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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第四章[仕組まれたアディシェス]

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4-8/彼の地へ集え、道化達

ヤッタネ、カウントダウンが1にナッタヨ!
 シャルキュール・フォン・ナルシスは嘆息した。まるで彼女の心境と同じようにどんよりとした曇り空の下、人気がない頃を見計らってやってきた王城内の庭園で、だ。
 何に対して――あるいは誰に対して嘆息したのか。その答えは、この場を見れば一目瞭然であろう。お付きの侍女であるミルト・マリスが淹れた紅茶。何でもセントラルタウンの迷宮から出土したらしい、高価な嗜好品で満たされたティーカップを机に置いて、シャルキュールは改めて目前に座る乱入者達(・・・・)へ視線をやった。

「シャル、今からでも遅くはないんだぞ?」

「そうです、お姉様! ハジメ様が仰られているように、まだ時間はあります。だから――」

 先程からずっと、こうやって同じことを言われ続けている。王の私室へと直々に呼び出され、その場でセントラルタウン――ひいてはそこに住まう彼の悪名高き暴君、災厄のユーベルの元へ向かうよう命じられてから、もう既に二ヶ月以上の時が過ぎている。
 国内の有力貴族や、数少ない友人達への挨拶回りももう終わっている。後は日程通り王都を発ち、セントラルタウンへ向かうだけ。出発予定日は(サラマンダー)の頭。そして今現在、今日は(シルフ)の末。

 つまり、明日からだ。シャルキュールは付き人や護衛の騎士達と共に、明日にはセントラルタウンを目指しての旅を始めなければならない。

 その前日。付き人の二人を付き従え、シャルキュールが現実逃避気味に茶会を楽しんでいた時だった。己がここにいるということをどこから知ったのか、唐突に現れた自身の妹と今代の勇者が、顔を会わせるや否や「セントラルタウンへの来訪を、今からでも取り止めるように考え直してみてはどうか」と、そんな今更が過ぎることを言い出してから、すでに半刻が経つ。
 背後に佇む二人の付き人の内、一人。城内にも関わらず物々しい戦衣装で身を包む、如何にも騎士といった出で立ちの女――フェリエラ・エルンストの苛立ったような歯軋りの音が、シャルキュールの耳に届いた。
 大方、敬愛する主へ馴れ馴れしく話し掛けるだけに留まらず、シャルキュールの了承もなく勝手に愛称を口にするハジメへ殺意にも似た怒りを抱いているのだろう。
 よくよく見れば彼女の横に佇む侍女もまた同様に、細めた眼差しに苛立ちの色を垣間見せている。ミルト・マリスの面差しは決してフェリエラほどあからさまではなかったが、長年彼女達と連れ立ったシャルキュールには、二人の怒りが目で見ずとも手に取るように理解出来た。

「なぁ、シャル。俺からも王様に掛け合うよ。君が嫌がっているって言うのに、そんな無理矢理に事を進めるなんて……俺は、許せないんだ」

 そんな二人の様子にも気付かず、真面目ぶった口振りでそう語る勇者。「シャル」とそう呼ばれた瞬間、背筋に走った怖じ気。寒気にも似たそれを見て取られないよう努めながら、シャルキュールは平素通りの口調で言い返す。

「例えば――」

 そもそもの話、もう手遅れなのだ。シャルキュールは明日には国を発ち、セントラルタウンへ向かう。この事は、すでに覆しようがない確定事項なのである。
 故に彼女は、言い聞かせた。物分かりの悪い勇者へと。

「例えばの話、ですわよ? 仮に貴方がズィーナル国王に掛け合ったとして、納得されたとしましょう。国王は仰られますわ。シャルキュールにはこれからも、王城で籠の中の鳥として暮らしてもらおう。臣家の方々も諸手を上げて賛同します。そうしよう。それが良い。それで良い――」

 そこまでは、あるいは現実と成り得るたらればだったのかもしれない。シャルキュール自身が何よりも痛感し、理解している。目前の勇者――ハジメ・ユメノは異常だ。自身にとって都合が良いよう周囲の認識を欺き、好意を歪める特異な体質を彼は持っている。
 その体質があればこそ、ハジメならば国王を筆頭とするナルシス王国内の者達の声を抑えられるかもしれない。発起人であるファルシュ・ゲシュペンストや、その直近の者達の意思を覆すことは流石に無理難題だろうけれども、彼等以外のナルシス王国の者の意思であれば――
 けれど。

