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暴君ユーベル迷いナく. 作者:霧山病

第一章[迷い人のバチカル]

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1-10/祈りは何処に

 まるで、暗闇に呑まれていくようだ。

 鬱蒼と生い茂る木々の中に隠された、エルフの集落。種の中で唯一、種族本来の規格を越えた存在――超越種であったハイエルフの女性が、人類との軋轢に耐え兼ね作り上げたと言われる隠れ里。そこで産声を上げたその日から、今日に至るまでの軌跡。その掛け替えのない大切な記憶が、どうしてかあやふやに変わっていく。



 禁呪とは、大陸最大の禁忌だ。情報の収集、習得、使用――禁呪に関わるありとあらゆる行為がタブーとされており、故にこそシャハテル大陸全土を見回しても、禁呪に対し深い知見を持つ者は極僅かだ。
 しかしそれでも、そんな禁呪の中であって高い認知度を誇る外法が、三つある。万物の尽くを焼き尽くす、呪殺魔導デスパレード。敵対者へ絶対の死を与える、呪滅魔導ルインプリズン。そして、対象の魂に干渉し意のままに操る、洗脳魔導パラダイスシフト。

 勿論、発動に至る行程や、禁忌と見なされる所以、発祥の詳細などが知られているという訳ではなく、単に名と、その恐ろしい効力の程が、一部の有識者達の間に広く知れ渡っているだけであるのだが――



 抗いようのない喪失感は如何ともしがたく、しかし悲鳴を上げようにも、真っ暗闇の中では声の一つも満足に出せない。
 喪失感と共に飛来するのは、脳髄に蛆が這うような不快感。それが強まれば強まるほどに、自己が曖昧に成り果てていく。

 親類に別れを告げて故郷から足を踏み出した私――リーゼは、数年の放浪の末に、大都市として名高いセントラルタウンへ行き着いた。
 迷宮の発見に浮き足立っていたそこで彼女と巡り合ったのは、果たして運命と偶然のどちらだったのだろう。エミリアの四代前に当たるシュプリンガーの血脈――エレイン・シュプリンガーとの邂逅を切っ掛けに、私の銀閃乙女のメンバーとしての日々が始まった。

 迷宮とは、魔物の巣窟だ。人類種が突発的に行う駆除により、大陸上に群生するモンスターは昔と比べ大いに数を減らしていると聞く。だが迷宮の中ではそんな諸説、通じない。其処は正しく魔境。夢見る若人を無慈悲に呑み込む、モンスター達の領域だ。
 その中を、仲間と共に駆け抜けた。襲い来る魔物を薙ぎ倒し、悪辣な罠を掻い潜り、共に苦しみ、共に泣き、共に喜んで――

 種族柄長寿であるエルフと比べ、人間の生は短く、脆い。迷宮攻略とセントラルタウンの治安維持に日々を追われる生活を、幾十年。エレインが死んだ。病死であった。彼女の死後、銀閃乙女のリーダーの座を頂いたのはエレインの娘――二代目シュプリンガーである。
 感傷に浸る間もなく、今度はエレインの娘との迷宮攻略が始まった。己が利権のために競争を激化させる他パーティの存在を考えればこそ、エレインの死に嘆き悲しみ足踏みしてなどいられなかったのだ。

 エレインは、銀閃乙女の名を広める事で、シュプリンガーに着せられた汚名を払拭したいと語っていた。シュプリンガーは元々大国ナルシスの貴族階級の家系だったらしいのだけれど、それが先代――エレインの親の代で、国の中枢に居座る大貴族ゲシュペンストとの間に起こった諍いを契機に、謂れもない罪を課せられて貴族の地位を剥奪されたとのことだ。
 何でも、魔族との内通をでっち上げられたらしい。ありもしない癒着を嘯き、シュプリンガーを糾弾するゲシュペンストの言葉を信じたのだろう。当時の王直々の命によって、シュプリンガーは誇り高き貴族から一転、ただの罪人へ成り下がってしまった。
 遠い昔にあった、パーティ発足の立ち役者である最初期の団員達が集まった宴。その席でエレインからこの話を聞いた時、私は何と思ったのだったか。ああ、確かそう――


 政争に負けた貴族の転落など、ありふれた話の一つに過ぎない。小さい者がより大きな者に呑まれるように、世界というものは出来ている。
 シャハテル大陸の各所を放浪している途中に、エレインの家系に関する噂話を聞いた事があった。シュプリンガーと言えば剣を振る事ばかりに突出した、根っからの剣士の家系だ。繊細な陰謀を張り巡らすほどの計算高さなど持ち合わせてはおらず、そんなシュプリンガーがゲシュペンストと事を構えて、無事でいられるはずがなかったのだ。


 私はエレインに、憧れにも似た感情を抱いていた。否、それは情景などとは掛け離れた、あまりにも一途過ぎる盲信だったのかもしれない。崇拝だったのかもしれない。
 着せられた汚名を払拭するべく、セントラルタウンで名声を高めようとしたエレイン。短い人の生をただそのためだけに捧げた彼女の姿には、私にはない輝きが――短い生だからこそより強く、より大きく燃え上がろうとする、苛烈な情熱が灯っていた。


