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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第三章[誰が為のシェリダー]

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3-Ex/ Lost Memory 見上げた空はただ紅く 『1/3』

投稿が遅れて申し訳ないです。時間とか(時間とか)時間がなかったりとか何とかで分割することにしました。全三話予定(ここ重要)です。
 夢想に焦がれた若人がいた。未知を求めた愚昧がいた。()は望んだ。何時か夢見た神秘の世界を。
 それは身の程を弁えない愚かな願いだ。「万人に好かれるヒーローになりたい」――■はその祈りを聞き届けた。彼が描いた夢幻を実現してしまった。始まりの世界より連なる新たな箱庭を創造し、そうして彼に与えたのだ。嘲りと共に祝福を。
 過去でもなく、未来でもなく、ましてや今でもない空白の日の出来事。その日、夢想は現へ歪められ、未知は既知へと貶められて――

 いつしか世界に歪みが生まれた。新たな世界は定められた運命に従い、世界の条理を狂わす元凶を消し去らんとする。曰く、神の子と呼ばれる者達を。曰く、異界より来る救世の英雄達を。曰く、人々に勇者と崇められる希望の申し子達を――彼等彼女等が世界へ齎した変調ごと、何もかも跡形もなく。
 その為に怪物は生まれた。その為だけに彼は生み出された。宿命の下、破滅を招く災いの力と共に吹き込まれた命の息吹。産声を上げた自己に疑問を抱き問いを投げ掛けると言うのなら、その解をここに示そう。だからこそ、邪悪は生まれてしまったのだと。

 道筋(シナリオ)を狂わせた元凶――即ち異分子(イレギュラー)達を、尽く根絶やしにせんが為に。







 聖剣は神秘の力によって構成されている。それは魔力でありながら魔力であらず、人の力でありながら人の域を越えた超常の力。言うなれば神力。望むがままに世界の基盤へ干渉する神の如き力だ。
 本来禁呪でしか干渉する術がないはずの魂への干渉さえ可能とする神力は、聖剣の担い手である歴代の勇者達だけが行使することを許された特権とも言える。

 が、この者だけは、聖剣狩りの聖女として時に崇められ、時に恐れられるシェーネフラウ・ハイリゲだけは、勇者ではないにも関わらず神力を操る術を持っている。
 だから彼女は知っていた。神力が如何に理不尽な力なのか、神が如き力とさえ称される神力の脅威を。
 しかし今、目の前には偉大なる聖母(マリア)によって作り出した聖剣から抽出し超高密度に圧縮した神力の渦――無限を(アイン)彩る(ソフ)神の威光(アウル)を容易く飲み込んだ紅い脅威の異様があった。

「だから言っただろうがよぉ!? てめぇ如きの儚い抵抗でオレを押し留めるなんざぁ無茶無理無謀の無駄な抵抗なんだってなぁ! いーひっひぃっ、死んどけぇくされ女ァ!」

 シェーネは愕然とした。神力の理不尽さを知っているが故の唖然。その様を嘲笑うのはさながら悪鬼の如き狂笑を浮かべる男――否、少年。彼が放出した極光は地を捲り、粉塵を巻き上げ、風を呑み込んで真っ直ぐとシェーネへ突き進む。
 今まさに彼女の生命を途絶えさせんとする脅威。破滅の紅を放出した少年は、くすんだ灰色の毛髪を頭から垂らしていた。その身形は未だ幼い童子のもので――しかしそうであるにも関わらず異様な存在感を身に纏っていた。風に翻る外套は血に染まりボロボロに擦り切れており、右左の手に持つのは刃先が欠けて歪に歪曲した直剣と短槍。
 まるで少年兵、あるいは治安の悪い市街で育った浮浪児。一目見てそんな印象を抱きそうな格好ではあるが、シェーネは知っている。いや、ここは思い知らされたと言うべきか。名も知らぬ少年が如何に異常な存在であるのか、これまでの戦いでシェーネは身を以て思い知らされていた。

