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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第三章[誰が為のシェリダー]

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3-10/『 』の記憶

 ()にとってユーベルとは良き友であり憧れの存在であり、そして何よりも妬みを抱く対象であった。幾多の悲劇に直面し、数多の惨劇を作り上げ、絶望の只中で産声を上げた悪しき存在。夢想に焦がれながらも過酷な現実に堪えきれず嘆き溺れて磨耗するしかなかったユーベルに、どうしてか彼は途方もない親愛と嫉妬を感じずにはいられなかったのだ。
 それも偏にユーベルの生い立ちを把握しているからこそだろうか。彼は知っている。ユーベルと己が同じ穴の狢なのだと、世界が間違った(・・・・・・・)故に生み出された異分子であり、異端者なのだと――

 しかし、彼は己とは違いどこまでも強く、強大であった。故にその宿命は免れない。もしこの世界に運命というものが存在するのだとしたら、きっとユーベルはこの先どれほどの奇跡が起ころうと邪悪(・・)に成り果てる他ないのだ。

 いや、あるいはとうの昔に彼は其に成っていたはずだった。かつて()に向けて言い放ったユーベルの言葉を思い返す。それは六年前(・・・)に告げられた言葉。そうなのだ。彼は自称した通り「常世に悪厄を招く者」であったのだ。
 そのはずが、何故こうなってしまったのか。どうしてユーベルは未だ、歪な在り方ながらも人足らんとし続けるのか。理解の及ばない執着の由縁を思考の傍らで考察しながら彼――トイフェルは、右手を使って己の首元を万力の如き力で締め上げるユーベルへとにこやかに笑いかけた。
 淀み濁った血のようにどす黒い瞳。強靭な敵意でもって身に巣食う悪意を覆い隠すユーベルの眼差しが、喜怒哀楽の一切を映さない冷酷な輝きで己を射抜いている。
 突如、感じたのは胸が抉られたかのような激痛だった。僅かに視線を下げる。そこにあったのは己の胸部を貫通するユーベルの左手であった。口元に笑みを浮かべて、トイフェルは肉体に穴を穿ち背から突き抜けているであろう怪物の魔手を眺め見る。
 ユーベルがヴィントを退け、ただならぬ様子のトイフェルと邂逅を果たした直後の出来事だった。

「痛いなぁ。本体に風穴が空いたのは久しぶりな気がするよ……でも、残念。たったこれだけで死んであげられるほど、禁呪の業は浅くないんだよねえ」

「……だったら、これでどうだ?」

 瞬間、胸元を貫通するユーベルの手がばちりと音を立てる。嘲るような口振りでの囁きに対し、返されたのは紅い煌めきが迸る落雷の音だった。
 駆ける。架ける。欠ける。ユーベルの左手に宿った深紅の光は、万物に対して破滅を齎す超常の力だった。己の呪法でもって縛られたトイフェルの肉体は、死という概念から解き放たれたいくらでも修復の利く肉塊に過ぎない。故に例え首が撥ねられようと、臓物を抉り取られようと、胴に風穴が開けられようとそれは彼にとって致命傷には成り得ず。

 だとすれば、如何様にすれば極まった禁呪使いに死を与えられるのか。その答えは簡単だった。肉体的な死が意味を成さないのならば、モノをモノとして成立させる情報体を――魂を、破壊すれば良いのだ。
 そしてユーベルとは、生まれながらにして破滅という魔力特性を持っていた。かつて大国の精鋭集団を束の間に壊滅させ、多くの都市を廃墟へと変えたその化け物の力がトイフェルの肉体へと直接流し込まれる。
 紅い煌めきはトイフェルの肉を焼き、臓物を食い破り、彼を彼足らしめる魂を束の間に破壊していこうとする。だが、それでもなおトイフェルは笑みを消さなかった。
 唇の端から血を流しながら、彼は慈しむように己を穿つ怪物の魔手へ手を重ねた。細められた視線は、愉悦を交えてユーベルへと向けられている。

