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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第二章[エーイーリーの童子]

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2-10/呪いは此処に

 ホーゼ領が焦土と化した。その報せは自領から逃げ出したユーベルを追い、人知れず密偵を差し向けていたエルンスト派閥の者の手によりシャハテル大陸全土へ広がった。
 風の名門ホーゼが血筋と共に受け継いできた栄光の架け橋が途絶える原因となったホーゼの悲劇の顛末を知り、今なお悪名を高め続けるユーベルへの恐れを強める者もいれば、所詮他人事だと好き勝手に憶測を嘯く者もいた。

 悲劇の始まりは、とある農村が禁呪デスパレードによって炎上し、そこへ住まう村人諸共に灰となってしまったことだった。
 その後日、ホーゼ領の中心であるホーゼ市街が超大規模の魔法攻撃――魔弾の雨により瓦礫の山へと変貌を遂げる。
 生き残ったのはホーゼの名主であるオーデム・ホーゼと、その息子であるヴィント・ホーゼだけだった。

 悲劇はそれだけでは終わらない。ホーゼ市街を僅か一夜で壊滅させた彼の悪名高き賞金首――童子姿の怪物(モンスターチャイルド)・ユーベルは、それからホーゼ領に存在する人々の集落へ散発的な襲撃を繰り返す。
 毎日毎日、何度も何度も。

 最早人っ子一人たりとも生存させてはやらないといった苛烈さで行われた無差別な襲撃は、ホーゼ領に住まう人々が尽く生き絶えるまで延々と続けられた。
 土地を捨てて命からがら逃げ出したオーデム・ホーゼは、その後ナルシス王国の王へとお目通りするべく一人王都へと向かった。
 息子であるヴィントとは逃亡の道中で運悪くはぐれてしまった。ヴィントはあまりにも唐突な状況の変化に混乱しつつも何とか人のいる場所に――セントラルタウンへと辿り着くが、それをオーデムが知るのは全てが終わってからのことだった。

 王都に到着したオーデムは、すぐさまに王への謁見を願い出た。
 事態の顛末。彼のおぞましき怪物が如何に脅威的な存在であるのか。この一件の裏で暗躍した亡者への糾弾、及び断罪の要求。
 伝えなければいけないことが山程あった。一人はぐれてしまったヴィントのことが心配ではあったが、オーデムは可愛い一人息子を信頼していた。

 ――あの子は強い。きっと、一人でも生きていける。

 その信頼が結実し、ヴィントはやがてセントラルタウンにて旋風の異名と共に勇名を轟かせることとなるが、それはともかく。

 急ぎ足で王宮に向かったオーデムを待っていたのは、禁呪使用の疑いと領地を見捨てたことを糾弾され、貴族の資格をズィーナル国王直々に剥奪される冷酷な現実だった。
 オーデムは領地を見捨てたことを認めて深い懺悔の念を吐露したが、禁呪の使用など身に覚えもなければ知ったことでもない。
 そのはずが、ホーゼの悲劇。その始まりである農村炎上の首謀者としてオーデムは仕立てあげられていたのだ。

 例え禁呪に手を染める咎を犯しても、彼の悪名高き怪物を焼き払うことに成功すればそれを差し引いてもとてつもない名声が得られる。

「そう考えて、欲に目が眩んだのでしょう。何と度し難い……。その結末が王より賜れし領地を見捨て、破滅の憂い目に合わせることとはな。見損ないましたよ。オーデム卿」

 玉座の間にてそう言ってオーデムに冷たい眼差しを向けたのは、ホーゼに勝るとも劣らない名声を持つ大貴族の名主――ファルシュ・ゲシュペンストだ。
 彼は続けるように「童子一人に歯が立たず、微風吹かす名家ホーゼ……くくっ、つくづく情けない。その様では貴族の資格をなくされても仕方がないですな」とオーデムへの嘲りを口にした。

「くっ、どの口でそんなことを! そもそもがあの悲劇は、裏で貴様が――」

 先祖代々受け継がれてきたホーゼの名誉をバカにされて、屈辱を感じたのだろう。瞳を充血させて怒りを露にするオーデムだったが、しかし彼が声に出した糾弾は最後まで語られることもなく、玉座の間までやって来た衛兵の手により、オーデムは王宮から叩き出された。








 ホーゼの没落。その報せがナルシス王国の貴族界を賑やかしているとも知らないユーベルは、壊滅したホーゼ領を抜けて北へ北へと足を進めていた。
 何か目的があった訳ではない。それでも確かな足取りで、あたかも何かに誘われるように北へ――セントラルタウンへと向かっていくユーベル。
 その歩を、止める者がいた。

「こんにちは」

 ホーゼ領から抜け出て、しばらくも経っていない時だった。
 草原を横断する街道を我が物顔で歩いていたユーベルは、北の方角から来た旅人らしき者の声を受けて、足を止めた。
 旅人の身を覆うのは、野暮ったい厚手のローブだ。目深に被ったローブのフードのせいで、顔の造形は見て取れない。

「……誰だてめぇ」

 ()、なのだろうか。中性的なハスキーボイスに、身体を覆う分厚いローブ。その二つのせいもあって性別の判別に苦慮したユーベルだったが、ホーゼの悲劇を経てよりいっそう鋭敏と化した彼の知覚は、骨格や筋肉の僅かな動きを察して旅人が女の身であると判断した。
 ホーゼ壊滅の報せを知り、ホーゼ領の近辺に住処を持っていた者達は散り散りに逃げてしまっている。そのせいで人気のない街道に、若々しい女が一人。