 この少年は自分にとって――あるいは自分達(・・・)にとっての天敵であるのだということを。




 何が闘争の切っ掛けとなったのか、彼女はその原因について明確な答えを出せてはいない。あまりにも突然に、唐突に、前触れなく応戦せざるを得ない状況になっていたのだ。そして不幸か幸いか、何故、どうして、そうやって思案を巡らす余裕すら今のシェーネにはない。
 特に用事がある訳でもなく、しいて言うなれば安否の確認のため、陰ながら生活の支援をしている知人――カケル・カラマへ会おうとエレミート山脈に足を運んで、そこで見付けた少年へ「何故こんなところに」と親切心半分、警戒心半分で声を掛けたシェーネ。

 身形と実年齢が比例しない存在を彼女は数多く知っている。亜人種――シェーネはこの呼び方をあまり好んではいない――の一部や、俗に超越種と呼ばれる逸脱者達などがそうだし、自身もその範疇に含まれているのだ。
 人は見掛けに寄らないものである。故に、この少年が実際には悠久の時を生きる魔導師であるという可能性もなくはない。だが、もしも不運にも遭難しただけのただの子供であったのなら、最寄りの市街まで送り届けてあげなければいけない。仮に身形を偽った魔導師であるのならば、エレミート山脈まで来た経緯を知り場合によっては何らかの対処をする必要があった。
 だからこその問い掛け。返されたのは埒外の魔力で構築された魔弾の雨だった。ブツブツと小声で「聖剣、勇者――違う。違う? わからない。わからねぇ。誰だ、お前、誰だよ? おれ? オレ?」と呟いた少年が、いきなり魔法で攻撃してきたのだ。言動から考察するに、ナルシスからの刺客ではなさそうだが。

 はて、そういえばこの出で立ち、どこかで聞いた覚えがあるような。思い当たりを探すべく記憶の海に埋没したシェーネは、すぐさま少年の正体に気付いた。だが、気付いた時には時すでに遅し。錯乱した様子でありながら淀みなく魔法を発動し襲い掛かってくる少年に対し、かくしてシェーネは訳がわからぬまま応戦せざるを得ない状況になったのだ。
 仇となれば母すら殺し、敵とあれば父をも殺す。歯向かう者には容赦なし。邪魔立てするなら全てを壊す。略奪こそが彼の本懐――ああおぞましきよ血塗れの化け物。
 それが、そうと唄われる化け物が、目前の少年であるということだろう。史上最高額の賞金首にして、この世で最もおぞましき邪悪。曰く、童子姿の怪物(モンスターチャイルド)

 そうして始まったシェーネと少年――ユーベルの戦いは、終始シェーネの不利が続いていた。先手を取られたから? 否、そんな些事のせいではない。シェーネとユーベルでは、残酷なまでに個としての優劣に差があったのだ。
 長年の時を経て蓄積した経験。現存するスキルの中で最も強力な異能。己を超越種足らしめる諸人から掛け離れた莫大な魔力保有量、異常なほどの運動能力。
 その何もかもをユーベルは越え、シェーネを蹂躙せんとした。いとも容易に、まるで幼稚な児戯でもこなすかのように容易く。そして今――




 気付けば空は真っ赤な塗料をぶちまけたかのようにただ紅くなっていた。視界を埋めるのは紅の空と同色の極光。まさか、こんなにも容易に押し負けるとは。戦慄と共に彼女が抱いたのは、しかし死への恐怖でも生への渇望でもなく、救えなかった者達への深い懺悔であった。
 彼女は長い時を生きている。今より千年前に起こった大戦の、そのさらに大昔。人々が未だ原始的な生活体系を抜け出せていなかった遥か古代を生き抜き、悠久の時の経過を経て彼女はここにいるのだ。
 最古の超越種。有識者の見解でそうと任じられる彼女は、だからこそ人よりも多い知識を――自身と同じ超越種達の中で比べてもなお、多くのことを知っている。
 例えば、ナルシスを筆頭とする人類が飽きることもなく魔族と争い続ける原因を。例えば、魔王に匹敵し得る手札を持ちながらもナルシスが異界より勇者を呼び寄せる理由を。例えば、勇者を勇者足らしめる聖剣の本当(・・)の使用用途を。

