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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第三章[誰が為のシェリダー]

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3-13/狂わされた道筋

 一触即発。胃がキリキリと痛むほどの圧迫感が俺の体躯を押し潰す。さりげない仕草でチラリと上を見上げた。地下室の天井に空いた大穴からは、この館で羽を休めていたグリードのメンバーが何者かと怒鳴り合う声が――恐らくはギルドの手の者達との言葉の応酬が聞こえた。
 意識を拡大。知覚を広げる。「捕縛」「何故」「禁呪が」「何が」突然の事態に混乱しているであろうグリードのメンバー達と、彼等を問答無用で拘束せんとするギルドの暗部達。双方の間で行き交う怒号交じりの騒音。
 頭領が重度の禁呪使いとあって、その部下である彼等までもが疑いの対象となっているのだろう。あるいはトイフェルが起こしたこの一件に乗じてギルドの意にそぐわないグリードの勢力を削ぎ落とす算段でもあるのか。地上から聞こえる物々しい怒声を耳にして、ギルドの、延いてはギルドマスターの意図をとりとめもなく考えた。
 思考が一瞬であるならば、結論もまた同様。現実逃避は止めだ。今、考えるべきはそんなことではない。目の前には冷めた目線でこちらを見詰める童女の姿が――虹彩異色の瞳を無感情に細めているギルドマスターの姿がある。

 彼女は言った。俺の背後に座り込むシュテルプリヒを、未知の禁呪を検証するための実験体(サンプル)として保護する、と。
 思わず失笑を溢しそうになった。僅かに腰を落とす。臓物が虫に食い物にされるような痛みを耐えながら、やけに沈鬱とした自身の心中を自覚する。
 らしくない。だから(おまえ)は半端者にしかなれないんだ。どこかから聞こえた気がしたのは、聞き覚えのある音色で奏でられた口汚い罵声。
 自覚しろ。情動を砕け。問い掛けろ。痛みを捨てろ。お前(おれ)は暴君であるのだから、暴君でなければ生きられないのだから、ならばこのような小娘の、紛い物でしかない模造品(シュテルプリヒ)の身を、果たして案じる必要などあるものか。気に掛ける余裕などあるものか。
 知覚を背後にて座り込むシュテルプリヒへ向ける。捉えた事実に驚愕と、戦慄。そして安堵。目で見ずとも理解出来た。問い掛けもなく思い知らされた。

 彼女が俺に向けているのは、酷く盲目的な信頼。俺のような醜悪な怪物には向けられるべくもない、尊く暖かな情の形――愛情、だった。

 無性に首を掻き毟りたい衝動に駆られた。背が痒い。頭が痛い。喉仏が千切れてどこかへ飛んでいきそうだ。
 頭を埋め尽くす混乱。どうする。どうすれば良い。何がしたいのか、何をしたくないのか。そんなこともわからないままに混沌と乱れた思考を巡らす。
 空転。空転。空回り。自身の望みすら不明瞭のままに繰り返す思案に、結論など出るはずはない。沈黙を続ける俺に痺れを切らしたのだろう。距離にして五メートルほどの位置に立つギルドマスターが、一歩歩みを進めた。

「私はそこを退いてと言ったのよ……聞こえなかったかしら」

 縮まった距離は僅かなものだった。目測で凡そ五十センチと言ったところだろうか。手を伸ばしただけでは触れ合うことも出来ない。そのはずがやけにギルドマスターの詰めた距離を大きく感じてしまったのは、俺にとっても、彼女にとっても、この程度の間合いは一瞬の間も必要とせずに零へと変えられる距離だからだろう。

「おかしいわよ、ユーベル。貴方は何? 探索者でしょ? なら、退きなさい。そこの少女(サンプル)の保護はギルドとして行うべき当然の義務なのよ。なのに、どうして……私の言うことを聞いてくれないの?」

「……忘れたのかよ。俺は探索者である以前に、史上最高額の懸賞金を掛けられた大悪党だぜ?」

「だから、私の命令に従う義理はないとでも?」

 ギルドマスターが口にしたのは、まるで嘆願するかのような、あるいは糾弾するかのような、複雑な思いが交差した音色。天井に大穴が空いても変わらない暗闇の中で響いた彼女の問い掛けを聞き、俺の口から衝いて出たのは意図しない傲慢な返答であった。
 ギルドマスターの視線が、声が、表情が、見る見るうちに冷たくなっていく。威圧感は冷気を伴い、分厚い外套を纏っているはずが刺すような肌寒さが俺を襲った。

「……ああ」

 それでも怯まず、肯定の意を示す。今度こそ、ギルドマスターの顔から表情が消えた。直前までは僅かにあった嘆き、憂い、悲しみ、葛藤。しかし彼女が今浮かべているのはそういった悲観的な感情の一切が消え失せた、あまりにも無機質じみた機械的な仮面。
 その表情は、いつか鏡で見た暴君(おれ)と良く似た、耐え難き苦痛を堪える迷い子の如き表情だった。