「うーん、そうだね……旅の者、かな。そういう君は彼の悪名高き童子姿の怪物(モンスターチャイルド)――ユーベル君で、合ってるかな?」

 顔の大半を隠すフードの下からは、歪な弧を描く笑みが覗き見えた。
 ユーベルはにこにこと笑う女の態度が癪に障ったのか、忌々しげに顔を顰めて舌打ちを一つ。血塗れのローブに括り付け、背中に背負っている矛先のかけた短槍へと手を伸ばした。
 その様を見ても、女は笑ったままだった。醜悪ににこにこと、歪にけたけた、さも愉快げにからからと――
 見ているだけで不快な気持ちを抱かずにはいられない、あまりにも醜い笑みだ。

 ユーベルは手に取った短槍の矛先を何の躊躇いもなく女に差し向けて、嗜虐心が満ち溢れた破滅的な三日月を頬に描いた。

「だったらどうする? 首でも狙うか? 目障りな羽虫が……誰に口を聞いてやがる。恐れろ。怖れろ。畏れろよ。オレは邪悪。常世に悪厄を招く者……! 有象無象如きが気軽に口を聞いて良い存在じゃあねぇんだよ!」

 にやりとそう嗤ったユーベルは、自らが女にも負けない醜悪な笑みを浮かべていると気付いていたのだろうか。
 奪え。壊せ。殺せ。ユーベルは脳裏にてそう囁きかけてくる邪な囁きに、最早抗う気をなくしていた。
 ホーゼの悲劇で高まった失意が、ついに不安定な境界の上で揺れていたユーベルの――否、現代日本で過ごした前世の記憶によって構成されていたアルクという人格を崩壊させたのだろう。
 望むがままに奪え。思うがままに壊せ。ユーベルは己が身に巣食う衝動に反発することもなく、己に声を掛けた謎の女の胸ぐらを掴んで――







 それから数週間後。ナルシス王国が誇る最精鋭、第一魔導騎士団の団長であるデーケン・エルンストは、地平線の彼方から姿を見せた童子を視覚範囲を広げる魔導具越しに見詰めた。
 思わず、息を呑む。

「いったい何が起こっている……?」

 ホーゼ領とセントラルタウンの間にあるとある領地にて。デーケンは王直々の勅命を受けて、ナルシス王国の国内において数々の暴虐を繰り返した大罪人である童子姿の怪物(モンスターチャイルド)討伐のため、第一魔導騎士団に属する千にも及ぶ兵隊を率いてユーベルを待ち構えていた。
 正直、勝てる気がしない。デーケンは心の底からそう思っていた。

 彼には魔導師として、他とは一線を画す類い稀な才能があった。
 それがあるからこそ位の低い貴族でありながら第一魔導騎士団の団長という誉れ高き役職まで成り上がることが出来たのだが、デーケンはここに来てその才能を――俗にスキルと言われる稀有な力を恨まずにはいられなかった。

 デーケンはスキルの中でもポピュラーな部類である、魔眼という代物を生まれ持った男だった。
 精霊の眼。そう呼称されるその魔眼は、世界を構成する高次元の情報体――精霊への魔力的な干渉を視覚を介して把握することが出来るスキルだった。
 これのおかげで魔法の効率的な使用や、魔法使いとの戦闘における行動の先読みなどが可能となる。デーケンは対魔法使い戦において自らを優位にさせる精霊の眼を十全に使いこなしており、魔法使いと戦って負けたことなど今の今まで一度たりともなかった。

 そんな輝かしい栄光を自らに歩ませたスキルを、何故今になって恨むのか。その原因はデーケンの視覚を共有することが出来れば、すぐさまに理解出来ただろう。

「精霊が、食われて――いや、滅ぼされている?」

 望遠鏡の形をした魔導具は、遥か遠くから悠々と歩み寄ってくるユーベルの顔の造形まで鮮明に映し出している。
 人間味を感じさせないほど、破滅的に歪んだ笑み。鮮血の如くどす黒い眼はただ虚空を映すのみで、遠方にて陣を構える第一魔導騎士団のことなど一つも意に介していないようだった。
 弧を描く口元が、時折動いている。独り言か、魔法の詠唱だろうか。デーケンは、生憎とそこまでは把握できなかった。デーケンは瞳に映る異様な光景に注意を奪われていて、だからこそ――

 直後にユーベルが行った凶行に対して、反応が遅れたのだろう。

「団長! 先方に動きあり! とんでもない魔力反応です。阻害結界が意味を成してません! 団長、どうされます!? デーケン団長!」

 遠方でありながら身体が鉛に変えられたかのような重圧が、第一魔導騎士団の一同に襲い掛かった。
 視覚化するほどの高密度の魔力の迸りが、ユーベルから立ち上る。渦を巻く紅の魔力光は空を穿つ柱となり、天高くまで突き抜けた。

「この魔力反応……まさか究極魔砲(アルテマ)!? くっ、団長! 最早一刻の猶予もありません。戦略級魔術の使用許可を――」

 デーケンには見えていた。ユーベルが無意識下で放つ魔力の迸りが、精霊を――彼の周囲に飛び交う数多の情報体を次々に滅却している光景が。
 精霊の滅びとは、即ち世界を構成する要素が破壊されることと同義だ。
 そんなことが、あるいは禁呪に比するほどのそんなふざけた所業が、無意識下で垂れ流される魔力の放出によって行われている。