「懐かしいね。君に魂を破壊させられるのはこれで二度目(・・・)だ。あの時の君は凄かったなぁ。まさか僕の攻性防衛式をあんなにも簡単に壊すだなんて……ああ、感動したよ。運命を感じずにはいられなかったさ」

「……」

 告げられた言葉に対し、ユーベルが取った反応は無言。彼は沈黙したまま、よりいっそう激しく魔力を迸らせた。紅い煌めきが強くなり、雷鳴の音が鳴り響く。
 夜空へ反響するのは破滅の禍音。しかしその音を掻き消すように、なおもトイフェルは声を重ねた。魂の破壊とは即ち自己を形成するありとあらゆる情報体の消滅である。例え肉体的に無傷であろうと、魂を破壊されてしまえば連れて肉体も崩壊してしまう。一連の作用はどれだけ強大な生物であろうと抗えない絶対の法則だ。
 だとしたら魂を破壊されながらも何てこともないように呼吸を続けるトイフェルという男は、いったい如何様な存在なのだろうか。疑念と共に、ユーベルは怖じ気にも似た薄ら寒さを感じずにはいられなかった。それ故だろう。鼓膜を打つ粘着質な音色を聞いて、彼は能面の如き無表情を僅かに崩す。

「く、くっくっ……覚えてないのかい? 覚えてないんだろう? それもそうか。だって君は、こともあろうに自らの手で自分自身を――」

「黙、れ!」

 ユーベルは左手を胸元から抜き、首を鷲掴む右手を振り回してトイフェルを投げ飛ばした。それによって遮られた言葉。勢い良く近くの建築物へと飛ばされていったトイフェルは、直後に石造りの壁と衝突。壁を突き破り、大きな破砕音を響かせた。
 己が動揺しているという自覚はあるのだろう。それでもユーベルは攻撃の手を緩めなかった。未だ周囲に通行人達の姿があるにも関わらず、広範囲を束の間に凪ぎ払う最高位の魔法――滅びの究極魔砲(アルテマ)を放とうとする。
 トイフェルの血で赤く染まった左手へ、血よりも紅き雷鳴の煌めきが灯る。向ける先は当然、建物の中でまだ息を続けているであろうトイフェルだった。これの放出が成されれば目前の建物は元より、その延長線上に建ち並ぶ建造物もまた諸共に崩壊せしめられるだろう。そうとわかっていないのか、あるいはわかっていながらもそうせざるを得ないのか。鋭い眼光でトイフェルが投げ飛ばされた方向を射抜くユーベルは、その方角へと深紅の魔力光を灯す左手を徐に向けて――
 こつこつと、足音が響く。建物の壁に出来た大穴から、何事もなかったかのようにトイフェルが歩み出てきたのだ。
 思わず目を見開くユーベル。胸元を穿ち破滅の力を注ぎ込んだ傷跡がない。綺麗さっぱりなくなっている。魂を壊されれば、その部位の再生は如何な魔導、秘薬であろうと困難を極める。いっそ一概に不可能に近いと言っても過言ではないだろう。
 それも当然だ。魂とは即ち生物を生物として構成するなくてはならない情報の塊であり、生命の源泉なのだ。それが破壊されるということはつまり、生物を生物足らしめる要素が欠落し著しく生命力が低下するということなのだ。
 そんな状態ではどれだけ高度な魔導、高価な秘薬を用いようと治るものも治るまい。そのはずが、にこにこと笑いながらユーベルへ歩み寄るトイフェルにはやはり傷の痕跡が見当たらない。

 考え得る可能性を上げるとするならば、致命傷を治癒可能な域にまで魂を修復させた。と言うことだろうか。しかしあり得ない。如何程の禁呪使いであろうと己の魂をそうまで自在に操れるはずがない。それは禁呪の域さえ越えた神の御技であるのだから。
 だとすれば、目前の存在は何者か。これが亡霊? ユーベルはその判断が誤りなのではと思わざるを得なかった。この男は、トイフェルは、亡霊などという陳腐な枠に収まる存在ではない。これは正しく悪魔(・・)だ。
 不動の笑みを絶えず嗤い続けるトイフェルは、神の威光を蔑み貶める人の身形をした邪悪の化身そのものであった。
 騒動に巻き込まれまいと、急いで逃げたのだろう。いや、あるいは見えないところでギルドの働きでもあったのか。気付けば人影も疎らになった通りの只中で、再び正面に立って相対する二人。