「けれど、もしそうなったとしても、先方は……ギルドは、納得しないでしょう。聞いた話によれば、灼熱の魔女と謳われるギルドの最高権威がこの話に肯定的で、私の来訪をよりスムーズに行うために、ナルシス王国内外の有力者の元へ沢山のお手紙(・・・)を贈ったらしいですわ。それが、今更話をなかったことにするなんて言われたら――」

 お手紙などと言いはしたが、要は賄賂だ。金品や、ダンジョンから出土した他の地では入手出来ないような、物珍しく高価な物品。それらによって行われた周到な根回しは、シャルキュールがセントラルタウンへ来訪することに対し否定的だったナルシス国内の者達を、元否定派にする程度には徹底的だった。
 言い換えれば、それだけ手間を掛け、金銭を使わせたと言っても良い。道理に沿うなら、発起人であるファルシュ・ゲシュペンストが行うべき工作のはずであるが、その疑問に関して、両者の間でまた泥臭い裏取引でもあったのだろうとシャルキュールはそう捉えている。
 とかく、人が動いて、金も動いた。こうなれば、後に退けないのはギルドである。ズィーナル国王が言ったとする。「やっぱなしで」と。
 そうなると、ギルドはきっとこう言い返すだろう――

「ふざけるな。今更取り止めるなど、ギルド(こちら)は了承しない。約定に従え。でなければ、それこそ……」

 僅かにお茶目を滲ませて、少しばかり悪戯っぽく、シャルキュールは告げた。もしもの可能性だ。あるいはの確率でしかない。だが、脅し文句としてはこの上ないだろう。

「災厄を動かすことも厭わないぞ……なぁんて、言われることも有り得るのですよ? ああ、恐ろしい恐ろしい。そんなことを言われてしまったら、きっと皆が皆、首を縦に振りますわ。シャルキュール、籠から飛び立て。そうしよう。それが良い。それで良い――って。だってそうしなきゃ、あの災厄が動くんですもの。みぃんな怖じ気づきますわ。もし仮に、本当にそんなことになったら……ね? わかるでしょう?」

 全くもって、世とはままならぬものである。そんな諦観をひた隠しにして、シャルキュールは冷えた笑顔を浮かべた。僅かに口端を持ち上げただけの、いつぞや従者達へ見せた笑顔とは根本から異なる冷笑を。
 ゴクリ――と、シャルキュールが語ったたらればを想像したのか、顔を青ざめさせ、生唾を飲み込むローザ。彼女の握るティーカップが、よく見れば小刻みに震えていた。
 農夫でも、老婆でも、赤子でも、皆が知っている。その異名を、呪われた忌み名を。しかし、常識外れと言うべきなのか、あるいは場違い故にと言うべきか。彼の暴君のあまりにも常軌を逸した悪名高さに実感の沸かないハジメ。
 彼は言った。だからどうしたと、そんな見知らぬ(・・・・)悪名に、己は屈しない。何故なら己は、神罰(・・)の名を持つ聖剣の担い手となった、歴代最強の素質を兼ね備える勇者なのだから。

「なら、俺がその災厄に言ってやる。シャルキュールは嫌がってる。お前のとこになんか行かせねぇって!」

 その勇ましくも愚かしい言葉を聞いて、思わず目を瞬かせたシャルキュールを誰が責められよう。呆気に取られ、パチクリと開閉された翡翠の右目が、最終的には瞼に閉ざされ、見えなくなる。
 溜め息を、溢した。

「はぁ」

 この少年は知らないのだ。あるいは自身以上に籠の中の鳥であるハジメでは、理解の及ばない話なのかもしれない。如何に得意な体質であれ、どれだけ優れた勇者の素質を持っていようと、決して災厄には届かないという現実を。
 一目見れば、理解するだろう。シャルキュール(・・・・・・・)だってそうだった。一度見て、たったそれだけで理解した。アレは人の手でどうこう出来る存在ではないということを。
 違和感。瞼を上げた右目で見てみれば、知らず左目を覆う眼帯を撫で擦っていた左手が目に入って、堪らずシャルキュールは嘆いた。

