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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第一章[迷い人のバチカル]

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1-1/その名を

 お前は何だ。何がために生まれ、何がために生きる? そんな自問を幾度繰り返しても、生憎と答えは見付からないままだ。
 平穏な日常を謳歌していた記憶など、とっくの昔に風化してしまっている。

 己は何故再び生まれてしまったのだろう。己は何故、今尚人の生に縋らざるを得ないのか。再三そう問い掛けてみもしたが、やはり答えはわからなかった。



 ――ユーベル。それがweb小説等の題材として良く扱われる、所謂異世界転生を果たした俺に与えられた名前だった。
 信じられない事ではある。が、気が付けば見知らぬ土地で赤子として産まれていて、どうしてか余分な記憶を抱えたまま、幼少期を過ごしていたのだ。
 これを異世界転生と言わずして何と言うのか。この世界唯一の大陸、シャハテル大陸のおおよそ半分を自国の領土とする巨大国家、ナルシス王国の領地の辺境にて自意識を芽生えさせた十八年前の自分。
 最初に気付いた差異は、やはり前世とは違う親の顔だろうか。日本人とは掛け離れた彫りの深い顔立ちの男女。最初は彼等が自身を産んだ者達だとはとても思えなかった。
 血を分けた肉親に対して失礼な言い分かもしれないが、当然と言えば当然だろう。
 そもそもが己の名前はユーベルなどではなく、漢字数文字を組み合わせたもっと日本人らしいものだったはずだ。ユーベルなどでは、ない。そのはずだった。
 両親だってそうだ。名前に横文字なんて入っていなかったと思うし、容姿は黒目黒髪。日本人の特徴的項目がそのまま収まるような平凡な顔立ちで、決して目の色がライトブルーなんて事はなかった。髪の色も違う。

 それが何故、どうして、そんな疑問が渦を成しては消えることもなく交差し続けた。
 先進国として発展した街並みはどこにも見当たらず、童子の姿で見た世界にあったのは未知。
 例えば、現代日本にゴブリンなんて存在はいなかったし、日々の糧を獲るために狩りに出掛ける習慣もなければ、何の科学的根拠もない魔法の実在など、誰も信じてはいなかった。
 驚くべき事に、しかしその全てがそこにはあったのだ。

 飢えたゴブリンが畑を荒らし回るなんて事も、村の猟師達が人間大の鼠を捕らえてくる事も、摩訶不思議の神秘も、その世界では極当たり前にあって当然のものだった。
 そういった未知を知れば知るほどに明確になっていく事実。異世界への転生。自身がそんな荒唐無稽な出来事を経験しているのだと自覚し、それからしばらくは興奮で夜も眠れていなかったような気がする。

 日本が誇るサブカルチャーを嗜んでいた一男児として、魔法だとか、異世界だとか、そう言う単語に心惹かれない訳がないだろう。
 しかも、転生。そう、転生だ。
 前世で良く読んでいた物語のジャンルでもある、所謂異世界転生物。その尽くが異世界転生物と言うように転生という特殊な形で生を受け、物語の語り部――所謂主人公になる彼等の大抵は特殊な出生に肖るように、何かしらの特別な才能を持っていたりする。
 もしかしてそう言うものが、自分にもあるのだろうか。中二病は卒業したと思っていたが、今世の幼少の頃、そんなことを考えては無邪気に心を弾ませていた記憶がある。

 剣に、魔法に、モンスター。お約束だらけの異世界で、特別な境遇の自分。
 テンプレここに極まりだ。あるいはこれから己が歩む軌跡も、お約束で凝り固まった喜劇のようなものなのかもしれない。



 ――なんて考えていられたのは極短い間だけだった。所詮そんなものは叶わぬ幻想(ファンタジー)だと、そう認めたのは果たして自意識が芽生えてからどれだけの時が経った頃だったろうか。

