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9.グリフォンライダー

*****

 ルースはもう一度<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>を発動させ、標的を馬車に移されない範囲内で、出来るだけ距離を取る。

 向こうは羽ばたきの邪魔にならない程度に近付き、どちらも待ちの構えだった。


「すー……、はっ」

 呼吸を一つしてから、ルースは敵よりやや上空へ向けて、突撃を開始した。

 ――速度とタイミングが重要だ。


 敵と接触するまでは5秒ほど。黒い大剣を刺突剣のように体の正面に構え、空いた左手は体の後ろに。速度が限界に達したところで<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>を解呪。左手は体で隠したまま呪紋を描き、発動の瞬間、体を捻って左手を敵に向けた。

 すでに『盾』は真正面にいる。

 敵が掲げる<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>に掌底を喰らわせるつもりで左手を叩き込み、ルースは叫んだ。

「<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>ゥッ!!」

「ぐぬぅッ!」

 零距離で放たれた<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>は<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>をあっさりと砕いた。

 次いで、魔法を撃ち出した勢いを利用して体を逆に捻り、大剣を真横に薙ぐ。


「――悪いが、想定内だぜ!」

 『盾』が笑いを含んだ声色で叫んだ。


 ルースの斬撃はサンダーバードの嘴にしっかりと受け止められていた。

「やっちまええ!!」

 『盾持ち』の合図に答えるように、いつの間にか移動したもう一匹のサンダーバードが、ほぼ真下から飛び出して来る。鞍から腰を上げた『槍持ち』がその長い槍をルースに突き込んだ。

 穂先がふくらはぎを貫通する。

「くぅぅぅっ!」

 ルースの口から押さえ切れない呻き声が漏れた。

 真下から左足を突かれたことで、左半身を上に向けて地面と平行の姿勢だ。

 ――これなら……使える!


「死ねぇええええ!」

 動きが止まったルースに向けて魔銃を構える『盾』が叫ぶ。

 ――撃たれる、前に!!

 ルースは嘴に咥えられたままの大剣を握り直した。さらにこれまで右手だけで握っていた柄へ、左手を添えた。貫かれたふくらはぎの筋肉を締め、右足を槍の柄に乗せる。

 例え不安定の極みである槍の柄だろうと、例え片足を貫かれていようと、一瞬の足場にはなる。


 ルースの覚悟とは、防御や回避を捨ててでも、攻撃の糸口を――迅速な勝利を掴むことだった。


 呼吸を整え、姿勢を調節した。

「――無極流大剣術――」

 足の指先から力が増幅され、腕の先で弾けるイメージと共に、ルースは叫んだ。

「羅振断ッ!!」


 傍目には静止しているようにしか見えなかったルースの大剣は、その剣を咥えたままの嘴の付け根から頚部までを真っ二つに切り裂いた。下顎以外の頭部を失ったサンダーバードから血が噴き出し、その巨体がぐらりと傾く。

「……ッ!!」

「む、無極流だぁあ……?」

 有り得ないと表情で語る『槍持ち』と、鸚鵡返しで声を上げる『盾』。二人の乗り手は呆けた様に動きを止めた。

 しかし、ルースにここで終わらせるつもりはない。

「ハァッ!」

 貫かれたままの左足を固定し、右足で、槍を踏み折る。激痛に顔を歪めるが、その時には紋章を描き終わっていた。距離は近く『盾』はもう動けない。

 ルースはこれが最後だと思いながら、術名を口にした。

「<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>……!」

 槍を捨てることが出来なかった『槍持ち』は、踏み折られた槍に引っ張られた形になり、次の動作に移るのに一瞬まごついた。何が起きたのか理解出来ていないような真っ白な表情で、ルースをぼんやりと眺めたまま、額を<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>に貫かれた。

