夜の学校と裏切り。
「キッド?レジ行ってくれる?」
「はぁーい」
昼食のハンバーガーを食べ終え、昼休憩を取ろうとしたとたんに店長に声をかけられた。少し面倒くさげにレジに行くと、前にいた客を押し退けて見知った顔がレジの前で息を荒げている。
小龍が後ろの客の怒鳴り声も無視して、ハンバーガー店のエプロンを着たキッドに言った。
「大変ッス!ドラパンとジェドーラが…クロネコにっ…!」
それだけの情報を聞いただけで、キッドの表情は険しい物になった。近くにいた従業員の一人にエプロンを押し付けるとレジよこから飛び出した。店長の叫び声と、客のブーイングに嫌な後押しを受けながらもキッドは小龍のどこでもドアをくぐった。
出た先は僕の部屋。
すでにキッド以外の全員が集まっていて、全員が訳の分からないといった顔をしている。
小龍が真剣な、暗い面持ちで皆に語り始めた。
「急に呼び出してすいません。でもこれは、冗談抜きでヤバいんス。
今から見せるのは、全部本当の事ッス。…いいッスね。」
了承を得た後、小龍はタイムテレビのスイッチを入れる。ダイヤルを回し、時間を調節すると丁度謎のフクロウが部屋に入ってきたところ。
フクロウが人間の形をかたどると、画像は急に乱れ出す。
小龍が少しだけ早送りをすると、映し出される衝撃の映像。
「な…何だよこれ…。」
キッドが全員の気持ちを代弁するかのように呟く。
ひざまずくドラパンとジェドーラ。クロネコへの忠誠を誓うと、二人は青年の後を追うように付いて行く。落ちたモノクルも、ドラやきも気にする事無く。
小龍がタイムテレビの電源を切って、ポケットに締まった。しばらく部屋を沈黙が襲う。
驚きと、疑問の入り混じる感情が一向に治まる気配は無い。
小龍がチラリと僕の方を見てから、また話し始めた。
「二人がどこに行ったのかは、今だ見当がつきません…。でも今日の深夜、彼等は中学校に来るという情報が入ってるんス。
…どうしますか?」
拳で畳を思いっきり殴り付け、一番に声を荒げたのはキッドだった。
「行くに決まってんだろ!こんなん勝手にされて、納得出来る訳がねぇ!」
今までに見たことが無いくらいの怒りを見せるキッド。そのよこで見ていたマタドーラも、怒りを隠しきれないようす。
だが3世は、怒りより疑問の感情をより抱いていたようで、思わず口に出していた。
「しかし…なぜあの二人が膝を折るなど…。
ジェドーラはともかく、ドラパンは何があってもひざまずくなんてしないと思うであるがなぁ。」
「ですよね…。それにそう簡単にあの二人が敵に忠誠を尽くす物でしょうか…。
何か弱みを握られているとか…。」
「がう…。…?がぅ、がぅ!」
ドラニコフが何かに気付いたように窓の外を指差す。ドラリーニョが?と思いながら窓を開けると、さっきまでテレビに映っていたのと同じフクロウが部屋に入ってきた。
ホーホー!と鳴きながら僕の机の上に降り立った。
僕達をからかうようにフクロウは日本語を話しはじめた。
「ホー!ホー!落ちこぼれ軍団だね!ホホー!始めまして!」
「てめえ…ドラパンとジェドーラに何をしたんだ!」
空気砲を構えながらキッドがフクロウに怒鳴り散らす。他のメンバーも警戒心を剥き出しにしてふくろうの周りに立つ。だがフクロウは余裕の態度を変える事無く話しつづけた。
「何もしてないよホホー!向こうの方から勝手に忠誠を誓ったんだよ、ホホー!
彼等は君達みたいな落ちこぼれとは違う、選ばれたロボットたち!
最初からこっちに付くのがま、当たり前なのさホホー!」
「うるせぇ!黙りやがれこのクソ鳥が!」
「態度が悪い奴だね。まぁ良いよ。オイラが来たのはただの気まぐれ。
そして今夜を最後に、君たちは彼等と永遠に別れ、敵対する事になるのさ。」
そこで、キッドの怒りは頂点に達した。ドカンドカンと空気砲をフクロウに向けて連発しだした。フクロウは最初驚いたそぶりを見せるものの、すぐに机の近くの窓から外へと出ていった。
クルクルと旋回してからまた何処かへ飛んで行った。
キッドはタケコプターを使って追いかけようとするが、マタドーラとドラニコフに止められる。
僕はふと、机の上の割れたモノクルに目が行った。
―――今夜をもって敵対するだなんて…嘘に決まってる。
きっと二人は操られているだけなんだ。目を覚ませば、必ず帰ってきてくれるはず。
そうだよね、ドラパン、ジェドーラ…!