「きったねーなぁおい」

 肉体を四散させ息絶える異形を眺めながら、こちらまで飛んできた返り血を薄らと赤みを帯びた半透明の幕――魔力に質量を持たせた壁、魔力障壁で弾く。
 剥き出しの岩肌に包まれた通路には僅かな灯りしかなく、不規則な間際で設けられた燭台では、ろくに周囲を見渡す事も出来ない。
 それでも一歩踏み出す。次の瞬間、何かが豪と風を切る音が聞こえた。暗闇のせいで不明瞭な視界に映ったのは、大人一人を楽に握り潰せそうなほどに逞しい丸太のような腕。
 瞬く間に近付く暴力の気配は、しかし俺にとって脅威には成り得ない。迫る轟腕を初歩的な魔法を用いて無造作に弾き飛ばせば、遅れるように轟く絶叫。
 目の前で、怪物的な腕が木っ端微塵に吹き飛んだ。肉片とともに周囲へ四散した血は、まるで一息に散った真っ赤な花びらのようだ。

「■■■■■!?」

 そうやって詩的に比喩してみたは良いが、だからと言って腕がなくなったという凄惨な事実に変わりはない。
 四肢の一つを喪失した苦痛に吠える異形。よくよく目を凝らして見れば、暗闇の中に浮かぶ人の身の丈などゆうに越えた巨躯が、肘から先がない腕をもう片方の手で苦し気に押さえ付けている。
 地の底で蠢くような重低音は些か耳障りであったが、言語を理解する知能のないモンスターにそう語り掛けようと無駄な事であろう。
 屈強な肉体と頭部にある立派な一本角が特徴のこいつは、俗にオーガ種と人括りにされるモンスターの一種。その中でも特に能力が高いハイオーガと言われる個体だ。
 しかし人型ではあれど基本的に知能は低く、先に書いたように言語を理解する事も出来ない。

 ――だが、そんな彼等でも理解できるものがあった。
 なくしたものは最早戻らないと悟ったか。暗闇の中であって尚爛々と輝く一対の眼には、己の片腕を奪い去った相手への激しい怒りが湛えられている。
 そうして、再びの絶叫。先とは違い、通路に響いたのはしかし苦痛ではなく憤怒の雄叫びだ。

「■■■■■■■■■■■■!」

 どすんどすんと音を立てながら、見上げるほどの巨躯が迫ってくる。
 迫ってきていた。

「身の程知らずが、粋がりやがって」

 しかし、迫るだけ。ついと口から悪態が漏れる。やはりこの程度、俺の脅威には成り得ないのだ。ハイオーガの怪力が俺に届く事はない。先程片腕を消し飛ばした時と同じように、唐突にハイオーガの巨体へ何かが近付く。
 赤い軌道を描くそれは、狙い違わずハイオーガの胸部へ襲い掛かった。
 隆々とした筋骨はそれだけで強固な鎧だ。身形に相応しく堅城の如き固さは鉄の刃すら簡単には通さず、ちょっとした衝撃で揺らぐこともない。
 が、それでも迫る煌めきを防ぐには役者不足。ハイオーガは危機感を感じて軌道上に手のひらを突き出すも、駆ける赤色は一切の拮抗も許さずその手を弾き飛ばし、直進したその先にある胸部を呆気ないほど簡単に貫通した。
 それだけでは終わらない。体内を突き抜けた煌めきは中空にて旋回し、速度を維持したまま再びハイオーガへ襲い掛かり、今度は立派な一本角が直立する頭部へ向かう。
 最早死に体のハイオーガに抗う気力はない。去来した喪失感がどこから生じたものかもわからぬまま、大きく穴が空いた自分の手のひらをぼうと見詰め、頭部に炸裂した煌めきによって絶命する。
 その後も消える事もなく暗闇の中に赤い軌道を駆け巡らせる煌めきは、指向性を持たせた魔力を弾丸として移出する、初級無属性魔法バレットと呼ばれるものだ。
 魔力さえあれば誰でも使えるような低威力低コストの代物で、一部の者達からは魔法擬きとすら言われているほどに程度の低い魔法であるが、そんなものでも突き詰めれば必殺と成り得るらしい。