 黒い雷はそのままサンダーバードも貫通し、地面に向かって走っていく。


「笑えねぇってんだよ! 無極流とか阿呆か!」

 ゆっくりと落ちていくサンダーバードに跨ったまま、『盾』が大声で言った。驚愕を通り越して、前後不覚の表情になっている。

 ルースは<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>を描き、やや下方の敵へ向かって行った。

「そんな骨董剣法、もう存在してるハズがねぇ!」

 連発される<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>を最小限の動きで避け、弾き、『盾』に迫る。

「こんなに強いなんて! 聞いて――」

 黒い大剣が、まだ喚いている『盾』の首筋を切り裂いた。

 乗り手を乗せたまま、二匹のサンダーバードは傍目にはゆっくりと落ちていく。


「最期まで逃げることを考えなかった、その姿勢は……敵ながら天晴れだ」


 黒魔法の飛行術では難しい空中停止をしたルースは、敵の行く末を見守り、呟いた。

 折れた槍に貫かれたままの左足を一瞥する。無理をさせた為出血は酷かったが、今は気にしていられない。

 ――カインド達の元へ行かなければ。

 ルースは馬車を探して、周辺を見回し、息を呑んだ。

「――!」

 馬車を見つけたからではない。


 こちらに向かってくる魔獣を、見つけたからだった。

*****



 迫り来る<紅蓮の炎槍>はやけにゆっくり見えた。

 燃え盛る炎が先端の一点から渦を巻いていることや、<大円硝子(サークル・グラス)>をわずかに貫通してから砕くことに初めて気付いたぐらいだ。


 最後の<大円硝子(サークル・グラス)>はきっちり砕かれてしまった。


 敵――というより先頭で走る魔法使いは、どうやらこちらの状況を推測していたらしい。今は表情すら読み取れるほど近付いている彼の表情は、勝ち誇った笑顔のお手本みたいだ。

「グアーッ! グアッグアア!」

「――っ!? もう魔力切れです!! カインドさん、状況は!?」

「どうなったのだ? どうなったのだぁあっ!?」

 背中のフードで騒ぐドラゴンの子供にも、ガリガリと隊長の声にも答えることが出来ない。残酷な現実を伝えたら憲兵たちがどんな行動に出るか分からないし、何より、痛みに耐えるので精一杯だった。


 せめて――、せめてあの魔法使いだけでも抑えないと。


 左肩をやられて左腕は動かない。相当な速度で走っている馬車の屋根に胸から上を預けているので、右腕は体を支えている。

 ほとんど手首の角度だけで<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>を撃った。狙いは二つに分かれた集団のうち、向かって左側の先頭、獰猛に笑った魔法使い。

 基本的に黒魔法に反動はない筈なのに、狙いをつけて引き金を引く、その動作が肩に響く。

 おそらくこれまでの人生で最も魂を込めた射撃は、あっさり防がれた。どこからか現れた半透明の盾。白魔法の<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>だ。先頭の魔法使いは両手で手綱を握ったままで、手印を組んでいない。魔法使いはもう一人いたのか。

 無駄だと思いつつ引き金を引くも、もう二発撃ったところで弾切れ。痛みに耐えて引き金を引いたのに弾が出ない、そのガッカリ感といったら……。

 気合で結果が変わるなんて信じちゃいないけど、あんまりにも自分の行動が悪あがきで、むしろ笑えてくる。


「グァアアアッ!!」

 いつの間にかドラゴンの子供がフードから出ていた。屋根の上で前足後足を踏ん張り、呻り声を上げる。赤い鬣はもちろん、長い尻尾も逆立て、まるで俺を傷付けられて怒っているかのようだ。

「危ないぞ! 下がってろッ!!」

「グァ!」

 本気で叱り付けても、動こうとしない。子供の頃、家で飼っていた犬はちゃんと怒れば、大体言うことを聞いたんだが……。

 敵はさらに距離を詰めて来た。<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>は発動させたまま、集団の頭上に掲げるように、斜めに被さっている。維持にはあまり魔力を使わない白魔法は、必要のない状況になったら、こういった形で、視界の邪魔にならないようにどかしておくのが常識だ。

