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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第一章[迷い人のバチカル]

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1-5/不本意な提案

 両脇に立つギルド職員――門番の側を通過して重厚な作りの扉を開け放ち、ギルド本部の中へ足を踏み入れた。冒険者や探索者といった荒事を生業とする者達。その総本部とはとても思えない小洒落たエントランスを抜け、レーツェルの先導のもと三階にある応接室へ向かう。

 ダンジョンからの帰還報告。と言っても「帰ってきました」「わかりました」の一言二言で片付く訳はなく、探索者達は迷宮から帰還した際、到達階層とドロップした物品についてのことや、遭遇したモンスターの情報に道中の経路など、様々な事柄をギルド職員に報告しなければならない。
 面倒臭い制度だとは思うが、情報が詳細であればあるほど精確さに応じた金銭や援助を与えられるとあって、探索者達の大半は迷宮内での出来事を事細かに記録するよう努めている。勿論と言えば良いのか、与えられる金銭や援助の度合いには情報の正確さ以外に到達階層のことも加味されており、低階層のものであればちょっとしたお小遣い程度にしかならないが、所謂深部と言われる階層の情報ともなれば、それだけでちょっとした大金が貰えるほどのものとなる。
 尚、報告の内容に故意的な虚偽や秘匿があった場合、ギルド職員からの信用をなくすだけではなく、程度に応じた罰金が発生する場合もある。この決まりのおかげで迷宮探索を始めたばかりの頃に一悶着起こすことになってしまったが、今はそれを置いておくとして、ともかくこのように、帰還報告と言うのは非常に面倒臭いものなのである。

 探索者達が屯する一階の待合室を抜け、階段を上り二階を通り過ぎる。辿り着いたのは三階だ。案内のために前を歩くレーツェル。その後ろに付いていく。扉が立ち並ぶ通路を幾らか歩いていると、目の前を進んでいたレーツェルが足を止めた。その側にある扉を開き「ど、どうぞ」と入室を促すレーツェルに「ふん」と鼻を鳴らして、顰めっ面のまま、豪華絢爛とは言わないまでも目立ち過ぎない程度に調度品が飾られた室内へ足を踏み入れる。
 そのまま中央に据え置かれたソファーにどかりと腰を下ろし、改めてレーツェルへ視線をやる。何やら怯えた様子の彼女は、ひきつって不格好な笑みを浮かべていた。怯えと媚びが垣間見える不愉快な笑みを咎めるように睨み付けると、レーツェルは顔を真っ青にして慌ただしく室内に入り、後ろ手でそっと扉を閉ざす。

 絨毯の敷かれた応接室の床を踏みつけ、こちらへ近付いたレーツェル。彼女は何を言わずとも床に膝を付き、頭を垂れた。動作に釣られてか、緩やかにウェーブする柔らかそうな紫髪がふわりと舞う。
 跪かれたせいで表情が見えなくなったレーツェルだったが、それでもその心境を語るように震えている声のおかげで、彼女が今どんな思いで俺の足元に膝を付いているのか。その事をありありと理解出来た。

「あ、改めて……七十階層の突破、おめでとうございます。早速ですが、探索内容の詳細な報告をお願いしたいんですけど……ダ、ダメですか? すいません。産まれてきてごめんなさい!」

 その声は恐怖に震えている。室内に反響した甲高いソプラノが、嫌に耳に付いた。つい不快げに眉間を寄せてしまい、突拍子のない謝罪に思わず「ふざけてんのか」と返そうとしたが、跪いたまま頭を下げ、さながら土下座の如き、と言うよりまんま土下座の姿勢であるレーツェルの様子を見て、開きかけた口を閉ざす。
 足元に這いつくばる彼女の頭は、今や俺の足と同じ高さにある。ちょっとでも足を動かせばレーツェルの唇にブーツを押し当てることも出来るだろう。「報告はしてやるが、その前に靴を綺麗にしてくれ」なんて言えば、彼女は一も二もなく俺のブーツの汚れを舌で舐め取ってくれるのではないか。思わずそんな下らない想像をしてしまうほどに、彼女は下手に出た態度だ。