 彼女の視線から目を背けるように、首を捻り背後のシュテルプリヒへ目を向けた。視界に映った彼女は、極寒の冷気すら生易しいと思えるほどに冷たいギルドマスターの存在感に怯えた様子も見せず、ただ儚げな笑みを浮かべていた。
 俺の視線に気付いたのだろう。コテンと首を傾けるシュテルプリヒ。「どうしたの?」とでも言いたげな仕草に返す言葉が思い浮かばず、無言のまま視線を真っ正面へと戻した。
 そうすると必然、冷酷な眼差しでこちらを見詰めるギルドマスターと目を合わせることになる。結局こうなるのか、なんて諦観気味に思いつつも、俺はことここに至ってようやく自分のやりたいこと、今やらなければいけないことを察したのだった。

「そう……じゃあ、無理矢理にでも従ってもらうしかないわね。私じゃあ不足かもしれないけれど……今の貴方(・・・・)から足手纒いの役立たずを奪い取って撤退するぐらいなら、私にだって出来るのよ?」

 脅すように紡がれた言葉。露悪的に「思い上がりだ」と口にしようとした俺だったが、冷酷な態度ながらも直感的に、俺と視線を交差させる虹彩異色の瞳からそうしたくはないという彼女の葛藤を察して、思わず吐き出しかけた言葉を呑み込み閉口した。
 禁呪の検証など、真っ当な手段で行われないことは明白だ。ここでシュテルプリヒの身柄をギルドマスターへ受け渡せば、ルインプリズンで滅び行く彼女の魂は消滅の直前まで好き勝手に暴かれ荒らされてしまうだろう。
 それは、とても非人道的なことだ。今の今まで散々苦しめられていた彼女が、俺のせいで(・・・・・)故郷を失い、友を亡くし、掛け替えのない家族を奪われ、あまつさえトイフェルに目を付けられ、死後の安寧さえ許されなかったシュテルプリヒが、避けられぬ滅びを迎える一時の合間にまたしても辱しめを受ける。
 悲劇的で、絶望的な、塵程の救いもありもしない結末。なのに、どうしてだろう。彼女はその結末までもが凌辱で彩られるか否かの瀬戸際で、なおも儚げな笑みを浮かべていたのだ。俺の鋭敏すぎる知覚は、背中へ向けられるシュテルプリヒの視線を、縋るような、喜ぶような、見守るような、死人の如き荒廃さを灯しながらも数多の情動が入り乱れる真っ直ぐな眼差しを、確りと捉えていた。

 この眼差しを、振り切るのか。脳裏に過ったのはヴィントに殺された個体(シュテルプリヒ)が口にした言葉。「やっと会えた」「ずっと会いたかった」――絶望に苛まれながらも俺の助けを待ち続けたと言った彼女。
 間に合わなかったと口惜しげに嘆きながらも、それでも絶命の瞬間、彼女はまるで自分が救われたかのように儚げな笑みを浮かべていた。今背後にいるシュテルプリヒの言葉から察するに、彼女は最期に俺と、俺なんかと出会って、存在を認められたということだけで多幸感なんぞを抱いていたのだろう。
 抱いてしまっていた。俺の愚鈍さ故に首を撥ねられながらも、そんな俺なんかに顔を見られただけで、だ。

 それでは、それだけでは、彼女は――彼女達は、とても報われないではないか。救われないではないか。
 そして今、彼女達の意思を引き継ぐ最後のシュテルプリヒまでもが、幾多にも重なった絶望の末に凌辱の下で最期を終えようとしている。

 許せるのか、否。報われないままで――報わないままで良いのか。そんなはずはない。こんな俺のせいで傷付いて、こんなオレ如きのせいで殺されてしまった少女。かつての安寧の片割れの、その幻影。禁呪によって生み出された紛い物の仮染め。
 しかし、そうなのだ。彼女は自我を芽生えさせた確かな個なのだ。紛い物なのかもしれない。仮染めなのかもしれない。その魂までもが禁呪によって偽装された虚偽の幻影でしかないのかもしれない。
 だが、だからと言って、たったそれだけの理由で、個として確立した彼女を――シュテルプリヒを、見捨てる理由にはならないだろう。

 だから助ける。これではギルドマスターのことを言えない。自分自身の心すら守れなかった脆弱な存在が、いったい何を勘違いして他者を救うなど嘯くのか。思い上がりも甚だしく、そもそもが俺は一度ならず二度までも、彼女達を助け損なったではないか。
 自嘲が溢れる。胸中が自己嫌悪で満ちた。二度目は今回の騒動で、数多の模造品(レプリカ)を見殺しにしたこと。一度目は何年も前に、「守る」などと口にしながら村の住民の尽くを呆気なく死なせてしまったこと。

 フラッシュバック。焼け野原と化した廃村の風景。惨状の中に転がった愛しい少女の生首が、まるで糾弾するかのように俺を見ていた。
 死人に口なし。躯に意思なし。ならばうら若き少女でありながら短い生を途絶えさせた彼女が再び口を開く道理はなく、だが、それでも、俺はその時確かに耳にしたのだ。聞こえた気がしたのだ。誓いを破り一人おめおめと生き残ってしまった俺へ向けられた糾弾の声を、嘆きの声を。