 本来牽制として用いられるのが精々のはずが、たいした威力だ。我が事ながらそういい加減に感心してる合間にも、通路内を踊る魔弾は暗闇に潜むモンスターを警戒するように俺の周囲を飛び交っている。
 耳を澄ませばともすれば聞き落としそうなほどに小さな物音が聞こえてくる。中には獣のような荒い呼吸音も紛れていて、目で見ずとも暗がりの中に何がいるのか、教えてくれる。

 敵だ。モンスターだ。人を襲う獣。ここ――中央迷宮と呼ばれる穴蔵に、蔓延る魔の徒。

「どいつも、こいつも……きゃんきゃんきゃんきゃんうるせぇなぁ」

 彼等が立てる物音がどうにも不快に思えて仕方なく、ついそう口に出してしまう。
 どれだけ優れた個体であろうと、所詮は理性すらない畜生風情が。いったい誰に楯突いていやがると、胸中でそう毒づく。
 暗闇に潜む彼等はその尽くが本来人に仇なす天敵種であるはずだが、先のハイオーガを最後に俺へ襲い掛かってくる者はいなくなった様子。その脆弱な様が何とも苛立ちを加速させる。

 言語すら理解出来ぬ畜生風情だろうと明確に感じ取っているのだろう。理解しているのだろう。
 自らを越える上位者に対する、恐怖というものを!
 故に怯えるのだ。死を振り撒く俺を、破滅を招く敵対者を。

 不愉快。不快。不様。何とでも言えるが、何でも良い。

 身形からして人間離れしている本当の怪物(モンスター)にすら化け物扱いされて、怯えられる今の有り様。
 未知の世界へ夢を見ていた在りし日の俺は、今の様を見て何を思うのだろう。

「とりあえず――死んどけ。くそったれ共」

 どうにもむしゃくしゃしてしまい、罵声とともに乱暴に右手を振り上げれば、暗闇を照らすように加速度的に増殖する煌めき。鮮血の魔弾。
 その全てが狙い違わず真っ直ぐと、潜むモンスター達へ向かっていく。いの一番に炸裂した煌めきへ続くように、しばらく断続的に迸る赤い閃光。僅かな燭台の灯りを掻き消しつつもそれは確りと通路を照らす。明るくなったそこでは、蹂躙された魔物達の無惨な死体がそこかしこに転がっていた。
 残り一体。先のハイオーガにも届き得る巨躯を誇る蜥蜴擬き。今となっては唯一この場で呼吸を続ける魔物となったレックスリザードと呼ばれる個体が、怯えてその場を後にしようと試みるも、追随する魔弾はそれを許しはしない。

 一瞬の間もなく、着弾。衝撃に弾け飛んだ肉体から血飛沫が勢い良く四散し、こちらまで飛んできた。
 それを再び魔力障壁で遮れば、汚れ一つもないまま締め括られる戦闘――否、蹂躙。

 ザッと足音を鳴らして、戦闘の余波を受け散々に荒らされた地面を踏み締める。



 この異世界に転生してから早十八年と幾ばくか。特にこれと言った特徴もない農村の一つに産まれた俺は、慣れない環境に困惑しながらもじきにこの世界での生活にも慣れ、可愛い幼馴染みと婚約の約束をしたり冒険者ギルドでお約束的に仲間を増やしたり旅路の道中で貴族の令嬢を助けたりとテンプレで凝り固まった軌跡を歩んで――なんて訳はない。現実はそれほど甘くはなく、また言うほどこの世界は幻想的でもなかった。

