中』のカードをドラメッドに返す。
―――…ちゃン
「…え?」
僕はクルッと振り返るが、誰も僕に話しかけた気配は無い。皆思い思いに話したりしているだけだ。それにその声は今、聞こえるはずのない声。
でもその声は、確かにもう1度僕の耳に飛びこんできたのだ。
―――…お兄ちゃん…
この声…
「ドラミ…ちゃん?」
ポツリと呟いただけなのにドラメッドには聞こえたようだった。僕の顔を覗きこんで心配そうにこちらを見る。
「どうしたであるか、のび太殿?」
「ドラミちゃんの声が…聞こえた気がして…」
「…?どういう…」
ドラメッドが更に聞き返そうとすると、急に今度はドラクロ君が話しかけてきたのだ。
「のび太様、お知らせしたい事が。」
「え?」
「先ほどからこちらの通信機が…クロネコとの戦いで壊れたはずなのですけど、直ってしまったようで…それでさっきから声が聞こえてくるんです。
…この声を…」
ドラクロ君が右耳につけていたピアスを外し、僕に渡す。僕はそのピアスを耳に近づけ、その声とやらに耳を傾けた。
「…お兄ちゃん…。」
「ドラミちゃん!?」
僕が思わず大声で叫んでしまったせいで、皆(特にドラえもん、キッド)が僕の元に急いで駆け寄った。僕が次の返事を待っているとしばらくしてから小さなか細い返事が帰って来た。
その声は震え、何かに怯えているような、そんな声だった。
「の…び太さ…ん…?」
「良かった!ドラミちゃん、聞こえるの!?」
だが。
急に何かが割れたような音がして、それ以降返事が全く帰ってこなくなった。ザー…という単調な音のみしか聞こえなくなり、それからどれだけ叫んでも、大声で呼びかけても
全く意味をなさなくなった。
***
「ドラミちゃん…」
「あ…」
ジェドーラが悲しそうな目でドラミを見下ろした。その手の中には、粉々になった通信用のピアス。ドラミはその手から通信機を奪い返そうとするが、それはジェドーラが許さなかった。
「…誰と通信していたんだい?」
「関係無いじゃない。…返して。」
「駄目だよ。…セワシさんが、君を呼んでる。」
それだけジェドーラが言うと、ドラパンと一緒に1度も振り返らず、物置を背にした。ドラミは治まらない震えを止める事も出来ず、それでも立ちあがった。
ドラミにはさっきのジェドーラとドラパンの冷たい視線を忘れる事が出来なかった。
全てを捨ててしまった、何も残ってはいない空っぽの心。
そして誰もその心を満たしてはくれない。
そんな絶望のそこに落ちてしまったもの達が持つ、暗く、深く、冷たい瞳。
それが、ドラミの脳裏を離れなかった。
やっとの思いでセワシのいる部屋にたどり付き、弱々しい声で名を告げた。部屋にいたのは、セワシと薫の二人だけ。振り返ったセワシの目に浮かぶ、怒りの感情。
つかつかとドラミに歩み寄り、セワシは一発平手打ちを食らわせる。
「…ドラミちゃんも、あんな落ちこぼれ達に味方するわけ?」
「そういう、訳じゃ…」
赤くなった頬を抑えながらドラミは俯いた。セワシはぐいと、その俯いた顔を無理矢理上げ自分の方に向かせる。怒りをあらわにしながらセワシは話しつづけた。
「許さないよドラミちゃん。君があいつ等みたいなのとは違うって分かってるんだろう?
あいつ等みたいな落ちこぼれの仲間入りなんて、僕が許さない。
なのにドラミちゃんはあいつ等の元に戻りたいのかい?」
「違うわ、セワシさん!私は違う、違うの!私は…」
―――私は貴方に、元のように戻ってもらいたいだけなの。
優しくて、親切で、すこしおっちょこちょいで。
一緒にいるだけで楽しかったあの時のように戻って欲しいだけなの。
その為だったら何でもやれるのに。その為だったら何でも出来るのに。
なのに、なのに…。
「薫!」
「何ですか?」
「ドラミちゃんを、地下の牢屋に。」
―――!!!
嫌、いや。 私はまだ、何もしてないのに
まだ何も…
「分かりました。じゃ、スイッチオン♪」
セワシが数歩後ろに下がるのと同時に、ドラミの下の床がフッと消えてしまった。伸ばした手がセワシに届く事も無く、ドラミの体は重力に逆らう事無く落ちていった。薫が楽しそうにスイッチをもう1度押すと、その地面は元の物に戻った。部屋は何事も無かったように、十秒前と同じ姿に。
薫は口元に浮かんだ笑みを元に戻し、新しいタバコに火をつけた。
「良いんですか?」
「…良いよ。反省させておかないと…ね。
ねぇ薫。」
「ハイ?」
セワシはドラミの頬を叩いたその手を見ながら薫に話しかける。
「薫は、ずっと僕の味方?ずっと僕に付いて来てくれる訳?」
薫は少しあっけに取られたような表情でセワシの顔を見続けた。そして不意に、プッと吹き出しそれから更にクスクスと笑い出す。
セワシは恥ずかしさと怒りとで顔を真っ赤にし、
「何がおかしいのさっ!」
そう大声で聞いた。薫はしばらくしてから笑うのを止め、セワシの赤くなった顔をまっすぐに見る。
「僕はあの日貴方と会った時から決めていたんですよ。
あんな精密な機械を設計できる貴方に一生付いて行こう、ってね。透が反対しても、僕はそう決めていたんです。
僕はしがないマッドサイエンティスト。僕が出来るのは研究と実験だけ。でも貴方には、その研究の結果を生かせる力がある。
そんな素敵な貴方を僕は裏切りませんよ。
例えクロネコが壊滅したって、僕は貴方に付いて行くのだから安心してください。」
「…本当に?」
「本当ですってば。疑い深いなあ。」
やれやれと溜息をついた薫を、きつい目でセワシが睨み付ける。だが薫は一歩も引かない、セワシも決して一歩も譲らない。
そんな時がしばらく続き、先に睨み合いを止めたのはセワシからだった。
「信じて良いの?」
「良いですよ。」
「僕は怒ったら怖いよ。」
「もう慣れました。」
「…そう。」
酷く小さな声で返事を返すとセワシとプイとそっぽを向いた。薫が何かを諦めたような溜息を付き、資料を持って部屋から出て行こうとする。薫がドアに手をかける一歩手前で、セワシはむこうを向いたまま怒鳴り付けるような声で言った。
「僕は薫を信じるからな!裏切ったりした時には絶対許さない。どこまでも追いかけて、殺してやる!」
薫は驚いた顔をして振り返るが、セワシの姿はもうすでに無かった。ドアを勢い良く閉めた音が聞こえたので、きっとどこでもドアで何処かへ行ってしまったんだろう。
自分しかいなくなってしまった空間で、薫はフッと微笑む。ドアに手をかけ、自らも部屋から去った。
―――先代も馬鹿なら、子孫も馬鹿だな。
薫は不意に、そう思った。
結局はのび太もセワシも変わりはしないのだ。
自分の信じている物の為なら何だって出来てしまう、大馬鹿なところも。
その為なら世界を敵に回しても良いと考えている所も。
ただ1つだけ違うのは
自分に付いてくる者達を
信じれるか、否か。
たったそれだけの事。
それだけでこんなにも人間と言うものは変わってしまうのだ。
「やっぱり面白いねぇ。」
クスクスと笑いながら、薫は呟く。
―――人間って…さ。
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