「なぁにを狼狽えているんだい、ユーベル君……僕を殺すんじゃなかったのかい? 不甲斐ないなぁ。いつから君はそんなに弱くなった? 君の力はそんなもんじゃないだろう。災厄? はっ、随分と大言壮語な異名だねえ! 僕は知っている。童子姿の怪物(モンスターチャイルド)と呼び恐れられていた頃の君の方が、余程理不尽な災いじみていたよ」

 ユーベルからの返答は、ない。まだ敵が生きている。ならばより苛烈に潰す。なお徹底的に殺すべく、残虐に壊し尽くす。彼は次こそは確実にトイフェルを仕留めるべく、左手へより多く、より激しく魔力を溜め、循環させ、静寂を引き裂き雷鳴の音を立てる魔力を放出しようとして――
 しかしその攻撃は不発に終わった。ユーベルの人間離れした知覚が遠方で立ち上る強大な魔力反応を察する。覚えのある魔力だ。間違いようもない。これは確かに、不本意ながらも己と住居を共にする恥したないエルフの魔力である。

「リーゼ……?」

 ついといった様子で呟くユーベル。その様を見てか、トイフェルは失望と愉悦がない交ぜになった矛盾した思いを瞳に映した。
 知覚を広げるユーベル。彼の鋭敏な感度は自らの住居その場所で幾度も衝突する幾つかの魔力反応を識別する。一つはリーゼの、一つは彼女が作り出したであろうゴーレムの、そして残りの二つは、己がこの力でもって殺したはずのマリエラと血塗れのドルヒのものであった。
 何がどうなっているのか、事態を把握するべくよりいっそう知覚を精密に尖らせようとしたユーベルだったが、突如発生した鋭い痛みが思考を遮る。

「っ……!?」

 総身を駆け回るずきずきとした痛み。体中の至る所に釘でも刺されたかのような苦痛に、堪らず呻き声を上げかけるユーベル。
 強く歯を噛み締めて不様に声を出す事態を免れた彼だったが、だからと言って我が身を苛む苦痛が和らいだ訳でもないのだろう。眼前の敵手を剣呑な眼差しで睨み付けながら一滴の冷や汗を垂らしたユーベルは、痛みと共に脳裏へ駆け巡った光景に困惑せずにはいられなかった。



 降り注ぐ魔弾の雨に晒されて倒壊する屋敷。崩れ去った屋敷の中から這い出るように現れ出でたブラットナイトのメンバーが、燃え尽きた灰の如き色合いの髪の隙間からおぞましい眼差しを覗かせる少年に惨殺されていく。
 男を殺し、女も殺し、パーティメンバーの家族だろうか。その場にいた子供も老人も見境なく、誰も彼もを殺して、殺して、殺して。
 せめて子供だけはと悲願した女の子供を狂笑と共に嬲り、激昂して襲い掛かってきたその夫らしき人物を躊躇いもなく躯へと変えた。
 絶望に打ちひしがれる若人にそうすれば助けてやると嘯いて、若人に老人を殺させてその後そいつの首を捥ぎ取った。
 そうして、騒動を聞いて駆け付けたのか人気のなくなった屋敷跡地へと踏み入ったドルヒを、己は、己は――
 見覚えのない、しかしそれでも確かに記憶として存在する光景。正に惨劇としか言いようがない一幕のリフレインを止めたのは、知らぬ間に目前へと迫っていたトイフェルだった。

「そう、殺した。君は多くの者をその手で殺めた。なのに、何だいその様は……これじゃあ誰も報われないじゃあないか。君は化け物だ。救いようのない怪物だ。だから、だからさ」

