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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第二章[エーイーリーの童子]

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2-Ex/Lost Memory 彼方へ消え行く在りし日の情景

「君はいったいどこに向かっているんだい?」

 街道の真っ只中に倒れ伏す女が、口端から垂れる血を気にも留めず問い掛けてきた。
 矛先の欠けた短槍で胸を貫かれている女は、地面に倒れた拍子にフードが外れてしまったのだろう。中性的な面立ちと、触り心地の良さそうな茶髪を外気に晒している。
 血のルージュで真っ赤に染まった唇は、今まさに死の淵にいると言うのにさも愉快げな弧を描いていた。

「この先にオーデムはいないよ? 仇を殺したいなら反対に進むべきだね。それとも何だ、君は復讐を完遂することもせずのうのうと一人旅でもする気なのかい?」

 短槍が胸を貫通していると言うのに、女はそんなこと然したる大事ではないと言わんばかりに流暢に口を動かし続けている。
 正直、理解不能だった。次に感じたのは得体の知れない女に対する恐怖だろうか。
 ふとした出来心で胸を貫く短槍をぐりぐりと捩ってみても、女に苦しむ素振りはなかった。どころか赤子に対してそうするかのように困り気味の苦笑いをオレに向ける始末だ。
 その仕草が何だかとても不愉快に思えて、オレはつい柔肉の中に埋没する短槍の矛先から魔力を放出し、内側から女を炸裂させてしまうのだった。

 まるで風船のように弾けた女の肉片やら血やらが、体中を汚す。
 こんなにも汚れたら洗濯が大変だなぁと考えたところで、そういえば元々血塗れだったと思い返す。
 自身の身体を見下ろせば、ホーゼの悲劇を終えてよりいっそう濃く鮮血がこびりついたいつぞやの冒険者のローブが目に入った。

 あの三人の冒険者は、自身達の装備が史上最高額の賞金首であるオレを象徴する要因となっていると知っているのだろうか。
 空を見上げる。夕日で真っ赤に染まった茜色の大空があった。

 あの向こう側には、天国も地獄もない。あの世なんて嘘っぱちなのだ。だとしたら三人の冒険者がそのことを知るべくもなく、あの世からオレを見守るなんてことも出来ない訳で。

 そもそもが、あの世があったとしてもこんな醜悪な邪悪(オレ)に目を掛けようなんて思う訳がないだろう。
 何故なら、そうなのだ。今のオレは凡人(アルク)ではなく怪物(ユーベル)なのだから。

「ひ」

 喉元から、引き攣ったような笑い声が漏れ出た。雑音(ノイズ)が鼓膜を刺激する。気付けば茜色の夕空は、鮮血の如く真っ赤に染まっている。
 目に映る景観は、ひび割れていた。







 コインの裏と表のように、あるいは太陽と月、もしくは空と大地のように、何事にも対を成す存在というものがある。
 貧者と富豪。愚者と賢者。平民と貴族。悪人と善人――であるならばはて、聖剣の担い手として人類の栄光の架け橋となる勇者に対する存在は、魔王であると言って相違ないのだろうか。

 答えは、否である。

「結界が揺らいでいる……ナルシスからの追っ手か?」

「どうしたの? カケルさん」

 ホーゼとセントラルタウンを繋ぐ街道を東に逸れた方角に位置する、エレミート山脈にて。
 凶暴な魔物が群生し、季節の移り目による影響を多大に受ける過酷な環境でありながら、そこには二人の人間が住んでいた。

「いや……なんでもない。少し出掛けてくる。留守番は頼んだぞ? ノゾミ(・・・)

 あるいは隠れ住んでいた。と言った方が適切なのだろうか。
 山々が連なる連峰の中、切り立った崖と崖の狭間に介在する二人の住居は、大自然に隠蔽するようにカモフラージュされ、認識阻害に類する魔導的措置を何重にも施されていた。
 いっそ病的とすら言えるほどの執拗な隠蔽は、彼等二人が世俗から身を隠している証明に他ならない。

「ふぁ~……また魔物でも来たの? 本当に嫌になるわね。もっと優しいファンタジーが良かったなぁ私」

 木造の隠れ家で眠たそうに愚痴を溢した少女は、代々の勇者が伝え広めたという稀有な服装。セーラー服というものに、身を包んでいた。
 対してどことなく険しい顔で隠れ家の出口に向かった男は、大国の精鋭騎士と比べても遜色のない――どころか格段に優れているであろう、異様な存在感を放つ白銀の鎧に身を包んでいた。
 二人とも、毛髪の色は()であった。