――嘘吐き――

 脳裏に反芻する非難の声。絶えず頻発する幻痛に耐えながら、今から行わんとする行為が結局のところ一人勝手な代償行為と自覚しながら、それでも俺はシュテルプリヒを助けることを選んだ。
 醜い。あまりもの自分の醜さに吐き気ばかりが募っていく。もしこの世で誰が一番嫌いなのかと問われた時、俺は迷わずこう応えるだろう。

 俺は、(オレ)自身が一番嫌いだ、と。

 自己嫌悪に苛まれながらも、しかし胸を焦がす欲求に逆らおうとは思えなかった。「バレット」と小さく囁く。中空に紅い煌めきを放つ魔弾が数個現れ出でた。
 突然の魔法行使に目を見張るギルドマスター。シュテルプリヒの身を守りたい俺と、回収して実験体(サンプル)にしたいギルドマスター。互いの目論見が相成すならば衝突は必至。ならば無理矢理にでも従わせると、そう言い出したのはそもそもお前だろう。静寂を突き破り現出したバレットをもって、言外に決定的な決裂を伝える。
 牽制に放たれたバレットはギルドマスターの近くへ接近した瞬間、見えない幕に阻まれたかのように制止した。彼女の周囲に火花が舞ったかと思えば、直後に魔弾を取り囲むように浮かび上がった灼熱。俺の射出したバレットは、空気を焦がし熱気を漂わせる猛火に包まれ束の間に燃やし尽くされた。
 やはりこの程度では足を竦めることもないか。時に人類最強の一角として名を上げられていた彼女の脅威を再認識しつつ、ギルドマスターの注意がバレットの処理へと費やされた一瞬の空白の間に背後へと振り替える。突然の行動に驚きでもしたのだろうか。目をパチクリと瞬かせていたシュテルプリヒの手を引き立ち上がらせ、言葉もなく抱え上げた。
 足に力を込めて跳躍。魔力を用いて周囲の重力を操作する。行ったのは飛翔魔法だ。目指す先は天井へ空いた大穴。

「きゃあ!?」

「黙って口を閉じてろ! 舌を噛むぞ!」

 短く悲鳴を上げたシュテルプリヒ。横抱きの形――所謂お姫様抱っこ――で抱えた彼女の体は、六年前と変わらず幼い童女のものだった。これも、禁呪によって作り出された副作用なのだろうか。あるいは彼女がここ最近に生み出されたばかりの新しい個体であるということなのか。

疑似再現(オルタナティブ)――」

 直下からギルドマスターの声が聞こえた。同時に察したのは大魔導の兆候。種としての限界を越えた超越種だからこそ使役出来る莫大な魔力の渦巻き。
 芽生えた疑問に憶測を重ねる暇もなく、鋭敏な知覚が現出したそれの脅威を捉えた。脳内で警報が響く。蛇行し、交差し、時に一直線に、複雑な軌道を描きつつも真下から直上へ――俺を狙い突き進む半透明の帯。

支配者の光鎖(ヘルシャーケッテ)

 青白い光を放つそれは鎖を模した造型であった。即座に悟る。ギルドマスターが発動したのは俺が迷宮から持ち帰った魔導書に記されていた古代魔導(ハイエンシェント)支配者の紅鎖(ヘルシャーケッテ)に類似した、あるいは同一のものであると。
 ギルドは迷宮から出土した魔導具や魔導書の効果を現代の技術によって再現する研究をしており、専用の研究機関を学術都市を筆頭とした各都市へ設立しているという話だ。考えるに、彼女がたった今行使している支配者の光鎖(ヘルシャーケッテ)はその研究成果の一つなのだろう。
 対象の無力化という点において、支配者の紅鎖(ヘルシャーケッテ)は数ある魔導の中でもトップクラスの性能を有している。魔力操作の阻害、精霊との親和率の低下、魔術式の無効化、一時的なスキルの封印、肉体の麻痺、筋力の低下、その他諸々と、数多くの効果を高水準で備えた超性能の古代魔導(ハイエンシェント)、それが支配者の紅鎖(ヘルシャーケッテ)なのだ。
 その性能をどこまで再現できているのかは定かではないが、灼熱の魔女とも呼称されるあのギルドマスターが行使しているのだ。生半可な脅威でないことだけは確かだろう。
 一度捕縛されてしまえば、もう抜け出せない。そこまで危機感を抱いている訳でも、脅威的だと判断した訳でもなかったが、少なくとも一瞬、あの光の帯に捉えられれば抜け出すまで時間が掛かるだろう。
 そう、一瞬。最低でも一瞬あれば、俺は容易く拘束を破壊し、無力化出来るという確信があった。だが、ことここに至ってはその一瞬が命取りだ。俺が一瞬あれば拘束を抜け出せると判断したように、ギルドマスターもまたきっとこう思っているだろうから。