 まるで何かに焦がれるように熱く燃える眼差しを向けてくるトイフェル。その瞳の奥に灯っていたのは、未だかつて見たことがないほどの怨恨の焔だった。
 怒りや憎しみ、失望に絶望。人一人が持ち得るにはあまりにも強大過ぎる負の感情が、トイフェルの瞳の奥底で渦巻いている。
 その瞳が映すのは、呆気に取られた間抜け面を晒して、無防備に佇む不様な()の姿だった。

「巨兵達なんて気にするべきもないだろう? 今は僕だけを見なよ。余所見をしている君に消されるほど、亡霊(ボク)達の執念は浅くはないよ? ほら、君の敵はここにいる!」

 脳裏に声が反響する。フラッシュバックはない。脳髄を犯したのはおぞましい響きの呪いであった。
 頬へと冷たい感触。トイフェルが俺の頬に掌を伸ばしていた。ハッとして、その腕を力強く凪ぎ払う。力の限りで振り抜いた俺の右手は、伸ばされていたトイフェルの手を肘ごと吹っ飛ばし、炸裂させた。
 それでも奴は、笑みを消さない。「だから殺せ」「見殺しにしろ」「皆殺しにしろ」とそう囁いたのは、いったい誰であったのだろう。
 自己へ埋没する。(おまえ)は何のために生まれ、何がために生きる? そんなこと、知るはずもない。考えるべきもない。歯向かう者を挫き、立ち塞がる障害を打ち倒し、抗う敵を屍へと変える。そうしてただ無為に日々を過ごす。たったそれだけで俺の日常は完遂されていた。完結していた。だから、確かにリーゼ達の状況など気にせずに今はトイフェルを殺すことをこそ優先するべきなのだろう。
 それが、俺だ。暴君(おれ)という存在だ。しかしふと脳裏に思い返される光景。屋敷の正門前ではにかむように笑ったレーツェル。ギルド本部の一階で俺の肩に手を置いたリーゼ。彼女達二人の姿が、朧気な輪郭を見せる栗毛の少女の幻影と重なる。
 それ故に、だろうか。俺はトイフェルには目も暮れずに飛行魔法を用い空へと飛翔した。奴を見逃す気はない。ならばここからの離脱は悪手だろうか? リーゼ達へ襲い掛かっている某か達を殺し、その後にトイフェルも殺す。必ず殺す。だとしたら取るべき行動は必然、決まっていた。

睥睨せしは(カイゼル)――」

 魔力を糧に、言霊でもって世界を構成する情報体――精霊へと語り掛ける。神秘へ至らんとする意を受けてか俄に空気がざわめき、直後に其は滲み出るように虚空へと現れた。
 紅い魔力光が幾何学的な紋様を描く。円環の中心に居座る三角錐の中央には眼を象った不思議な紋章が刻まれていた。それが、月明かりを遮り強く輝く。紅い光で夜空を満たす。
 ダンジョンの深層で入手した魔導書。それを読み解くことで習得したこの魔法――否、古代魔導(ハイエンシェント)は、使用者の知覚を広範囲にまで拡大するという一見地味な効力しか持たない。
 重要拠点の防衛や偵察、遭遇戦において有効な魔法であるのは確かなのだが、古代魔導(ハイエンシェント)の一つと称されながらも現代の魔導技術で易々と補えるであろう効果に最初はショックさえ受けたものだ。
 しかし俺はいつの日か悟った。この魔法の真に恐るべきところは知覚の拡大ではなく、それに付随する知覚の精密化なのだと。

超越者(グランツ)

 瞬間、元より人間離れしていた俺の知覚が凄まじい速度で拡大していく。セントラルタウンの北西地帯を覆い、なおも広がり、街全土を――俺の屋敷さえも知覚範囲に収める。
 脳が破裂しそうな痛み。唐突に肥大化した情報を処理しきれず、脳が悲鳴を上げているのだ。セントラルタウン全体の光景がまるでその場に実際に立っているかのように体感出来る。
 広まった知覚から不必要な情報を削ぎ落とし、必要な知覚だけを選別し識別する。遠い彼方にあるはずが、眼下にてリーゼの姿が見えた。