――シュプリンガーに落ち度はない。私達は誇り高き剣の一族だ。私はな、ここで名を広めることで、その事を再び皆に知らしめたいんだ――


 存命していた当時、そう謳ったエレインの瞳には、一寸の陰りもない気高い剣士としての誇りが輝いていた。
 私は、その儚くも苛烈な輝きの行く先を、自分自身の目で見てみたいと、そう思って――



 暗転。暗転。暗転。場面が切り替わる。世代変えを繰り返しつつも名声をより強固なものへと変えていく、銀閃乙女。彼女等を率いるのは、いつの世代もシュプリンガーの血脈の者だった。
 幾度も闘争を繰り返した。時にはセントラルタウンで無法を働くならず者と、事を構える事もあった。その度にシュプリンガーは剣を掲げる。他パーティとの競争の最中であっても、彼女等は常に誇り高くあり続けた。
 代は重なる。二代目、三代目、四代目――今から丁度、二十年前か。銀閃乙女四代目団長、エイアス・シュプリンガー。彼女はエミリアの母である。
 彼女は歴代のシュプリンガーの中でも際立った武勇を持つ傑物で、経験の差も何のその、長い年月を生きる私と真っ正面から戦っても、決して引けを取らないほどの実力を誇る凄腕の剣士だった。
 彼女もまた、矜持の下に戦った。剣を掲げ、誇りを謳い、戦って、戦って、戦って――そうして、その気高さに殉じた。

 迷宮発見当初からセントラルタウンに居着いていた、薄暗い背景を持った日陰の勢力――クリミナル。不正規の人身売買や迷宮から持ち帰られた貴重な物品の密売、不当な金利の金貸しや、土地の買収、等々々。
 セントラルタウンに潜む悪人共の総元締めであったクリミナルは、ギルドや当時の三大パーティと対峙しながらも決して怯んだ様子もなく、数々の悪行を繰り返していた。
 彼等の規模は絶大だ。何と言っても、セントラルタウンに住まうならず者共の大半を勢力下に収めているのだ。北西の外壁沿いにある、最も浮浪者の多いエリア――俗に貧困街と呼ばれる地区に本拠を構えるクリミナル。しかし悪の滅びは必定とでも言うべきか。とあるパーティがクリミナルと事を構えた事態を始まりに、クリミナルは壊滅に追いやられることとなる。

 そのとあるパーティこそ当時の三大パーティが一角、ブラッドナイト。物々しい名前とは打って変わり、品行方正の人格者達が集うパーティだ。彼等は探索者でありながらセントラルタウンの治安維持に率先して尽くし、最早探索者のパーティと言うより、自警団として名を認知されているほどだった。
 その役柄上、クリミナルと事を構えた回数は一度や二度ではきかない。それでも双方が存続し続けていたのは、互いにセントラルタウンに深く根付いた存在であったからだろうか。
 しかし当時のブラッドナイトの頭領、血塗れのドルヒは声高に唱えた。悪とは許してはならぬ存在。他者を食い物に明日の糧を得る、醜悪なる畜生。魔物と変わらぬ、人に仇為す害悪であると――

 故に滅びろ。貴様等は滅びて然るべき害敵(モンスター)だ。

 そこから始まったブラッドナイトとクリミナルの抗争は、他パーティをも巻き込む一大騒動と化す。三大パーティの一角である銀閃乙女もまた動乱の最中に身を乗り出し、クリミナルの構成員を相手に切った張ったの大立ち回りを繰り広げた。
 そして訪れる黎明期。数々の犠牲を出しながらも、クリミナルのトップ、ドゥムリューゲの首を血塗れのドルヒが獲ったのだ。後に血の粛清と呼称される事となるこの騒動は、セントラルタウンへ真の平穏を与える結末となり、多くの人々が、この結果に盛大な歓声を上げた。

 その傍らで、クリミナルとの闘争の最中に命を落とした者達。その中には、エイアスも含まれていた。彼女は子連れの夫妻を、自棄になって見境なく暴れ始めたクリミナルの構成員の魔の手から庇い、あまりにも呆気なくその命を落とした。



 まただ。また暗転。その時、私は泣いたのだったか。悲しんだのだったか。生の輝きを二十と僅かという短い年月で閉ざした女傑。彼女の死に、果たして私は何を思ったのだろう。何を感じたのだろう。
 わからない。わからなくなっていく。何も見えない暗がりに、私を構成する全てが蝕まれていく。



 誇りに殉じ、弱きを庇い命を散らしたエイアス。彼女はしかし、この世に何よりも尊い種を残した。隠し子とでも言うべきだろうか。思えば、しばらくの間、彼女が荒事から身を離している時期があった。血の粛清から幾数日、悲しみに明け暮れる銀閃乙女の本拠へ届けられたのは、産声を上げたばかりの赤子。シュプリンガーの血を継ぐ、次代の女傑――エミリアである。
 エイアスの相手方は、果たして誰だったのだろう。銀閃乙女の団員は、親類との血脈にも劣らぬ深い絆で結ばれている。そのくせしてエイアスは、そんな私達にすら告げる事もせず、ひっそりと、誰に気取られることもなく子を成していたのだ。
 恐らくこいつなのではと、怪しんでいる人物はいたが、これから頭領として名を広め、次代の幕開けを告げるはずであったエイアスの死去にてんやわんやの私達。そんな銀閃乙女を陰ながら支援するブラッドナイトの姿勢に、詮索は無粋かと思った私は、漏れ出そうになった声を呑み込んだ。