 故の呟き。あるいはこれは天罰なのかもしれない。業深き我が身に相応の罰が与えられただけのことなのかもしれない。バチバチと雷鳴の如くに破ぜる魔力光の音を耳にしながら、ふとシェーネはそんなことを考える。

「ごめんなさい――」

 死の間際故か、時間の流れが遅々として停滞した感覚の中。シェーネには押し寄せる深紅の極光がやけにゆっくりと進んでいるかのように見えた。
 気付けば溢していた呟きの声。いったい己は誰に、どの面を下げて謝罪したいと思っているのだろう。最早己にはそんな資格すらないと言うのに。
 そう考えて胸中で自嘲。彼女は悔やまずにはいられなかった。罪を晴らすことも出来ないままに死に絶えんとする己の狭小さが許せなかった。

「カケルさん。私は、ここで――」

 それは、何故か。何がそこまで彼女を責め立てるのか。
 闘争の結末を知りながらもナルシスの暴挙を見逃し、今の今まで見殺しにし続けてきた歴代の勇者達への懺悔の念がシェーネの胸中には巣食っている。彼等、あるいは彼女等への罪悪感が死の間際であってシェーネを苛むのだ。もしも自分がもっと不屈の精神を持っていたのなら、救われなかった歴代の勇者達を救えたのではないか――そんな後悔が、常に。
 複数の聖剣から神力を抽出、纏めて圧縮するという離れ業の反動か、シェーネは身動きが出来ない状況にあった。とは言え彼女も伊達で数々の異名を頂戴している訳ではない。一瞬、いや、一瞬にも満たぬ刹那の間があれば即座に復帰出来る。
 だが、最早その刹那の時すらシェーネには残っていなかった。真上では紅い空が不気味に蠢いている。戦闘の余波で木々が薙ぎ倒され、土砂崩れでも起きたかのように荒れ果てたエレミート山脈の麓。そこでシェーネは、胸の内を食い荒らす懺悔の念と共に極光へ呑み込まれんとして――

「うおおおおおおおお!」

 雄叫びの声が響く。視界の端で見る者を魅了するきらびやかな閃光が舞った。シェーネの目が見開かれた。そんな、どうしてここに。脳裏に過った疑問を問い掛けたい気持ちに駆られたが、再三言おう。最早彼女にはそんな時間さえ残されていないのだ。
 故に、雄叫びの主である男は悟っていたのだ。彼女へ時間を与えることこそ己の使命であるのだと。ならばこそ、躊躇う必要はあるまい。

「人理を望むは神意と共に。途絶えぬ未来の在処をここへ! 光れ、聖剣イェソドオオオオオオ!」

 唱われたのは神への祝辞か、あるいは救世への渇望か。深紅の極光に覆われたシェーネの視界へ、眩く輝く金色の光が差し込む。
 深紅の極光が響かせる雷鳴の如き炸裂音。天を裂く轟音に負けないほど大きな雄叫びと共に馳せ参じた男――カケルの握る聖剣が、視覚を焼き切らんとばかりに強く輝いていたのだ。鮮烈な閃光を生み出しているのは聖剣イェソドに秘められし神の力。顕現せんとする莫大な神力の迸りである。
 キィンと、金属を擦り合わせるかのような甲高い音が響いた。カケルの肉体が――否、魂が聖剣の輝きと共により強く、より明確に存在としての格を昇華していく。
 聖剣と一概に一括りにしても、歴代の勇者が担い手となった聖剣はそれぞれ能力も造形も異なる。例えば、固有の特殊能力(スキル)を担い手に付与する聖剣もあれば、ただひたすら切断力が高いだけの聖剣もあるのだ。そして、秘められた能力が違うのならばそこに優劣の差が生まれることは必然。
 そして、そう、イェソドは歴代の勇者達が振るった数々の聖剣の中でも、特に優れていると万人から言わしめられた位の高い聖剣だ。カケル自身との相性も良く、保有する神力は並の聖剣が束になっても届かないほどに桁違いなのである。
 だからこそ、一瞬の空白は成立する。聖剣との適合値が高かったからだろう。闘争の日々の中で擬似超越種化を幾度も繰り返したカケルは、莫大な神力を孕むイェソドが何かしらの作用を齎したのか、擬似超越種化を使わずとも人より超越種に近い存在になっていた。
 身体能力という限りで言えば、本当の超越種(ばけもの)と比べても遜色ない域に達している。そこからさらに、魂の昇華が――擬似超越種化が成された状態での疾駆。向かう先はシェーネの目前、横から駆け寄って紅の極光の直前へ躍り出た。
 神速。まさにそうと呼ぶに相応しいほどの俊敏さ。距離を縮めるために掛かった時間は一瞬にも刹那にも満たなかった。疾駆の終わりに息吐く間もなく、カケルは聖剣を空へと翳した。紅く染まった大空を照らさんとばかりに、金色の輝きが刀身から放たれる。
 天高く翳された聖剣は、迫り来る極光へ向かい振り下ろされた。駆ける刃の軌跡を追うように、金色の光が虚空をなぞる。