 よくよく考えてみれば理知的な眼差しの赤子が不気味でない訳はないし、周囲とは違う異端が迫害される事は当然の事である。
 村の大人達からは気味悪がられ、その子供達には石を投げられた覚えがあった。お前は異常な奴なんだ。皆とは違う、おかしい奴なんだ――そうやって後ろ指を指されながら日々を暮らす中、ふと思い立った。思えば現実逃避という側面もあったのだろうか。あの時の、幼い頃の自分は、この夢のような異世界で、思う存分ファンタジーライフを満喫しよう。そんなふわふわとした心持ちで、とりあえずはと目先の未知――魔法へ興味を示した。

 先にも使ったバレットと言われる魔法は、魔力さえあれば誰にでも扱える簡単なものだ。だからこそ魔法擬きとすら呼ばれているのだが、ともかく、当時の俺はそうとも知らずに前世ではまず有り得ないとされている神秘を、他の誰でもない自分自身が行使しているんだと舞い上がっていた。
 不幸か幸いか魔力保有量――RPG的に言えばMPの最大値が人より高かったため、日がな魔法の訓練と称してはバレットを撃って、撃って、撃ちまくって、ただひたすらにそれだけを繰り返しては、一日の大半を威力と動作性の向上に費やす事が出来た。
 日に日に増していく破壊力。徐々に思った通りの動きに近付いていく魔弾の軌道。日々の積み重ねの成果を実感するたびに、より強く、より早くと、目標を高めては邁進した。
 そうして、気付けば俺は他の差異など気にしないぐらいに、魔法という未知に――いや、力に、どっぷりとのめり込んでしまっていたのだ。

 だからこそただただ繰り返した。特徴と言えるほど大層な代物もない辺境の農村の外れで、周囲からの非友好的な扱いを気にしないようにしながら、毎日ひたすらに自身の裡に眠る神秘の力を酷使していた。

 だが、そんな日々は唐突に終わりを迎える事となる。驚くべき事に、俺は俺自身知らぬ間に奴隷商へ売られる事が決められていたのだ。
 今となって思えばこそ、あるいはそれも当然の事だったのかもしれないと考えるが、当時の俺にとってはまさに驚天動地。青天の霹靂だ。
 奴隷商へ畑仕事の出来ない子供を身売りすれば、無駄飯食らいが減った上で金銭だとか、あるいは物品だとか、村へ何かしらの利益がもたらされる事になるのだ。
 自らの子供でありながら子供らしからぬ言動を行い続ける俺を不気味に思っていたのだろう。今世での両親が俺を庇い立てる事はなく、また俺のキテレツな行動は村人全員が知るところであったから、農村全体を見ても奴隷商への身売りに反対する声は上がるはずもなかった。どころか嬉々として賛同していた気がする。
 だが、だからと言って、大人しく隷従の道を歩む気はない。

 奴隷という単語から明るい要素を見出だすなんて事は、余程の被虐体質でもなければ難しい事だろう。前世に触れた数々の創作物を下地に築き上げられた印象でも、やはりと言えば良いのか暗いイメージばかり先行していたから、そんな身分は御免だと売られる前に農村から逃げ出した。
 そうして、そこからが地獄だったのだ。

 俺が売られる予定となっていた奴隷商――シュランゲ商会は世界を股に掛ける豪商らしく、それがどうしてか簡単な魔法が使える程度の俺へ予想以上に目を付けていた。付けてしまっていた。
 自惚れではないが容姿は整っている方だと思う。燃え尽きた灰のような毛髪も、鮮血に見紛うほどの色合いの瞳も、中々見ない珍しいものだとは思う。
 だが、そんな物珍しさだけで、果たしてあの執念染みた追跡が成されるとは誰も思わないだろう。
 シュランゲ商会はあの手この手を使い俺を手中に収めようと躍起になっていた。
 時には戦闘さえ交えて命懸けの逃走劇を繰り広げる事になった俺からすれば、堪ったものじゃないが、そうして逃げては戦い、戦ってはまた逃げてと、村から出てからはそんな日々が続いた。
 追われる身であるから満足に公共の施設を使えない時もざらだった。が、生には代えられまいと泥水を啜り、略奪行為にすら手を染めて、数年。
 シュランゲ商会の影響もあってか。気が付けば賞金首の一人としてナルシス王国から指名手配までされた俺は、なお苛烈さを増す刺客達の猛追に抗い、退け続けて――

