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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第二章[エーイーリーの童子]

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2-9/愚鈍なる少年

短いです。
 泥沼に沈む意識が、ゆるゆると浮上していく。
 やけに柔らかい物体が身体を覆っている。これはいったい何だろう。どこかで経験したことのある触り心地だが――

「目が覚めないね。お父さん、本当にこの子大丈夫なの……?」

「う、うーん。大丈夫だとは思うんだけどね。毒に犯されてたみたいだけど、それは僕の解毒魔術で取り除いたし……もしかしたら、栄養失調で衰弱してるだけなのかもしれない」

「お父さん、栄養失調ってなぁに?」

「そうだなぁ。要するに――」

「要するに?」

「ちゃんとご飯を食べてなくて元気が出ない状態……なのかな?」

「えー、なんで疑問系なのー! なんだか私、余計に心配になっちゃったよ!?」

「う、うるさいなぁ。僕は医者でもなんでもないのさ。あんまり高望みしないでおくれよ、シュトラ……。とりあえず僕達は、彼が起きた時のために美味しいご飯でも作って――」

 布団だ。柔らかい掛け布団が俺を包んでいる。
 意識の浮上に伴って働きだした知覚が、すぐ側で行われる某か達のやり取りを鼓膜に届かせる。
 いったい誰なのだろう。そうやって思考をめぐらす前に、身体を跳ね起こした。

 反射的な動きだった。どうやら俺は簡素な作りの寝台に身を横たえていたようだ。
 木製の寝台の上に立ち上がった直後に、僅かに身を屈める。つい先程まで俺の身を包んでいた毛布へ、手を伸ばした。

「待っていようって、うわぁ!?」

「きゃ、きゃあ!?」

 毛布を剥ぎ取り、声の出所――家族か何かだろうか。栗色の毛髪の男性とその娘らしき少女へ向けて手に持った毛布を投げ付けた。
 耳障りな驚愕の声が響く。意に介する必要はないだろう。俺は耳に入った某か達の声を無視して、一先ず状況を把握せんと視線を巡らす。
 視界に入ったのは寝台と箪笥しかない殺風景な室内の様子と、頭から毛布を被ってあたふたしている二人の人間の姿だ。

 常に身に付けていた慣れ親しんだ重みがない。自分の身体を見下ろす。半ばで折れた直剣。矛先の欠けた短槍。血に染まったローブ。そのどれもが、知らぬ間に手元からなくなっているようだ。
 もしかしなくとも、取り上げられたのだろうか。取り上げられた。取られた。奪い取られた――?

「ちょっ、ちょっと、何なのよもう! お父さん、どこ行ったのー!?」

「ぼ、僕はここにいるよ! そういうシュトラこそどこへ消えちゃったんだい? 何だか視界が真っ暗で、何も見えないよ……」

 視界を塞ぐ毛布を取り払えば良いだけなのに、混乱した様子で互いの姿を探すまぬけな二人。
 一先ず状況を把握しよう。そう考えていたはずなのに、胸に芽生えた黒々とした感情が思考を埋め尽くす。

 ――ああ、またか。諦観混じりに心中で漏らした嘆きは、すぐさまに胸の奥底へ追いやられて消えていった。

 こいつらが、俺の――彼等が生きた証とも言うべき俺の装備を、俺から奪ったのか? だとしたら奪い返さなければいけない。そうだ。大した魔力も感じず、場馴れした戦士のような立ち振る舞いも一切垣間見えない青年と少女。
 そんな、見るからに有象無象の弱っちい羽虫如きが、オレ(・・)から何かを奪うだなんて身の程知らずにも程がある。だから、知らしめなければいけない。生まれながらの捕食者である俺への恐怖を、化け物(おれ)を、邪悪(オレ)の力を――
 略奪と破滅でもって、その身に刻まねば。

「ぐ、うぅ……!」

 みしみしと、万力に締め上げられたかのような痛みが頭部を苛む。頭の中で、俺ではない誰かが絶叫を上げている。そうと錯覚してしまうほどの不快感が、呻き声となって口から漏れ出た。

「だ、大丈夫!? 何だかすっごい苦しそうな声だけど! 何とかしてあげてよー、お父さん!」

「頼りにしてくれるのは嬉しいけど、残念ながら今の僕じゃあ力になってあげられないんだよね……」

「えーっ、この役立たず―! お父さんのあほー! 種無しめ! 種無しお父さんめー!」

「ちょっと待ってシュトラ。実の父に向かって種無しって、君……どこでそんなお下劣な言葉を……お父さんは君をそんな風に育てた覚えはないんだけど!?」

 身を苛む異常な感覚のせいで、二人の声を言葉として理解出来ない。甲高いソプラノボイスとそれに応じる男性の声がノイズとなって耳を打ってくる。

 ――なんて不快な雑音なんだろう。耳障りだ。消してしまおう。そうしよう。

 総身を舐め回す不快な感覚は途方もない異物感を伴い、筆舌に尽くしがたい不快感に吐き気すら禁じ得ない。
 頭の中では、得体の知れない何かがぐるぐると渦巻いていた。渦を成すその何かが、まるで悪魔のように俺へ囁いてくる。

 ――何を躊躇う。何で迷う。一息の間に消してしまえ。壊してしまえ。だって、お前(オレ)はそのために生み出された(・・・・・・)邪悪だろうに。

「だま、れぇ……!」

 からからに乾いた口で、脳裏に響く邪な誘いを否定する。悪魔の囁きとしか言いようがないその声を、努めて意識の外へ追いやる。
 この訳のわからない幻聴から気を背けようと、改めて状況認識のために思考を回す。