 「けっ」と、喉を鳴らす。開いた口から漏れ出た声は、意図せず不快に塗れていた。自分自身高圧的としか言いようがない音色で放たれた言葉が届いたのか、レーツェルは怯えの中に僅かな喜色を滲ませて、俺を見上げる。

「誰も嫌だなんて言ってねーだろ。このあんぽんたんが、勝手に盛り上がって謝ってんじゃねぇよ。気持ち悪い」

「あっ、はい。すいません。ごめんなさい!」

「だから、勝手に盛り上がって謝るなって」

「は、はい! わ、わかりました。ごめんなさい!」

「……てめぇ」

「ひ、ひいぃ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい私が悪かったです許してください何でもしますユーベルさんだからどうか命だけは……!」

 あるいはわざと、やっているのではないか。思わずそう勘繰ってしまう。「ごめんなさいごめんなさい」と幾度も不要な謝罪を繰り返すレーツェルに、ついドスの効いた剣呑な声を向けた。
 そうすれば慌てた様子で再び頭を下げるレーツェル。苛立ちに突き動かされ、綺麗に整った彼女の顔をいっそ一思いに蹴り抜いてやろうかと思い付く。レーツェルの胸元には見覚えのあるペンダントがあった。中央に魔石が嵌め込まれたそれは、いつだったかに渡した死霊王の首飾りだろう。六十階層の守護者、死霊王リッチキングからドロップした魔導具に守られるレーツェルを傷付ける事は容易ではないだろうが、そもそもがその六十階層の守護者を単騎で討ち滅ぼした俺である。少し本気を出せば死霊王の首飾りの守護を突き破り、レーツェルの頭部を蹴り飛ばす事は容易い。

 しかし、である。ちょっと苛立った程度で人一人を動かない首無し騎士(デュラハン)にするほど、俺は暴虐を極めた訳でもなければ、極めたい訳でもない。必要とあらば行うのも吝かではないが、結局のところ、彼女はただ怯えているだけなのである。
 俺がどれだけ不快に思おうと、その事実に変わりはない。だから舌打ち一つで不快感に区切りをつけて、続けるようにレーツェルを促した。

「ちっ、まあ良い。それで、報告だろ? さっさと済まそーぜ。俺だって少しは疲れてんだ。早く休ませてくれ」

「ご、ごめんなさ――は、はい! で、ではまず、到達階層までの経路と遭遇したモンスターの分類を覚えている限り、お教えください」

「……相変わらず、面倒くせぇな。ほら、経路をマッピングした地図だ。モンスターは、そうだな。フロアボスはヴェノムタイラント。分類は龍種だろ。毒に関する固有能力を持ってるみたいだったが、詳細まではわかんねーなぁ。他で言えばハイオーガにレックスリザード。マッドシェイプにシャドウマーダー、その他etcetc(エトセトラエトセトラ)――ああ、そういえばバジリスクなんてのもいたな。全体的に見りゃ新種もいくらか居たが、大抵が五十階層まででエンカウントするモンスターの強化個体だ。深層になるとスライムやゴブリンだってバカに出来ねーぜ。中層の探索者程度なら囲われて袋叩きだろうよ」

「は、はぁ……そうですか。報告ありがとうございます。ちなみに聞きますが、その様子ですと迷宮に異常らしい異常もなかったんですよね?」

「異常か……んなもんはなかった気がするがなぁ。そもそも地上にはない技術が使われてるってだけで異常な気もするんだが、てめぇらの上はそこら辺どう考えてやがんだ? これじゃ何が異常で何が正常なのかもはっきりしねぇ」

「す、すいません。上の判断基準は私もあまり把握してなくて……ともかくいつも通りの迷宮だったということで、異常無しと記載させていただきます。報告ありがとうございました」