 ともかくこうして、シュプリンガーの血は継承を続け、クリミナルの壊滅によって齎された真の平穏を、しばらく私達は噛み締めることとなる。

 エミリアは、天才だ。天性の才を持つ、闘争の申し子だ。二人(・・)の英傑の血脈を伏せ持つと言うのだから、あるいはそれも当然の宿命だったのかもしれない。
 彼女は今から十年前に、僅か十二歳という幼い身でありながら、三大パーティが合同で成し遂げた偉業――四十階層の突破に参加し、他の面子に引けを取らない戦い振りを見せた。
 シュプリンガーとしては未熟。そう恥じ入る彼女は、自身に流れる血脈に何を見たのだろう。燃え盛る業火のように苛烈な輝きを灯した瞳に、私は何を見出せたのだろう。

 誇り高く、途方もない才を身に宿す剣士、それがエミリアだ。彼女の事を、私は……いや、エミリアだけではない。過去の者達を含め、銀閃乙女に属するメンバー総員を、私は自身の肉親と同じように、愛していて――



 闇が、光の届かない深淵の暗闇が、ぼうっと私を見詰めていた。脳裏に流れていた在りし日の軌跡が、ぼやけるように揺らめいていく。
 果たして私は、本当に愛していたのだろうか? 私は何を思って、何がために、銀閃乙女のメンバーとして尽力していたのだろうか。そもそも、はて――愛って何なんだろう?



 かさかさと、頭の中を蛆が這い回っていた。毛髪には細長い体躯を湿らせる、蛇が絡み付いている。どこかに飛んでいった衣服は、蜘蛛の赤子が群がって、巣の代わりにされていた。
 心臓の脈動を教えるのは、蛙の笑い声だ。ゲコゲコ、ゲコゲコ、謳うように鳴いている。

 ケタケタ、ケタケタ、呪うように泣いていた。

「あれ、おかしいわね……」

 鳴き声を聞いているとどうしてか、次第に私も愉快になってきて、気付けば頬が吊り上がっていた。真っ暗闇の中で、手を伸ばす。水面みたいに揺らめく深淵には、笑みを携える私が鏡写しになっている。
 伸ばした手が、幸福に顔を綻ばせ微笑む私に触れた。そのはずなのに、どうしてだろう。鏡面に映る私は少しも動かない。深淵は波打つように揺らめいているのに、私が伸ばした手は、私に届かなかった。

 止めて。行かないで。ここにいて。貴女の居場所はこんなところじゃない。私の居場所は、そんなところじゃあないの!

 有らん限りの絶叫を上げた気になった。でも、声は出ない。鏡写しの私は笑ったままだ。

 呑まれていく。呑まれていく。どことも知らない暗闇の中で、私の存在は許されなくって、だから、なのだろうか。深淵に映る私は、微笑みをそのままに、揺らぐように消えて行って――



 光が、弾けた。あまりにも唐突に、暗闇が払われる。開けた視界に移ったのは、岩肌を剥き出しにした天井――恐らく、迷宮の天井だろう。だとするとここは、先程躯達と相対していた、あの広間だろうか。
 天井を見上げているということは、私は横になっているということだろう。はてさて、どうして私はこんなところで寝ていたのか。

 どうにも記憶が曖昧だった。肉塊兵とでも言うべき軍勢の襲来から、逃げ出して、その先で異様な佇まいのモンスターと相対し、エミリア達を逃がすために一人この広間に残って――

 禁呪を操る異端の躯と、再び襲来した肉塊兵。果たしてあいつらは、どうなったのだろう。いやそもそも、何で私は気を失っていたのだろう?

 無性に、心細い気分だった。長年連れ添った想い人が、ふとした拍子に唐突にいなくなったような孤独感。生憎と、そんな異性は元からいない訳なのだけれど、あえて例えるとするなら、きっとそんな気持ちだ。
 コツコツと、岩肌を叩く足音が聞こえた。知覚に届いた某かの到来に気をやる余裕もなく、どうしてか震えの止まらない身体を、冷たい地面の上で捩った。

 怖い。何が、何に、そんな問答の答えなど見当も付かなかったけれど、何故かどうしようもなく怖かった。だから、震えが止まらない。心細くなってしまう。
 筆舌に尽くし難いこの情動は、果たして何を由来としているのだろう。途方もない喪失感に、意識が揺らめいて息が上がった。
 はあはあと、荒い呼吸を繰り返しているのだと思う。胸中はどこまでも冷え込んでいくのに、体躯はまるで盛った犬か何かのように火照っていた。