 先ほどまで笑っていた魔法使いの顔が、驚きを浮かべた。

「いたぞ! コレだぁ!」

 叫んだ時には、喜びの表情に変わっている。その視線は、完全にドラゴンの子供に向いていた。


 やっぱり狙いは、ドラゴンの子供なのか。


「狙いはお前だ! 逃げろッ!! 逃げろって!!」

 ほとんど泣き叫ぶように言った。

 敵が目的の物を手に入れたところで――あるいは俺がこの子を敵に差し出したところで――助かる見込みはほとんどない。憲兵をここまで追い詰めたら、憲兵共々目撃者は消しておかないと危険だからだ。

 どう転んでも助からないのなら、この子だけでも、逃げてくれた方がいい。そもそもヒトの都合に縛られるような存在じゃないんだから。


 しかし、ドラゴンの子供は頑として微動だにしなかった。

 突然、その小さな体からバチバチと音が鳴る。

 当てにならないというか、思い通りにならないというか、とにかく俺はドラゴンの子供を戦力に数えていなかった。

「グゥゥゥウウウルァァァァアアアアアアアアアアアッ!!」

 ピシャアアンという轟音と、それと同じぐらいの鳴き声。両手が自由にならない俺は、耳を襲った衝撃に、一瞬肩の痛みを忘れた。

 ドラゴンから走った雷は、先頭の魔法使いを襲った。目も眩む様な閃光が視界を埋め尽くす。

「……クソッ!」

 光が治まって見えた光景は、もう一度正面に掲げられた<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>だった。砕くまではいかなかったらしい。

 これが通用するなら、まだ光明が見えたかもしれない。相手にダメージがなくても、防御魔法を一撃で砕くような攻撃は、向こうの勢いを削ぐからだ。ところが現実はやはり残酷で、敵の勢いは衰えるどころか、さらに増している。

「この威力!! 間違いないっ!」

 もはやすぐそこまで追い迫った魔法使いが言った。

「……グゥゥゥ――!!」

 ドラゴンの子供は諦めていないらしい。また全身を強張らせ、力を溜めるような動きを見せる。

「もういいから!! お前がこれ以上付き合う必要はないんだよッ!!」


 飼い犬がどうしても言うことを聞かない時は……ああ、そうだ、厳しい声で名前を呼んだんだっけ。この手は使えない。


 遂に敵が追い付いた。目の前3mといったところだ。弓矢を持っていた奴らが剣を抜き、魔銃が俺に向けられた。

「ドラゴンの攻撃だけは注意しろッ! 他は無視して構わない! まずは無力化、殺すより目的を優先させろよ!!」

「オオオオオオオオオオオオッ!」

 魔法使いの号令で敵全員が雄叫びを上げた。

「――っ!!」

 俺は馬車の中に避難することすら思い付かず、屋根に胸から上を投げ出したまま、絶望のあまり固く目を瞑った。


 ――ルース!


 次の瞬間に起こったことは、良くも悪くも完全に予想外だった。騒ぐことも喚くこともせずに、馬車を走らせていたムキムキが叫んだのだ。

「うああ~~~~っ!?」

 俺は驚いて後ろ――馬車全体からすれば進行方向――を振り返った。


 鷲だ。二匹の鷲。片方は淡い黄色で、もう片方は黒に近い暗褐色。地面スレスレをこちらに向かって飛んで来る。

 馬車も走っていることを差し引いても、とんでもないスピードだ。あっという間に距離を縮め、そのサイズが巨大であることに気付く。

 そして、どちらの鷲も猫科の下半身がついていた。

 鷲ではない、グリフォンだ。その背には、全身鎧を着込んだヒトが乗っている。


「――ぁ」

 挟み撃ちか。何もこのタイミングで来なくてもいいだろうに。

 黄色いグリフォンに乗った騎士が、長い突撃槍を構えた。輝く鎧姿から、何もかも一発で吹き飛ばしてやろうという気概が滲み出ている。


 激突――向こうからすれば突撃――の瞬間を、俺はぼんやりと待った。


 しかし。

 グリフォンは二匹とも馬車の脇を通り過ぎ、馬車を囲もうとしていた集団にぶつかった。

「ッ!?」

 慌てて目で追う。


 黄色いグリフォンに乗った騎士の突撃槍が<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>に当たり、硬質な音が響いた。