「ありえん……何だ。あいつはいったい、何なんだ――――?」

 魔力そのものが破滅という特性を兼ね備えているのだろうか? デーケンはそう推測した。あまりにも得体の知れない存在だった。魔力がそういった性質を秘めていると言うなら、なるほどユーベルを童子姿の怪物(モンスターチャイルド)と言わしめる規格外の力にも納得がいく。
 奴は禁呪の塊なのだ。滅びという概念に特化した人ならざる怪物。破滅を齎すことを運命づけられた化け物。
 デーケンはユーベルに対して、心底からの恐怖と同情を感じずにはいられなかった。軍の調査により把握した情報によると、彼は生まれながらにしてその力の片鱗を見せていたという。

 そしてその力が、彼から何もかもを奪い去ったのだと。

 程度は違えど、同様に人並み外れた力を――精霊の眼を生まれ持ったデーケンは、ユーベルの境遇を思い哀れみを抱かずにはいられなかった。
 力を律することと、力に振り回されることは同じではない。デーケンは力を律し、己の糧とすることに成功した。

 だが、彼は果たしてどうなのだろう。それほどまでの力を、人のままに御しきれなどというのはとんだ無理難題なのではないだろうか。
 遠くで少年が笑っている。虚無を映す眼で空を見上げ、壊れたように笑い続けていた。
 彼から立ち上る魔力は、上空にて分散し七つの球体を作り出した。直径五メートルほどもある球体の表面を、雷鳴の如く迸る魔力光の煌めきが覆っている。

「団長! だんちょおおおおおお!」

「うわあああああ!」

「止めろ! 押すなぁ! 犬死にするならお前がしろお!」

 千人にも及ぶ精鋭が――第一魔導騎士団の団員の尽くが、あまりにも規格外な魔法行使に恐れを成して逃亡せんとした。
 球体から放たれたのは七つの極光だった。本来(・・)ならば精霊の補助を受けて高密度、高純度の属性魔力を放射する究極魔砲(アルテマ)と呼ばれる最高位魔法だ。
 しかしたった今放出された極光は、既存のどの究極魔砲(アルテマ)とも異なる代物であった。本来魔法行使を補助するはずの精霊すら尽く死に絶えていくのだ。つまりはそう、少年は独力でこの大魔法を繰り出している。そうでありながらこの威力。この異様。

 それは正しく、究極の滅びとでも言うべき超常の暴力であった。
 少年は、相も変わらず笑ったままだった。今まさに理不尽の極致に晒されて死に絶えていく魔導騎士団の面々。その悲惨な有り様が愉快で仕方ないと言わんばかりに、破滅的な嗤いを浮かべている。
 まるで力に溺れた怪物だ。嗚呼、何と救い難い――

 哀れみと恐れを胸に抱いたまま、デーケンは降り注ぐ極光に呑まれていった。
 この一撃により司令塔と団員の大半を失った騎士団は、続く様に放たれた広範囲に及ぶ魔弾の雨が決定打となり壊滅。
 千人もいた精鋭の中で、生存できたのは僅か一人。知古の協力を得て内密に遠征へと参加していたデーケンの一人娘――フェリエラ・エルンストだけだった。

 かくしてエルンストの猛追。その結末を飾る第一魔導騎士団の壊滅が齎される。
 ナルシス王国の軍閥はこれにより大規模な編成を行う羽目になり、軍の花形として衆目を集めていた第一から第五に及ぶ魔導騎士団は事実上の解散。
 魔導騎士団に属していた人員は、今こそ長年対立し続けてきた派閥間の軋轢をなくし団結するべきだと――第三魔導騎士団を率いていたツィルクス・ゲシュペンストの下へ一纏めに組み込まれることとなった。
 ファルシュの弟であるツィルクスは、護国兵団と名前を新たにした四千を越える兵隊を率いて、その後ナルシス王国で名声を高めていったという。


 そしてその年に――ある青年による単独での七十階層突破。ナルシス王国が行った新たな勇者の召喚。迷宮都市への王女の来訪など、様々な思惑の下に情勢が蠢く動乱の時代から六年前――
 セントラルタウンへ、彼の悪名高き童子姿の怪物(モンスターチャイルド)が足を踏み入れた。







「いひ、ひひひ! そんな様で何が出来る? そんな体たらくで何を成せる! 害敵(オレ)を排除するんじゃなかったのかあ!? なぁ――」

 セントラルタウンの北西にある豪奢な見映えの洋館――あるいは洋館だったと言うべき瓦礫の山の上。そこに倒れ伏す無精髭を生やした中年が、ローブ姿の少年に頭を踏みにじられていた。
 嗜虐的な笑みを携えて中年の頭を踏み締める足をぐりぐりと動かした少年は、血のようにどす黒い瞳を輝かせて足元にいる中年を愉快げに見下ろす。

「小便まみれのドルヒくぅん!」

「ぐ、ぅ……この、化け物めぇ……! お前は殺す。お前だけは俺の手で必ずぶっ殺してやる! よくも仲間を……よくも罪なき人々をお!」

「そう吠えるなよ、負け犬。お前が何を言おうがそれは力なき者の戯言に過ぎねぇ! くくっ、不様不様不様不様ァ! いーい気味だなぁ? ええ……どうだぁ? 仲間の仇を前に成す術なく地べたに這いつくばる気分ってのはよぉ! ひひ、あーひゃっひゃ! ちなみに言うと、今オレはとっても良い気分だぞぉ? 愉快で愉快でたまんねえ!」