 跪いた態勢を変えないまま「続きまして」と付け加えたレーツェル。気付けば手にしていた羊皮紙に何やら書き連ねた彼女は、一段落が着いたのか。束となっている羊皮紙を一旦脇に抱え、後のように続ける。

「これからドロップした物品の鑑定(・・)に移ろうかと思います。鑑定結果を纏めるまで数日お時間を頂くことになりますが、その間ユーベルさんには迷宮探索を控え、いつでも連絡が取れるようセントラルタウンに滞在してくださるようお願いしたいです」

「言われなくてもわかってるよ。こちとら毎度毎度、同じ事言われてるんだからな」

「うっ……それも、そうですね」

 涙目でこちらを見上げるレーツェルに了承を示すと、彼女は徐に頭を下げ「そ、それでは、ギルド専属鑑定士の方が来るまでしばらくお待ちを……」と震えた声で俺に告げた。

 鑑定士。この言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは、虫眼鏡だとかを使って物の良し悪しを判別したり、物品と資料を見比べてその物品が貴重品か否か見極める人物ではないだろうか。まず言っておくが、少なくとも俺はそうだった。
 しかしこの世界においてはどうやらその限りではないようで、鑑定士とは物品の価値や使用用途を見ただけで識別する固有の能力――即ち鑑定という技能を生まれつき兼ね備えた、所謂レアスキル持ちと呼ばれる者達の分類の一つだ。
 鑑定スキルと一口に言っても、人によって程度は変わる。物品の価値をどこまで理解出来るのか。どこまで使用用途が詳細にわかるのか。同じ物品でも鑑定士によって鑑定結果が変わるという事は良くある事らしく、鑑定士に二束三文の価値しかない何のためにもならないものだと判別された魔導具が、他の鑑定士に見てもらえば驚くほど高い価値があったり、予想だにしない使い方があると知らされる場合も少なからずある。
 加えて言うならば、鑑定を行った数が多ければ多いほど鑑定可能な物品が増える傾向にあるらしく、セントラルタウンの外、シャハテル大陸の西方に位置する学術都市と呼ばれる研究機関では、その原因究明について日夜議論が繰り返されているだとか何とか。鑑定そのものに対しては、物品に蓄積された高次の情報体を視覚を介して見る事が出来るスキルなのではないのかと言われているようだが、その真偽は定かではない。

 この世界での鑑定とは、鑑定士とは、そんな非現実(オカルト)じみた幻想(ファンタジー)なものなのである。回数を重ねれば重ねるほど鑑定の有効範囲が増えるとか、何だよあれか。熟練度でも関係してんのかよ。スキルだとか、レアスキルだとか、まんまゲームじゃねえか。ふざけてやがんのか。はじめてこの世界での鑑定について知った時、思わずそう悪態を漏らした俺だが、仕方がないだろう。自分自身、転生などという荒唐無稽な出来事を体現したふざけた存在であるという自覚はあるが、それを抜きにしたって弱者は食われるだけの苛酷な現実の中で、レアスキルなどと言われる摩訶不思議な代物が罷り通っているとなれば、脳髄を蛆が這うような違和感を覚えずにはいられないだろう。

 摩訶不思議な荒唐無稽と言えば魔法やモンスター、エルフや獣人、魔族などを筆頭とする異種族、ダンジョンやその他諸々、何もかもがそうであるとも言えたが――

 根幹からして前世とは違う異世界ともなれば、そんな荒唐無稽の数々もあるいは罷り通って然るべき事柄であるのだろうか。かつて平凡な一般人として日本で生きていた頃の、先進国として発達した自国の風景を思い浮かべる。所々が欠落した古ぼけた記憶では、何の魔力的働きもなく地を駆ける鉄の塊や、電波から送られる情報を映像として映し出す箱型の置物が、常日頃から様々な人々に使われていた。

