桜少女と舞う桜
桜よ、桜。桜ガ、裂クラ。桜ヲ、裂クラ。
桜よ、桜。二人ヲ、裂クラ。
それは云い伝え? それとも――?
***
「マオ! 昨日こんなん見つけてん!」
マオと呼ばれた少女は呼びかけた少女――千鶴を見上げた。マオの短く切り揃えられた黒髪が風にさらわれてゆらりと舞う。
千鶴は地面の白茶けた桜に目をやってからマオの隣に座った。いつも、何年も、毎日こうだった。同じ向きで、同じ木の下で、同じ場所で過ごしていた。
マオの表情は凍っていた。
「昨日マオと別れたときにここにあってん」
金色の鎖に桃色の玉のついた首飾り。桜についた雨の滴のようである。
可愛えやろ、と千鶴が口を開いたときにはその首飾りをマオがかっさらっていた。
「うちが預かる。やし、しばらくいーひんくなる。やけど探さへんて約束して」
「いきなりそんななんで!」
「別離の首飾りや」
マオがいつになくお揃いの腕輪をぎゅっと握りしめたのを見て千鶴は固唾を飲んだ。
「さよなら」
「マオ!?」
刹那、桜の嵐が二人の間に間に流れ、少女達を無情にも叩きつけ、引き裂いた。
千鶴が面を上げたときにはマオはいなかった。
『マオは縹色の着物がよう似おてるから青いのん。あたしはこの赤いのん。勾玉が綺麗やろ。友達の印や。ずっと友達。約束やで?』と言ったあの日が懐かしかった。
***
翌日からマオは姿を消した。
千鶴は心臓にぽっかり穴が空いてしもたわ、そう思いながら毎日を送っていた。ひたすら苦しかった。
「切られんねんてよ、あの桜の木」
米を洗う母がぽそりと漏らした。
「明日――」
気付いたときには千鶴は裸足で駆け出していた。
もう一回だけでいい。
一回会ったらもう探さへんって約束守るからあの桜の木でもう一度マオと――。
気付くとふたりの場所にいた。始めて見る夜の桜の木は以上に青白かった。なんとなく見覚えのあるような青色やなあ、と千鶴は思った。
千鶴は桜の木にぎゅっと抱きつく。
「マオとも桜さんともお別れしたない」
見上げた先にぶらさがるものを見て、千鶴は目を見開く。
枝にかかった青い腕輪。それはまるでマオが腕に嵌めているようで。
「マオ?」
木がどくり、と波打った気がした。
『……舞桜ノ神や。うちのほんまの名前。うちのほんまの姿は』
凪いでいた風が止み、桜達もぴたりと止むと木の中からマオが現れた。
「マオは桜の神様やってんな」
「うん」
「マオ、明日この桜切られんねん。逃げよう、マオだけでも!」
マオはゆっくり首を振る。
「首飾りあったやろ。うちがこの世界に執着しはじめたときに出てきてずっと前に隠してん。ある別離の詞を持った特別な首飾りやからな。でもまた出てきてしもた。それも一番大事なちぃちゃんの手で――」
マオは千鶴が今まで見た中で一番優しい顔をしていた。
「潮時なんよ」
「マオはあたしの友達やもん! ずっと一緒にいるのが友達や!」
「うちらはずっと一緒にいな友達やない?」
千鶴の目から涙が溢れて、ぽろぽろと転がっていく。
「うちはちぃちゃん大好きや」
「……あたしも、マオはずっと友達や、ずっと。ずっと」
二人が手を重ねると赤と青の腕輪が一瞬きらりと光を放った。
「大丈夫、きっと大丈夫。ちぃちゃんのここ、にうちはいつでもおる」
ここにおるから。
そう言うとマオは千鶴の胸元に繋いだ手を重ねた。
***
「あの時の桜とよう似た色やわ」
一つくくりの長い髪が揺れて、桜の花びらが絡まりついた。
何度目かの春だった。
「桜の季節か。マオの季節やな。なあ、マオ」
千鶴はゆっくり胸元に手を当てる。
そこにはあの首飾り。ただ違ったのはお揃いの腕輪が消えてしまったことと首飾りに大きな桜がつながっていたこと。
ここにおるよ。
千鶴は散った桜と優しい言葉を胸に、前に向かって歩き始めた――。