「くそ、ちくしょうがっ……今に吠え面かかせてやる! 許さねぇ! お前は絶対に、許さねぇぞ……! 童子姿の怪物(モンスターチャイルド)おおおおおおお!」

 四十代初頭の男――三大パーティの一角に名を連ねるブラッドナイトの長にして、ここセントラルタウンにおいて迷宮都市四天王の一人として高い名声を持っている血塗れのドルヒと呼ばれる男は、自身の頭を踏みにじる憎き仇敵を射殺すかのような眼差しで睨みつけた。
 真っ赤に充血して瞳孔が開ききった、まるで獣の如き眼だ。その中で燃え上がる怒りと憎悪によって彩られた殺意を間近で受けながら、少年はよりいっそう笑みを邪なものへと変えた。

 事の発端は何だったか。セントラルタウンの周囲を囲う外壁。そこに設けられた門から堂々と街中に踏み入ろうとしたユーベルを引き留めた門番。その勤勉な門番をちょっと痛め付けたことだろうか。
 それとも街中で襲い掛かってきたナルシス王国の貴族を人の往来の真っ只中で血祭りに上げたことだろうか。
 あるいは無断で迷宮内に押し入ろうとして、それを止めようと注意を促してきたギルド職員や他探索者を見せしめに懲らしめてやったことかもしれない。

 こんなこともあった。セントラルタウン来訪から数日後、探索者登録をしようとギルド本部に足を踏み入れたユーベルだったが、彼の異名を気にしてだろう。「私の権限では承諾しかねます。上の判断を仰がないと」と言って難色を示した受付嬢。
 自身の意に逆らう受付嬢の態度を不快に思ったのだろう。ユーベルはその後日、ギルド本部から帰宅途中の受付嬢を襲い、人気のない路地裏で彼女に暴行を振るって廃人に追いやった。
 ギルドは所属する職員を手厚く保護する姿勢だと言う。流石にここまでやれば何かと難癖をつけられるかもしれない。そう考えたユーベルは、そこにたまたま通りがかったある探索者のパーティを脅し、廃人と化した受付嬢を襲わせて彼等を暴行の犯人に仕立てあげた。

 勿論、セントラルタウンの隅々まで目を光らせるギルドの監視により、凌辱の全てがユーベルの手により行われたものだということは筒抜けではあったが。
 ユーベルとしても、心の底からギルドとの対立を厭っていた訳ではない。不運なパーティに罪を擦り付けようとしたのも、所詮はお遊びの域を出ない気紛れの一環である。

 不思議と、ギルドは本腰を上げてセントラルタウンからユーベルを追い出そうとはしなかった。
 最早過去の出来事となった、ブラッドナイト等を筆頭とした有力パーティによるクリミナル壊滅。それ以降ゆるゆると流れ続けていた平穏の日々。その崩壊の兆しを察したのだろう。一部の商人や住民などは、セントラルタウンに脅威を及ぼす怪物(ユーベル)に対して動きを見せないギルドを見限り、セントラルタウンから離れ遠方へと旅立っていった。

 それと代わるように、セントラルタウンへ訪れる者もいた。
 ゲシュペンストの席巻に嫌気が差してか。ナルシス王国から逃げ出し、熱い人望を持っていたデーケンの――あるいはそれ以外の同士達の仇打ちのためにと、ユーベルの首を目当てにセントラルタウンへ来訪した元ナルシス軍閥の者。
 住処や大切な者を奪われ復讐者と化した者、ただ単に懸賞金欲しさにユーベルの命を狙う者。

 ユーベルの首を狙って、様々な者がセントラルタウンへ来訪した。
 そうしてやってきた者達は憎しみや怒り、欲望に目を曇らせて、大通りの最中であろうと構わずユーベルへ襲い掛かった。
 あるいはここで刺客の殺意を受けてユーベルが死に絶えていたなら、こうはならなかったのだろうか。ユーベルは襲撃してきた者の尽くを圧倒的な暴力によって撃退する。
 時に近隣の民家を壊しながら、時に不運にもその場にいた住民を巻き込みながら――


 それでもギルドは動かない。三大パーティの合同により成し遂げられた第四十階層の突破。その偉業によって高まった人々の熱気が、街に巣食った邪悪(ユーベル)への恐怖で日に日に蔭っていく。
 意を決して彼の怪物へ「出ていけ」と声高に叫んだ住民もいたが、ユーベルが素直に言うことを聞くはずもなく、後日その住民は目玉を抉られた上でセントラルタウンの外壁の外へと放り投げられた。

 盲目となった住民はその後とある悪漢に――未来のグリードのメンバーとなる男に掴まり、不当な経緯を経て性奴隷の一つとして売られていくのだが、それはともかく。
 そうして無法を繰り返すユーベルに対して、先んじてセントラルタウンへ辿り着いていた彼と因縁のある青年――ヴィント・ホーゼが反旗を翻そうとしたまさにその直前に、それは起こった。

 思えば、必然だったのだろう。彼等は悪を許さない。今の今まで動かなかったことこそ不自然とまで言える。

 ブラッドナイト。クリミナル壊滅の立役者である血塗れのドルヒ率いる一団が、ギルドからの制止を振り切りユーベルをセントラルタウンから駆逐するべく動き出す。
 ドルヒは怒りで頭が一杯だった。何の意図があってか、ユーベルとの決定的な対立を避けようとするギルドの――ギルドマスターの意に背いたのも、全てが全てその身に秘めたる義憤によるだろう。
 ドルヒは理不尽を嫌っていた。そして同じように悪党を憎んでいた。
 その根本にあるのは幼い頃の悪夢。中堅の探索者として活躍していた己の父と母が、クリミナルの悪辣な魔の手に引っ掛かって奴隷の身分へ落とされたことだろう。
 幸運にもクリミナルの魔の手から逃れたドルヒは、その後知人の助けを受けながら成長し、ついには三大パーティの一角であるブラッドナイトの一員にまでなった。