「本当に――」

 ままならない。何もかもが手遅れで、全てが全て今更過ぎる。まるで獣の呻き声のような音が聞こえた。背後に佇むフェリエラのものだった。そろそろ、我慢の限界なのかもしれない。もう少しすれば、「貴様! 姫に対する数々の非礼……例え神が許そうと、このフェリエラ、許してはやらんぞ! 素っ首切り落としてやる!」だなんだとまた(・・)吠え始めるのだろうか?
 それはそれで、良いかもしれない。シャルキュールは自棄にでもなったのか、自身の思考が物騒な方向に流れていくことを自覚した。いけないと思いつつも、止める気にはなれなかったけれど。
 例えば、フェリエラがこのまま勇者に切り掛かったとして、彼女は魔王討伐の使命を受けた勇者への暴行を取り上げられ、処罰を受けそうになる。異議を唱える彼女の声が、しかし王に届くことはなく、あわや獄中に囚われそうになったフェリエラをすんでのところで助け出した己は、もう一人の付き人も引き連れて、逃亡のためシャハテル大陸を三人で旅する――なんて。
 荒唐無稽で、自棄糞な未来。どうしてか思い浮かんだそんな光景。自由で、気儘で、愉快な旅になるだろう。統治者として君臨する夢が途絶えてから、これまで。籠の中の鳥として一生を終えるのではと諦観しながら生きてきたシャルキュールにとって、その馬鹿げた光景は、とても魅力的なものに思えて。

 けれど、けれど、どうしてだろう。彼女は不思議と、垣間見た空想にあるはずの何かがない、喪失にも似た欠落を感じずにはいられなかった。
 とは言え世迷い言の夢見言。シャルキュールは欠落を嘆く心をその空想ごと、内心で「馬鹿馬鹿しい」と一笑に伏す。
 彼女は後日、ナルシス王国を発ち、セントラルタウンへ向かい旅路を進める。付き人のミルト・マリスやフェリエラ・エルンスト、その他大勢の護衛や、身の周りの世話を行う侍女の一団を引き連れて。そして、その途中――








 旅の終わりまで、後僅か。結局のところ、ハジメ・ユメノが如何に異を唱えようと淀みなく事態は押し進められ、シャルキュールは本格的な(サラマンダー)が到来した今日、ナルシス王国とセントラルタウンを一直線に繋ぐ街道から道を逸らし、エレミート山脈の麓を経由する形で馬車を進めていた。
 何故、わざわざ遠回りを選び、交通に難があるこの道を選んだのか。それはシャルキュールが付き人の一人である、フェリエラのことを気遣っての判断であった。

「もう、六年前のことなんですね……」

 馬車と馬に騎乗する護衛達が列を成す一団の中で、一際豪奢な見映えの馬車。聖獣と名高いユニコーンが牽引する、華美な作りの剣を抱き、王冠を被った天使――そんなエンブレムが刻まれた馬車の中で、シャルキュールの催促もあって彼女と席を同じくしていたミルトが、感慨深げにそう呟いた。
 紫と、赤。異なる二色の彩りがグラデーションを成す毛髪が、馬車の揺れに合わせて跳ねる。ミルトの発言に思うことがあったのか、シャルキュールは彼女のアメジストの瞳を対面から見詰め、応じるようにポツリ、と。

「そうですわね。もう、六年前なのですね……」

 六年前、何があったのか。そう問われた時、二人は――否、今は馬車の外で馬に乗っているフェリエラも合わせて三人は、こう答えるだろう。
 色々なことがあった。三人の出会いや、シャルキュールにとって望まぬ左目(・・)の発現、当時童子姿の怪物(モンスターチャイルド)と呼称されていた童子の首を狙ってのエルンストの猛追、後の壊滅や、ホーゼの悲劇、ナルシス王国やセントラルタウンなど、数多くの勢力の中で起こった変異等々。
 細かく数えていけば、それこそ尽きぬほどの変化があった。彼女等一団がわざわざ遠回りをしてセントラルタウンへ向かっているのも、数ある変化の――いや、惨事のうちの一つ、エルンストの猛追、その最終局面における第一魔導騎士団の壊滅に居合わせたフェリエラの気持ちを、思いやっての行動である。

「要らぬ気遣いであったのかしら?」

「いえ、フェリエラも、シャルキュール様のお心遣いには感謝していると愚考します。彼女にとって、旧エルンスト領から続くセントラルタウンまでの道程は、耐え難い後悔を思い返させるものでしょうから……」

