後のことはもう知らん
何の運命か、同じ国に生まれ落ちた四人の男女には共通項があった。
彼らに共通するのは、高貴な家柄の生まれであること、どこか悪人めいた雰囲気を醸し出していること、今生で経験していない、限りなく近く果てしなく遠い世界の記憶。
しかして彼らは認識してしまう。自身の進む道程の先には、只物語を盛り上げるためだけに淘汰される都合のいい悪役として結末が待ち構えている可能性に。
幾つもの分岐が現れては消えていくが、大筋の流れは一向に変わること無く、否が応でも巻き込まれていく。
王家の四男として生まれた男の子は、病弱であることと、魔力を制御出来ない事を理由に秘され続け、一時の自由は得るものの、逃げることの出来ない宮中闘争の果てに離宮の奥で飼い殺しのままに生涯を送ることを実の兄である王太子に告げられる事になり。
公爵家の長女として生まれた女の子は、祖母によく似た冷然たる美しさと苛烈といったもいいほどの意志の強さ、そしてその聡明さ故に、畏怖、尊敬、嫉妬など様々な感情と思惑に絡め取られ、身動きがとれないままに謂れのない理由での追放を宣告されてしまい。
侯爵家の次男として生まれた男の子は、家族の誰とも異なる容姿、能力を持ってしまい、生まれながらにして異質な子どもとして不遇の人生を送り、挙句に急に噂されるようになった悪霊が取り憑いているとされて、領地の奥の院にて幽閉が決まり。
伯爵家の次女として生まれた女の子は、一族の誰よりも優れた頭脳を持ったものの、その平凡な容姿故に、美しい家族には必要ないものとして扱われ、身を立てるために行っていた商いはいつの間にか国の法に抵触するとされ、その全てを取り上げられることが決まった。
告げられたその罪は、何ら根拠の無いものではあったが、ある意味では事実だった。
それは異なる世界軸では実際に行われていた事実であり、だが、それを理解しているが故にこの世界軸では行われなかったことなのだ。
確かに四人は抗った。慎重に慎重を重ね、自身の破滅を回避するために、あらゆる手段を用いて努力を惜しまなかった。
だが、それでも運命から逃れることは出来なかった。
何かを排除すれば何かが生まれ、何かを修正すれば何かがずれていく。
残された手段も、時間も刻一刻と失っていく中、四人はそれでも諦めない。
見えざる神の手を振り払って、真なる自由を手にするために。
如何なる犠牲を払っても、例えそれが利己的だと言われようとも。
▼◇▼
「はい、それでは第五十九回悪役相談会を開始したいと思います、イエー!」
「イエー」
侯爵家の次男――レオン――の音頭とともに、円卓を囲む少年少女達も異口同音に声を上げる。
それを見回したレオンは席に着くと、教室で手を挙げる学生のように片手を挙げた。
レオンの視線の先、対面に座る王家の四男――アンディ――はその視線に答えるように、浅く頷き発言を促した。
「とりあえずこっちの状況を端的にまとめると、終盤の山場で一番盛り上がってるって感じかな? 兄貴は確執が無くなって親父に付いて領地とこっちを行ったり来たりを開始、弟は学園でお友達とよりを戻していい感じ、俺はなーんでか諸悪の権化として離れで軟禁予定、多分暴発待ちなんじゃね? まー、概ね“物語”と同じ状態でっす!次、リディア、よろしくっ!」
レオンの右隣に座る公爵家の長女――リディア――は、手に持った羽扇で口元を隠しているものの、疲れきった勤め人のように深い溜息を付いて、状況を語りだす。
「うちも似たようなものかしらねぇ。外交官僚である父様はお隣の国の大使館で交渉中。母様もその付き添いでお隣の国に行ったまま。ヒロインも着実にフラグを重ねてるみたい。この間は、第二王妃様のお茶会にいつの間にか私の代わりにお呼ばれしてたみたいだわ。アレのハーレムメンバーも、私の取り巻きから証拠を集めているみたい。調べたら何故か行ったことの無い夜会にまで参加していたことになっていたわ」
リディアは再び深い溜息を付くと、乾いた喉を潤すために用意されたばかりの紅茶を一口飲む。
「いつも通りいい腕ね。おいしいわ」
その一言に、茶の用意をした侍女はリディアに黙礼し壁際へと戻っていった。
「あー、時系列的にはそっちもそろそろクライマックスだろうけど……こっちの方がちょっと早いのかねぇ? となると、準備を繰り上げないと間に合わなくなるか」
ガリガリと頭を掻きながらそう零すレオン。その言葉に反応したアンディが、声を発した。
「それに関して、こっちから提供出来る情報がある」
「お、アンディのとこの俺様王子がなんか漏らしてた?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら、レオンはアンディに先を促す。