 探索を続け貯蓄を重ねたドルヒは、そのお金を使って奴隷としてどこぞの道楽貴族に売られていた父と母の情報を掴み、買い戻そうとした。
 しかし全てが遅かったのだろう。青年へと成長したドルヒが再会できたのは、至るところに傷が出来て、焼けごてで屈辱的な文字を刻まれた母のみだった。
 父はもう、死んでいたらしい。精神的に病んでまともに会話も出来なくなった母が途切れ途切れに口にした言葉は、ドルヒの胸中で燻る凄惨なまでに苛烈な熱――理不尽を振りかざす悪党への憎悪を高める要因となった。

 ドルヒはブラッドナイトに、あまり良い思いを抱いていなかった。あるいは逆恨みもあったのだろう。不埒な輩を懲らしめて街の治安を守り、さも正義の味方かのように善人面を取り繕う。そのくせしてセントラルタウンに巣食う害悪――クリミナルに対して消極的な姿勢しか見せないブラッドナイトへと、ドルヒは大きな不満を抱いていた。

 奴隷として人の尊厳を奪われた母との再会が、ドルヒから躊躇いを奪い取った。
 悪人を殺すことに躊躇う必要なんてない。周囲の反応なんて気にするべくもない。だからドルヒは手始めにブラッドナイトの長の座を力尽くで簒奪し、その後パーティの人員を悪人に対して積極的な殺意を向ける血塗れの正義の味方(ヒーロー)へと教育した。
 次に三大パーティの一角としての権力を使い、父を死に追いやり母をあんな目に合わせた道楽貴族に正当な罰を――死による償いを与える。

 下手をすればナルシス王国を敵に回していただろう。秘密裏に行われた事態を察したギルドから警告を受けもしたが、ドルヒは自分が正しいことをやったのだと信じて疑わなかった。故に、省みなどしない。
 後に血の粛清と呼称されることとなるクリミナルとの全面抗争に関しても、そうだ。

 ドルヒは声高に唱える。悪とは許してはならぬ存在。他者を食い物に明日の糧を得る、醜悪なる畜生。魔物と変わらぬ、人に仇為す害悪であると――
 故に滅びろ。貴様等は滅びて然るべき害敵(モンスター)だ。

 その後、数多くの犠牲を出しながら繰り広げられた血の粛清によって、ドルヒは人知れず愛を交わしていた女性を失うことになるのだが、それすらドルヒが悪党への憎悪を高める一因にしかならなかった。

 そうして、血の粛清から十四年が経った今、血に塗れた正義を掲げる殺人鬼集団。ブラッドナイトは、セントラルタウンに訪れた邪悪(ユーベル)を前にして再び立ち上がった。

 人々の平穏を脅かす悪党に反抗するその心意気は、確かに尊いものだったのだろう。正しいものだったのだろう。
 しかしドルヒは一つ、勘違いをしていた。最後に祝杯を上げるのは正義でも悪でもなく単により強大な力を持った者であるのだと、ドルヒはそうと理解しないまま血塗れの正義を振り翳し、その結果として今の状況へ至る。
 血の粛清以降のブラッドナイトの本拠となっていた洋館は破壊され、パーティに所属していたメンバーはドルヒを除き皆が死に絶えた。

 殺されたのだ。今なお邪な笑みを消さない邪悪(ユーベル)の手によって。

「お前だけは、お前だけはあああああああ゛あ゛あ゛!」

 瓦礫の山の上で、ドルヒは慟哭を上げた。彼は最後の力を振り絞り、反逆の牙を振り翳さんとする。
 生まれ持った固有技能(スキル)――虚影の軌跡(ファントムエスケープ)を使い、唐突にユーベルの足元から掻き消えたドルヒ。
 短距離転移だ。ユーベルの頭上に現れたドルヒはスキルの酷使による反動を気にする様子もなく、その後無作為に短距離転移を繰り返しユーベルを撹乱する。
 だが、所詮は空しい抵抗だ。ユーベルの背後へ現れたドルヒが、懐から取り出した短剣を振り翳した瞬間、ユーベルが後ろへ振り返った。
 まるでそこに転移することを理解していたかのような迅速さだ。ユーベルはドルヒが短剣を振るう前に先んじて右手を伸ばし、赤い魔力光を迸らせるその魔手でもってドルヒの顔面を鷲掴み――

 そうして足元に叩き付けて、再びドルヒを瓦礫の山へと埋もれさせた。

「が――はっ」

「虫取は得意じゃねぇが、ハエ叩きは得意なんだぜオレは。で、なんだ? お前だけはなんだってえ? ほら、もう一度吠えてみろよほら! わんわんわんわん負け犬らしくなぁ! ほら、ほらっ、ほらほらほらぁ! 鳴いてみろよお!」

 ユーベルは執拗に、ドルヒの頭を瓦礫へと叩き付ける。彼の怪力をもってすれば一撃で頭部を炸裂させることも容易いだろう。
 そうしないのは、彼がドルヒを甚振ることに愉悦を感じているが故か。