 魔力反応から判断した通り、彼女はどうやらドルヒとマリエラの二人と相対しているらしい。この二人もトイフェルからの差し金だろうか? 思考は一瞬。直感的にこんなことを出来るのは奴しかいないと確信する。
 ドルヒとマリエラ。二人もまたヴィントやシュテルと同じく死した躯であるはずだった。生者足り得ない彼等を動かすことは死霊術でしか出来ないことだ。ならばやはり、彼等もまたトイフェルに利用されるだけの肉人形であるのだろう。
 呪法でもって屍を縛り、死者の尊厳すら貶め貶す咎の術法。死霊術の脅威を改めて認識せざるを得ない。どこか様子のおかしいドルヒ。彼はスキルを用いてなのか、分身擬きをしているようだ。その一つがマリエラの眼球を抉り取る。反射的に、なのか。目前で繰り広げられる光景を見たリーゼが凄まじい勢いでゴーレム――ゴーレムなのか?――を駆けさせて、ドルヒを踏み潰さんとする。
 だが、魔鉱石で編まれた巨躯が轢き殺したのは幻影の一体に過ぎなかったのだろう。ドラゴンを模したであろうゴーレムの踏み付けから逃れた残りのドルヒ達が、何事もなかったかのようにリーゼへと襲い掛かろうとする。
 リーゼは迫る驚異の数々を容易く蹴散らした。ゴーレムの羽で打ち、足で踏み、巨躯で轢き、尻尾で叩き付けて――しかしドルヒの幻影は消えない。片目を空洞へと変えたマリエラまでもが戦線に参加し、高威力の水系統魔法でリーゼを苦しめる。
 本体だったのだろう。ゴーレムの尻尾で打ち据えられ五臓六腑をぶちまけるドルヒ。その肉体が映像を逆再生でもするように再生していく。大地へと散乱した血肉が独りでに蠢き寄り集まって、人の形を成していったのだ。庭園の端の方に佇むレーツェルが血生臭い有り様に顔を青ざめさせた。
 戦況は未だリーゼが有利だが、死してなお甦る不死身の存在が二人。しかもその両名ともが高い実力を誇っている。ドルヒに至っては、リーゼと同じくかつては迷宮四天王の一人に数えられていた傑物だ。彼女が消耗しやがて劣勢に立たせられるのは誰が見ても明らかだっただろう。

 トイフェルが何のためにこんなことをしたのかは定かではないが、折角譲り受けた屋敷がこのまま壊されていくのは癪だし、リーゼに借りを作るのも出来れば避けたいことだった。
 それに、レーツェルには今後とも専属担当者として俺の探索者生活をサポートしてもらわなければいけない。故に、ドルヒとマリエラの二人を再び殺す。仮に禁呪を用いたとしても二度と立ち上がれない状態に――即ち、完膚なきまでに魂を破壊し尽くしてやる。
 大気を魔力で満たす。俺の体から放出された魔力が実体を持ち、細長く捻じれた槍の如き造形を形成していく。バレットを派生、発展させたこの魔法は、本来着弾と同時に周囲へと無作為に放出してしまう含有魔力に指向性を持たせることで突貫力を高めた代物である。範囲攻撃としての脅威は下がるが、一つ一つの威力はこちらの方が断然上だ。
 睥睨せしは超越者(カイゼルグランツ)によって凄まじい域へと昇華された知覚を用いてドルヒ達の姿を捕捉する。距離は遠いが、この状態で照準を外すことなど万に一つもある訳はなかった。

穿ち貫け(タイプランス)、アナザーバレット」

 言霊を告げ、撃滅の意思を謳う。放たれた魔弾は大気を穿ち高速で宙を突き進む。向かう先にいるドルヒとマリエラが迫る魔力反応を察したか、にこにこと笑いながらも驚愕に目を見開き空を見上げた。
 彼等の視線の先には俺が射出した魔弾の姿があった。回避しようと企んだのか、リーゼの猛攻に対処しつつ慌てて庭園内を駆け回る二人だったが、彼等の位置が変わる度に魔弾は照準を調整し、弾道上に逃げ回る獲物の姿を捉え続ける。
 回避は困難と察したのだろう。意を決した表情となるドルヒとマリエラ。二人はついに直上へと差し迫った魔弾の群を見上げ見て、迎撃の構えを見せようとした。
 ああ、しかし、そうなのだ。例え冥府から甦ろうと彼等如きの儚い抵抗が暴君(おれ)に通じる道理はなく――