 一瞬の隙があれば、俺からシュテルプリヒを奪い取ることが出来るだろう。と――




「待ちなさいよ、ユーベル……逃げないでよ、何で、私が嫌なの? 私の命令に従うのはそんなに不満? 嫌よ、行かないで、待ってよ。ねぇ、ユーベル……」

 ぶつぶつとか細く呟きながら、私は逃げるように飛んでいったユーベルを目で追った。発動した支配者の光鎖(ヘルシャーケッテ)は彼が愛用する古代魔導(ハイエンシェント)を現代の魔導技術によって再現した魔導だった。精霊との交信でもって神秘を起こす魔法。術式でもって現象を起こす魔術。二つの術法を重ね合わせ高度に複合することでようやく形を成した魔導は、ギルドの技術部門が上げた数ある研究成果の中でも特にお気に入りのものだった。
 この魔法を行使するたびに、私はまるでユーベルと直接繋がっているかのような倒錯的な錯覚に陥ってしまう。我ながらおかしいとは思う。でも、その錯覚は私の胸中をとてつもない至福で満たすのだ。だから、気に入ってしまった。あまり使う機会には恵まれないが、まあそれはともかく。
 彼は、怪物だ。癇癪一つで都市を滅ぼし、大国家を破滅せし得るであろう怪物。そうでありながら彼は私の――ギルドの傘下に下ることを選んだ。

 きっと彼は知らないだろう。私がその選択をどれだけ奇跡的なものだと思ったのか。叶うはずもない儚い幻想だと思っていたのか。
 思い返すのは千年前に起こった大戦の記憶。死者の軍勢を付き従え、世界中の全てを相手に闘争を繰り返し、絶望を振り撒いた化け物の脅威。
 どれだけの英傑であろうと、猛者であろうと、奴には――トイフェル・ヘレファベルには抗えなかった。セントラルタウンまで後退した戦線にて、義憤に駆られながらも生い立ち故か中々参戦の許可が出なかった私が、ついに我慢の限界が来て周囲の制止を振り切り戦場へと足を運んだ時。そこには、地獄が広がっていた。
 死者が生者の足を掬い、巨悪の打倒を掲げていた友が前振れもなく裏切ってくる。死霊術とパラダイスシフト、二つの禁呪を見境なく行使するヘレファベルによって連合の士気は低下するばかりで、戦況は悪くなる一方。勇んで戦禍の渦に足を進めた私だったが、言葉にすることも憚られるほどの所業でもって死者が死者を犯す冒涜的な光景に怖じ気を抱き、二日目には共に戦場へと馳せ参じた友人がパラダイスシフトで洗脳され、錯乱しながらも友を殺害。三日目には殺害したはずの友が死者となって襲い掛かって来る事態に絶望しつつも、また友を殺すことになった。
 来る日も来る日も、絶望は絶えずやってきた。祖国に居たはずの父が、過酷な戦場の中で友情を培った戦友が、可愛がっていた妹分が、皆が皆気付けば死者に変わり、あるいは禁呪によって操られる傀儡と化していた。
 あれが悪夢。あの大戦こそが地獄。疲弊しながらも、自らの心が死に行く様を理解しながらも、それでも私は敵と戦い、死者を燃やして、躯を殺して、友を燃やし尽くし、そうして、この惨劇を終わらせるためにと決死の覚悟すら持ってヘレファベルの眼前へ辿り着いて。

 その時、理解したのだ。屍の山に腰掛ける死の王。これが悪夢だと言うのなら、ここが地獄だと言うのなら、奴こそが悪夢の支配者、地獄の権化――人の手では届かない境地に至った怪物、悪魔なのだと。

 やがて大戦は終わった。連合の勝利――あるいはヘレファベルの消滅をもって。
 神秘の森のハイエルフ、竜人族を統べる龍人、獣人の長たる獣王、ヘレファベルを見限った魔王、そして私。俗に超越種と呼ばれる超常の存在達の半数以上が手を組み、徒党を成し、当代の勇者と共に揃ってヘレファベルの征伐に乗り出したのだ。だからその結果も当然と言えば当然、必然でしかないと言えるだろう。

 一部の有識者は、大戦の実在を伝え聞く者達は皆が皆そう思ったはずだ。だからこそ、知らないのだ。最終局面において、私達は、勇者を除く全ての者が、開戦の直後に呆気なく倒れ付したことなど、ヘレファベルが如何に強大な存在であったかを――

 結局のところ、ヘレファベルの討伐は当代の勇者である彼女が単身で成し得たことなのだ。史上最強の勇者、チヨ・クロミヤ。彼女がいなければ私達は――世界は未だ悪夢に包まれたままだっただろう。
 だからこそ、私は化け物(ヘレファベル)が怖い。もし、チヨ・クロミヤがいなければ。そんな有り得たかもしれない未来を想像する度に、恐怖に駆られて情けなく震え出してしまう。
 故に際立つ。故に固執してしまう。ヘレファベルに次ぐ、あるいはそれ以上の脅威を秘めた化け物(ユーベル)。彼がいつまでも世界のために――いいえ、ギルドのため、私のために、飼い犬であり続けてくれる幸福と、奇跡に。