 ユーベルはドルヒの頭部を叩き付ける傍らで、ちらりと周りへ視線をやった。事態を察して駆け付けて来たのだろう。周囲では近隣住民などが人垣を作り上げ、長年セントラルタウンに貢献を続けていたブラッドナイトの最期を遠巻きに眺めている。
 頭領の首を取ることで、セントラルタウンに巣食っていたクリミナルの悪意に終止符を打った偉大なる英傑。その助けになろうと大急ぎでやって来た探索者なども少なからずいたが、彼等彼女等はギルドからの足止めをくらい人垣に近付くことすらさせてもらえないようだ。

「そこを退いてくれませんか? ギルドマスター……!」

 九十――いや、百名を越えるか。性別も年齢もまるで纏まりのない探索者の一団。その先頭には二十代半ばの若々しい身形の美女が立っていた。
 激流のマリエラ。若輩の身でありながら銀閃乙女の幹部にまで登り詰めた英才。類い稀なる水魔法への適性を持つ女傑だ。
 彼女に対するのは殺伐とした場には凡そ似つかわしくない、妖精の如く可憐な容姿の童女だった。

「嫌よ。何もかも巻き添えにして犬死にしたいのかしら? 見てわかるでしょう。歯向かってもムダ。屈辱に堪えて歯を噛み締めるのが、今の私達に出来る精一杯なの。だから、ね」

 ギルドマスターの背後には、黒装束で身を包んだ者が大勢控えていた。正規職員には任せられないギルドの汚れ仕事などを請け負う暗部であり、それと同時にギルドマスター直々に戦闘のいろはを教え込まれた私兵でもある。
 剣呑な雰囲気を漂わす暗部達を後ろ手で制しながら、ギルドマスターは言葉とは裏腹に屈辱など全く感じていなさそうな冷たい表情で「諦めましょう」とマリエラ達に告げた。

「それがギルドの総意だって言うんですか!? ドルヒさん達を裏切り、見捨てて! 理不尽な脅威から目を逸らすことが――」

 マリエラは、ギルドマスターの言葉に少しも納得していないようだった。彼女の言葉に続くように、探索者の一団から非難の声が上がる。

「見損なったぞ、ギルドマスター!」

「この冷血女! 何が大戦の英雄だ! 歳を重ねて目が曇ったか? 今こそ俺達は戦うべきなんだ!」

「そんなんだからいつまで経っても男を掴まえられねぇんだよ! この鬼ババァめ!」

 ピクリと、ギルドマスターの米神が痙攣した。小声での「気にしてるのに」という囁きは誰の耳にも届かなかったようだが、そうこうしているうちにあちらの方は――ユーベルとドルヒの方は、終盤へと差し迫っていたようだ。
 後方で巻き起こった絶叫の嵐に、ちらりと視線を向ける。直立する暗部連中や、悲鳴を上げる観衆の向こう側。そこにはドルヒの胴体へ足を掛けながら、その頭を強く鷲掴むユーベルの姿があった。
 まるで果実を摘むかのような仕草で、一息にドルヒの頭部を捥ぎ取るユーベル。吹き出た鮮血を体中で浴びた少年は、先程までの狂気的な興奮をどこへやったのか。興味を失った冷たい眼差しでドルヒの生首を一瞥してから、それをぞんざいに投げ捨てた。
 まるでゴミの如く放り投げられたドルヒの生首は、放物線を描いて瓦礫の山に落下する。邪魔に思ったのだろう。ユーベルは頭部を失ったドルヒの胴体を蹴飛ばし、彼方に追いやり、それから何かを察したかのように上空へ視線を上げた。

「うおおおおおおおおお!」

 そこには、剣を振り上げる若人がいた。向かう先はユーベルだ。億劫そうな素振りで空を見上げたユーベルは、上空から飛来する新たな襲撃者の存在を察してか、再び悪魔の如く歪な笑みを浮かべて――
 若人の後に続くように、駆け出したマリエラ達。ギルドマスターと暗部の横を通り抜け、人垣を飛び越え、彼女等は各々の思いを胸にユーベルの前に駆け付けた。

「……はぁ、本当に、何でわからないのかしら」

 その後ろ姿を見遣るギルドマスターの視線には、どこか悲壮さを漂わせる諦観が秘められていた。

「化け物に逆らっちゃダメ。刺激しちゃダメ……緩やかに飼い慣らして共存することだけが、私達に許された唯一の繁栄の道なのに」








 ――ブラッドナイト壊滅。僅か一夜の悲劇は、セントラルタウンに多大な変動を齎した。
 街の治安維持のために尽くし、最期の最期まで己の正義を疑わなかった正義の狂信者集団。彼等の壊滅を知り今後のセントラルタウンの行く末を案じたのだろう。少なくはない住民が街を後にすることとなったが、ギルドマスターにはそのことが気にならないぐらいに、関心を惹かれることがあった。

「ねぇ、童子姿の怪物(モンスターチャイルド)……ううん、ユーベル。ねぇ、聞こえてるんでしょ? ちょっと、良い加減に無視は止めてくれないかしら……?」

 セントラルタウンの北西の端にある、貧困街と呼ばれているエリア。どこか懐かしさを感じずにはいられない景観の中を歩いていたユーベルは、数刻もの間、自分に付きまとい続けている童女――ギルドマスターに根負けしたのか。嫌そうな思いを隠しもせず、盛大に顔を顰めながら背後へと振り返った。
 そこにいたのは少し拗ねているように見える、当時のユーベルより僅かに歳が上――凡そ十三、十四ほどの齢だろうか――に見える少女だった。
 浮浪者と言われても否定の仕様がない薄汚い身形のユーベルとは打って変わり、少女は立派な身形をしていた。