「何でも、リディアが嫌がらせを行った証拠が集まったから、今度の学園総会でリディアとの婚約破棄を大々的に発表するそうだ。取り巻きの色ボケボンクラ息子どもと大声で話していたらしい」
「あらあら、何事も裏付けを取らないとあっさりひっくり返ると何度も忠告致しましたのに……ありもしない証拠の裏付けをどうやって取ったのか不思議ねぇ」
アンディの言にリディアはクスクスと笑いながら肩を震わせる。
「大方自作自演か、偽証させたか、裏付けなどいくらでも作り出せると言うことだろう……法の根拠を無視したバカバカしい話だがな。ともあれリディアは次のイベント時期が確定、俺の方もそろそろか、それと――」
「失礼、そこから先は私が」
「あら、メグも?」
アンディの言葉を遮ったのは、リディアにメグと呼ばれた最後の一人。
眼鏡に三つ編みと文学少女という記号を体現しているような伯爵家の次女、マルガレータだ。
「どうやら王国法ギリギリとは言え、問題なくやってた商売が実は違法であると、王政府に匿名の通報があったそうです。政府内では、事態は重大であると認識し、該当の商会に対して強制執行を行うことが決定されました」
「あれ、メグのところって結構同業他社多くなかったっけ?」
「うちの商会で取り扱っている独占商品のみが違法らしいですよ? 随分と手際もいいみたいで、今度施行される予定の公文書の施行時期の書き換えも、既に終わっているようです。あの感じですと何度もやってますね。該当時期の議事録の書き換え、幾つもあるダミー法案との入れ替えと、マニュアル化されているみたいでした」
「おぉう、なりふり構わねぇな、やっぱ宰相一派の根回し?」
茶化すように戯けながら、レオンが肩をすくめ、それに答えるようにメグが首肯する。
「そのようです。と言うか愚姉と愚妹が誑し込んだバカ息子共の親が、私の商品で相当既得権益を侵されたみたいで、その意趣返しもあるかと。既に私の戸籍も書き換えられていて、生まれてすぐに、架空の子爵家へ養女行ったことになっているみたいです。それ用の爵位と家名があるって本当だったんですね、てっきり作り話だと思ってました」
「補足になるが、その件、宰相一派だけじゃなく王も関わってる」
アンディのその一言に、全員の視線が彼へと向かう。
「戸籍の移動だ、平民ならば官僚で出来るが、貴族は王の承認なしには不可能だろう? 一年ほど前から計画は練られていたらしい。ここにいる全員、今の社会にとっては害悪にしかならないそうだ。王家や貴族に都合が悪く、平民の台頭が始まりかねない流れを作り出した俺達は、どうあっても死んでもらわなければならないと言う判断だそうだよ」
「その情報はどこから?」
メグの言葉に、アンディは人差し指を立てて天井を指さす。
「子飼いの影を使った。元々国内の対諜報機関はお粗末もいいところだからな、情報は取り放題だ」
事も無げなアンディの発言に、その他の三人はうなだれる、天井を見上げる、目頭を揉むなど沈痛な態度を露わにする。
自分たちにとっては既に見捨てた国とはいえ、一国の防諜レベルがあまりにもお粗末であると知らされてしまい、気抜けしてしまった。
関係者も、まさか自国の王子が自国に対して諜報活動を行うとは、夢にも思っていなかったのだから、アンディの行動は完全な想定外とも言える。
「あー、話を戻そう。リディアは恋愛やら何やら放置して、俗にいう“NAISEI”で好き放題やってたし、嫡男連中は面白いわけないわな。女の嫉妬よりも男の嫉妬で断罪とか斬新。メグに関しては、そもそもが実家にほとんど絡んでないから、そっち方面から“物語”に修正が入ったって感じになるのかね」
「甚だ遺憾ねぇ。両親がいなくて愚弟も教育が偏っているから、私が頑張って普通に領地経営をして、普通に納税して、王国にも益があるようにしてさし上げたのに」
レオンの言に、リディアはスッと眼を細めると、そう返し、
「私はお金を集めて幸せ、みんなは生活水準が上がって幸せ、国は税金が入って幸せ。三方両得なのに、企業努力をしない老害は、そのまま墓に入って腐っていればいいんです、肥溜めの糞よりも劣る分際で、ウザったい」
メグは吐き捨てるように、そう呟いた。
「いやいや、普通の領地経営じゃ、年成長率五割維持とかありえないから。いくら大領の公爵領とは言え、異常だから。それにメグはもうちょっとオブラートに包んで、すこーし怖いからね?」
「リディの所は立地もいいですからねぇ、それでも他の領地では年成長率一割で優良なんですから、目をつけられてもおかしくはないですね」
「ですが――」