 熱い。熱い。熱い――いや、寒い? どっちなんだろう。気付けば目に映る広間の模様も、曖昧にぼやけて蜃気楼のように揺らめいていた。

 何もかもが不確かだ。どうして自分は、こんな状況に陥っているのだろう。そう投げ掛けた自問に、やはりと言えば良いのか答えは出なかった。
 それでも――

「行か、ないと……」

 ほうほうの体で声を絞り出した。いったいどこに行くの? 直後にそんな疑問が湧いてきた。さあ、どこなんでしょう。私にもわからないわ。私の心のどこかには、他人事のようにそう嘯く私がいた。
 でも、行かないと。早くここから逃げて、あの子達の顔を見ないと――

 きっと私は、手遅れになってしまう。得体の知れない焦燥感に急がされて、前後不覚の身体を這うように動かす。
 朧気な視界の中に、各所に散在する紅い煌めきが映った。先程散布した、ツヴェルクパンツァーの魔鉱石だろう。あれが散らばっているという事は、今の私は鎧纏いし(ツヴェルク)魔の狭星(パンツァー)が解けた身なのだろう。
 だとしたら身体の不調にも納得は行く。どうにも些か程度が間違っている気はするし、精神的な不調の原因は、やっぱりわからないままだったけれど。
 ともかく、

「そうよ、行かなきゃ――」

 魔鉱石の回収も、今は些事だ。どうにも手を煩わせる気になれなかった。
 ピクピクと痙攣する腕を伸ばして、上体を引き摺る。今の私は、土塗れの汚い格好なのだろう。容姿には自信があるが、こうした泥臭い様相にも慣れたものだ。探索者とは迷宮内での荒事をこそ生業とする者。一々汚れを気にしていては、一流の探索者とは言えないのだ。
 前へ前へと、這って進む。そうしていると、唐突に息苦しくなって、思わず咳き込んでしまう。土埃か何かでも、吸い込んでしまったのだろう。「げほっげほっ」と盛大に噎せ返るが、それでも焦燥感に突き動かされる体躯に、止まる様子はない。

 そんな時だった。あいつが――彼が、私の前に現れたのは。



「ったく、んな様でどこに行こうって言うんだ。ええ? 巨兵さんよぉ」

 まず目に入ったのは、迷宮の大地を踏み締めるブーツだった。侮蔑するようなニュアンスの言葉を聞いて、目の前に現れた人物が何者なのか察する。視線を上げれば、真っ黒な外套で身を包んだ男の姿が映るだろう。
 常日頃から魔物が蔓延り、今となっては異変の只中である地下迷宮が第四十階層。そんな中であってなお恐れるものはないと言わんばかりに不遜な態度で、その男は佇んでいた。
 そういえば先程、規則的な足音が響いていたではないか。あれは、彼が鳴らしたものだったのだろう。今更ながらにそうと気付いて、異常なほどの魔力を滾らす彼の接近を悟れなかった不覚に、自分の事ながら呆れてしまう。
 思わず自嘲の一つでも溢そうと思いもしたけれど、僅かな身動ぎさえ億劫な体躯に活を入れて、何とか顔を上げる。そうすれば苛立たしげにこちらを見下ろす彼――彼の悪名高き暴君、災厄のユーベルを見上げる形となった。

 血のように赤い、どす黒く澱んだ眼。彼の瞳が、私を冷たく見下していた。どこからか生じた風が、彼の髪を靡かせる。燃え尽きた灰の如き色合いの毛髪は、彼の剣呑な有り様とは裏腹にとても柔らかく揺らいでいた。
 どくんと、心臓が高鳴った。一緒にはためいた黒い外套が、僅かに翻る。彼は風の悪戯を鬱陶しく思ったのか、元より不機嫌そうに顰められていた表情を殊更険しくして、舌打ちを一つ。端整な顔立ちが忌々しげに歪む。
 そんな些細な挙動にすら、うるさく反応する心臓。どくんどくんと、脈打つ心音はいったい何を求めているのだろうか。

 行かなきゃ、行かないと、早く行って、あの子達の顔を――そうやって体躯を突き動かしていた激しい衝動が、唐突に止んだ。代わりに高まる胸の疼きが、火照っていた身体を尚更昂らせていく。

 そうと自覚出来るほど、精神的に不安な状態だったからだろう。クリミナルの再来とでも言うべき、グリードの台頭。彼等の横暴の最たる原因の一つとも言えるユーベルは、私達銀閃乙女にとって相容れない存在だと言える。
 そのはずなのに、どうしてか無性に、彼に縋りたくなっている。魚が水を求めるように、虫が大樹に寄り添うように、総身が縋るに足る強大な存在を――揺るがない絶対を、求めていた。

 だから、だろうか。まるで羽虫でも見るかのような冷たい視線で、私を見下ろす暴君。険悪な形相の彼を見上げて、どうしてか私は途方もない安心感を抱かざるを得なかった。

「わからないの。私はいったい、どこに行くのかしら……」

「……はぁ? 何、唐突に訳のわかんねぇことほざきはじめるんだよ。てめぇ、頭でもやられたか」

「そうね……もしかしたら、頭がおかしくなっているのかもしれないわ。ねぇ、教えてちょうだい。私は、これからどこに行くのかしら? 私は――私は……いったいどこに、行っちゃったんだろう…………?」