 だから、行かないで欲しい。自身に追い縋る支配者の光鎖(ヘルシャーケッテ)を、飛翔の片手間に形成したバレットで撃ち落とすユーベル。大穴から地上へ飛び出した彼を追い、私も飛翔魔法で後に続いた。
 莫大な魔力の高まりを感じる。ユーベルからだ。地下と言っても、然程地上と距離が離れている訳ではない。飛翔魔法を行使すればやがて行き止まりに――屋敷の天井に衝突するのは当然だ。ユーベルが繰り出したのはこれまた魔弾。馬鹿げた魔力でもって形成されたバレットが、直上へ向かい放たれた。
 直後に響く炸裂音。岩石を金槌で叩き割ったかのような音が鼓膜を刺激する。バレットが、館を破壊し直上へ風穴を開けたのだ。人一人が潜り抜けるには十分すぎるほどの穴。ユーベルは抱え込む少女と共にその穴を潜り抜け、夜空の下に身を晒した。
 数拍遅れて、私も穴を通って外へ出た。焦燥感が胸を満たす。制限された空間内でならばまだしも、障害物もない状況で彼に追い付けるほどの飛翔速度を私は出せない。
 愛しい怪物(ユーベル)がどこかへ行く。前々から気に食わなかったグリードの頭領がヘレファベルを越えるほどの禁呪使いだったということより、私にはユーベルの行動こそが衝撃的だった。
 私の――ギルドの意思に背き、末期の亡霊であるトイフェルが禁呪によって作り出した成果らしきものを抱えて逃亡するユーベル。全力で飛翔しながらも届かない背中に、離れていく彼へ、気付けば泣き言のように声を掛けていた。

「ねぇ、ユーベル……貴方は、どこへ向かうの?」

 いつしか彼へ行った問い掛け。再び口にした言葉は、しかし遠く離れた彼には届かないようで。
 空しさに胸の中へ穴が開いたような気持ちになった。あれから縮まったと思っていた私と彼の距離感は、相も変わらず――いや、あるいはあの時以上に離れてしまっていた気がした。




 ギルドマスターの追走を振り切りユーベルが向かった先は、皮肉なことにギルドが彼へと与えた屋敷その場所だった。
 そこにはあまりにも突拍子のない闘争の幕引きに気が抜けた様子のリーゼと、彼女が戦闘の際に負った小さな怪我を大袈裟なぐらいに心配するレーツェルがいた。

「リ、リーゼさん、怪我してますよ! ほら、早く回復薬を飲んでください! 見ているこっちが痛々しく思えてきますっ」

「見ているこっちがって……何よ、大袈裟ね。大した傷でもないのに。こんなのちょっとした掠り傷じゃない。心配してくれるのはありがたいけど、心配も過ぎればも鬱陶しいだけよ――って、痛ぁ!? ちょっとレーツェル、貴方どこをつねってるの!」

「どこって、リーゼさん曰く大したこともない掠り傷をですよ! 痛かったんですよね? じゃあ、我慢しないで回復薬を――」

「……はぁ、わかったわ。ありがたく受け取っておくわ」

 荒れ果てた庭園の片隅。根負けしたのかレーツェルの差し出す小瓶を受け取ったリーゼだったが、彼女は直後に小瓶に記された不死鳥の涙という銘を目にして沈黙し、目を瞑り数秒。勢い良く目を見開いたかと思えば「不死鳥の涙ぁ!? 超が十個は付く最上級のポーションじゃない! こんなの勿体無くて飲める訳ないでしょお!」と大声で怒鳴り始めた。
 不死鳥の涙とは迷宮の五十階以降にランダムで出現する希少な魔物――不死鳥の騎士から稀にドロップするというレアアイテムである。飲めば如何な病魔、負傷であろうと即座に治癒するという眉唾物の効果を秘める不死鳥の涙は、その出土元が現状ユーベルしか到達出来ていない階層であるということもあり、法外な値段で取引されることもままある代物だ。
 たかが掠り傷如きでこんなものをポンと手渡ししてくるレーツェルを、リーゼは信じられない気持ちで見詰めた。「正気なの?」「正気です」「これをどこから?」「ユーベルさんからもらいました!」と方や顔を引き攣らせて、方やキリリとした真顔で言葉を交える二人。
 ユーベルはその二人に気付かれないよう、まるで忍ぶように自身の屋敷へと入っていった。彼の腕の中では、抱えられたままのシュテルプリヒが幸せそうにユーベルを見詰めて静かに微笑んでいる。こんなところを二人に見付かってしまえば、何か騒動が起こるであろうことは想像に難くない。いつギルドマスターが追い付いてくるかもわからない現状、無為に時間を過ごすことを厭ったユーベル。幸いにも、庭先で騒ぐレーツェルとリーゼに彼の帰還へ気付いた様子はないようだった。
 しかし、彼女だけは気付いていた。察していた。俄に騒がしくなった二人から少し離れたところでは、木陰に隠れるように身を潜めるギルドの者の姿が――ギルドマスターの一番弟子であり、一大組織ギルドのサブマスターであるフィルクスの姿があった。
 暗部からの報告を受け、各人へと指示を出したギルドマスター。彼女の命令に従い事態を収拾するべく数人の暗部と共にこの場へ駆け付けたフィルクスだったが、ユーベルが行った遠方からの攻撃魔法により辿り着いた頃にはすでに事態は決着していたのだ。
 それから、今更になって姿を見せる気にもなれず隠れて様子を窺っていたフィルクス。フィルクスが引き連れてきた数人の暗部は、彼女自身の独断により他の場所への応援――セントラルタウンの各所で勃発する何者か達の戦闘の痕、その調査。あるいは禁呪使いであることが露呈したお飾りのトイフェルが率いる、グリードのメンバーの捕獲――に出向いている。
 故に、彼女は一人だった。ギルドマスターに付けられた暗部と離れ離れになったことは、彼女自身の判断とは言えフィルクスが立つ地位の重要性を考えるに些か危機感が足りない判断とも言える。しかし、事態は終結しこの場での危機はなくなった。加えて自身の力量に相応の自信もあったのだろう。だからこそ、彼女は単身ここに残り、そうして今――

