ドラパンとジェドーラ。
―――何で、こんな事になっているのだろう。
夜の学校。
目の前にいるのは僕の大切な仲間。
なのに。
「言っただろう。私達は操られているわけではない。
これは、私自身の意思だ。」
―――何で?
「君達といるよりもクロネコに付いて行く方を選んだのはドラパンだけじゃない。
僕も同じ。これは、僕が、僕達自身が決めた事だ。」
―――何があって?
―――何で、君達が…。
***
昼休憩。
階段には誰もいなくて、僕は約束通りそこで八反田君を待っていた。僕が来て1分位してから八反田君は来て、1枚の紙切れを僕に渡した。
そこに書かれていたのは数名の同じ学年の人たちの名前。どれもあまり評判の宜しくない人達。
八反田君はノートを見ながら僕に話し始める。
「そこに書かれとる人物が犯人や。多分昨日、あんさんとこのポストに入ってたラブレターの送り主の一部分や。
せやけど…犯人は、もう1人おる。」
「…どういう事?」
僕がそう尋ねると、初めて八反田君は困った表情を見せた。ほんの少しの躊躇の後、ノートから顔を上げて言う。
「もう1人、犯人はおるゆうてんのや。
教えて欲しいんか?」
「う…ん。」
「ならええわ。
ええか、もう1人の犯人は…。」
彼は一旦切ってから、もう1度ゆっくりと口を開いた。
「出来杉や。」
***
「ジェドーラ〜。ドラパン?お昼食べないんスか?」
小龍は部屋の襖を何回も叩く。だが一向に彼等が出てくる気配は無く、また物音もしなかった。流石に不信に思った小龍が、少しだけ襖を開けてみた。
「!?」
そこには人影は1つも無く割れたモノクルと同じく粉々になった皿、そして床に転がるカマンベールチーズ入りのドラ焼きだけ。ジェドーラの姿も、ドラパンの姿もどこにも無い。
風で揺れる、カーテンがかかった窓は開いたままで、あそこから出て行ったのだろう。でも、だからと言ってこんな状況を放りっぱなしであの二人が出て行くのだろうか。
少なくともまず畳に転がるドラ焼きと割れたモノクルはどうにかしているはずだ、なのに…。
四次元ポケットからタイムテレビを取り出して時刻をジェドーラが2階に上がった時間に合わせる。畳に座ると少しの血が畳についているのが分かり、小龍が歯をギリッと鳴らす。
二人が思い思いに寛いでいると突然開けた窓からフクロウが入ってきた。しばらく旋回しつづけ、言葉を喋る。
そして地面に降り立ち、それは人間の姿へと姿を変えた。
そこまで映すと、急にテレビの映像が乱れた。
「…妨害電波…?クソッ映れよ…!」
時間を進めて行くうち、映像が一瞬だけ綺麗に映った。ここぞと思った小龍が巻き戻し、そこを再生する。
それを見た途端、小龍の瞳は見開かれ、額から流れた汗が頬を伝い畳に落ちた。
微かな雑音と共に、ドラパンとジェドーラが見知らぬ青年にひざまずいて何かを話している。音量を上げて、よくその声を聞いてみた。
その途端、小龍を後悔の波が襲ってきた。
『私は…あなた方BLACK CATに全てを尽くすとここに誓う。』
『僕は…この命尽きるまで、BLACK CATに尽くし続けるとここに誓う。』
『そう…それで良いんだって。
じゃ、行こうか。セワシさんや薫さんも待ってる。』
そして三人は窓から立ち去って行った。青年が落としたモノクルを拾おうともせずにドラパンもジェドーラも躊躇い無く部屋から出て行く。そしてさっき小龍が入って来た時と全く同じように、部屋を静寂が包んでいる状況になった。
小龍は無言のまま、何ら変わり映えしない部屋が移った画面を見続ける。
だが意を決したような顔をすると部屋を出て階段を駆け下り、道路に出て行った。
透明マントを被ってから、どこでもドアを使う。
出た先は中学校、1ー3の教室の前。
丁度授業の真っ最中。
だが小龍はお構い無しに教室に透明のまま入って行った。
***
僕はまだ、八反田君の言った事を受け入れられなかった。出来杉が犯人の1人だなんて、信じられない。そう言うわけで、国語の授業にも全く身が入らない。