 この世界の住民に言わせれば、その光景こそが異常なのであろう。であれば世界の外側から訪れた俺がこの世界ではあって当たり前の常識を、幻想(ファンタジー)を、非現実的な異常だと見なすのも仕方がないのではないだろうか? 脇道に逸れた思考でそんな自問を行っていたら、前世とは明らかな差異がある鋭敏な知覚が、ギルド本部の通路を歩きこの応接室へ近付く存在の気配を感じ取った。

 足音からして、どうやら体躯は小さいようだ。しかしそれに反するように、莫大な魔力が感じ取れた。万人が大小の差はあれ生まれながら持っている魔力。酸素を必要とすることと同じように、それは生物にとって必要不可欠の、切っては離せない代物だ。

 生物は生き物である限り、常に魔力を身に秘めている。魔力がないというなら、それは生物ではなく死者であるとも言えた。熟練の魔導師であればその身に秘めたる魔力でもって他者の存在を知覚する事も出来る。そして応接室に近付く某かが死者ではないとなれば、規格外の魔法使いとして悪名を馳せる俺がその存在を認知出来ない訳はない。
 体外に放出される魔力を抑え、上手く気配を隠している積もりのようだが、俺の知覚は誤魔化せない。これがどこぞから送られた刺客となればこちらも相応の態勢に入るところだったのだが、ついに応接室の扉の前まで近付いたのは、どうにも見知った人物のようであった。ここまで近付けば魔導的才能のないレーツェルでも、足音か何かで気付いたのだろう。しかし扉の前に立つ存在があの(・・・)人物だったとは気付けなかったようだ。こんこんと控え目に扉がノックされた直後、誰何もせずに「鑑定士の方が来たようですね。どうぞ、入ってください」と跪いたまま言い放つレーツェル。

「失礼するわね」

 レーツェルの応答に返されたのは、幼いソプラノの声だった。
 応接室の扉が開かれると同時、レーツェルの両目が見開かれる。外れてしまうのではないかと思うほどに大きく開けられた顎が、その驚愕の程を物語っている。レーツェルの驚きに満ちた視線を向けられる女――否、少女、あるいは童女と言っても差し支えない容姿の彼女は、膝裏まで伸ばしたプラチナブロンドの髪を靡かせ、虹彩異色の特徴的な瞳で射抜くようにレーツェルを一瞥した。
 顔を合わせて早々に呆れ返ったように溜め息を吐いた少女の目が、レーツェルを見咎める。細められた青と赤のオッドアイは、隠す気もない不快感で鈍く煌めいていた。

「はぁ……誰何もしないで入室を許可するなんて、レーツェル、貴女、危機感が足りてないんじゃない? 困るのよね。もし今来たのが私じゃなくて、ユーベルとは関係のない者だったり、外部からの刺客だったりしたら、貴女はいったいどうするつもりだったのかしらね」

 そう、鋭い口調で言い放つ少女。一見年上であるはずのレーツェルは、予想から外れた人物の来訪による狼狽えもあるのだろう。「えっと」「その」と何度も言葉を詰まらせながら、次第にはバツが悪そうに、頭を下げはじめた。
 見た目十二、三歳程度の、前世にあった義務教育という制度で言えば、中学生相当のガキに、少女特有のあどけなさを残しつつも、それでも女としてしっかりと発育した女性がへこへこと情けない態度で謝っている。そんな、一見年功序列に反した光景ではあるが――