 シュテルプリヒと共に屋敷の中へと姿を隠したユーベル。彼の不審な行動に気付きながらも、姉と呼び慕っていた上司から通信魔術を介した執拗な呼び掛けを受けながらも、それら一切を無視してにこにこと笑みを浮かべていたのだ。

 まるで、人形のように作り物めいた笑顔を。








 後日、誰の口から広まったのか。多分な脚色、憶測が付け足されつつも、一連の事件はお飾りの下克上と題して市井の間で囁かれるようになる。
 曰く、暴君の下に甘んじることに耐えられなくなったお飾りが、偽装死を利用し大衆を混乱させることで周囲の目を欺き、言葉にすることも憚られるような何か(・・)を仕出かして暴君に一泡吹かせてやったのだと。

「何かって何だ?」大衆は真しやかに囁いた。嘯く道化の戯言を。
「どうして偽装死を?」皆が皆、見えぬ真意に想像を膨らませた。所詮は対岸の火事。自己と関わりなき他人事だと。
「お飾りは結局どうなった?」満場一致で同意の声。「そりゃあ、当然」皆がそう言う。「災厄の癇癪を買って生き残った奴が、いったい今までに何人いた?」

 加えてもう一つ、市井には新たな噂話が出来ていた。何でも、彼の暴君ユーベルが見慣れぬ童女を手元に置いたらしく、その童女がやれどこそこから拐われた哀れな少女なのだとか、やれ可愛い身形をした魔族なのだとか、あるいは禁呪によって作り出されたおぞましい創作物なのだとか――数々の憶測が当の本人の預かり知らぬところで交えられている。
 俄に色めき立つセントラルタウン。事件に次ぐ事件。話題に次ぐ話題。しかしこういった話の種を面白おかしく誇張する自称情報屋パーティ、ノイズィードッグは、不思議なことに一連の騒動に関して特に関心を向けることはせず、揃いも揃って閉口したらしい。
 そのことが、件の騒動への良からぬ憶測を加速させる要因の一つとなったことはともかく、目新しい話題に目を奪われる市井の裏、人の目が届かない水面下。死んだはずの頭領が知らぬ間に彼の暴君と敵対し、禁呪を用いて市井に混乱を齎していたと聞いたグリードのメンバー達は――

「くそっ、何でこんなことに……どうなってんだよ、助けてくれ、旦那ぁ!」

 禁呪使用の疑惑を掛けられ、ギルドの暗部に追われる日々を過ごしていた。事の発端は、件の騒動が起こった日にまで遡る。唐突に屋敷へ訪れ、同行を願い出るギルドの暗部。当日に屋敷へいたグリードのメンバーは、素性すら知れぬ黒装束の数々を前に混乱しつつも威勢良く拒否の姿勢を示した。

「嫌なこった。身に覚えがねぇ。大体、何だ。禁呪ならまだわかるが、死霊術がどうこうって……あれか、お前らはまさか、未だにあんなお伽噺を信じているのか?」

「だとしたらお笑いだ! 良いでちゅか? おこちゃまはもうおねんねの時間でちゅよぉ? お伽噺に夢見るような小便垂れは、さっさと家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」

「噂で聞くことはあったが……まさかこんな奴等がギルドご自慢の暗部だったとはなぁ! ギルドマスターも見る目がねぇ。こんな妄言吐き共より、俺等の息子の方がよっぽど役に立つって言うのになぁ!」