「んだよメスガキ……ちょこまか付いてきてんじゃねぇぞ。犯すぞ」

「貴方、本当に怖いもの知らずなのね……」

 ようやっと口を開いた途端にこれかと、さしものギルドマスターも表情を引き攣らせずにはいられない。
 鋭い視線で、ユーベルはギルドマスターを睨み付けた。
 所々に金の刺繍が飾られた小綺麗な見映えの真っ白なレディスーツ。華奢な体躯を隠す白装束の上には、スーツと同色のロングコートを羽織っている。
 開けっ広げにされたコートの前面を覗けば、スカートからはみ出る御御足が見て取れた。何に隠されることもなく露にされている健脚は、童女に相応しいすらりとしたものだ。

「メスくせぇ。鼻がひん曲がっちまいそうだ」

「じゃあ私が――っ、何でもないわ」

「あぁ? 何か言いたいことでもあんのか? 生憎だがオレはお前と違って暇じゃねぇんだ。お前と違って……な。出直しやがれ、メスガキ」

 思わず「じゃあ私が曲げてあげましょうか?」と口に仕掛けたギルドマスターだったが、寸前のところで取り止める。
 そう口にした途端、ユーベルは自らを害敵と見なして童子姿の怪物(モンスターチャイルド)と言わしめる破滅的な暴力を見境なく振り翳すことだろう。
 そんな確信が、ギルドマスターにはあった。

 彼女は度重なる暴言に荒んだ心を落ち着けながら、表面上は冷静を装って声を出す。

「残念ながら、私もそう暇ではないのだけどね……まあ良いわ。それで貴方、これからどこに――いえ、何をするつもり?」

 口にした言葉の通り、ギルドマスターとて暇ではないのだ。
 ブラッドナイト壊滅という一大事の後処理や、そこから派生した諸々の問題。その対処を部下に丸投げする訳にもいかず、ここ一週間ギルドマスターはギルド本部にある執務室に缶詰状態だった。
 そう、あの悲劇の夜からすでに一週間が経っている。先走った若人に続きユーベルと対立せんとした百人にも及ぶ探索者。彼等彼女等はその場にいたギルドマスターの取り成しもあり、何とかユーベルの凶行に晒されることなく、その場から逃げさせることに成功したが――

「別に、あんたにゃ関係ねーだろ」

 素っ気ない態度でそう口にするユーベル。気付けば二人とも、足を止めていた。
 ギルドマスターは憂いを込めた深い溜め息を漏らした。まるで呆れ返ったかのような仕草が癪に障ったのだろう。ユーベルの米神が不快げにぴくりと痙攣する。

「はぁぁ……関係ない訳、ないじゃない。私はギルドマスターで、貴方が襲おう(・・・)としているのはギルド(うち)に所属する探索者で、その上でセントラルタウン(ここ)の住民なの」

 双方は、未だ矛を収めてはいない。書類仕事に精を出す傍らで、ギルドマスターは小飼の暗部を使いユーベルとあの場にいた探索者達の動向を探っていた。
 先の事態の責任はギルドが負うこと。また、ギルドがユーベルへ敵対行動を示さず、可能な限りの支援を行うことを対価に、ギルドマスターはあの衆目の中で――

「ちぃっ、口うるせえババァだな……そんなにオレを止めたいなら、また(・・)みっともなく土下座でもしてみろよ。三回回ってワンって言えたら、流石のオレも考えを改めるかもしんねぇぜ?」

 土下座までして、ユーベルに一旦矛を収めるように乞うた。
 勿論、ユーベルが素直に言う事を聞く訳はなかった。彼はギルドマスターの幼い顔立ちに唾を吐き付け、地に額を擦り付ける姿を散々に嘲笑った。
 自分の意思で行ったこととは言え、ギルドマスターとて屈辱を感じない訳ではない。怒りに肢体を震わせる彼女の姿が、しかし何の気紛れか。ユーベルの矛を収めさせる奇跡を起こしたのだ。

 ――あの場では、と付け加える必要がなければどれだけ幸いだっただろう。
 ギルドマスターはそんなことを考えて、また溜め息を一つ。
 バカにしたような目線を自身に向けるユーベルの瞳を、真っ正面から見返した。
 そうして、膝を折る。

 マリエラなどの一部の探索者は協力者を募りつつ、ユーベル駆逐のために動き出している。
 どこかからその情報を聞いたのか。あるいは元からその積もりだったのか。それに対してユーベルは、先んじてマリエラ達を襲撃せんと企んでいるようだった。
 頭が痛くなる。ギルドマスターは思考を放棄して、遠い彼方へバカンスにでも行きたい気分だった。
 今こうして相対している間にも感じる彼我の圧倒的な実力差。単身でありながら国を相手取り、屍の山を築き続けてきたユーベルのあまりにも規格外な魔力。こんなものと相対して、押し勝てる存在など現代にはいない。
 だから、そう、どちらが先に動いたとしても、相対が成った瞬間にマリエラ達の死は覆せない運命として確定してしまう。
 そうならないためにギルドマスターは己自らが足を運び、ユーベルの監視及びあわよくば説得を行おうと彼に近付いたのだが。