それからややしばらくの話し合いが続き、
「何にせよ、潮時だな」
アンディのその一言で、場が静まり返った。
「どうあがこうともこの国に居る限り、最終的には“物語”の干渉を受けることがわかったのだ。用意していた最終手段を使う」
「了解、了解っと。んじゃ、俺はさっくり荷造りでもしてくるかね、どうせあの座敷牢から持っていく荷物なんて無いに等しいけど」
レオンはそう言い残し、影すら残さずにこの場から消える。
「領民には悪いですが、これも天災のようなものと思って諦めてもらいましょう。神ならざる人の身には、限界というものがありますし、我が身が第一です。そうと決まれば、私も痕跡を消す準備をしなければいけませんね」
「あぁ、リディ。表に出ているダミー商会もタイミングを合わせて潰しておきますね。一つも二つも大して変わりませんから」
「ありがとう、メグ。では御機嫌よう」
リディアもそう言うと、自らの影に水に沈み込むように消えていく。
「アンディ……いいえ、アレクサンドロス王子はこの選択に後悔は無いのですね?」
「無論だ。バカにつける薬は無いというが、再三にわたって忠告もしたし、実際にやっても見せた。それなのに、自らの首を自らで締めるんだ、それはもはや自己責任だろう?」
「仰るとおりで……それでは私も仕事に戻ります」
マルガレータはアンディに対し綺麗なカーテシーをすると、足元から急速に立ち上る煙に包まれて消え去った。
全員を見送ったアンディは、深く椅子に腰掛けため息を一つ漏らした。
「失礼致します、殿下」
「どうした?」
休む暇もないのかと、アンディが報告に来た影の一人の声に耳を傾ける。
「網からの報告に、帝国が進軍の準備を開始したとの報告が含まれておりました」
「ふん、ここに正式な報告が届くのは再来週の朝あたりか。 もはや外交努力でどうこうなる段階はとっくに過ぎているんだ、いよいよ持ってこの国も終わりが近い、か。……あぁ、報告ご苦労だった」
「はっ、して我らはいかが致しますか?」
「只今を持って、予てより計画していた作戦を実行する。証拠になるようなものは破棄、一切合切、塵一つ残すな。誰にも気取られること無く、静かに、かつ丁寧に消せ」
「教会はどうしますか?」
「同様に、だ。彼処の警備も、上層部の金蔵以外は鍵のないあばら屋同然だろう。消してこい」
「了解しました、集合場所は手はず通りで宜しいですか?」
「変更はない、もはやここには戻らんつもりだ。最低限の“種”を残して引き上げて構わん。既にこの国が鉄火場になることは避けられん、仕込んだ“種”にもいざとなったらこちらに合流するように伝えておけ」
「畏まりました、それでは失礼致します」
指示すべきことを終え、後は最後の時を待つのみとなったアンディは、鉄格子がはめ込まれた窓に近づき、そこから見える風景にため息を付いた。
「神ならざる人の身には限界がある、か、リディアも上手いことを言う。この期に及んでは是非も無し、俺の手で出来ることは殆ど無い。無辜の民には悪いが、俺達は先に舞台から降りさせてもらう」
▼へ▼
数日後、ある出来事の話が社交界で踊った。
秘されていた王家の四男が王の地位を簒奪すべく行動し、逆に第三王子と友人等によって討たれた。
聡明とされていた公爵家の長女は、学友に対して人倫にもとる行いをしており、婚約者である第二王子にそれを告発されて断罪された。
異端とされていた侯爵家の次男は、悪霊に取り憑かれて人在らざる存在となり、兄である侯爵家嫡男とその婚約者である聖女によって調伏された。
侯爵家の次女とされていた娘は実は侯爵家の人間ではなく、それどころか侯爵家を騙って王国法に抵触する犯罪を犯しており、それを発見した心ある市民によって告発され、その罪を背負って牢獄にて自裁した。
どれもスキャンダラスで刺激にあふれた話題ではあったが、その事情をよく知る紳士淑女たちはそろって口をつぐみ、臭いものに蓋をするように、その話はそこで途切れる。
だが、それと同時に、ある奇妙な噂も流れたのだ。
誰かが語る、同時期に亡くなった四名の死体が、教会の安置所から尽く消えたらしい、と。
そして誰かが補足する、ただ消えたのではなく、人の身体と同量の灰がその場に残っていたらしい、と。
また誰かが口を挟む、いやいや、そうではなく、死体が立って歩いて出て行ったらしい、と。
そして誰かがこう囁く、死体の死化粧をしていた神官は気が触れて、教会の療養所に移されたらしい、と。
まことしやかに囁かれるのは、真夜中の食堂で人知れず食器が踊っていると言う子供だましと同等の怪談話。
それすらも件の四人が仕込んだものだと気が付かずに、社交界では囁かれ続けた。