「そう不満を言うな……直に慣れる。少なくともこの隠れ家は安全だからな、慣れるまではここでゆっくり過ごしてくれ」

 男はどことなく愛嬌を滲ませる苦笑いを浮かべて、頬を膨らます少女の頭をがしがしと撫で回した。
 男の名は、空馬 翔(からまかける)。六年後にナルシス王国が新たに召喚する勇者。その先代(・・)である。

「わー! それは止めてっていつも言ってるでしょ! 髪がぐちゃぐちゃになるじゃない!」

 頭に乗せられたごつごつとした手を払い退け、ノゾミと呼ばれた少女は両手を振り上げカケルを威嚇した。
 まるで気難しい猫のような態度によりいっそう苦笑いを強めたカケルは、その後穏やかな声で「行ってきます」とノゾミに告げ、出口から隠れ家の外へ出ていった。

「行ってらっしゃい。カケルさん!」

 少女の声が背を打つ頃には、カケルの表情は先程までの穏やかなそれではなく、剣呑な鋭利さを見せる戦士の顔立ちへ変わっていた。
 もう一度、改めて明言させてもらおう。カケル・カラマは、勇者であった。


 大国ナルシスが秘匿する勇者召喚の儀により呼び出され、この異世界へと降り立ったカケル。その軌跡は波乱万丈の一言に尽きた。
 今から三十と四年前。カケルはその時、前世にて極平凡な高校生活を送っていた。
 特徴を上げるとするなら特徴がないこと。人より多く友人がいる訳ではないが、少ない訳ではない。
 親は中流企業に勤める営業マンで、母は近所のスーパーでレジを打つ派遣社員。
 下に弟がいたが可もなく不可もなく、兄弟として適切な距離感で接していた。
 趣味は二十一世紀の若者にありがちなインドア尽くし。ゲーム、読書、ネットサーフィンだった。
 学校の授業で剣道や柔道を習ったこともあるが、情熱をかけてそういった対人スポーツに精を出した事がある訳はなく。

 そんな自分が勇者となって魔王を倒せ? 何をバカなと、カケルはそれが己の使命であると言い放った当時のナルシス国王の頭を疑ったものだ。
 魔王とは、種族本来の限界を越えた上位種――超越種の一つであると伝えられている。
 老いを知らぬ肉体。種としての限界を越えた怪力。雑多な鬼才天才を纏めて比べようと比較にならない莫大な魔力保有量。

 それら全てを兼ね備えた超常の生物。それが超越種であるのだ。
 本来ならば並外れた魔力素養を持つ者が突発的に至る境地であるのだが、魔族という枠組みの中にその通説は当てはまらない。
 魔族の中でおいて超越種とは、現存の魔族の中で最も魔王に相応しい者が突然変異するが如く唐突に至る現象なのだ。

 そして、そう、魔族だ。獣人を越える俊敏性と竜人相手に正面切って殴り勝つ怪力を誇り、その上でエルフ以上に長寿で、人とは比べるべくもない莫大な魔力を生まれ持った種。
 そんな恐ろしい種族を、さらに越えた存在。それが魔王である。

 正直、カケルは出来る訳がないと思った。心底から無理だと叫びたかった。
 しかしそうは許さないのがナルシスだ。彼等は魔族から受けた被害の有り様を見せ付けるようにカケルへ提示し、民を扇動し彼を勇者として祭り上げた。
 勿論、飴もあった。カケルも所詮は思春期の純情少年だった。その上で自国の姫や貴族令嬢、メイドや村娘、その他諸々と――十人十色の美女美少女に持て囃され嘆願されれば、次第にやる気も出てくるというもの。

 彼は召喚の儀の際に手に入れた勇者が勇者足る証明である聖剣の力を使い、死に物狂いで戦った。
 戦って、戦って、時に異世界の美女美少女ときゃっきゃうふふしつつ、そうしてやがては当代の魔王を倒した。

 その時のカケルが抱いた達成感は、筆舌に尽くし難いほどに途方もなかった。
 かくして彼は自身が自作自演の演劇を演じる哀れな道化だったと気付かないまま、ナルシスへの凱旋を果たし――