 益体もない問い掛けに、彼は益々不機嫌そうに表情を歪めた。そうして徐に右手を持ち上げたかと思うと、癇癪を堪えるようにがしがしと頭を掻く。
 彼は少し俯き気味になって、大きく溜め息。「はぁ」と漏れ出た吐息がどうしてかとても色っぽく聞こえて、私の心臓がまた一つ高鳴る。

「……ゴーストは禁呪を使ったって話だ。銀閃乙女の奴等が見たのは、黒い炎――デスパレードのことだろ。あれ(・・)じゃこうはならねぇ。だとしたらこいつがこうなったのは、他の禁呪……精神に作用するってなると、パラダイスシフトか? 全く、面倒だなぁおい……」

 俯き気味のまま、呟いた彼。その視線は殊更細められて、嫌悪を示している。いや、あるいは嫌悪を越えた、敵意か殺意か。鈍く煌めく眼光は、どこまでも鋭利に研ぎ澄まされていた。
 様相の変化にどぎまぎして、彼の漏らした囁きを聞き逃してしまう。彼の声を聞く度に、心細さが和らいで、体躯の火照りが高まっていった。胸を疼かせる熱を前に、気付けば得体の知れない恐怖などなくなっていたようだ。

 これはもしかしたら、そうなのではないか。胸に芽生えた予感に、私は尚更顔を熱くさせた。恐らく、そうなのだろう。それしかない。
 予感は確信に変わる。意識を切り替えるように、俯き気味だった顔を徐に上げた彼。ユーベルが、再び私へ目を向けた。薄暗い灯火を灯す鮮血の眼が、熱に滾る私の視線と重なる。

 これは、これこそが――

「ちっ、ともかくてめぇはここで這いつくばってろ。負け犬には、それがお似合いだろうさ。良いか? 木偶のリーゼさんよぉ、俺がここに戻ってくるまで、てめぇは絶対にそこを動くんじゃあねぇ」

「……貴方は、どこに行くの?」

「……ゴーストだとかいう奴のところさ。てめぇが殺り合ってたんだろ? その、新種の死霊系を追う」

「どうして?」

「ギルドからの依頼(オーダー)だ。四十階層(ここ)で起こってる異変を、解決しろってな」

「……うん。わかったわ、早く戻って来てね。じゃないと、心細いの……ねぇ、ユーベル(・・・・)

 愛。人を愛しいと想うことなのだろう。

 会話の最中、何とか身体を起こして、地面に座る体勢を取る。途端に、泥塗れの今の姿がとても恥ずかしく思えてきた。華美な意匠と言えど、軽装は軽装。今の私は迷宮内での闘争を目的とした物々しい装備に身を包み、土埃に汚れている。

 汚い女だと、バカにされてはいないかしら。物騒な奴だと、そう思われていないのかしら。

 そう考えると、思わず胸のときめきが萎んでいく。これが原因で嫌われでもしたら、私はきっと生きていけなくなってしまうだろう。

 でも、そうだ。彼もまた探索者の一人だ。泥臭さには慣れたものだろう。きっと、そうに違いない。
 だから、こうなるまで頑張った私を見直すことはあっても、敬遠するなんてことないのではないだろうか。
 もしかすれば、強請れば褒めてくれるかもしれない。勇気を出して言い寄れば、彼は「仲間のためにそんなに頑張れるなんて、凄い女だ。思わず俺も頑張る気になっちゃうぜ。夜に」なんて言って、私の肩を抱くのだ。私はそんな彼に向けて、困ったように「私のためにそんなに頑張らなくても良いのに」と返して、彼の彼へ熱い視線を向けたり、向けなかったり。

 いや、流石に無理があるだろうか。何と言っても彼はあの悪名高き暴君、災厄のユーベルである。もし言い寄ったりすれば、むしろ泥臭く、汗に蒸れた私の体臭を「まるでドブみたいな匂いだ」と罵倒して、「小汚い雌豚は俺のポーションで綺麗にしてやる」と勇んでくる光景の方が、それっぽい。
 正しく暴君の如き、常人の倫理から掛け離れた行為だ。そんな事を強要されても、困る。けれども拒否の姿勢を示す私を、彼は力尽くで従わせるのだ。

 想像の中には、嬉々としてポーションをぶちまけるユーベルと、嫌々しながらも喜んでいる私の姿があった。
 どうしよう………私は大変な人を愛してしまったようね。今までは快く思っていなかったけれど、そんな彼がどうしてか、愛しく思えて仕方なかった。
 見上げれば、米神をピクピクと痙攣させるユーベルの姿がある。どうかしたのだろうか? 無愛想な表情が、どことなく驚いたふうに歪んでいた。彼は頭痛を耐えるかのように、顔を掌で覆う。指の隙間から見えた彼の眼は、慄くように揺れていた。

 傲慢不遜な態度で、数多の人々を足蹴にしてきた暴君。そんな彼がこうまで動揺するなどと、尋常ではない。私が気付かないだけで、それほどの一大事がこの場で起きていたのだろうか。