 まるでユーベルに、意に介した素振りはない。

「ははっ、なんだよお前。オレが今まで見てきたどの羽虫よりもよっぽど負け犬らしいぜ……みっともねぇ」

 試しに再び土下座してみたギルドマスターだったが、ユーベルはそんな彼女を冷たく嘲笑うだけだ。
 こんなにも可憐な美少女が土下座までしてるのに、この少年は可哀想とか何だとか、そんな気持ちを一切感じないのだろうか。
 心の片隅でそんな事を考えて、ギルドマスターはどうしてか胸に芽生えた屈辱とはまた別の熱を気にしないように努めた。
 千年前に起こったシャハテル大陸全土を巻き込んだ大戦。その戦場で活躍を果たし、英雄の一人として勇名を馳せた自己。
 それから大戦を契機に作り上げたギルドをより大きな組織へと成長させるべく、大陸各所を奔走した。ついには貿易の要所であるセントラルタウンを自治区として支配するに至り、百年前に現出したダンジョンからの恩恵もあって益々の飛躍を遂げたギルド。
 その長である自身が、自らの十分の一も生きていない若造に足蹴にされて胸を高鳴らせるなど、そんなことがある訳ないのだ。ないったらない。

「それで、考えを改める気にはなったの?」

 いかにも真面目腐った口振りで、ギルドマスターは問い掛けた。
 純白の衣装が土に汚れることも厭わず、土下座したままユーベルを見上げる。
 少年は、暗い灯火を映す赤黒い眼で冷たくギルドマスターを見下ろしていた。そこには冷酷な愉悦と破滅的な狂気だけが映っていて――

「よし、そうだなぁ。だいぶその気になってきた。これで愉快なストリップショーでも見れば、もうオレも満足するだろう。きっと、そうに違いねぇ」

 軽薄な口振りで、ユーベルはそう口にした。
 この少年が――この邪悪(ユーベル)が、まさか考えを改めるつもりなどある訳はない。歯向かったなら殺す。絶対に殺す。散々に嘲って、好きなだけ凌辱して、その上で凄惨に殺す。
 己はそのためだけに生まれてきたのだ。不思議とユーベルはそう確信していた。だから、そう、この時だって、彼は程々にギルドマスターを弄んでから、まずはライトブルーの長髪で目元を隠していた女を――マリエラを見せしめに犯して、殺して、ギルド本部の前にでもその成れの果てを捨て置くつもりだったのだが。
 どうにも彼女は、そんな本心を見透かしていたようだった。

「……そう、矛を収める気はないのね」

 そう言って、徐に立ち上がるギルドマスター。不思議と衣服を脱ぎ捨てることに抵抗は感じなかったが、そうはせず、彼女は哀れむような瞳をユーベルへと向けた。

「歯向かう者を殺して、敵対する者を滅ぼして……その先で貴方は、何を成すの? 良いことを教えてあげるわ。その先にあるのは――」

 光彩異色の赤と青の瞳が、ユーベルを射抜く。不思議と痛み出した己の頭部を右手で覆い鷲掴んだユーベルは、それから――
 沈痛に表情を歪めたギルドマスターが、蠱惑的な艶を魅せる唇で嘆くかのように囁いた。

「数多の亡者の嘆きと、破滅を齎した怪物への怨恨の呪いだけよ。そこに、救いなんてない。誰も、救われなんかしない……」





 そしてその後日、ユーベルは一人の男と出会った。中性的な顔立ちの、どことなく見覚えのある雰囲気の男だった。

「はじめまして、僕はグリードのリーダーをやっているトイフェルという者さ。ほら、探してた(・・・・)んだろう? これから始まる僕達の友好の第一歩を祝福する、ささやかなプレゼントだ。受け取っておくれ」

 先の一件のせいもあり人気の少なくなったセントラルタウン北西部。その片隅で佇んでいたユーベルへと声を掛けた男は、手にしていた何かをぞんざいな所作で放り投げた。
 緩やかな放物線を描きユーベルの手元に収まったのは、どうやら何かの書物のようだ。
 古ぼけた装丁は茶色く汚れていて、表紙にあるタイトルすらまともに読めない状態だった。

「誰だ、お前。いや、そんなことよりおい、これは……」

 それでも辛うじて読み上げることに成功した単語を、ユーベルはついといった様子で口にした。
 にこやかに笑みを浮かべる男――トイフェルは、殊更にこにこと笑みを深めて、ユーベルが溢した疑問に答える。

「クヴァール……?」

「……それは著者の名前さ。気にする必要はない。それで、その本なんだけどね。巷で君が禁呪について調べているって噂を聞いて、友好の証にと仕入れた代物なのさ。何のために使うかはわからないけれど、僕の好意だ。是非――」





有効に使ってくれ(・・・・・・・・)

 そしてそれから数ヵ月の時を経て、ユーベルは災厄の異名で呼称されるに至る。
 恐れよ。怖れよ。呪うな。畏れよ。彼こそ悪災。邪悪の申し子。触らぬ神に祟りなし、起こらぬ災い悲劇にならず、故に恐れろ近付くな。彼こそ終わりを招く者。故に怖れよ遠くへ逃げろ。彼こそ破滅を齎す怪物。故に畏れよ、彼こそ災厄。如何な呪いも決して届かぬ、邪悪を振り撒く超常の化け物。
 故に恐れよ。怖れよ。呪うな。畏れよ。起こらぬ災い悲劇にならず――


 最も邪悪を厭っていたのは、果たしていったい誰だったのだろう? 死者は(・・・)何も語らない(・・・・・・)

「パラダイスシフト」

 虚ろな響きの呟きは、頼りない松明の灯りに照らされた薄暗闇の中を転がって――
 斯くして呪いは形を成す。人は其を禁呪と呼んだ。

これで二章の大筋は終わりです。あと一話だけおまけ的な話を投稿することになりますが、それ以降は時間が飛んでの現代=三章です。

是非お楽しみを()
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