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一発ネタ短編

4月1日 - White Lie

作者: 寝る犬

 春休み。

 強い風。

 4月1日。


 学校指定のジャージを着た僕は、イヤホンから流れる大好きな曲を聴きながら、通い慣れた道を歩いて学校へと向かう。

 桜の花びらが舞って、僕の視界は淡いピンクに染められた。

 春休みでも部活はある。

 大きなあくびをした僕をその場に引き止めるように、空から降りてきた遮断機の向こうで、同じクラスの女の子が髪を押さえながら空を見上げていた。



 丈の長い真っ白なニット。

 グレーのプリーツスカート。

 黒いソックスとスニーカー。


 大人びた服装の彼女は、普段の制服を着た姿とは別人のように見えた。

 別に特別仲が良いわけじゃないし、気になっていたわけでもない。

 それでもピンク色の世界に立っている彼女を見た僕は、急にリズムの上がった鼓動に少し戸惑った。


 彼女の視線を追いかけるように、僕も空へ目を向ける。

 霞のかかったような青空には、眩しく白い雲がちぎられた綿菓子のように浮んでいた。



 電車が通る。

 ぼんっと言う風圧。

 目の端にふわりと舞うグレー。


 顔を空へ向けたまま、僕はスカートの下から覗く彼女の透けるような脚から目を離せずにいた。

 通り過ぎる電車の車両の継ぎ目で、まるで古い映画のフィルムのように、スカートを押さえた彼女の目がゆっくりと僕に向けられる。


 僕は慌ててその場にしゃがみ、スニーカーの靴紐を結び直すふりをした。


――タタタン……タタタン……


 遮断機の音がやみ、電車の遠ざかってゆく音だけが辺りに響く。

 一度解いた靴紐を結び直した僕の手の上に影が落ちて、僕のイヤホンが片方だけ外された。


「見たでしょ」


「見てないよ」


「バカね。そこで『何を?』って聞かなかったら、見たのバレバレじゃない」


 靴から手を放し、僕は立ち上がる。

 楽しそうに笑う彼女につられて、僕も思わず笑ってしまった。


「別に見たくて見たわけじゃないよ」


「でも見たんでしょ?」


「別に好きでもない女の子の脚なんか見たって、なんとも思わないから」


「ふぅん。……まぁ私も別にキミのこと好きじゃないからいいけど」


 彼女は僕の方を見たまま、ゆっくりと僕から離れてゆく。

 3歩下がった所で彼女はくるりと背を向けた。


「好きじゃないわ。でも今日は4月1日だから」


 それだけ言うと彼女は駆け出す。

 走る彼女の周りに、ピンク色の花びらがふわりと舞った。


 4月1日。


 僕は慌てて彼女を呼び止める。


「ぼっ……僕も! きみのことなんか全然好きじゃないから!」


 立ち止まり、振り返った彼女はまた嬉しそうに笑う。


「うん……全然好きじゃないわ! バイバイ!」


 空を舞う花びらと同じ色に頬を染めて、手を振った彼女は走り去る。

 同じように手を振り、彼女を見送った僕の背中で、また遮断機が降りた。


 僕はイヤホンをつけ直して、いつもと同じ曲を、いつもと違う気持ちで聴く。


 4月1日。


 桜の花びらは、さっきより鮮やかな色で僕の周りを舞った。

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