 そういえばと、思い出す。今の迷宮は、正しくその一大事の最中であった。彼はその異変を解決するべく、ギルドの依頼を受け馳せ参じたようだけれど――
 まあ、彼の身を案じる必要はないだろう。何せ、彼はあの災厄のユーベル。如何に禁呪を扱う異形であろうと、彼を前にすれば有象無象に成り下がること必定。
 だから、そう、私が彼を心配する必要はなく、彼もまた、自身の身を案じる必要などないのだ。

 ――本当に、そう? 心のどこかで、そう囁いている自分がいた。

 火照った熱を冷ますような、冷酷な疑問。それが何故生じたかもわからないままに、気付けば私は尋ねていた。
 身を焦がす危機感を気にしないようにして、心にぽっかりと空いた隙間が埋まるように願って、不安に揺れる声を、投げ掛ける。

「ねぇ、どうしたの? 何か気掛かりでもあるのかしら。私、心配だわ。貴方のそんな姿を見てると、ね。どうしてか胸が、苦しくなるの……」

 そうすると、彼は――




 立つ気力もないのだろう。内股で座り込むエルフ。巨兵のリーゼ。土埃に身を汚しながらも一寸の陰りを見せない彼女の美貌は、まるで火照ったように紅潮していた。
 こちらを見上げるアクアマリンの瞳に灯されているのは、果たして何の熱なんだろう。真っ直ぐに俺を見詰める彼女の心情の所以など、考えたくもなかった。

 胸がざわめく。不快感が肌を撫でた。気付けば胸当てに包まれた彼女の双丘に足を掛けて、押し倒していた。
 どさり、と目の前でリーゼが仰向けに倒れる。「きゃあっ」とどことなく喜色を滲ませる気色悪い声は、努めて意識の外へ追いやった。

「もう、何するのっ?」

 そう言って非難する声にも、然程の怒りは込められていなかった。どころか、何と言うことだ。仰向けのまま上体だけを起こした巨兵のリーゼは、困惑しながらも何かを期待するような眼差しを、俺に向けていた。


 禁呪の中には、パラダイスシフトという代物がある。直訳するとすれば、楽園への移行だろうか。俗に洗脳魔導と呼ばれ嫌忌されるこの禁呪は、単に身体の自由を奪う隷従の首輪とは違い、当人の意思にすら影響を及ぼす。
 パラダイスシフトは対象の()に作用し、人格や記憶の書き換えを可能とするのだ。その効力は絶大の一言に尽き、例え憎しみに囚われた復讐者であろうと、朗らかな人格の紳士に変えるし、逆もまた然り。パラダイスシフトでそうと人格を歪められれば、如何な紳士であろうとありもしない情動に奔走する殺人鬼に成り果ててしまうのだ。


 件の異変の元凶であるゴーストが、禁呪を扱ったという情報はあった。だから、他のメンバーを逃すべく一人ここに居残った巨兵のリーゼが、ゴーストと相対する最中、禁呪の――パラダイスシフトの餌食になるという可能性も、なくはなかったのだろう。
 だとすれば、厄介な事になる。正しくは、厄介な事になったと言うべきか。洗脳魔導と呼ばれるように、パラダイスシフトは大抵の場合、対象の洗脳を目的に使われる。
 だが、もし、無作為に――洗脳後(・・・)の状態を明確に定めないまま放ったならば、どうなるのか。

 その答えが、この様なのだろう。

「……おい、もう一度言うぞ? てめぇはここにいろ。直ぐにでも戻ってくる。だから、動くな。絶対にだ。わかるか? 絶対だぞ。絶対」

 念押しするように、そう何度も言い聞かせる。パラダイスシフトの本質とは、結局のところ対象の魂を歪めるという一点に尽きる。洗脳という結果は、その歪みを使用者が調整してはじめて齎されるのだ。所詮、ゴーストも畜生(モンスター)だ。そこまで高度で、複雑極まりない手順を踏んで巨兵に外法を掛けられるとは思えない。
 そもそも、正しい手順でパラダイスシフトを行使したのだとして、何故巨兵が俺に懐くよう仕向けるのか。下手人がモンスターだと考えればこそ、そこに作為的な意図を見出すのは難しかった。
 だから、これはきっと偶然。偶々の不幸。調整を怠ったパラダイスシフトは対象の魂を作為なく乱し、洗脳ではなく精神の崩壊や、人格の歪曲を引き起こす。
 初期段階ならば、精神的な悪影響も軽度だ。精々がアイデンティティーの喪失や、記憶の混濁だけで済むが。

「え、もしかしてユーベル、貴方……私のことを、心配してくれてるの? ふふっ、何だか照れ臭いわね。でも、大丈夫よ。貴方の言い付けは守るわ……私はここで、貴方の帰りを待っていれば良いのよね? うふふ、わかってるわよ。アナタ」

 それにしたって、初期段階のうちに適切な対処を施せば、直に元通りの人格に戻るという話だ。精神崩壊や人格の歪曲などは、失ったアイデンティティーがいつまでも消失したままだったり、記憶の混雑が収まらなかった場合に至る状態なのである。
 そして、もし仮に、その初期段階の間に失ったアイデンティティーや記憶の混雑と同程度に衝撃的な事があれば、対象は不安定な精神を安定させるべく、その出来事に精神的に傾倒していく。