「役に立つって言うか、ただ勃ってるだけじゃねぇか! 汚ねぇなおい。早く仕舞わないと燃やされちまうぞ!」

 品のない馬鹿話をしながら、詰め寄る暗部達へと失笑を溢したグリードのメンバー達。だが、例え妄言吐きと罵られようと、バカにされようと、彼等彼女等には引くに引けない理由があるのだ。
 だから、地下より飛び出ていったユーベルを追い、ギルドマスターもまたグリードの本拠から離れていった直後に、グリードのメンバー達に応答の意思がないと察した暗部一同は力尽くでの捕縛、連行を遂行しようとして――

「ぎゃあああ! 体が、体が燃え、燃えてるうぅううう!? あつぅい、あづいよお゛お゛お゛お゛!」

「おい、ばか、こっちに来るな――――!」

 突如、グリードのメンバーの一人が炎に包まれた。黒く、暗く、おぞましい焔。近くにいた男へ燃え移った暗黒の灼熱は連鎖するかのように周囲のモノを燃え上がらせ、手当たり次第にその規模を広げていった。
 慌てて退避する暗部達。彼等彼女等はグリードの本拠であった石造りの館が黒炎に呑まれる異様を見て、察した。此度の騒動を起こした悪魔(トイフェル)の真意は未だ不明のままだが、これだけは確かだろう。
 お飾りと軽んじられていた道化の悪意は、際限なく膨れ上がって今や誰の手にも届かない領域にいるのだ、と。

 その後、ギルドの暗部総出で行われた検査により、グリードのメンバーの一部が呪殺魔導デスパレートを遅延発動するための媒体と化していることが――爆弾となっていることが判明する。
 この脅威を前に後手に回るのは悪手だ。処理に苦慮しデスパレートの発動を許せば、セントラルタウンの街並みが束の間に黒炎で呑まれる最悪の可能性も有り得る。故に、事態の顛末を伝え聞いたギルドマスターは決断を下さざるを得なかったのだ。
 即ち、グリード残党の処分を――斯くしてセントラルタウンの地にて、再び亡霊狩り(・・・・)は始まった。暗部に与えられた指令はただ一つ、グリードの残存メンバーの捕縛、あるいは殺害であった。








「ふん、不様な姿だねぇ。良い様じゃないか。亡霊には相応しい姿だと、ボクはそう思うよ?」

 魔導的隠蔽が幾重にも施された山岳部の一角。激しく水飛沫を上げる滝の影に聳え立つ入り口も出口も存在しない立方体。人の手の付かない秘境の中でありながら不自然に佇む人工物の中で、彼は――自らの死をもってセントラルタウンに動乱を齎したトイフェルという男は、死の瀬戸際にいた。
 発達した魔導技術によって通路を照らす灯り。閉ざされた空間でありながら外界よりなお明瞭な明るさを保つ通路の最中で、トイフェルは切り飛ばされた下半身の、その一部――所謂精巣、睾丸だ――が地を這う虫へそうするかのように何の躊躇いもなく一息に踏み潰される光景を見た。
 破裂した睾丸。その欠片が倒れ伏すトイフェルの顔に飛び掛かった。元は自身の一部とは言え、独特の異臭を放つ肉片にさしものトイフェルすら笑みを消して顔を顰める。次いで行われたのは歯軋りだった。彼の暴君と相対してもなお不気味に笑い続けたトイフェルが、屈辱に肩を震わせ焦りの表情を浮かべていたのだ。
 彼が見上げる先には、黒い法衣から覗く御御足。分厚い革靴で保護された足の持ち主の顔には、にやにやとした愉快げな嘲笑。

「今の君は、羽を捥がれた羽虫だ。醜悪な身形でブンブンと空を飛ぶだけの狭小な存在が、飛翔するための手段すら失い地に落ちた成れの果てだ……ねぇ、今、君はどんな気分なんだい? 目論見の達成を確信した瞬間にボクに捕捉され、目論見どころかその儚い命すらも瓦解しかけてる状況ってのはさ、悪魔気取りの君にいったいどれだけの屈辱を与えているんだい?」

 愉快げに口ずさみながら、漆黒の法衣に身を包む人物――チヨは、うつ伏せに倒れ込んでいるトイフェルの顎を爪先でつついた。
 まるで虫、いや、事実自らは今何の抵抗も許されない虫けらでしかないのだろう。トイフェルはそう自認しながらも、反抗的な視線でチヨを見上げる。

「最悪の気分だ。よりにもよって君に、僕達(・・)を生み出す最悪の過ちを犯した君なんぞに足蹴にされるなんてね……」

「そうかい、最悪か……それは結構。君如きの掌の上で踊ってやった振りをした甲斐があるってものさ。しかし、過ち――ね。随分と意味深なことを言うんだね。ボクに君のママになってやった記憶なんてないよ? 気色悪い」