 そうして、裏切られた。







「空が紅い……?」

 カケルは、山脈の山頂から空を見上げていた。
 隠れ家に置いてある魔導具が誤作動を起こしていなければ、今は朝日が登り始めたばかりの早朝であるはずだ。
 空は、雲一つもなく禍々しい深紅に染まっていた。まるで真っ赤なペンキを塗りたくったかのような色合いだ。
 朝日はない。血のような赤に大空が閉ざされていた。
 仮に昼であろうと、夜であろうと、こんな空の景色はありえないだろう。隠れ家の周囲に張り巡らした魔導結界に異常を感じて外へ出てきたカケルは、見晴らしの良い山頂で事態が自身の想定よりも深刻なものであると察した。
 お役御免とばかりに掌を返し自身を裏切ったナルシスが、知古の力も借りて姿を眩ましていた己を補足し追っ手の一つでも差し向けてきたのかと、先程まではそう考えていたのだが。

「これは、まさか――!?」

 カケルは空が紅く染まる現象に心当たりの一つでもあったのか。ハッとした表情で顎に手を当てた。

「もしかして、アレ(・・)なのか……? だがありえん。まだ原作(・・)は始まってもないのに――」

 冷や汗を垂らす。カケルは脳裏に芽生えた最悪の可能性に危機感を抱き、注意深く周囲を観察しようとして――
 どぉんと、山脈の麓から山頂にまで届くほどの爆音が轟いた。
 山々が震える。不意な大地震の如き揺れに思わず体勢を崩しかけたカケル。
 轟音の鳴った方角へ目を向ければ、麓にある林から空へと立ち上る幾重もの紅い極光。それと相対するように、縦横無尽に中空を駆ける光り輝く数多の剣――聖剣の群。
 深紅の煌めきと衝突を繰り返す聖剣の群を見て、心臓が縮まるほどの驚愕と共にカケルは呟いた。

「聖女……? シェーネさん、か?」

 聖剣は、当代の勇者一人につき一つだけ与えられる神聖な代物だ。
 その発祥を辿ろうにも世俗は多肢に分岐しており、曰く神の遺品。あるいは神意の具現。もしくは神そのものであると――不確かな説は数あれど、その起源は未だ明らかとなっていない。
 それでも、一つだけ確かなことがあった。前記した通り、聖剣とは一人の勇者につき一つしか与えられないものなのだ。

 ただ一人の例外を除いて。

 千年前に起こった大戦より、さらに過去の遥か古代から存続しているとされる一人の人物がいた。
 ナルシス王国の情報操作により、代々の勇者を聖剣奪還のために謀殺している罪人だと認知されている超越種の一人。人呼んで聖剣狩りの聖女、シェーネフラウ・ハイリゲ。
 勇者殺しの汚名を着せられ表舞台から身を引いた彼女だったが、シャハテル大陸の最東に位置する小規模な国の連合――フォルク連邦を筆頭に、未だ彼女を聖女と崇める地域は多い。
 ナルシス王国の国内においてもそれは変わらず、各所に点在する教会はその全てが彼女の影響下にある。

「助太刀しなければ……!」

 カケルは歴代の勇者の中でも優れていると諸人に言わしめた自らの聖剣――イェソドを具現化し、聖剣の力を借りて自身の肉体を一次元上の存在に作り替えた。
 聖剣に備わる基本能力の一つ。一時的な超越種化だ。
 そうしてその上で自身に魔力的身体強化を施して、山頂から極光が次々と立ち上る麓まで跳ぶ。

 極光は、空と同様に血のように真っ赤な色合いを湛えていた。
 散発的に撒き散らされる直径二メートルほどの球体が、極光の間を飛び交う聖剣と衝突。弾き飛ばした。

「あれはバレットか? なんてでたらめな……」

 遠目に見えた光景に、思わず慄くカケル。バレットもそうだが、それ以上に脅威なのはやはりあの極光だ。前世の創作物でありがちな極太のレーザーそのものであるその極光は、飛来する聖剣を叩き落とすだけに留まらず焼き焦がし、跡形もなく焼失させていた。
 そうこうしている間に、麓へ降り立ったカケル。カケルは己が身を眩ます支援をしてくれた恩人――シェーネフラウ・ハイリゲの気配を察して、ただちにその場へ直行した。

 シェーネの近くには、どうしてかとても禍々しい莫大な魔力反応があった。
 聖剣の力により拡大したカケルの知覚は、近付いては離れて接近しては距離を取ってと高速で交差し続ける二人の存在を正しく補足していた。
 最早、言うまでもない。カケルの恩人たるシェーネは何者かと戦闘している。
 次々と打ち鳴らされる爆音はその戦闘の程が如何に苛烈なものなのか、目で見ずともカケルに知らせてくる。
 カケルは、胸を突き動かす焦燥に危機感を覚えずにはいられなかった。もし自身の憶測が――最悪の可能性が実現していたのだとしたら。