 ナルシス王国からセントラルタウンまで一直線に向かうとするなら、その途中、エルンスト領やホーゼ領など、かつての悪童が惨劇を繰り返した通り道――巷の一部でデッドロードなどと称される旅路を進むことになる。
 曰く、通ると不利益を被ることになる。曰く、道中で彼の者の気に障ることをすると、怒り狂った暴君が災いと共に現れる。曰く、最後まで踏破すると、死よりも惨いとてもおぞましい呪いが振り掛かる。等々、数多の迷信の土壌となった道程は、どれだけ無謀な商人であれ、如何に万全を期した冒険者であれ、決して寄り付こうとはしない死した大地となっていた。
 現状、ナルシス王国とギルドの共同の下、壊滅した都市や街道などの復興が進められているが、水系統魔法に分類される毒の魔法や、広範囲に及ぶ火系統魔法で不毛の土地となった一部は、未だこれといった復興案が決まらず計画進行に支障が出ているらしい。
 まあ、とかくである。強がって何てこともないように「迷信は迷信。迅速を尊ぶのであれば、私は如何様な道であれ突き進む気でありますが」と告げたフェリエラのことを思い返して、シャルキュールは呆れたように言った。

「もう少し弱みを見せてくださっても、私は構いませんのに。あの娘、ちょっと私に対して遠慮が過ぎると思いません? まるで私の度量がその程度と捉えられているように思えて、とても不快ですわ」

「……それだけ、シャルキュール様が大事にされていると思っていただければ。それと……」

 呆れたような口振りながら、確かな温かさが窺える微笑みを浮かべたシャルキュールに「不快に思っているようには、とても思えないのですが」と付け加えて告げたミルト。
 馬の嘶き。馬車の車輪が地を駆け、軌跡の印を付ける音。遠くからは小鳥の囀ずりだろうか、か細くも美しい、確かな生命の音色が聞こえてくる。
 大陸最強の代名詞にして、世界で最も邪悪な存在。そんな男の元に向かっていると言うのに、どうしてかシャルキュールの心は穏やかだった。国を出る前はあんなにも苦心していたはずなのに、はて。
 まるで、欠けたピースが当てはまる瞬間を目前にするような、奇妙な期待が胸にあった。それだけではなく、信頼している従者との会話も功を成しているのだろう。

「そうかしら?」

「そうなのです」

 先の指摘に対して擡げた疑問符へ、ミルトは言葉少なに返した。何てこともない言葉の触れ合い。だが、それだけで、シャルキュールはどんどんと軽くなっていく気分を自覚した。
 ここにフェリエラもいれば、きっともっと自分の心は晴れ渡っただろう。とは言え、甘え過ぎるのは良くない。そんな、先にフェリエラを思い口にした言葉とは正反対の思いで、自分を戒めたシャルキュールは、直後――

 遠吠えを聞いた。餓えた亡者共の怒号だ。「犯せ」「殺せ」「奪え」と、強迫観念に追い立てられるような必死の声が、馬車の音を、馬の嘶きを、鳥の囀りを掻き消した。
 立ち上る喉を引き裂かんばかりの怒号。今度はシャルキュールも良く知る、旧知の者の声。

「バカな、斥候からこんな報告は――いや、考えるのは後だ。野盗だ! 野盗共がノコノコ姿を現したぞ! その不敬、斬首を以て思い知らせてやれ! 第一部隊は私に続け! 残りの隊は姫をお守りしろ! シャルキュール様には指一本触れさせるなあ!」

 毅然とした勇猛な声。シャルキュールを無事セントラルタウンへ送り届けるべく、ナルシス王国が誇る護国兵団から選抜された百に及ぶ護衛騎士達が、姫のたっての希望もありその統率を任されたフェリエラの号令に付き従い、一糸乱れぬ連携で動き出す。
 エレミート山脈の麓は、木々が鬱蒼と生い茂る獣道である。事前調査や、周到な計画作りの甲斐あって、シャルキュール一行はその中でも比較的開けた道並みを進んではいたが、それでも平地のように隊を大きく広げられるほどのスペースはない。せいぜいが、横に馬車が二台並ぶ程度だ。
 必然、一団は縦長の陣営を取っていた。シャルキュールが乗る馬車を中央に置き、その両端を選抜された護衛隊の中でも特に選りすぐりの騎馬兵が守り、そこから物資や侍女隊を乗せた馬車がそれぞれ前後に五台ずつ並び、その周りを愛馬に股がる騎士達が囲う隊列。