 童子姿の怪物(モンスターチャイルド)と有り難くない通り名で呼称されるようになってからも、ここ、セントラルタウンへ辿り着くまでの数年の間、そんな生活を続けていた。



 しばらく真っ暗闇の通路を進んでいたら、気付けば重厚な扉の前に来ていた。
 身に降り掛かる息が詰まるような、物々しい圧迫感。その出所は扉の先であろう。果たして扉の向こう側に何がいるのかなんて、見当もつかなかったけれど。
 怖れる事なく、踏み出す。扉を蹴り明け、暗がりから反転、光に満ち溢れた広大な広間へ進み出た。

 それらしい障害物もないただ開けただけの空間。その中央には、見上げるほどの巨躯を横たわらせる異形。
 広間の天井付近に浮遊する光を発する球体。目が眩むほどの灯りに照らされて、毒々しい色合いの鱗が鈍く輝く。
 強大な爬虫類を思わす体躯を鱗で包むそれの頭部には、歪に捻じ曲がった一対の角。しなやかでありながら確かな力強さを感じる胴体からは、飛膜で作られたまるで蝙蝠のような羽が生えていた。
 龍。それもとびきり強力な個体であろう。
 ファンタジーの代名詞の一つとも言えるドラゴン。前世において、その知名度はそういった創作物に関わらない者の間でも広く知られるほどのものだった。
 驚くほどの巨体に、強靭な肉体。それを守る鱗もまた強固となれば、それだけでも強力な生物と言える。
 その上で彼等は空を自由に飛び交う翼を持ち、ひょっとすれば炎だとか、冷気だとか、そんな自然現象すら意のままに操るのだ。これが強力でない訳がない。
 その脅威は現実においても大差なく、今世でもドラゴンと言えば人の身ではまず敵わぬ圧倒的存在として市井の者に恐れられている。

 そして、その上で、先にも言った通りこの龍は、その中でも突き抜けた強さを持っている!
 まるで押し潰すかのように降り掛かる重圧から、芽生えた予測。半ば確信的な予感を後押しするのは、身を起こした龍が放った知性的な響きの言葉だ。


「人よ、人の子よ。何故ここまで足を進めた? 過ぎたる欲は己が身さえ滅ぼすぞ。よもやそれがわからぬ愚昧な訳でもなかろうに」


 朗々と語られる一つ一つの言葉が、呪い染みた威圧感を伴っている。
 明らかな知性を持ったドラゴン――否、魔物は、その鱗と同じく毒々しい輝きを湛える一対の眼で、じろりと俺を見下ろした。
 豪と、風が吹く。あまりの威圧が風を巻き起こしたのだ。身を覆う外套が激しく靡く。肌を舐める剣呑な空気に、ヒリヒリと炎症を起こしたような錯覚を覚える体。
 思わずごくりと、息を飲む。ついに翼を広げて威嚇さえはじめたドラゴンは、異形の身形に似合わぬ理知的な語りを続ける。


「ああ、しかし、愚かと知って尚求めていると言うのならば、我が相手となろう。我が名は魔龍皇ヴェノム・タイラント! 七十階層を統べる守護者である! 死を恐れぬなら掛かってこい、狭小な愚か者よ!」








 その街の名を、そのままずばりセントラルタウンと言った。大陸の中央に居座るそこは、各地の交易の中心点として栄える大都市の一つである。
 人に仇なす魔族達の領域――穢れた地とも言われる大陸の北部方面を目前にするセントラルタウンだが、隣接する脅威など気にした様子もなく、世界各地から訪れる物流の波にその街は常に喧騒で溢れていた。