 しかし驚くべきことに、目の前で繰り広げられる光景は、互いの年齢に相応しく年功序列に則ったものであるのだ。あるいは互いの立場に則った光景であると、そう言い換えても良いだろう。
 刺々しい言葉遣いでレーツェルを言い詰める彼女こそが、ギルドを統べる世界有数の権力者、ギルドマスターである。生粋の人類でありながら人の理を超越し、数々の伝説を残した古の英雄。一度戦場に出れば敵対する者の尽くを燃やし尽くし、焼き殺したとされる、最高位の火系統魔導師だ。
 幼い容姿とは裏腹に、優に千年を越える年月を生きていると言われている彼女だが、古来より続く人魔対立の戦争や、人類の領域内での魔物駆除など、そういった鉄火場の最前線から足を洗って久しいらしく、かつて各勢力に恐れられていた魔女としての姿も今では鳴りを潜めている。
 だがそれでも、潜ってきた修羅場の数が減る訳はない。レーツェルを見据えるギルドマスターの眼光は、火焔地獄の異名に相応しい威圧的な煌めきを湛えていた。この冷たい眼光で睨まれたら、立場的にも手も足も出ないレーツェルが、顔を真っ青にしてしまうのも仕方がないだろう。

 尚更血の気の失せたように見える表情で、俺の足元に跪くレーツェル。彼女に対し、しかしギルドマスターに容赦はなかった。暴君として悪名を高めた俺。その足元に膝を付くレーツェル。構図としては、極悪非道な暴君に力尽くで従わされる無力な少女だろうか。真っ当な価値観があれば暴君(オレ)を外道と罵り、少女(レーツェル)を哀れだと同情するところのような気がするが、しかしギルドマスターにそんな様子はない。

「す、すいません。てっきり鑑定士の方が来たのかと、思いまして……」

「てっきり、早とちりして、勘違いして……それでユーベルやギルド(うち)が何かしらの不利益を被ることになったら、貴女はどう責任を取るのか。そんな意味合いで言ったつもりだったんだけどね。私が聞きたいのは、貴女の言い訳なんかじゃあないのよ」

「うっ……も、申し訳ないです」

「はぁ……かと言って謝罪が聞きたい訳でもないの。ねぇレーツェル、そこのところわかってる?」

「は、はいっ。ごめんなさい……今後、こんなことはないようにします……」

「ふん。どうかしらね。そんなこと言っても、ほら、貴女って少し、抜けてるところがあるじゃない? 大体何よその体勢。貴女に給金を払っているギルドのトップが目の前にいるのよ? それを、そんな、ユーベルの近くで――じゃない。お気楽に座ったまま対応するなんて、考えられないわ。ほら、早く立ちなさい」

「そ、それはその、違うんです。違ってないけど、確かに、体勢で言えば座っているとも言えなくもないかもしれませんけど、違うんです。これは、ユーベルさんが……いえ、何でもないです。すいません」

「ユーベルが、何? で、何が違うって? 私はね、立てと言ったのよ! 聞こえなかったかしら?」

「えっと、その……ご、ごめんなさい。ちゃんと聞いてはいたんですけど……」

 ギルドマスターの言う通り、未だにレーツェルは俺の足元に跪いたままである。彼女の上司であるなら、責め立てる前にこうやって奴隷か何かのように扱われているレーツェルをまず心配するべきなのではないかとも思うが、しかし何を思い違えたのか。気弱げに謝罪を重ねるレーツェルの姿勢を気楽なものだと言い切ったギルドマスターは、殊更レーツェルを責め立てた。
 何も、ギルドマスターがいつもこのように嫌味ったらしい訳ではないし、誰に対してもこんな態度である訳でもない。どうしてか彼女は、レーツェルに対して当たりがキツいのだ。反りが合わないのか。過去に何かあったのか。そんな事は知る由もないが、ともかく、ギルドマスターはレーツェルを毛嫌いしているようなのだ。そういえばトイフェルに対しても、態度がキツい気がする。