 例えば賭け事でボロ儲けしたなら、ギャンブル狂いに。例えば凄腕の剣士の業に魅せられたなら、剣の道に。例えば絶体絶命の境地に異性が現れたなら、その異性に寄り添うことで、精神の安寧を計ろうとする。



「……てめぇ、何だ。その馴れ馴れしい声は。お前、俺を誰だかわかってんのか? あの、災厄だぞ? 悪名高きユーベルだぞ?」

「うふふっ、おかしな事を言うわね。貴方の名前を知らない人なんて、シャハテル大陸広しと言えどそういないでしょうに。それに、私は何と言っても銀閃乙女の一員として、地下迷宮最深度到達者の貴方と切磋琢磨していた身よ? そんな私が、貴方の事を知らない訳がないじゃない」

「待て、待て……俺はてめぇら如きと切磋琢磨した記憶なんてねぇぞ? どうなってやがる。頭にお花畑でも咲いたのか、おい」

「連れないこと、言うのね……でも、お花畑か。ふふ、確かにそうね。咲いているのかもしれないわ。だって、私には見えるもの。貴方と私の周りを囲う、真っ赤なバラのカーテンが――」

「……ふぅ」

 思わず漏れた溜め息は、楽しげに笑うお花畑(リーゼ)に拾われることとなる。胸に手を当ててすぅと大きく息を吸った彼女は、直後ににっこりと満面の笑みを咲かせて俺を見上げた。

「溜め息を吐くと、幸せが逃げるって言うじゃない? だからね、貴方が吐き出した溜め息(しあわせ)を、私が吸い込んだの。ほら、そうすれば幸福は、どこにも逃げないはずでしょ?」

 そう言って、見せ付けるように自分の胸を擦る巨兵。貴方の幸せはここに留まっていると、あたかもそう言わんばかりの仕草だった。
 吐き気がする。ピクピクと、表情筋が痙攣した。鈍い痛みが、ずきずきと頭部を苛む。



 レーツェルからの報せを受け、再びギルド本部に向かった俺。俺はそこで、件の依頼を正式に受諾することとなった。
 迷宮内部を脅かす異形――ゴーストの討滅、ないし捕縛は、迷宮探索を生業とする俺にとっても成し遂げなければいけない一大事であったからだ。
 とは言え、迷宮に取り残された巨兵のリーゼの救出は、その限りではない。彼女は結局のところ、当人達――銀閃乙女の総員が実力不足であったからこそ、窮地に立つこととなったのだ。
 誰にとっても予測不可能な、唐突な襲来、突然の異常事態だった。そんな言い訳が、罷り通る訳はない。弱ければ死ぬ。弱いなら死ね。それが強者に成り得ぬ負け犬が辿る、必然の結末である故に。

 それを覆そうと言うのだから、相応の対価を払うのは当然だ。俺は巨兵のリーゼ救出の対価に、ギルド本部に居た銀閃乙女へ多額の報酬金を要求した。
 思いの外あっさりと、銀閃乙女はこれを了承。落ち目の続く銀閃乙女にとって、決して安い支払いではなかったはずだが……それだけ、巨兵のリーゼが大事だったということだろう。

 何と言っても彼女こそ、発足当初から銀閃乙女を支え続けている最古株の実力者だ。パーティとして、彼女の存在を惜しむのもわからなくはない。

 ともかくそうして、俺はゴーストの対処、及び巨兵のリーゼ救出のために、リンクリングという特殊な魔導具を使い、本来外部からの転移、転送を受け付けない地下迷宮へ――件の異変の舞台と化していたフロア、四十階層へ、転移してきたのだが……。



 やってきた広間に居たのは、脳内がお花畑と化した巨兵のリーゼのみ。ゴーストとやらの姿も、ゴーストが使役していると予想される、肉塊兵の姿も見えない。
 どこぞへ移動したか? そう疑う。だが所詮魔物に過ぎない畜生が、意識まで落とした無防備な獲物(リーゼ)を放ったまま、意味もなく場所を移すとは考え難い。
 だとすればゴーストには、獲物を捨ててでも動くべき理由があったということだろう。仮にそうだとして、その理由とは何だ。そう思考を巡らせようとした、まさにその瞬間だった。


 ぞわぞわ――と、背筋が総毛立った。理解不能のお花畑(ファンタジー)を展開させる巨兵の薄気味悪さに、思わず怖じ気を覚えたという訳ではない。
 知覚が捉えたのは、激しい魔力の轟きだ。広間の先にある通路を、ずっと前へと進んだところから、この俺をして戦慄せざるを得ないほどの強大な魔力が立ち上っていた。
 チラと、能天気に笑う巨兵を見下す。何にせよこの様では、足手纏いだ。こんな奴、連れ立って歩く気はない。


 依頼達成のためだ。やりたくないが、仕方がないだろう。とてもではないが戦える状態には見えない巨兵を、一応、念のために、手製の魔力障壁で囲う。これで、何かあっても大丈夫だろう。
 半透明の障壁の向こうでは、障壁に包まれて、何を考えたのか。頬に手を当ててくねくねと肢体を捩らす、巨兵の姿があった。やっぱり、大丈夫じゃないのかもしれない。