 しかしそんな大都市に、異変が起きた。まさに気付いたらとしか言いようがないほど唐突に、セントラルタウンの北部へ現れた穴蔵。一日前までは何もなかったそこに、まるで蜃気楼の如く出現したそれ。
 子供が内緒で作った秘密基地の入り口だとしたら、どんなに可愛いげがあっただろう。しかし好奇心に負けて穴蔵へ潜った者達が帰ってくる事はなく、セントラルタウンの実質的支配者である冒険者ギルドの長は、その異常に対処するためギルドへ帰属する多くの冒険者へ、ある命令を下す。


 ――穴蔵の全容を調査し、その最奥に居座る異常を報告せよ。


 それが大都市セントラルタウンの更なる飛躍の始まり。この街が迷宮都市と呼ばれるきっかけであった。
 便宜上ダンジョンと称されたその穴蔵の中には、地上では見ない珍品や財宝、果ては魔導具や魔導書までが隠されていたのだ。
 それらを手に帰還した冒険者は、見たこともないようなお宝の数々を手に、興奮気味でギルドへ報告を行った。
 勿論その報告の中に、ダンジョン発生の原因などなく、どころか消息を断った人々の行方も含まれてはいなかったが。

 こうして発見されたダンジョンへ惹かれるように、セントラルタウンへこれまで以上の人々が訪れるようになった。
 ダンジョンに秘められた金銀財宝を目当てに、一攫千金を求め迷宮へ挑む者達。彼等は俗に探索者と呼ばれ、セントラルタウンへ新たな活気をもたらす。
 ダンジョンから持ち帰った物品をギルドを通して物流の波に流せば、それを目当てに威勢の良い商売人達がセントラルタウンへやってきて、各々商いを始める。
 人が増えれば経済の動きも盛んになり、セントラルタウンのそこかしこの宿屋飲食店から嬉しい悲鳴が上がる。
 反面その恩恵を貪ろうと後ろ暗い背景を持つならず者共も数多くセントラルタウンへ来訪する事となったが、街の治安を守る自警団もまた忙しなく駆け回り、日がな天下の往来で不届き者を懲らしめては、野次の中心となっていた。
 彼等の活躍でダンジョン発見からしばらく続いた混乱は最小限に収まり、それからセントラルタウンは何に憚られる事もなく栄えていく。
 そうして活気付けば活気付くほどに、セントラルタウンは世の注目を集め、やがては国に属さぬ自治権すら獲得し、更なる栄華を極めていった。


 今では迷宮都市とも呼ばれる大都市、セントラルタウン。その中でも特に注目の的となっているのは、やはりダンジョンであろう。
 拡張を続けるセントラルタウンの外壁に囲われるようになったダンジョンの入り口付近では、今日も多くの探索者が犇めいている。
 彼等を目当てに露店を広げる商人もまた数多くいて、各々が商品をより多く売るため躍起になって声を上げていた。
 最早日常的な光景となった一幕だが、ダンジョンが発見されてからこうに至るまで、いったいどれだけの時間が流れたのだろう。
 気が付けば時は過ぎ去り、ダンジョン発見から早百年近くが経った。未だ果ての見えない迷宮の最深到達記録は、三大パーティが合同で遠征を行った四十階層。
 超魔星ツヴェルクパンツァーという強力な鉱物系モンスターが守護する、大国の騎士団であっても苦戦が必至の高難度階層である。
 そこに分布されるモンスターの数多くがゴーレム等の鉱物系で占められ、生半可な攻撃では傷一つ付けられない硬質な肉体を持つ彼等を相手に、当時の三大パーティである赤竜騎士団、銀閃乙女、ブラッドナイト等は奮戦を続け、やがては十階層毎に居座るフロアボスの一柱――ツヴェルクパンツァーと対峙し、これを討滅。
 遠征の途中数々の犠牲者を生み出しながらもそうして偉業を成し遂げた彼等は、セントラルタウン内外の多くの人々から讃えられ、名声を極める事になった。





 が、第四十階層突破という偉業も、今となっては過去の話。四十階層より更なる深部へ進み、七十階層にて。
 前人未到の深部にて行われていたのは一人の探索者と一柱のフロアボスによる死闘――では、ない。
 それはただただ惨たらしい、蹂躙であった。