「カケルさん!? 何を――」

 上げられたのは驚愕の声。今更割り入って何がどう出来ると言うのか、驚きに染まりながらもシェーネの思考は冷静に一瞬先の未来を見据えていた。極光の脅威は正しく規格外のそれ。異変を察知して駆け付けて来てくれたのだろうが、だからと言って打ち放たれた砲台の目前に姿を晒してしまえば、二人揃って仲良く共倒れするしかないだろう。
 半ば悲鳴のように響いたシェーネの声は、直後に轟いた衝突音で掻き消された。カケルが振り下ろした聖剣が紅の極光と衝突したのだ。
 金色の輝きが紅の極光に呑み込まれる光景がシェーネの脳裏を過った。押し負ける。それでは脅威を打ち払えない。彼女はそうと確信せずにはいられなかった。生物である以上――否、この世界に存在する以上は、誰も、何も、彼には抗えない。ユーベルに立ち向かうことは出来ないのだ。

 絶対の破滅。避けられぬ終焉。直感的にシェーネが悟ったユーベルの本質は、事実的を外してはいない、正鵠を射た答えだと言えるだろう。
 何故なら、そうだ。彼こそが黄昏よりも紅き空(ディープスカーレット)。破滅を以て道筋の修正を成す、世界へ終わりを齎すモノなのだから。


 当の本人ですら未だ知り得ぬその宿命。この場で知るのはただ一人、異界より召喚されし先代勇者――カケル・カラマのみであった。
 彼は何年も前から、それこそ大国ナルシスに勇者として召喚されるよりもなお()から黄昏よりも紅き空(ディープスカーレット)の概要を既知のものとしていたのだ。
 故の咆哮。天敵(・・)と直面する事態にカケルの胸へ恐怖が芽生える。出来るなら、今すぐに逃げ出したい。脳髄を蝕む弱腰な願望をしかしカケルは切って捨て、猛々しく声を荒げた。神力の過剰行使に魂が軋みを上げているのだろう。総身を迸る激痛。あまりもの痛みに震えそうになる体で、しかし確かな一歩を踏み出す。聖剣の輝きが増した。その輝きは、まるで。

「何をって、決まってるでしょうよ! 貴方を助けに来たんだ、シェーネさん!」

 絶望を打ち払う希望のように、あるいは闇を照らす閃光の如く、煌々と――
 目を見開いたのは誰であったのだろう。紅の極光が僅かに押し戻された。カケルはさらに一歩、足を前へと進めた。守るのだ。この人だけは守らなければいけない。強固な決意がカケルの心を奮わせる。
 己が放出した脅威を打ち払わんとする乱入者の姿をユーベルの眼が捉えた。燃え尽きた灰の如き色合いの毛髪。無造作に足らされた髪の隙間から見えるユーベルの瞳に蠢くのは、地獄の業火よりもなお苛烈なおぞましいほどの激情の渦だった。

「イェソド……そうか、それ(・・)なのか。それが、オレを……!」

 誰の耳にも届かない呟きが、途絶えることのない闘争の旋律に呑まれて消えた。深紅と金色が鬩ぎ合い食らい合う地上とは打って変わり、空はただ紅く、赤く染まるのみ。ここに必然の邂逅は成される。決して相容れない対極の邂逅が――
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