「ィィヤァァアアアアッ!!」

 騎士は意外にも甲高い声で咆哮した。一瞬持ち堪えたかに見えた<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>が砕かれる。先頭にいた魔法使いが、胸の中心を貫かれたのが、見えた。

 あとはもう、一方的だ。


「ちょ!? どうっ、どうっ!!」

 ムキムキの焦った声が聞こえると思ったら、突如馬車が揺れた。

 車輪が滑り、車体が傾く。

 屋根の穴から身を乗り出し、片手で姿勢を支えていた俺には、たまったものではない。意外と迫り来る敵よりこういう状況の方が怖い。さっきまでの諦めも忘れて、叫んでいた。

「おっ、おおっ――――……うわぁあっ!」

 一際強い揺れに、俺の体が浮いた。

「グアー!」

 ドラゴンの子供がこちらを振り返って鳴いた。

 ――投げ出される!


「ッ!!」

 背中に衝撃。

 でも思ったよりずっと優しい。というか柔らかい。

「無事か、カインド!」

 頼もしすぎる声に振り向けば――。


「――ルースッ!」

「――グアー!」

 ルースは、傾いた車体から投げ出された俺を、左腕一本で抱え上げ、そのまま馬車の屋根に飛び込んだ。

 傾いた車体を、まるで踏み付ける様にして、強引かつ迅速に平行に戻す。車輪が擦れる嫌な音がしたものの、何とか馬車は横転することなく停まった。

 最終的には道を反転した形になったようだ。

「どう、どう! いい加減言うこと聞きやがれッ!!」

 落ち着きなく暴れまわる馬をムキムキが嗜める声が聞こえた。そういえば、グリフォンは馬の天敵だ。その臭いにすら怯えると言われているのに、すぐそばを通り過ぎれば、パニックになるのも当たり前だろう。


「っはぁ~~~……」

 俺は馬車の屋根に座り込み、大きく息をついた。ようやく緊張から解き放たれる。生きてるって素晴らしい。このまま気を失えたらどれだけ気持ちがイイだろうか。

「――ちょ、怪我してるじゃないかッ!? 手当てしないと!」

「ぐあぐあ!」

 ルースとドラゴンが焦った声色で言った。ドラゴンが俺の膝の上に乗って来る。

 視線を動かすのも億劫だったが、俺は顔を上げた。目の前に血塗れの左足。膝近くまでのブーツの中程、ふくらはぎ部分を槍が貫通している。


「おっ、お前の方が重症じゃねぇか――ッ!?」

「ぐあー!?」

「ああ、闘気で締めているから大丈夫だ。出血は止まっているし、痛みも我慢出来る。動きに重大な支障はない」

 思わず俺とドラゴンがツッコんでも、ルースは涼しい顔をして、特に痛がる様子すらない。叫ぶたびに痛みで顔を顰めている俺とは大違いだ。


 ぎゃあぎゃあ騒いでいると、ガリガリが穴からやつれた顔を覗かせた。

「……ああ、ルースさん。お互い命があって何よりです。と、とにかく状況はどうなりましたか?」

 どこか悟りを開いたような表情で、元から痩せていた顔には張りがない。魔力の使い過ぎというだけではないだろう。

 俺は、馬車が停まった所からは少し離れた、敵集団とグリフォンに乗った騎士達の戦いの場を眺める。戦闘らしい戦闘にはならなかったのか、もうほぼ終わっていた。

「鎧兜を着込んだ騎士を乗せたグリフォンに助けられた……んですかね?」

「グリフォン!? グリフォンライダーですかッ!?」

 俺の呟きに過剰に反応するガリガリ。立ったまま空を見ているルースが答えた。

「ああ。ルークセントの正規軍、グリフォン部隊だそうだ」


 ――何でお前がソレを知ってるんだ?