 護衛騎士の総勢、百を越える。それだけではなく、侍女隊の中にもある程度戦う術に――魔導に精通する者が少なからずいた。大国ナルシスは、そんじゃそこらの魔物や野盗崩れには決して崩せやしない、盤石の布陣でシャルキュール姫を送り出したのだ。
 事実として、彼等彼女等は今まで、遭遇した魔物や野盗を鎧袖一触で蹴散らしてきた。オークの集団を始めとして、見上げるほどの巨躯を持つオーガの一団や、身の程知らずの野盗、ピッグマンティスの群れなど――だが。

 だがしかし、である。

「俺等は後に引けねぇんだ!」

 隊列の最前列を駆けていたフェリエラの目前には、薄汚れた格好をしている数人の男の姿があった。手には、血に汚れた曲剣。反り返った刃に滴る血は未だ鮮度を保ったままで、垂れ下げられた刃先から、ポタリポタリと赤い滴を落としている。
 つい今しがた、その剣で誰かを傷付けたばかりという証明であろう。続くように「応とも」「そうとも」「そうだとも」と譫言の如くに呟いた残りの三人も、握り締める各々の得物を鮮血の色で彩っていた。

 たかが四人。だから、フェリエラはどうしてか芽生えた危機感を信じられずにいた。こちらの数は百を越えている。そんな集団に対して襲い掛かってくるような命知らず共に、果たしてどれほどの脅威を感じられようか。
 言ってしまえば彼我の戦力差もまともに計算出来ないような阿呆共である。フェリエラには、そのように思えてならなかった。彼等四人は身が凍えるほどの脅威も、戦士として熟達した威風も感じられない、いかにも学がなさそうな、知性の欠けた顔立ちの男達であったからだ。
 先行していた斥候班からの報告がなかったのが懸念事項ではあるが、この林の中だ。身を潜める四人をたまたま見逃してしまった、ということもあるだろう。
 フェリエラはそう結論付けて、危機感を気の迷いだと切り捨てた。故に、勇んで馬を駆ける。戯言を続ける四人の男達に向かい、剣を振り翳しながら。

「何の事情があってかは知らん。興味もないし、知りたくもない。故に――語る暇も与えはせん!」

 彼女の後に続くように、十余名の騎馬兵が林の中を駆けた。馬の強靭な脚力が獣道に蹄を刻み、怒涛の勢いで四人との距離を詰めていく。
 各々の、雄叫びが聞こえた。「うおおおお!」「やる。やってやるぞ!」「祭りの始まりだ。剣を取れ! 切り伏せろ!」と――
 響いた怒号は誉れ高き騎士達のものではなく、欲望に塗れた粗野な男達のものであったが。

「なにぃ!?」

 「犯せ!」「殺せ!」と、木霊する絶叫。馬車隊と隣接する林から、その音は聞こえてきた。堪らず目を見開き、手綱を引き愛馬の疾駆を中断させたフェリエラ。愛馬の悲鳴にも似た嘶きに気を向ける余裕もなく、彼女は馬に跨がったまま上半身を捩り、背後へと視線を向ける。
 縦長の隊列を左右から挟むように、林より飛び出てきた人影。そこでは林に紛れるよう木の葉や泥を体中に引っ付けた無数の男達が、たった今馬車隊を守護する騎士達へ襲い掛かる光景が繰り広げられようとしていた。
 一、二、三と、そうやって数える気にもなれないほど多くの数。如何に視覚的なカモフラージュがされていたとしても、これほどの集団を果たして斥候が見逃すか。そんな疑問が過る。
 だが、考えるのは後だ。主の身を案じて無意識のうちに「シャルキュール様!」と、そう叫んだフェリエラに、唐突な激痛。

「あ――?」

 痛みの出所は、横腹。条件反射でそこに目をやった彼女の視線は、自身の横腹に突き刺さる短刀を確りと視界に捉えた。
 投擲、されたのだろう。一番始めに姿を現した四人。背後を向ける形となった彼等の中から、「ちっ、外したか」と苛立ったような舌打ちの音が聞こえる。
 グラリと、傾く風景。