 空を駆けた魔槍の弾丸は、いとも容易く死者(ドルヒ)達の魂を破壊し尽くす。

 その後睥睨せしは超越者(カイゼルグランツ)を解除して再び地上に降り立った俺の目の前には、剣呑な雰囲気で対峙するトイフェルとギルドマスターの姿があった。
 いや、剣呑な様子なのはギルドマスターだけ。トイフェルは相も変わらず気色の悪いにこやかな笑顔を浮かべて俺を見ていて、ギルドマスターのことなど眼中にもないようだ。
 自身が軽んじられていることを察しているのだろう。ギルドマスターの目付きが見る見るうちに険しくなっていく。
 歪な三角を描くような立ち位置に佇んだ俺達。奇妙な沈黙が流れた。誰も一言も発しようとしない。数秒か、数分か。漂う静寂。それを打ち破ったのは白金色の長髪で月光を反射するギルドマスターだった。
 彼女は俺の方をちらりと見てまるで安堵でもしたかのように一息を吐いてから、視線を鋭利に尖らせてトイフェルを射抜いた。

「ユーベル、ここは私に任せて。こいつは私が処分する」

 光彩異色の瞳を煌めかせ、強くそう言い放ったギルドマスター。彼女はトイフェルに向け、右手を突き出した。その掌に灼熱の焔が宿る。豪々と音を立てる火焔は束の間に色を青に変え、なおも強く輝きを放ち――
 やがて、純白に煌めく業火へと至った。目を見開く。本能的に察してしまった。あれは呪殺魔導デスパレートに近い性質を秘めた焔だ。色合いは正反対であるが、対象の情報体を焼き尽くすという本質的効果は全くの同様であろう。しかしデスパレートの使用に付随する使用者への反動に苦しめられた様子もないギルドマスター。温情の一つも見受けられない冷酷な表情を浮かべる彼女が、現出させた白焔をトイフェルへと放った。
 放出された白き灼熱は抵抗の一つも見せないトイフェルを容易く呑み込み、その心身を一息に燃やし尽くさんとする。着弾の衝撃か。強い突風が荒れ狂いギルドマスターの長髪を靡かせた。
 燃える。純白の火焔に焼かれていく。人体を焼き焦がす不快な異臭が鼻についた。なおも勢いを緩めずに燃え盛る灼熱。例え何者であろうと、これだけの魔導を受けて無事では済まないだろう。そう思ったのは俺もギルドマスターも、きっと同じだった。
 だが、そんな期待を裏切るように――

「火遊びでもしたいのかな? 危うく火傷しかけちゃったよ」

 奴は、灼熱の中から歩み出てきた。皮膚が爛れ、全身に火傷を負いながらも愉快げに喉を鳴らすトイフェル。奴の瞳が俺へ向けられる。その視線は今しがた自身の魂を燃やそうとしたギルドマスターにさえ一寸足りとも関心を抱いてはいない。

「まぁ、盲目女の癇癪なんてどうでも良いか。ね、ユーベル君。話をしないかい? ここじゃなんだから、そうだね。グリードの本拠地でなんてどうだろう。とっておきの話があるんだよ」

「……ユーベル、耳を貸す必要はないわ。こいつは禁呪――それも死霊術の使用者よ。迅速に処分しないといけない」

「はぁ、僕はユーベル君に話し掛けてるって言うのに……生まれ故郷(ナルシス)の問題には知らん振りのくせして、僕達の関係には随分と首を突っ込んでくるんだね? 何だい、嫉妬か。それとも怖いのかな? 悪魔(ぼく)がユーベル君と二人きりになって、何を吹き込もうとしているのかってさ」