 当然とも言えるのかもしれない。多くの英傑が集い、様々な犠牲を出しながらも達成された偉業。それが第四十階層の突破。超魔星ツヴェルクパンツァーの討滅である。
 深部へ進めば進むほどにモンスターが強力になっていくというダンジョンの性質を考えれば、第七十階層に単身で挑むことがどれだけ無謀か。考えるまでもないだろう。
 ましてやフロアボスとそのまま対峙するなど、無謀を越えて自殺行為とすら言える。
 故に愚かにも魔龍皇ヴェノム・タイラントへ単身で楯突いた件の青年が、無惨にも成す術なくやられる事は当然の帰結でしかない。

 そのはずだ。そうでなければおかしいのだ。
 しかしその場で起こっていたのは、魔龍による青年――ユーベルへの蹂躙ではない。

「ぬぅ…!」

 そうやって苦しげに呻いたのは、ユーベルではなく魔龍皇ヴェノム・タイラントだ。
 自慢の角は無惨にもへし折られ、翼は力任せに引き千切られたような有り様である。
 毒々しい色合いを湛えていた鱗もその大半が傷付き、捲り上げられ、その姿から先程の威容を感じる事は出来ない。
 それでも、一つとして誇りを失ってはいない尊大な口調で、魔龍は己を下した青年へ話し掛けた。

「……人よ、狭小と騙った事は撤回しよう。貴様は強大だ。人の身では身に余る、超常の力を秘めている」

 その間にも魔法を行使し魔弾の雨を放つユーベルに、耳を傾けている様子はない。
 降り注ぐ煌めきがまた一つ着弾する。広間では魔弾の炸裂音が絶える事はなく、ともすれば魔龍の声すら掻き消すほどの苛烈さでその巨大な体躯を傷付けていく。
 が、魔龍に堪えた様子はない。皇の字に相応しく尊大な口調に、ともすれば嘲りとも取れる含みを秘めてすらいた。

「しかし、愚かである事に変わりはないようだ! 人よ、人を超えながらも未だ人に留まる愚か者よ。貴様はその力で何を成す? 何を成せる? 我にはわかるぞ。貴様は何も成せぬまま、やがては朽ち果てて行くのだろう」

 いよいよもってユーベルの攻勢が更なる苛烈さを増す。
 魔弾一つ一つの規模が膨れ上がり、内包されたあまりにも莫大な魔力が原因か。帯電するように表面上で迸る赤い魔力光が、秘めたる破壊力の程を物語っている。
 さながら爆撃の如く降り注ぐ魔弾は、鱗がなくなり空気に晒される柔らかい肉を穿ち、抉り取り、風穴を増やしていく。
 最早ヴェノム・タイラントは瀕死と言える状態だ。しかしユーベルに容赦はなかった。漆黒の外套を靡かせながら、魔弾に紛れるように魔龍へ近付いていく。
 ヴェノム・タイラントはその事に気付くも、すでに反抗する力さえ残ってはいないのか。己へ迫る死の気配を確りと見据えながら、身動ぎの一つさえしない。

「――」

 ついに目と鼻の先へ接近したユーベルは、勢い良く振りかぶった拳を叩き出そうとしている。はためく外套が、ユーベルのあまりもの速度に残像のような黒い影を残していた。
 万全の状態であれば自慢の鱗で弾き返して逆に体を痛めさせるところだが、すでに鱗の大半を失ったヴェノム・タイラントに、降り掛かる衝撃へ抗う術はない。
 いや、例え万全の状態であってもそうであっただろう。魔龍は死の間際にそう悟った。
 放たれた拳打に秘められているのは、やはりと言えば良いのか莫大な魔力だ。人の身では身に余る甚大な量の魔力は、拳の衝突とともに見境なく放出され、情け容赦なく周囲へ牙を剥く。
 その直撃を受けてはいくらドラゴン種の一角であろうと、何の抵抗も許されず肉片へ変えられるだろう。それほどの魔力がその一撃には込められていた。そうと確信するほどにこの青年が秘めたる魔力は、甚大であった。