 その後も必要以上に苦言を呈するギルドマスターだが、立場上強く言い返せないレーツェルは、終始謝るばかりだ。態々割って入れば尚更長続きしそうだと思い、レーツェルに向けられるギルドマスターの小言を傍観者然として聞き流す。そんな状況がしばらく続く――かと思いきや、「はあ」と溜め息を溢したギルドマスターは続けて「もう良いわ。貴女とは話すだけで疲れちゃうもの」と呆れとともに言い放ち、レーツェルへ向けていた視線を動かした。
 一連の様子を気怠げに眺めていた俺の視線と、ギルドマスターの綺麗な虹彩異色の瞳が交差する。まるで宝石のように輝く赤と青の瞳には、行儀悪くソファーに身を沈める俺の姿が映っていた。裏では人に言えない汚れ仕事も存分にこなしてきたであろうギルドマスターは、しかしそんな落ち目を一切窺わせない真っ直ぐな瞳で俺を見詰めている。

「ああ、ユーベル。久し振りね。会いたかったわ……でも、ごめんなさいね。折角久し振りに会えたのに、こんな、見苦しいところを見せちゃって」



 そう言って、熱い息を漏らすギルドマスター。幼い身形に似合わずどうしてか蠱惑的な雰囲気を纏う彼女の姿は、レーツェルを責め立てていた時とは違い、如何にも少女然とした可憐なものに見えた。まさに、人が変わったようだと言えよう。そこには英雄と讃えられた偉大な魔導師としての面影も、大陸各所に根を張る超巨大組織ギルドを統べる頂点としての姿もない。
 ユーベルを映す彼女の虹彩異色の瞳は、漏らした吐息と同じく隠す気のない熱を孕んでいた。

 本来、迷宮からの帰還報告とは探索者とギルドの担当者のセットで行われるものである。他に直接的に関わるとするなら、先にユーベルが述べたギルド直属の鑑定士ぐらいであろうか。
 裏では探索に纏わる金銭の動きなどで勘定能力のある裏方が忙しなく働いているのだろうが、それはともかく、こうして直接探索者と顔を合わせ、帰還報告に携わるのは担当者と鑑定士のみなのだ。本来ならば。

 それが何故、ユーベルが帰還報告の真っ最中であった応接室にギルドのトップ、ギルドマスターが出張ってきたのか。何も、部下(レーツェル)をイビるために来たと言う訳ではないだろう。であればギルドマスターがユーベルに向ける、熱っぽい――まるで番の片割れを見詰める雌のような視線が関係しているのだろうか。


 ユーベルが彼女に出会ったのは、彼が迷宮都市セントラルタウンに訪れてからすぐの頃だった。今では鳴りを潜めているが、当時ユーベルには史上類を見ないほどに高額の賞金首として、またシャハテル大陸に悪名を馳せる恐ろしい怪物として、昼夜問わず盛んに刺客が送り込まれていた。
 勇名を高めるため、多額の賞金を貰い受けるため、あるいは憎き仇敵への恨みを晴らすために、各所から訪れる数々の刺客。例え人々の往来の只中であろうとお構い無しに襲い掛かってくる脅威に抗うべく、セントラルタウンの街中で周辺被害を顧みずに闘争を繰り返していたユーベル。迷宮発見当初の混乱を収め秩序を取り戻したここセントラルタウンにおいて、新たな厄介事の火種であるユーベルの存在が見逃される訳はない。
 数年前、当時の三大パーティの一角であったブラッドナイトがいよいよ重い腰を上げ、それに吊られるように大小様々な規模のパーティ等が迷宮都市に混迷を招くユーベルを討伐せんと決起した。その結果ブラッドナイトを筆頭としたギルドに属するパーティの連合と、悪名の代名詞として知られる怪物との抗争がいよいよ始まる直前にまでなる。
 そこに待ったを掛けたのがギルド――延いてはギルドの支配者足る、ギルドマスターであった。

 三大パーティの一つとして数えられたほどなのだから、ブラッドナイトに属する探索者の数は相応に多い。彼等は日頃の探索で鍛えられた腕前を出し惜しみする事もなく、率先して迷宮都市内の治安維持に努めていた。それだけではなく、セントラルタウンにおいても取り分け治安が乱れがちの歓楽街の経営にも携わっていて、言わばブラッドナイトとはセントラルタウンを動かす大きな歯車の一つである、なくてはならない存在なのだ。