それを持って四人を縛り続けた“物語”は終幕を迎え、かくして現実という新しい白紙の物語が幕を開けることとなる。
一方その頃――
▼=▼
「いやぁ、国境を抜けるまではヒヤヒヤしてたけど結構うまく行くもんだねぇ」
ニヤニヤと人を喰ったような笑みを浮かべるレオンに対して、マルガレータは胸を張る。
「当然です、だって今の私達はれっきとした冒険者としての身分を持ってるのですから。特に理由がない限りは行動に制限はありません。用意した旅券も正式なルートで用意したものを使用していますしね」
その様子を微笑ましく見ていたリディアが、一房たれた髪をいじりながら補足する。
「よほど近しい人間でなければ、今の私達を見たところで、以前の姿と結びつくことはないでしょうね。元々社交界では、かなり化粧で誤魔化してましたし。まぁ、そもそも末端の兵士が、私達の正確な顔を知っているとも思えませんけど」
そのセリフにアンディは肩をすくめて皮肉げな笑みを浮かべ、レオンはケラケラと楽しそうに笑う。
「俺とレオンに関しては特にそうだろうな、公の場に出たことなど片手で数えるほどだ」
「だねぇ、ぶっちゃけ五歳の時のお披露目以降、公式にはほとんど外に出てすらいないし」
彼らが乗っているのはマルガレータが会頭を務める商会の馬車。
その行き先はこれから王国に対して戦端を開くであろう帝国領の港だ。
とは言え、今はただ国境線がきな臭いだけであり、少なくとも通商が認められている段階で入国が認められないということはありえない。
特に問題もなく国境を越えた一行は、当初の予定通りの行程で道を進み、後は港から柵のない新大陸へ向かう手筈となっていた。
はたして、“物語”に則って死んだはずの彼らが生きている。それには、至極簡単でありながら、とても手間暇のかかる仕掛けがあった。
その手段とは、この四人でしか成し得ない手段でもある。
物語が完全に始まる前、この状況になることを想定していたアンディの音頭によって、極秘裏に準備を開始し、最後の日を迎えるまでの計画が始動されることになる。
既に幾つもの商会を立ち上げ、それを裏から操っていたマルガレータと、自領での功績による伝と、その交渉能力を発揮していたリディアが、それ単品では全く意味がわからないように物資を調達。
当時から隠し通路などを利用して市井に紛れていたレオンが、その特異能力を使ってダミーとなる肉体と仮想人格を秘匿された工房で作り上げる。
アンディがその身に宿す膨大な魔力を利用して、本人と見分けの付かないほどのダミー人形に対して偽りの生命と命令を与えたのだった。
仮想人格は“物語”をベースとして作られ、その身に宿る特殊性すら“物語”で語られていたものと同じものを付与するという徹底ぶりだった。
それ故に、“物語”の運命は人形達を本人と認識し、その現場を本人が見ているにもかかわらず、人形たちが本人として断罪されることになり、役目を終えた人形は、一定時間を持って灰となってその存在を消滅させることとなった。
それは、“物語”の結末で彼らの最後がボカされていたからこそ介入できた運命であり、文字通り反則の手段ではあったが、それ程の手間と時間、そして人形達の死を以って、“物語”は完結し、アンディたちは生き残ることが出来たのだ。
「とにもかくにも、これで俺達は晴れて舞台からも降りたってわけだねぇ」
「此処から先は標なき道を行くって事ですが、まぁなんとかなるでしょう。準備はしてきましたし」
「少なくとも何個かの選択肢で左右される人生なんかよりは、はるかにマシなはずですわ」
「その通りだ。なに、いざとなったら新大陸で俺たちの国でも作ればいいさ。見えざる神の手がないならどうとでもなる」
アンディの発言に三人の視線が集中する。
「さっすが王族」
「スケールが違うというか、なんというか」
「あら、案外上手くいくんじゃありません? だって――」
いつかのようにしゃべりだす三人を尻目に、アンディは空を見上げる。
天高い蒼穹には雲ひとつ無く、何者にも縛られない世界がどこまでも続いている。
同一世界観の4つのゲームの別々の悪役が全員“転生者”だったらと言う想定で始めた話です。
まぁ、単に会議物を書きたかっただけでもあります(´・ω・`)
ざまぁ、が無しなのは、ざまぁするぐらいならその時間を準備に使ったほうが有意義だよね、と言う全会一致での意見から、逃げ出すことに全力だったという落ちです。
ガチでざまぁしようとすると国の乗っ取りを企てないと行けないレベルなので、今回はこちらの結末となりました。
この場を借りて謝辞を。
ここまで読んでいただき有難うございました。