「戯言を……! ここで朽ち果てなさい、亡霊!」

 怒声を上げ、再びギルドマスターが掌に白焔を生み出す。放出は一瞬の間もなく行われた。抵抗することも出来たのだろう。しかし先程の光景の焼き増しのように佇むだけのトイフェル。
 彼は白焔が己の身へ到達する直前、頬を三日月の如く引き裂いて俺へと笑い掛けた。

「じゃあね、ユーベル君。シュテルプリヒちゃん()と待ってるよ」

 そう告げられた直後、大気を焼き焦がす白焔はあまりにも呆気なくトイフェルの身体を――否、魂を消し炭へと変えた。
 夜空に白い火柱が立ち上る。俺は「シュテルプリヒちゃん()」と口にしたトイフェルの言葉に、どうしてか高鳴る胸の鼓動を抑えきれなかった。



 フラッシュバック。蝋燭の灯火だけに照らされた薄暗い暗闇の中に、自身の頭を抱えて踞る少年の姿があった。
 少年の瞳は周囲の暗闇と同様――あるいはそれ以上に、光なき虚空を映していた。譫言のようにぽつりぽつりと呟く少年。まるで血へどでも吐くかのような必死さで、少年は喉から声を絞り出していた。
 ばちりと、少年の手に紅い魔力光が灯る。蝋燭の灯りなど掻き消すほどに激しい光の奔流が、両手で抱え込む少年自身の頭を覆い隠す。
 聞き覚えのある声だった。「会いたい」「君がいないと俺は」「オレは」と、少年の呟きの声が脳裏を満たして。



 しこうを、さえぎった。
 あの口振りから判断するに、如何な手口を用いてなのかはわからないがトイフェルは未だ生存したままなのだろう。ならば、殺さないといけない。倒さないといけない。例え何が立ち塞がろうと――
 敵意を強固に塗り固めていく。その傍らで、しかし俺はこうも考えていた。先程目の前で死んだはずのシュテルプリヒ。彼女と共に待っていると言ったということは、彼女もまた何かしらの術法で生き長らえていたということだろう。
 そして奴は、シュテルプリヒ達と言った。どういうつもりなのかはわからないが、トイフェルは俺と関わりがあった者達を好んで甦らせている。であるならば、そう、もしかすればその()の中にあの少女も含まれているのではないだろうかと、俺は心のどこかで期待していたのだ。
 だから俺は、

「待ってユーベルっ、行かない方が良いわ! 冷静になりなさい!」

 ギルドマスターの静止を振り切り、平屋が建ち並ぶ一角に聳え立つやけに静かな石造りの館――グリードの本拠へ向かった。そして俺はそこで、予想を遥かに越える異様な光景と直面する。



「君なら来てくれると思っていたよ。ようこそ、ユーベル君」

 グリードの地下室。月明かりすら届かない密閉空間。そこにいたのは、見覚えのある死人達に臓物を咀嚼される大量(・・)のシュテルプリヒの姿であった。
 くちゃくちゃと音を立てて自身の娘の血肉を啜る男の姿があった。彼女へと密かに恋心を抱いていたはずの少年がその恋慕の相手の眼球を噛み砕いていた。怖じ気が走る。障気に満ちた異様な空間に途方もない嫌悪感を抱き、思わず吐き気すら込み上がってくる。
 本来あるべき部位を失った平たい顔のシュテルプリヒを踏み潰しつつ、奴は一歩こちらへと近付いた。気障ったらしい仕草で広げられる腕。あたかも壇上の演劇者にでもなったかのような口振りで、奴は――悪魔(トイフェル)は告げる。

「ここが地獄さ。愉快な場所だろう? 折角だ。歓迎するよ。まあ、お人形遊び(ままごと)ぐらいしかすることがないんだけどねぇ! あは、あひひっ、あーっひゃっひゃっひゃあっ! ユーベル君、君のその顔が見たかったのさ僕は! おー怖い怖い。柄にもなくビビっちゃったぜ。くっ、くひひっ」

 夜は、未だ明けない。
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