 男性と少女が何者かはわからないが、こっちは賞金首として命を狙われている身だ。何はともあれ、一旦この場から離れよう。
 現在地と、俺を追い立てるナルシス王国の動向の把握。後は近隣地域の勢力如何や、身を潜めるのに適した場所。当面の食糧についてなど、考えなければいけないことが山程ある。
 取り上げられた装備の奪還は、それらに目処がついてからで良いだろう。

 そう考えて――あるいは言い聞かせて、寝台の上から跳躍し、室内に設けられた窓から外へ飛び出た。
 直後に、少女の甲高い声が響いた。背中へ投げ掛けられた言葉は、ざーざーとノイズが混じってただの雑音にしか聞こえなかった。

「ねぇキミ、どこ行くの!? 待ってよっ、ねぇ! ねぇったらー!」

 地面を駆けて、ひた走る。すぐさまに少女の叫び声を後方へ追いやった。
 ちらりと背後へ目を向けると、民家の窓から身を乗り出す栗毛の少女の姿が視界に入った。

 少女の鳶色の瞳は、ただ真っ直ぐに俺へ向けられていて――

 一瞬の視線の交差は、俺が視線を前に戻したことで終わりとなった。
 走りながら、周囲へ視線を巡らす。どうにも、何らかの異変が俺に起こっているようだった。
 謎の幻聴や聴覚の異常――だけではなく、視覚までもが正常ではない。

「農村か……?」

 木造の家屋が建ち並び、そこかしこで住民らしき者達が楽しげに話し合っている。
 遠目で、牧場の中を家畜と共に駆ける子供達の姿が目に入った。
 涼やかな風が草葉を揺らす。燦々と輝く日差しに照らされた牧歌的な風景は、殺伐とした日々の中で色褪せた今世における故郷の光景を思い返させるものだった。

 その長閑な景色の至るところに、まるで罅割れたかのような亀裂が見えた。
 視界が、歪んでいる。

 時折ギョっとした様子でこちらを見る村人達と擦れ違いながら、しばらく走る。そうすると、地面に木の杭を打ち付け、その間々にロープを張った簡素な構造の仕切りが見えてきた。
 魔物や盗賊などの外敵への対策だろうか。ロープには木の板が吊るされているようだ。事が起こった際には、あれが打ち合った音で村人達が外敵の襲来を察するのだろう。

「こんなもんに誰が引っ掛かるっつーんだよ」

 仕切りの奥には、鬱蒼と草木が生い茂る森があった。新調されたばかりなのか。損傷もなく真新しいロープを飛び越えて、森の中へ足を踏み入れる。
 枝葉の隙間から差し込む太陽の日差しを鬱陶しく思いながらも、どことなく懐かしい雰囲気の森に僅かな安らぎを感じる。

 そういえば、今世での故郷の村の近くにも、こういう雰囲気の森があったなぁと――

 続くように思い出したのは、一人寂しく魔法の訓練に明け暮れていた日々だった。
 思えばあの時はまだ平和だった。今になって、そう思う。
 あれから何もかも変わってしまった。故郷の農村は廃村と化し、そこに住まう村人は俺以外の皆が死んでしまった。
 オレが、殺してしまった。

 そのことに対して何も思わないところがなかった訳ではないが、そうやって思考が泥沼へ向かって行く前に、唐突な衝撃。

「きゃあっ」

 立ち並ぶ木々の合間から、小さな人影が現れた。俺と衝突した拍子に、人影の二つに結った栗毛が跳ねた。
 細い悲鳴が響く。俺としたことが、気を逸らしていたのが原因だろう。もし人影が俺の首を狙う刺客の類だったら、今頃喉元に刃でも突き立てられていたのではないか。
 そんな事を考えて自身の不覚に嘲りを一つ。ちらりと少女を見てみれば、尻餅をついて驚いたように瞼を閉じている。
 このまま気にせず走り去ってしまえば良かったのに、少女の容姿が見覚えのある――つい先程見たばかりの彼女と酷似していることに気付いて、ついつい足を止めてしまう。
 恐る恐るといった様子で目を開いた少女は、鳶色の瞳を涙目にして俺を見上げた。

「あ、あう、ごめんなさ」

「見付けたー! ってあれ――」

 後方から声。謝罪しようとした少女の声を遮って、わざわざここまで追い掛けて来た彼女が大声を上げる。
 バッと後ろへ振り向く。尻餅をつく少女が栗毛を側頭部で二つに結っているのに対して、彼女は栗色の長髪を馬の尻尾のように一つに括っていた。

「なんで、シュテルプリヒも一緒にいるの?」

「お、お姉ちゃんこそ、どうしたの……? そんな、大声なんて出して」

 これが、彼女達姉妹との出会いだった。栗色の長髪を一つに括った方が、姉であるシュトラーフェ。
 栗毛を側頭部で二つに結っているのが、妹であるシュテルプリヒ。
 瓜二つの容姿とは裏腹にまるで正反対の性格を持つこの姉妹との邂逅が、六年後の俺にまで影響を与え続けるとは、この時の俺は考えてもいなかった。

 ――壊せ。安寧(それ)お前(オレ)には似合わない。(オマエ)は何のために生まれ、何がために生きる? 思い返せ。そして壊せ。邪悪(ユーベル)の名のままに、何もかもを滅ぼしてしまえ。

 雑音(ノイズ)は、絶えない。
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