 ああ、しかし、その脅威を前にして魔龍が浮かべたのは嘲笑。「くっ」と喉を鳴らして、己へ死を与える人の形をした化け物を見詰める。先の言葉に続けるように、死の間際であってなお青年を嘲った。

「それも当然であろう。そのように澱みきった眼では何も見えず、しからば何も映さない瞳では何を選ぶ事も出来まい。なればその超常の力は、いったいどこを見据え、向かい、振るわれるのだろうな! ああ――――」

 総身が怖じ気立つほどの魔力が込められた必殺の拳打。それが頭部へと直撃する直前、最期に「愚かなり」と付け加え魔龍は絶命した。
 その結末は、終わってみれば呆気ないとも言えるほどだ。ユーベルは傷の一つもなく、どころか息の一つも上げず、一切の疲弊を感じさせない状態である。
 第七十階層を守護するフロアボスを相手にして、その結末はやはりあまりにも呆気ない。
 その事に不満を抱いた訳ではないだろうが、今しがた魔龍を死に追いやったユーベルは、徐々に光へ変わっていくヴェノム・タイラントの死骸を苛立ったように見詰めていた。

「……ちっ」

 舌打ちを一つ。「爬虫類如きが、誰に口聞いてやがる」と粗野な口調で吐き捨てては、顔を顰める。
 そうしてまた、人知れず自問自答を繰り返すのだ。


 己は何だ。何がために生まれ、何がために生きる?
 答えは今も、見付からないまま。

 気が付けばモンスターからさえ化け物扱いされるほどに、強大な力を持っていた自己。
 異世界への転生という荒唐無稽な出来事を切っ掛けに幕の上がった第二の人生は、どこまで行こうと彼の思い通りとは行かず、いったい何の因果がこのような世界へ己を生み出したのか。ユーベルは今日も今日とて、漠然とした疑問を抱かずにはいられなかった。


 ――モンスターチャイルド。そう呼ばれていたのは最早過去の出来事だ。
 その後も各所にて諍いを起こしながらも、やがてはここセントラルタウンに辿り着いた彼だが、それで騒動は終わらない。
 英雄願望でもあったのか。悪名高いユーベルの首を狙い襲撃を掛ける探索者は数多くいたし、各所からの刺客も休むことなく彼の命を狙い続けた。その尽くを退けたのが、拙かったのか。
 昼夜問わずそんな殺生沙汰を繰り返していれば当然治安に乱れを引き起こす事となり、やがては事態を重く見た当時の三大パーティの一角、ブラッドナイトを筆頭とした一部パーティの連合と対峙し、これを撃退。
 そうしている合間にも悪名は増えていく。留まる事は知らない。

 曰く、血肉を貪る悪魔の化身。曰く、人の心を知らぬ悪鬼。
 狂った弾道(マッドバレット)殺戮機械(キラーマシーン)。人間砲台。近付いてはいけないあの人。

 様々な異名を付けられた。かつての忌み名であるモンスターチャイルドもやがては数ある異名の一つになり、代わりにユーベルへ与えられた悪名の代名詞と言えば、やはりこれだろう。


 ――災厄のユーベル。


 それが、その忌み名こそが、異世界への転生を果たし、我武者羅に日々を生き抜いたユーベルを指して使われる、絶望と畏怖の象徴であった。

 夢にまで見た幻想(ファンタジー)だとか、阿呆らしいにも程がある。
 彼は史上最高額の懸賞金を懸けられた虐殺者であり、世に悪名を轟かす恐ろしい暴君であるのだから。

 ――故に彼は、書物にて描かれる英雄(ヒーロー)などではない。然らばこれより語られる物語も、英雄譚とは程遠い代物なのであろう。
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