漢字が呪いかなにかの言葉にしか見えなくて、教科書に書かれている小説は魔法の呪文。
あくびを1つした途端、不意にどこからか声が聞こえているのを感じた。
「…ニキ。兄貴!」
「え…え?」
「俺ッス!小龍ッス!」
どうやら彼は、透明マントを被っているらしい。声は聞こえるが姿は見えない。
更に小龍は話し続ける。
「大変な事になってきたんス。ちょっとこれは…ヤバすぎッスよ…。」
いつに無く真剣な声で小龍が語るので、僕は先生に
「すいません、ちょっと頭痛いので保健室行って来ます。」
とだけ言ってそそくさと教室を出た。ちらりと王ドラに目で合図を送ると、王ドラも何か察したようで代議員と言うクラス内最高の権威を使い、僕の付き添いと言う項目で教室を出た。
***
「何これ…。」
「そんな、あんなにプライドの高いドラパンが…。」
僕達は思わず絶句してしまった。
ドラパンとジェドーラが見たことのない男性に向かってひざまずき、敵であるはずのクロネコ…BLACK CATに忠誠を誓っている。「相談の階段」で僕達はその様子を見た、いや見てしまった。
「俺が2階に行った時には…もういなくて…。
すいません兄貴、俺がちゃんと異変に気付いてれば…。」
「ううん、小龍が謝る事じゃない。それよりも今はドラパン達は何故彼に付いて行ったのかと言うこと、それに…。」
「どこに行ったのか、せやろ?」
バッと後ろを振り向くと、後ろに八反田君が立っていた。小龍は彼の姿を見ると急に表情が苦いものになる。ふぅと溜息をついてから、さっき話したような口調で話し始める。
「そないな顔せんでええやろ、小龍。何も俺は邪魔しにきたわけじゃないんや。」
「俺はあんでアンタがそこにいるのかが、分からないんスけど?」
と言うか、僕はなんで二人がお互いを知っているのかが分からないんですけど?
そんな気持ちが表に出てしまったのか、八反田君が僕に話しかける。
「堪忍な、別にあんさんだまそーとした訳じゃないねん。仕事や仕事。」
「仕事…ですか?」
王ドラが状況を読み込めず、八反田君に尋ねる。八反田君は小さくせや、と言ってから肩をすくめる。小龍に近づき、勝手にポケットから進化退化放射線源を取り出し、手馴れたようにダイヤルを回して自分に当てる。
身長が伸びていき、ひょろりと上に長い青年に姿を変えた。小龍よりも身長は高いであろう。八反田君(と呼んでいいのか分からないけど、今はとりあえず。)と分かるのはその無表情な顔と細い目が今だ直健在だからである。
少し面倒くさそうに頭をかきながら八反田君は話す。
「俺もな、餓鬼等と遊ぶ暇なんかあったら商売やってんねん。わざわざ俺呼び出すほどの仕事なんかいなこんなんが。折角非番で稼ぎ時だったのになぁ…。
あ、堪忍な。別にお前等の悪口いっとる訳やないんや。」
「いえ、別に…。」
大人の人を前にすると、数十秒前まで子供だった人でもどうしても敬語を使ってしまう。王ドラも訳がわからないみたいで、じぃっと八反田君のほうを見つめていた。
「俺は確かに八反田友希や。ただちょっと子どもん時の俺に都合話したらな、快く引き受けてくれたわ。金払ったら。
ま、俺の仕事はお前等のとは関係あらへんのやけどこれは確かにまずいな。」
八反田さん(年上と判明したのでさん付け。)がタイムテレビの画面を覗き込んで顎に手を置く。少し難しい表情をしながら。僕と王ドラも八反田さんのよこから画面をもう一度覗いた。見れば見るほど訳の分からなくなる場面だ。
フゥーと本日何度目かの溜息を付いて膝に手を置きながら八反田さんが立ちあがる。
「お前等、今日はもう帰った方がええわ。先公には俺が言っとく。」
「え、なんでですか?」
「俺が手に入れた情報の1つにこんなんがある。
今日の深夜12時。このガッコの屋上でクロネコの一部が集まるんや。