「手遅れになる前に……!」

 シェーネはきっと、其に勝てないだろう。殺されてしまうだろう。間違いなく、確実に、絶対に。
 シェーネフラウ・ハイリゲが聖女と呼ばれる由縁。それは彼女の人間性以上に、シェーネが保有する稀有なスキルが関係していた。
 カケルにしてみればそれを差し引いても充分過ぎるほどに聖女だと――善人であると主張したいところではあったが、それはともかく。
 現存する中で最も強力なスキルとも称されるシェーネの偉大なる聖母(マリア)は、死した勇者の聖剣を擬似的に創造、使役し、歴代の勇者の力を一身でもって統べる隔絶した力を持っている。

 それが故にナルシスのみならずセントラルタウンに本拠を構えるギルドや、大陸の北方を統べる魔族、その他諸々の勢力から尽く危険視されているのだが。
 そうでありながら善人としての心を失わず、力に溺れることもなく、種族人種問わず皆が幸せになれば良いと願い続ける乙女。それがシェーネだ。

 カケルがこの異世界において最も恩を感じ、助けとなってくれて、今なお淡い好意を抱いている存在でもあった。
 目を瞑れば鮮明に思い浮かぶあの日の情景。ナルシスの裏切りを受けて精神的にも肉体的にも疲弊していたカケルは、追っ手からの逃亡の只中で不覚を取り、生死の境目をさ迷っていた。
 そこに助けを出してくれたのが彼女だった。この異世界で得た知人友人恋人、その尽くがカケルを裏切り口汚い非難中傷を投げ付けてきた中で、彼女だけは自分に変わらない笑顔を向けてくれたのだ。

 決して、華やかな笑顔ではなかった。見ているこちらが痛々しく思えてくるほどに、沈痛そうな表情だった。
 それでも確かにカケルへ笑いかけたシェーネは、慈悲に満ちた声で嘆くようにこう言ったのだ。

 ――神が貴方を見捨てようと、私はカケルさんを見捨てたりはしません。どうかお気を確かに……貴方はここで、死んで良いような方ではないのですから――

 そう言って彼女は、セントラルタウンのダンジョンから持ち帰られたという高価なポーションをふんだんに使い、生死の狭間にいたカケルの傷を癒した。
 吊り橋効果もあったのだと思う。それでもカケルはそんな彼女に、シェーネのことが――

 永遠とも思えるほどに長く感じた疾駆。その果てに、カケルは戦闘の起こっている場へと辿り着いた。
 林は薙ぎ倒され、土は捲り返り、今なお深紅の極光が立ち上ぼり続ける苛烈な戦場。
 そこでは、今まさにシェーネが重傷を負う直前の光景が繰り広げられていた。

「無駄無駄無駄ぁ! そんな玩具(オモチャ)でオレを傷付けられる訳がないだろぉ!? 聖女ぉ? はっ、所詮は居もしねぇ神のくそったれな愛玩人形(オナホール)だろうがよお! ああああ゛あ゛目障り目障り不快不愉快見てるだけで苛ついてくるううう! ぶっ壊す! それ(・・)は全部ぶっ壊す! オラ! おかわりの時間だぜええええ!?」

 絶え間なく放たれる聖剣が複雑な軌道を描き、眼前の敵を滅ぼさんと差し迫った。しかしその全てが尽く対処されている。
 思わず苦々しく唇を噛んだシェーネ。彼女が争っている相手は、年端もいかぬ少年だった。薄汚れた灰髪は伸びきっており、まるで女児のような長髪になっている。
 瞳は極光や空と同じく鮮血の如く赤黒い色で、身に纏うローブもまた同様だ。
 右手に握るのは半ばで折れた直剣。左手には矛先の欠けた短槍。そのどちらもが聖剣とは比べようもない粗悪な武器である。

 そのはずが、少年が手に持つ凶器は紅い煌めきを纏い、飛来する聖剣を次々に弾き飛ばしている。
 あんなもので聖剣と打ち合うなどふざけている。カケルはそうと慄く前に、思わず目を見開いた。

「く、ぅ――!」

 戦闘の只中であってなお、シェーネの苦しげな呻き声がカケルの耳へ届く。
 清らかな白髪を翻しながら、大きく後ろへ跳躍したシェーネ。その直後に直前まで彼女がいた場所へ魔弾の雨が降り注ぐ。魔弾の雨は炸裂音と共に弾けて、大量の土埃を舞い上げた。
 驚くべきことに、あの少年は聖剣による猛攻へ対応しながらも苛烈に攻め立てる余裕があるようだ。逆にシェーネは少年の攻勢を躱すのに必死で、カケルの存在に気付いてすらいないようだった。
 その光景を呆然と見やるカケルの視線の先で、少年から殊更莫大な魔力反応が立ち上る。