 俺が口を開きかけたところに、真上から羽ばたく音が聞こえてくる。

 もう一頭のグリフォンがゆっくりと降りて来た。体色は茜色。当然鞍が取り付けられ、鐙に鉄靴が差し込まれているのが見えた。

 グリフォンは大きな翼をゆっくりと羽ばたかせ、優雅に着地する。

 大きい。肩の高さで3mほど。この間見たオルトロスとあまり変わらないが、その翼の存在感といったらとんでもなかった。嘴から鳥っぽい尾までよりも、翼の方が遥かに長いのだ。

 その大きな翼を畳み、グリフォンは屈んだ。その視線は、馬車を引いてきた二頭の馬から離れない。

 馬の方は、動いたら食われるとでも思っているのか、震えているのに後ずさることすらしなかった。

「上空の敵を倒したところで、三頭のグリフォンが近付いて来るのが見えたんだ。これ以上脅威を増やす訳にもいかないから、突っ込んだ」

 ルースが説明する間にも、騎士がグリフォンから飛び降りる。

「初撃をかわされたり攻撃されたり、まぁ色々あったんだが……。このヒトが言うには、彼らはルークセント正規軍で、敵じゃないらしいんだ。それなら協力してもらおうと一緒に来た、というわけだ」

 顎に手をやって思案顔を見せるルースに、俺は肩の痛みも忘れて怒鳴っていた。

「正式な軍人に問答無用で突っ込んでった、だぁああッ!?」

「知らなかったんだ、しょうがないじゃないか」

 ルースは気分を害したらしく、口を尖らせる。


 グリフォンライダーは兜を脱ぎながら、笑いを含んだ声で言った。

「お互い身内には苦労しているようだな」

 四十代と思しき、壮年の男性だった。白いものが混じった黒髪は品良く撫で付けられ、口髭もキッチリ整えられている。身長は俺やルースとそれほど変わらないだろう。がっしりした体つきは部隊長を任されるのに相応しい威圧感があった。


 いつまでも馬車の上から見下ろしているわけにもいかない。

 俺が屋根から降りようとすると、ルースは俺とドラゴンを抱えて飛び降りた。脚を怪我しているのに、痛みに耐える素振りすら見せず、当たり前のことをしただけだ、という顔をしている。

 助けられた俺の方が呻いているのが情けない。


「ス、ス、ス……、スロウルム将軍ッ!」


 馬車から転げ出てきた隊長が、グリフォンライダーを見て叫んだ。隊長を支えていたらしいガリガリも、御者台から降りたムキムキも、慌てて敬礼をする。

 面倒臭そうに返礼したグリフォンライダーはぶっきらぼうに言った。

「君達、憲兵団サートレイト隊の任務は承知している。まずは負傷者の手当てをしたいのだが、よろしいか?」

「はっ!!」

 もう一度敬礼をした憲兵達は、直立不動で固まった。

「――サラ! ダイン! 終わったか?」

 グリフォンライダー――スロウルム将軍が叫ぶ。

 いつの間にか、道から少し離れた草原に、二匹のグリフォンが降りていた。嘴や爪に血がついていなければ、非常に絵になる光景だ。

 騎士の一人がグリフォンから降り、走り寄って来る。先程その突撃槍で魔法使いを<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>共々貫いた騎士だ。

「はい! 敵は殲滅! こちらの被害はありません!」

「負傷者二名。早急に手当てを」

「了解しました!」

 兜を脱ぎつつ敬礼した騎士を見て、俺は驚いた。


 硬そうな茶髪から三角形の耳が飛び出している。

 そして、着込んだ鎧は、胸の部分にしっかりとした膨らみが見える。


 グリフォンライダーの一人は、獣人で女性だった。

9月26日初稿


2月19日指摘を受けて誤字修正

戦闘らしい戦闘にはなかったのか→ならなかったのか

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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