その二人と他のメンバーの顔合わせみたいなもんでな。せやけどこんな簡単にクロネコの情報ってのは集まらん物なんや。
つまりあいつ等はお前等とその二人を会わせようとしてんやな。軽い挑発行為や。
すっぱりさっぱり、お前等とあの二人の関係を断ち切りたいんやろな、向こうとしては。」
「そん、な…。」
「ありえません、ドラパンとジェドーラは私達を裏切るなど、絶対に…。」
進化退化放射線源を体に浴び、小さくなった八反田さんが大きく伸びをしながら
「そう思うんなら今日はさっさと帰って仲間に伝えとき。もしホントにあいつ等が裏切らないなら、今日帰ってくるはずや。
せやけど俺は別の仕事やらなあかんねん。ほな、さいなら。」
そう言って、教室に帰っていった。僕等は顔を見合わせてから、どうするか考えた。
だが答えは、ほぼ確定していた。
王ドラが教室に入り、先生に僕のママが急に倒れたと言う大嘘をついてから僕達の鞄を持って階段に来た。ドラリーニョもまだ訳がわかっていないようだが、説明は後でまとめてする事にする。
どこでもドアでとりあえず僕の部屋に帰る。
畳にはモノクルが転がっているし、カマンベールチーズの匂いは部屋に立ちこめている。皿は割れ、窓は開きっぱなし。微かに匂うのは血の匂い。
あぁ、本当の事だったんだともう逃げられない気分になった。
本当は心の底で願っていたのだ。
全部が嘘で、すぐに彼等も帰ってくるんじゃないのか、と。
***
「やぁ。戻って来てくれて嬉しいよ。
ドラパン、ジェドーラ。」
セワシがクスクスと笑いながらドラパン達に一歩ずつ近づいて行く。
逃げたくても逃げ出せない、そんな呪縛に囚われている感覚がずっと体に染み付いている。
ドラパンを微かに見上げる格好で、セワシはドラパンに話しかける。ジェドーラはその様子を、少し心配そうに見守っていた。
「君達は、あんな奴等とは違うもんね。
君達みたいなエリートはあんな落ちこぼれと一緒にいる必要はないんだ。」
そんな話を少し聞いた後、やっと二人は開放された。その建物の屋上で、疲れたようにドラパンは座り込む。そのよこにジェドーラも座った。
そこから見える風景は、やりきれない二人の表情とは裏腹にスッキリとした青空が広がる絵になる物だった。
重い口を、ドラパンはゆっくりと開く。
「…ジェドーラ。」
「…何?」
「あいつ等は、追ってくるだろうか。」
「のび太君達のことかい?」
「…あぁ。」
少し空を見上げながら、ジェドーラは肯定の返事を返す。その言葉は吹いてきた風にかき消されてしまうくらい、小さなものだった。
ドラパンも青く広い空を見上げながら、また話し始めた。
「だがそれじゃ…駄目なんだ。
私達の所為であいつ等に何かあったら…いけないんだ。」
「…でも、彼等はきっと何があっても追いかけてくるよ。
君も見たでしょ?小龍君の為に彼等は…勿論君だって、わざわざ背負わなくても良い物を背負ってまでここに来たじゃない。」
「だったら…ここに来る気を無くさせてやるよ。
ジェドーラ、
私はこの組織を裏切る真似はしない。例えあいつ等が来たって私は…帰らない。
そうすればあいつ等は諦める、いや…そうでもしなければ諦めないだろうからな。」
ジェドーラは少し寂しそうな目でドラパンを見ていた。
だがそのうちジェドーラも決意のこもった目になった。ポケットから取り出した皿の欠片で自分の右手にバツ印の傷を作った。
それを誇らしげにドラパンに見せてみるとドラパンは最初驚いた顔をしていたがそのうち目を閉じて自分のステッキの先をナイフに変え、自分の左手に同じ傷を付けた。
「約束しよう。私はこの組織と、お前を裏切らない。」
「約束するよ。僕もこの組織と、君を裏切らないから。」
お互いクスリと笑って、青い空を見上げた。何か吹っ切れたような表情を二人は浮かべ、手から流れ出るオイルも、気にはならなかった。
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