 結果的に、連合の中心であるブラッドナイトは惜しくも壊滅することとなったが、しかし連合との抗争が致命的となる寸前で止める事に成功した彼女は、こう思うのだ。
 被害がブラッドナイトだけで済んで、心底良かったと――

 何故ならブラッドナイト率いる一部パーティの連合が争おうとしていたのは、生粋の人類でありながら人の理を越えたギルドマスターのような、種族としての限界の先に到達した個体――超越種。生物として最高峰のスペックを持つ、そんな彼女でもってしても底知れないほどに規格外の魔力を身に秘める、人の形をしただけの災いの権化なのだ。そんな化け物を刺激して、被害が大規模とは言え一パーティのみで済んだことを、果たして幸運と言わず何と言うのだろうか。

 千年の時を生きるギルドマスターであっても、ユーベルに対し思わずにはいられない。高々百年も生きてはいない若造が、どうしてこうも理不尽な力を持つに至るのだろうか。きっと彼は生粋の怪物で、生まれながらの規格外で、法も、道徳も、何もかも、遍く一切合切を蹴散らし踏み潰すことを許された、暴力の化身。その様の何とおぞましいことか。ああ、恐ろしい。恐ろしい。
 一度対峙すれば例え千の年月を生きる古の英傑であろうと、何の反抗も許されず地に伏せる事となるだろう。もし彼が人類を見限り敵対すれば、それだけで人類には絶望が齎されることとなるだろう。しかし、と言えば良いのか。だからこそ、と言えば良いのか。

 そんな規格外を探索者として――ギルドに帰属する傘下の者として扱う優越感は、凄まじいものだ。ユーベルがブラッドナイトを壊滅に追いやり探索者登録してからも、しばらくは何かといざこざが起こりはしたが、今ではユーベルは最深度到達者としてギルドに多大な利益を生み出しているのだ。
 例え王族に連なる者であろうと、栄華を極めた英雄であろうと、きっと知らない。知るはずもない。魔王など一笑に付す埒外の怪物を飼い慣らすこの至福は、ギルドを統べる彼女にしか理解出来ない。実感出来ない。

 ギルドマスターはユーベルを恐れている。しかし怯えを上回る優越感に目が眩んでか、彼女は大組織の長でありながら、本来淘汰するべき重罪人をどうしようもなく気にかけていた。俗っぽく言うなら、好いていた。好感を抱いていた。何なら愛していると、そう言っても過言ではない。
 ――だから、ギルドマスターはついユーベルに付きまとうお邪魔虫(トイフェル)や、立場上中々自由な時間が出来ない自分を差し置いてユーベルと親睦を深めている女狐(レーツェル)にキツく当たってしまう。自発的にユーベルと交流を始めたトイフェルだけを妬むならともかく、ギルドの総意を受け嫌々ながらも専属の担当者をやっているレーツェルに対して嫉妬するのは、理不尽にも思うが、そもそもがギルドマスター本人としては、ユーベルに専属の担当者など付けず、自分自身で各種対応を引き受けたいぐらいだったのだ。ギルドを運営する幹部達との決議の結果こうなってしまったが、未だにギルドマスターはレーツェルのことを認めてはいない。
 幹部連に都合良く利用される傍ら、長からは毛嫌いされているレーツェルが哀れで仕方がないが、ともかく、ギルドマスターが虹彩異色の瞳に携える熱には、そんな歪んだ恋心と、醜い独占欲が秘められていたのだ。


 だから、そう、組織の長として面倒な書類仕事を終わらせてみれば、迷宮ばかりに埋没する愛しの怪物(ユーベル)がギルド本部に来ていると知って、偶々空いた時間だったから我慢出来ずに会いに来ただけ――なんて事もありえなくはない事なのかもしれない。