 ともかく、やるべき事を優先すべきだ。この魔力の出所がゴーストなのだろうと当たりを付けて、俺は広間から通路の先へ、視線を向けた。
 あそこに、居るのだろう。迷宮に異変を齎した下手人が、禁呪なんぞに手を染めた、忌々しい畜生が――


 芽生えたのは、祈りか呪いか。脳裏に、いつぞやの光景が過った。フラッシュバックしたのは、黒い炎に包まれた農村の惨状。逃げ惑う村人を呑み込む、漆黒の悪意。禁呪が外法の一つ、呪殺魔法デスパレード。
 その農村には、村人の成れの果てだけが残った。風になって舞い上がったのは、俺の髪に良く似た色の、くすんだ灰。
 そこにあったのは、骨さえ残せず死んでいった、村人達の燃えカスだった。


 きっと、祈りは不要なのだ。通路にまで侵食している甚大な量の魔力。その発生源に疾駆で近付きながら、そうと胸中で嘯く。
 しばらく通路を進んでいると、不快な形状の肉塊の姿がポツポツと見えてきた。恐らく、ゴーストが使役していると言う肉塊兵だろう。
 奴等は俺の姿を認知するや否や、悪臭漂わす異形の口を引き裂いて、襲い掛かってきた。

 真っ正面から三体。左に二に、右に三。合計八体か。いや、鋭敏過ぎる知覚が迷宮の天井に張り付き、たった今真上から降下してきた二体の存在を感じ取る。
 合計して、キリ良く十。障害にすら為らぬ脆弱な徒党だ。蹴散らして、然るべし。

 駆け足を止めないままに、右手を振り上げた。そうすると、瞬く間に現れ出でる魔弾。ぶぅんと振動音を鳴らして背後に現出した初級無属性魔法バレットが、直後に帯電したように紅い煌めきを迸らせる。

「邪魔くせぇ!」

 掲げた右腕を、降り下ろす。弾丸の如き勢いで放たれた魔弾の数は、肉塊兵と同様に十。バレットは岩肌に囲われた通路を複雑な軌道で駆け抜けて、狙い違わず肉塊兵共の頭部を撃ち抜く。
 上空から襲い掛かってきた肉塊兵が、魔弾の炸裂に身を弾けさせた。降り注いだ血肉のシャワーを障壁で防ぐも、漂う異臭は如何ともし難い。
 蛆の沸いた死肉のような腐臭が、通路に満ちる。規則正しく地面を蹴る俺の足が、頭部を失い倒れ伏した肉塊兵の残骸を踏み抜いた。

 依頼だから、たったそれだけでは収まらない衝動が、身を焦がしていた。デスパレードを繰り出したというゴーストに、自分は何を重ねたのだろう。
 パラダイスシフトで精神的な情動を歪められた巨兵の姿に、己は何を見たのだろう。


 殺せ。殺せ。敵を殺せ。ゴーストを、滅ぼせ。

 誰かがそう望んでいた。誰かがそう求めていた。

 祈りは不要――ならば尽く、呪うべし。

 敵は、殺すのだ。


 いよいよ魔力の発生源の付近にまで来た。目を鋭くすれば、通路の先に魔導師然としたローブに身を包む存在が視界に入る。
 観察は必要か。捕縛を考慮するべきか。一瞬の思考の後、刹那の即断。構わない、殺してしまえ。
 手を伸ばす。決して何も掴めなかった、化け物の手だ。今まで散々に略奪を繰り返した、暴君の魔手だ。
 この手で奪った命は数知れず、業に塗れたこの身が災厄と呼び恐れられるのは、あるいは必然の事だったのかもしれない。

 それでも、儚い希望に縋ったのは、間違いだったのだろうか。取り返しのつかない過ちだったのだろうか。
 過る。過る。いつかの光景が脳裏に過る。フラッシュバックした安寧の有り様は、直ぐ様灰塗れの惨状に成り変わる。

 伸ばした手の先に、バチバチと雷鳴の音を鳴らす、甚大な量の魔力が灯った。衝動に突き動かされるままに、それを解き放つ。
 ゴーストのみならず、いっそ迷宮そのものすら崩壊せしめんと放出された魔法。其は化け物が化け物足る、規格外の暴力の証明であった。

滅びの(・・・)――」

 激しい魔力の働きを察知してか、どうしてか傷だらけの様相のゴーストが、緩慢な動きで振り返った。
 手に持つ魔導書が捲れ上がる。ゴーストが掲げる悪趣味な杖の先に、暗く黒い焔が渦巻く。
 デスパレードで、魔法を相殺する気だろうか。ゴーストの反応は愚かの一言に尽きた。禁呪と言えど、所詮儚い抵抗よ。そんな児戯に煩っていられるほど、己が身に秘め足る超常の力は、優しくないのだ。そうと言外に言葉に乗せて、謳う。

究極魔砲(アルテマ)

 滅びの名を関する、極光の名を。
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