 顎をつついていたチヨの足がぶれる。一瞬の風切り音の後に、通路へ響き渡る強打音。抵抗する素振りも――あるいは抵抗する術すら――ないトイフェルの頭を、一思いに蹴り抜いたのだ。
 頭部を揺らす衝撃に続くように、トイフェルがまず感じたのは浮遊感だった。勢い良く頭部を揺らした蹴撃は上半身だけとなったトイフェルの肉体を容易く吹っ飛ばす。束の間の浮遊は通路の突き当たりに設けられた壁との衝突で終わる。打ち所が悪かったのだろうか。遠退く意識をしかし不倶戴天の怨敵を目前にして胸中で蠢く憎悪で繋ぎ止め、トイフェルは悠然とした足取りで己へと歩み寄ってくる黒法衣の少女の姿を睨んだ。
 嘔吐感。喉元から競り上がる異物を吐き出そうと嘔吐けば、口から大量の血へどが溢れ出た。ピチャピチャと音を立てて通路へ飛び散った鮮血が、蹴撃の際に四散した臓物の汚れに紛れてわからなくなる。右も左も血、血、血。今やこの通路――否、この隠れ家において、その持ち主であるトイフェルの血に染まっていない場所などありはしない。
 それだけ抵抗した。貯蓄した魂を出し惜しみなく酷使し、極めた禁呪の限りを尽くし、隠れ家に刻んだ魔導的要塞、あるいは工房としての性質を十全に発揮し――それでもトイフェルという男は、クロミヤチヨに手も足も出ず蹂躙され、甚振られ、そして今、禁呪の使用を封じられ、貯蓄した魂の尽くを殺し尽くされた。
 隠れ家に改め施術していた数々の防衛魔術、あるいは禁呪も、全てが全てクロミヤチヨの前では徒労に終わる。その結果が、今だ。虫けらのように踏み躙られるトイフェルの姿だった。
 それでも不敵な口振りを改めようとしなかったのは、彼に最後に残った矜持故だろうか。頭を垂れてなるものか。弱味を見せてなるものか。トイフェルは屈辱に沸騰する頭で、声高に唱えた。
 故に、嘯く。

「そういうことを言いたいんじゃあない。なあ、わかるだろう? 何せ君は世界の異物。本来ならば存在し得なかった不純物(イレギュラー)なんだから。だから――」

 続く言葉が終わる前に、歩み寄るクロミヤチヨが這いつくばるトイフェルを聖剣の射程へ入れた。振れば当たる。首を切り飛ばせる。最早トイフェルに抗う術はなかった。完封であり完敗。流石史上最強の勇者と呼称されるだけのことはある。そう思いつつもトイフェルは、今の己(・・・)ではクロミヤチヨに敵わないという事実に落胆と絶望を抱かざるを得なかった。

 だから、今ではない未来に。

「君が、いや、君達(・・)が生み出したんだ。呼び覚ましてしまったんだ。ヘレファベルの代替として見初められた悪魔(ぼく)と、誤った道筋を終焉によって正す破滅措置――黄昏よりも紅き空(ディープスカーレット)を」

 いつか、己の策謀でもって■を越え、忌々しい異物(イレギュラー)の尽くを根絶やしにしてやる。聖剣の輝きがトイフェルの表情を照らす。通路に備え付けられた灯りすら掻き消す眩いほどの輝き。再び振り翳された聖剣を――そして聖剣を握る怨敵の顔を見上げて、死の間際でありながらトイフェルは嗤った。
 自棄っぱちになったかのように、何もかも壊れてしまえと呪いでも吐き出すかのように、にこにこと、不格好に。
 クロミヤチヨはトイフェルが発した最期の言葉にすら関心を抱いた様子を見せず、冷たく言い放った。「あっそ」と、あたかもトイフェルが口にした内容が些事であると言わんばかりの表情で。
 聖剣が振るわれる。よりいっそう輝きを強める聖剣は空間を切り裂き真っ直ぐとトイフェルの首へ到来する。皮膚に食い込んだ刃は容易く肉を裂き、骨を砕き、トイフェルの頭を撥ねた。
 クロミヤチヨはそれだけで止まらない。聖剣を手離して指鳴りを一つ、乾いた音と共に火花が踊った。担い手の掌から抜け落ちた聖剣は落下の途中燐光となって掻き消える。
 中空に舞ったトイフェルの頭部と、地に伏せたままの胴体。その双方が炎に包まれた。ただの炎ではない。その色は黒と白。相反する二色が成す混沌の灼熱は道化を道化足らしめていた魂の残骸を燃やし尽くし、執拗なまでに蹂躙せしめた。
 黒白の焔が業々と猛る。荒れ狂う灼熱に背を向け「ふぅ」と溜め息を溢すクロミヤチヨ。彼女の端整な顔立ちは無関心と呆れで染まっていた。

「そんなこと、どうだって良いさ。ボクは()との愛を証明出来れば、それだけで良いんだから」
来週投稿予定の「3-EX/Lost Memory 見上げた空はただ紅く(仮サブタイ)」で三章は終了する予定です。また、リメイク版であるこの作品が改訂前の「暴君ユーベル迷いなく」に追い付いた(あるいは追い越した)と判断したため、検索除外という措置を取りながらもノクタで掲載していた旧版から検索除外を取らせていただきます。
(中二病的な意味で)若気の至りで執筆していた旧版ですが、気になる方がいればそちらの方にも目を通してくださると幸いです。
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