 が、しかしどうやら今回は、その限りではないようだ。
 面倒くさげなユーベルに、レーツェルと話していた時の冷たい態度が嘘のように機嫌良く話し掛けるギルドマスター。ユーベルの無愛想な様子など気にもせずに楽しげに言葉を重ねる彼女の視界は、もう目障りな女狐(レーツェル)など映してはいないようだ。
 ほんのりと頬を赤らめるギルドマスターの姿は、見た目相応の少女にも見える。歪とは言え、まさにその姿は恋する乙女だ。そんなギルドマスターだったが、しかし唐突に表情を引き締め、ギルドを統べる長としての顔で、ソファーの上で気怠げに姿勢を崩すユーベルに向き合った。

 まさか、ユーベルは思うまい。この一言を切っ掛けに、異世界に転生してから彼がこれまで過ごしてきた過酷な日々。殺しては奪って、傷付けられては奪われる。そんな残酷な生活が変わっていくなど、思えるはずもなかった。しかし一言付け加えるならば――

「元気だった?」

「俺が病気にでも掛かっているように見えんのか?」

「調子はどう?」

「んな事どーでも良いだろ。いつも通り平常運転だ」

「探索の方は順調だったのかしら?」

「……まあ」

「そう、それは良かったわ。ところでユーベル、私が今日顔を見せたのはね。実は、貴方に伝えたい事があって……」

 訪れる変化が、必ずしも良い結果を齎すとは限らない事だろうか。組織の末端に過ぎないレーツェルの目の前でそう気軽に話して良い話でもないのかもしれないが、誠に遺憾ながら、レーツェルにも関与する事柄でもあるだろうとして、さりげなく周囲に人の気配がないか探りながら、重々しい口調でギルドマスターは告げる。

「ナルシス王国が貴方の懸賞金を取り下げる代わりに、しばらく貴方の元で第一王女シャルキュール・フォン・ナルシス王女殿下を滞在させて貰えないかって、そう話を持ち掛けてきたの」

 どこか不満げな声が室内に響く。ユーベルに掛けられた懸賞金は莫大だ。その発端、経緯がどうあれ、ユーベルは確かに数多くの非人道的行為を行ってきた。自分の身を守るために仕方なくやったと、そんな理屈を幾ら並べたところで、彼がこれまで略奪、殺害を繰り返した事実に変わりはない。
 ユーベル自身の理不尽なまでの規格外さも加味されていたのだろう。ナルシス王国内外から危険視されているユーベルは、史上最も高額な賞金首として広く民草に知られている。
 一時期は懸賞金欲しさに襲い掛かってくる賞金稼ぎ達のせいで、ろくに睡眠も食事も出来なかったほどだ。不幸か幸いか、昼夜問わず襲来する賞金稼ぎ達を退けるには充分すぎるほどの力を持っていたユーベルだったが、刺客達を跳ね退ける度に彼へ掛けられた懸賞金は高まっていく。そうして懸賞金の額が上がれば上がるほどに、襲い来る賞金稼ぎ達の数は増えていった。

 そんな悪循環の中で極まった懸賞金が、消える。そう告げられたと理解するまで、ユーベルは一拍の間を必要とした。彼の目尻がピクリと動く。まさか、そんな、有り得る訳がない。不信げに目を細めたユーベルをじぃっと見詰めながら、ギルドマスターは言葉を続けた。

「ギルドに所属する最高峰の探索者であるユーベルとの交流には、ナルシス王国にとっても千金に勝る価値があるだろう――なぁんて言われたのよ。考えられる? あの害虫共め、大方姫に貴方を懐柔させて、都合良く利用しようって魂胆よ。裏じゃこの話に対して反対派の人間と賛同派の人間が対立してるって話だし、キナ臭いことこの上ないわね。まあ、でも……これはチャンスよ。貴方に着せられた悪名を払拭する、これ以上ない、ね。一先ず今は返事を保留しているんだけど、ユーベル……貴方は、どうしたい?」
+注意+
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