「フェリエラ殿!?」

「おのれ野盗風情がっ、よくも!」

 共に駆けていた護衛騎士達の声が、フェリエラの鼓膜を叩いた。ついで、衝撃。騎乗していた馬から落ちたのだ。彼女が自身が落馬したという事実を察したのは、受け身も取れずに落下した痛みに、「うぐっ」と呻き声を上げてからだった。
 幸い突き刺さった直剣が地に接し、より深くに押し込まれるということはなかったが、腹部から加速度的に広がる痛みは、それがなくたってフェリエラの意識を苛むには十分な代物であった。
 痛い。が、しかし、けれど、自分は敬愛する姫を守るためにも、こんな簡単に倒れ伏してはいけない訳で。守ると約束したのだから、そうだろう? だから立てと、故に起きろと、燻る熱意に突き動かされ、いざ身を起こそうと総身に力を入れたフェリエラは、聞いた。
 遥か上空。林の上から突如降り注いだのは、この身を圧し潰さんと猛る重圧。禍々しくも強大な気配は、忌み嫌われし種族の其。彼女は察した。喧騒の中に割り入り、響いたその声こそが――

「故あって、その輩共の助太刀をせねばならん。我が名はヒッツェ・ハイスヴァルム。偉大なる魔王様に付き従いし、四凶星のうちの一柱……悪く思うな、とは言わんよ。だが、悪い目には合ってもらおう」

 絶望の到来を告げる、鐘の音であると。








 エレミート山脈の麓の、その一角。どうしてかそこだけ不自然に開けた広場の上空から、怒号入り乱れる闘争の一幕を見下ろす者達がいた。
 黒い外套に、黒い全身甲冑。腰に巻いた剣帯に差してある剣の鞘さえ真っ黒という徹底した黒尽くめの人物が、傍らに佇む少女へ呟く。

「始まったな」

 真横に立つ黒鎧と比べ、少女の出で立ちは特異な部分など何一つない、極当たり前にありふれたものだった。茶色いローブの下に、身軽な旅装束で身を包んだ彼女は、嵐の前の静けさのような無風の環境の中、眼下に映る光景から目を逸らして、直上に広がる青空を見詰めた。

「うん……始まっちゃったね」

 そう言って後頭部で一つに結った栗毛を、手持ち無沙汰の右手で弄ぶ。それから、どれだけ時間が経ったのか。僅かに流れた言葉なき間を苦に思った訳でもないのだろう。空を見上げていた少女の瞳が、ふと沈痛げに伏せられた。

「また、この空が紅く染まった時……君は、その先で何を見るんだろうね?」

 少女の言葉は、どこか遠くの決して届かない虚空へ語り掛けるような、そんな空しさを含んでいる。それは嘆きか、祈りか。手持ち無沙汰に髪の毛を弄っていた手を胸の前で重ね、祈るように握り締めた少女。

「私は願ってるよ。君が見る景色が、どうか喜劇で終わるように。ねぇ、ユーベル――うぅん、アルク(・・・)








 そしてその数日前に遡り、彼女(・・)もまた望まぬ現実に直面していた。
 月明かりの休息。セントラルタウンのメインストリートに面する、数多くの固定客を獲得している宿兼飲食店。その中で。
 表に出れば、休店中の貼り紙が目に入るだろう。商売が立ち行かなくなった訳でも、従業員一同が休みを申し出た訳でもない。けれど、この日に限って月明かりの休息は休みであったのだ。店を閉めなければいけない、理由があったのだ。

「はぁ!? アリス、もう一回言って! ミリーに何があったって!?」

 焦燥を滲ませた尋常ならざる問い掛け。響いた声は男のようにも、女のようにも聞こえる、奇っ怪な音色のもの。
 彼女の名を、ノゾミ・カミシロ。多重なる隠蔽魔導、認識詐称魔導で己の素性の一切を隠す探索者が、休みであるにも関わらず、月明かりの休息の店内にいる少女へ詰め寄った。

「だ、だから、ミリーが拐われたんですぅ……。二人で歩いてたら、突然男の人達が現れて、アリスは抵抗しようとしたんですけど、したんですけど……うぅ、ぐすっ」

 ノゾミの剣幕に、責められていると勘違いでもしたのか。「ごめんなさい。アリスのせいで、ミリーが、ミリーが……」と呟いた少女――アリスは、幼い顔立ちをくしゃくしゃにして、今にも泣き出しそうな表情であった。
 ノゾミがハッとして、アリスを責めている訳ではないと弁明しようとした直後、機先を制するように声が響く。