「無惨に死に絶えろ――滅びの究極魔砲(アルテマ)ァ!」

 まるで鈍痛を耐えるように、頭を掻き毟る少年。その背後に、超高密度の魔力の塊が現出した。その数は七。
 球体はその一つ一つが、都市一つを容易く消し飛ばすであろう埒外の魔力が込められている。直径五メートル程もある球体の表面を、雷鳴の如く迸る深紅の魔力光が駆ける。
 滅び。その単語を聞いて、カケルは憶測が――最悪の可能性が実現していたのだと、確信した。

 少年は唱う。

七重駆けて迸れ(セプテット)地獄の七柱(ヘルセブンス)ゥ!」

 直後に、球体から七つの極光が投射される。その一つ一つが都市一つ容易く滅ぼせる代物だと言うなら、それは即ちこの魔法が一息の間に小国を世界地図から掻き消すほどの規格外を秘めたることと同義。
 七つの極光が向かう先。埒外の脅威と相対するシェーネは噛み砕かんばかりの勢いで歯を食い縛り、己がスキル――偉大なる聖母(マリア)の集大成たる切り札の一つを切った。

「天に召します我等が主よ。願わくば、狭小なる我等に偉大なる貴君の加護を――」

 辺り一帯を無作為に旋回していた聖剣群が、誘われるように彼女の元へ飛来した。
 聖女の祝言に導かれシェーネの周囲を囲い滞空した聖剣群。その一つ一つが急速に輝きを強め、目が眩むほどの目映い煌めきを発して――
 キッと、曇りない輝きを灯す眼で差し迫る滅びの極光を睨み付けたシェーネは、襲い来る脅威と相成すように色とりどりの虹色の極光を聖剣群より放出した。

無限を(アイン)彩る(ソフ)神の威光(アウル)!」

 両者の埒外の攻勢はその狭間で衝突。拮抗――することもなく、七つの紅が虹色の極彩を突き抜け、食い破った。
 その結末を理解していたのだろう。ほれ見ろとばかりに愉快げに口端を歪めた少年。

「だから言っただろうがよぉ!? てめぇ如きの儚い抵抗でオレを押し留めるなんざぁ無茶無理無謀の無駄な抵抗なんだってなぁ! いーひっひぃっ、死んどけぇくされ女ァ!」

 勢いを弱めることもなく直進した七つの極光は、そのままスキルの反動で動けないシェーネに向かって――
 カケルは思わず、飛び出した。聖剣イェソドの力を発揮し、魔王と相対した時よりも、あるいはそれ以上に自らを鼓舞しながら。







 勇者とは、偶像だ。政策の上で踊らされる傀儡でしかない。
 定められた茶番を演じ、その果てに悲劇の末路を辿る愚者。
 しかしそれでも確かに、人々は歴代の勇者に苛烈な光を見出していた。猛烈な憧憬を抱いていた。何故なら勇者はどれだけ薄汚れようと、確かな光を――希望を、困難に喘ぐ無辜の民達へと総身でもって示し続けたのだから。

 だとしたら勇者の対と言うべきは魔王ではなく、絶望だと言えるだろう。光と闇が相対するように、あるいは正義と邪悪が対を成すように――

 何事にも、対となるモノがこの世には存在するのだ。
これにて二章は終了です。疑問などありましたら遠慮せずお聞きくだされば幸いです。

『(活動報告に記載していた)三章予告』


 今のユーベルは人と怪物のどちらなのか。トイフェル死亡の報せを受けて揺れ動くセントラルタウンの情勢。今が好機だとグリードの勢力を削ぎ落としにかかる数々のパーティと、トイフェルの後釜を狙い彼の暴君を味方につけんとすり寄ってくるグリードのメンバー達。王女来訪に向けてよりいっそうの支援をユーベルに行うギルド。

 何かが変わった生活の中で、ユーベルはある噂話を耳にした。曰く――死んだはずの死者が、セントラルタウンの街中を闊歩している。
 そんな話が街中を駆け回っていた。「阿呆らしい」とでたらめな噂話を一笑に伏すユーベルだったが、後日彼はセントラルタウンの片隅で見覚えのある栗毛の少女と遭遇して――

 邪悪に魅いられた凡人と、悪魔を渇望した亡者。人の常軌から逸した二人の異端者による、誰のためにもならない凄惨な狂宴が始まる。
 狂気が彩る月夜の下で、最後に嗤うのは果たして誰だ? 全ては、悪魔の掌の上で――




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