***
フクロウは小学校の裏山に静かに降り立った。誰もいないのを確認すると、人間の姿に戻る。寝転んだ青年に近寄ってくるのはいろんな鳥たち。心地よいメロディーを青年の為に流していると、急に鳥たちの流れるような音色が止まった。
バサバサと飛んで行く鳥たちが見たのは、真っ黒な姿をした青年、ロンだった。
苦々しげにロンは青年に話しかける。
「久し振りだな。」
「だね。」
「ここで何してやがる。」
「休憩だよ。それよりもさ、君名前貰えたんだって?」
ロンの眉間の皺が、微かに増える。
「だったらなんだ。」
「別にぃ。ねぇ、君は帰ってくる気はないの?」
溜息と共にねぇな、と言う言葉をもらす。青年独特のくつくつという笑い声だけがしばらく続き、青年はすくと立ちあがる。
「オイラはお前結構気に入ってたのになあ。残念。
さて、鳥も逃げちゃったし、オイラは別の所で休むとするよ。
バイバーイ。」
ヒラヒラと手を振りながら青年は木々の影に隠れ、消えてしまった。ロンはふぅと溜息をつき、さっきまで青年の寝転んでいた所を見下ろす。そこには1枚の羽が申し訳無さそうに落ちていた。
拾い上げて太陽の光に透かして見ても、特に変わった様子は無かった。すぐにロンは興味が無くなってしまったようでそこにポイと捨ててしまい、自分もその場に寝転んだ。
ひらりひらりと舞う羽が地面に落ちるのと同時に、その羽はフッと姿を消してしまった。だがすでに目蓋を下ろしてしまったロンには、その奇怪な現象が起こったのに全く気付かなかった。
***
深夜12時になった。深夜の学校で誰もいないと分かっていても、不気味な雰囲気が余計僕の恐怖心を煽る。
正門を乗り越え下駄箱の時計を見てみると丁度12時ピッタリとなっていた。
ドラえもんが懐中電灯を取り出し地面に当て、手探るような感じで一歩一歩前へと進んでいく。屋上にもサッカーゴールの上にも野球のネットの上にも人の影は見えず、情報はデマだったのではないかと思わず疑ってしまう。
だが不意に王ドラが小さく声を上げた。
「ドラパン、ジェドーラ…。」
その声は僕等全員に聞こえ、王ドラの向いていた方向を一斉に振り返った。そこにはマントをはためかせて立っているドラパンと、そのよこに立っているジェドーラの姿。
一歩後ろには薫さんの姿もある。その光景が僕には不自然でたまらなかった。ドラえもんの足が、彼等に向かって一歩進もうとした、その瞬間。
ドラパンが固く閉ざしていた口を、そっと開いた。
「何をするつもりだ、ドラえもん。」
「…?」
ピタリと、ドラの足が動きを止める。
「私達を迎えに来たとでも言うつもりか、馬鹿馬鹿しい。」
「だねぇ。…タイムテレビで見たんでしょ?あの時の事。」
「…え?」
ドラえもんだけじゃない、僕達も驚きを隠せずにいた。
ステッキを弄びながらドラパンは続けて言った。あまりにもその言い方が機械的で、単調なものだったので更に僕達の疑問は渦を大きく巻きつづける。
「私も、ジェドーラもこの組織に忠誠を誓った。我々がお前等の元に戻る事はもうない。
…一応言っておくが、私達が洗脳されているだのというくだらない希望はかけないほうが良い。」
キッドが耐えられないという風に叫び散らす。
「ふざけてんじゃねえよ!訳わかんねえんだよこっちは!!」
あきれた様に、ドラパンは言う。
「言っただろう。私達は操られているわけではない。
これは、私自身の意思だ。」
―――何で?
僕は、そう思うしか他に無かった。
そんな僕等に追い討ちをかける様にジェドーラも言う。その目は何かを決めた、決意のこもった瞳だった。
「君達といるよりもクロネコに付いて行く方を選んだのはドラパンだけじゃない。
僕も同じ。これは、僕が、僕達自身が決めた事だ。」
―――何があって?
一体君たちに、何があったの?
―――何で、君達が…。
クロネコ側に行くの?