「うちらで言い合ってても何の解決にもならないじゃん? 先ずはギルドに報告することが先っしょ。ほら、アリス。ノゾミだって責めてる訳じゃないんだから、元気出して」

「クリスタ……う、うぅ」

「おじさんは、怪我が治った矢先に愛娘が拐われたって聞いて、気絶しちゃったし……うちらがしっかりしないといけないんだよ。だから、ね?」

 平素と変わらぬ落ち着いた音色。そんなクリスタの言葉を聞いて、アリスは瞳に涙を滲ませながらも、気を改めるように表情を引き締める。
 三人は俗に探索者仲間と言われる間柄である。近接戦闘を得意とするノゾミと、魔術による後方支援専門のアリス。斥候から罠感知、解除、マッピングや、モンスターの撹乱など、ダンジョン攻略には欠かせない技術を高い域で備えているクリスタ。三人はふとしたきっかけで廻り合い、以来三人の共通の友人であるミリー――月明かりの休息の看板娘を交えた四人で、友好を深めていた。
 擦れ違いもあっただろう。些細なことで喧嘩したこともあっただろう。けれど四人はその度に仲を深め、より親密な間柄となり、最後には皆で笑い合った。
 親友と、そう言っても過言ではない。四人ともそう思っているだろうし、それだけ他の三人のことを想っていただろう。

 だから、その内の一人――ミリーが拐われたと聞いて、居ても立ってもいられないのは当然で。
 急ぎギルドへ向かったところ、巡り合わせ(・・・・・)が悪かったのか、ミリーが何者かに誘拐されたと報告しても、「わかりました。探索、及び救出のクエストを発注する手続きをしておきます」と事務的な対応しかしない受付嬢に業を煮やし――

「待ってなんかいられない。私達で助けにいこう」

 そんな行動に出てしまったのも、仕方のないことだと言えるだろう。
 だが、誘拐した輩の素性も、行く先も、何もかもがわからない。これでは助けに行く以前の問題である。頭を悩ます三人は、一先ずはと誘拐が起こった現場の近隣住民に聞き込みを開始した。

「あのっ、ミリーって女性を見掛けませんでしたか? 髪が綺麗で、目が大きくて、お胸がアリスの何倍もあって――」

「すいません。この似顔絵と同じ顔の女の子を最近目にしたことがないですか? うちらの友達で、ミリーって言うんですけど」

「お願いします。知ってることがあればどんな些細なことでも良いんです。私達、この子を探してて……」

 しかし、と言うべきか。進行は芳しくなく、途方に暮れる三人。途中からおじさん――と三人から呼ばれているミリーの父や、月明かりの休息の常連客もまた聞き込みに協力するようになったが、成果が出ないまま幾日が過ぎた。
 彼女等の行動はやがて衆目の知るところになる。「もう手遅れなんじゃないか」「今頃奴隷としてどこぞの貴族に奉仕でもやってるかもよ」「ははっ、あの嬢ちゃんに奉仕されるなんてたまんねぇな。羨ましい」と、心ない大衆の声が三人の心を蝕んでいく。

 そんな時だった。三人の前に、彼女(・・)が現れたのは。
 中性的な顔立ちに、同じく中性的な音色。認識詐称魔導を使わずとも、男か女かわからないほどに曖昧な容姿をしている女性(・・)が、無造作に伸ばしたブラウンの髪を翻しながら、セントラルタウンの広場で事垂れる三人の前へ現れたのだ。
 彼女はこう言った。さも愉快げに、口端を吊り上げながら――

「人探しをしているんだろう? どうだい、一つ怪しい占い師に騙されてみるってのは。存外願った通りの答えが得られるかもしれないぜ?」

 ニコニコと、彼女は騙った。
 不審な人物だと思いつつも、三人は藁にも縋る思いで彼女の言葉を聞いた。問答の詳細は省こう。ただ一言、彼女が齎した言葉はそれだけで片付けられた。

「エレミート山脈……」

 そこに探し人はいると、占い師を自称した何者かは、三人へそう告げた。
 答えの可否を問う気もない。例え外れていたとしても、このまま何もせずセントラルタウンに留まっているよりかは、何か行動をしていたいと三人ともそんな気分であったからだ。
 だから、彼女等は向かう。幸いにも、腕には自信があるからと――

 丁度、シャルキュール姫一行が謎の集団に襲われたばかりの、エレミート山脈へと。
皆は怪しい人の声にホイホイと釣られちゃダメダゾ!
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