僕達には、分からない。
君がそちらへつく理由が。
君達がなにも躊躇う事無く僕の家を出ていった理由が。
ピルルルルル。
携帯の着信音が流れ、薫さんがそれに出た。数回相槌をうつとボタンを押し、また携帯をポケットにしまう。
ドラパンが尋ねると、薫さんは少し口に笑みを浮かべながら
「ノラミャーコ達がこっちに行けそうもないらしい。
帰ってくるのは朝頃になりそうだからってさ。」
「そうか。」
ジェドーラがこちらを見ながら、今しがた薫さんに返事を返したドラパンに話しかける。
「ドラパン、どうする?」
「好きにさせとけ。
どうせ…何も出来やしまい。」
「でも向こうは何か言いたそうにしてるけど?」
ジェドーラが親指で僕達の方を指した。ドラパンと薫さんが一斉に僕達を見つめる。薫さんは僕達の様子を愉快そうに見ていたけど、次の瞬間表情が険しい物に変わった。
「透…。」
僕がハッと振りかえると、後ろには白衣を着たままの姿の先生が立っていた。煙草を吸いながら一歩一歩こちらに近づいてくる。僕の隣まで来た時、その足取りは止まった。
どんな試合の時にも見せなかった真剣な目つきで薫さんのほうを睨み付ける。
「もう止めるんだ薫。その子達を巻き込んで何が楽しい。」
「嫌だね。それを言うなら、透だって協力者だったじゃないか。」
ただ聞いているだけじゃ分からなくなるほど二人の声はそっくりで、僕はどちらか一人だけが喋っているんじゃないのかと、思わず耳を疑ったほどだ。
薫さんはチッと苦々しそうに舌打ちをして、ドラパンとジェドーラを呼んだ。
すぅっと、薫さんの細い指が透さんのほうを指す。
「透は危険人物だ。
ロボット達を殺せとは言わない。透の方を、殺しておいて。」
絶対に、否定するはずだった。
昨日会ったばかりだけどドラパンは現に先生に修理してもらった身だし、ジェドーラは元々非戦闘主義だ。
いくら命令されても彼等が人殺しなんかするはずが無い。
そう、思ってた。
だけど二人はチラリと目を合わせると地面を蹴り、透さんの方へと走り出した。
ドラパンのステッキの後ろはナイフに変わり、ジェドーラの周りを鋭利な皿の破片が舞う。
ドス、と言う鈍い音がした。
僕はその音がする前に思わず目を瞑ってしまっていた。だから、音のした瞬間の事は分からない。
だけど目を開けた後の事は、鮮明に覚えている。
真っ赤に染まった先生の白衣。
ゲホッと言う咳と共に口から流れる血も同様に真紅。
腹部を貫いたドラパンのナイフと、喉元近くに幾つも刺さる皿の欠片。
ナイフを持つのはドラパンで、刺した皿はジェドーラの物。
ナイフを抜くと、そこからまた真っ赤な血が流れた。ぐらりと透さんの体が傾きグランドに崩れ落ちてしまった。
僕はしばらく身動きが出来ず、ただ目の前の惨状に呆然としていた。
「何やってんだよお前等ぁ!!!」
キッドの空気砲が火を吹いた。空気の弾が二人に飛んで行くが軽々と避けてしまう。キッドの目の前に現れたドラパンが溜息をつきながら空気砲の付いたゆっくりと下ろさせた。
「残念ながらお前等を殺していいという命令は出ていない。…薫。」
「なんだい?」
タバコに火をつけながら薫さんが尋ねた。怒りと悔しさを感じているキッドに背を向け、二人に向かった歩いて行く。
「もう、ここにいる意味は無い。私達は帰る。」
「じゃ僕も。ジェドーラも、行こうか。」
「うん。後で新しい皿、貰っても良い?」
割れた皿を拾い上げて、ポケットにしまった。
遂に僕は我慢が出来なくなってしまった。タケコプターで帰ろうとする三人を呼びとめる。薫さんだけが振り返るも、僕が話しをしたかった二人は振り帰ろうとはしない。
「何で!?わかんないよ!なんで簡単に透さんを殺そうとできるのさ!おかしいよ!なんでいつもと違うの!?
僕の知ってる二人はどんな状況でも絶対に人殺しなんかしない!
なのに…。」
「じゃぁ言わせてもらおうか。」
その重く低い声に思わず僕は少しばかりの恐れを抱いてしまった。ドラパンとジェドーラが振りかえり、一気にまくし立てた。
「私達はお前等とは違うんだ!貴様等の様に落ちこぼれとは違う!
貴様等みたいなのと一緒に居るとこっちまで落ちこぼれになってしまうだろうが!
だったら私達はお前等との縁を切ってやる!
貴様等のような不浄の奴等と一緒にいるくらいなら…。」
「私は」 「僕は」
「「闇に染まってやるさ。」」
***
「スミマセンお嬢様…。急にタイヤがパンクしてしまって…。」
「いえ、良いのですよドラクロ。あなたが気にする事じゃ…あら?」
夜道を歩いていたのは塾帰りのノンちゃんと迎えに来ていたドラクロ。学校がすぐ左手に見える道を歩いていると、不意にノンちゃんは学校に誰かがいる事に気付いた。
目を凝らしてじぃっと見つめていると、それはのび太と、何人かの女子達だった。その女子達がだれだかはすぐに分かった。
昨日うちに来た、ドラえもんズの人達だ。だけど、様子がおかしい。
「ドラクロ、とおりぬけフープでここから入らせてくれる?」
「え、でも…。」
「のびちゃん達が、変なの。何かあったのよ、きっと。
お願い。」
「…分かりました。」
ポケットから取り出したフープを金網に貼り付けるとそこだけが通りぬけ出来るようになり、先にノンちゃん、そしてドラクロが通りぬけてのび太達の元へと走って行った。
―――この時、もしもノンちゃんの乗るはずだった車が故障していなかったら
ノンちゃん達がこの先大変な苦労を負う事も無かったのだろうに。
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