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60.かくて龍騎士は飛び立つ

「あと考えられるのは……、大事な物が入ってるという前提を隠れ蓑にすることかなぁ……」

 俺の呟きに、ルースが曲げた人差し指を顎に触れさせ、軽く首を傾げる。

「どういうことだ?」

「グアー?」


 俺はイクシスを宝箱から出し、小さなドラゴンが座っていたクッションを引っ張った。しっかりしつらえられたと思しきクッションは、それほど力を込めなくてもスポっと抜けた。

「価値のある卵が入ってる状態が当たり前だとすると、こうやってクッションを外したり――」

 箱の底は綺麗に平らだった。やはり何か書かれていたり、仕掛けがある様子もない。

「――ひっくり返したりはなかなか出来ないんじゃないか、と……お?」

 宝箱を逆さまにして、二度三度振ってみたところで、微かに物が動く気配がした。下から中を覗き込んで見れば、底板がほんの少し傾いていた。

「……」

 まさかと思いながら、反転させたままの宝箱をルースに渡し、底板と側面の間に爪を突っ込んでみる。

 何度目かの挑戦で、底板は簡単に外れた。一辺だけが宝箱にくっ付いた状態なので、開いたと言った方がいいかもしれない。


 ひらり、と。

 小さな物が右に左に揺れながら、地面に落ちた。


「……マジで?」

 俺は思わず呟きながら、落ちた物を拾った。

 古びた小さな紙だ。何か文字が書いてある。

 途端に心臓の動きが速くなった。

 その場にいた全員が、俺の持つ小さな紙を覗き込んだ。傍から見れば、何を遊んでいるのだという光景だろう。

 そこには、異様なほどの達筆で、こう書かれていた。


『濁流にも似た運命に抗いたいのなら、絆という名の杭を打て。


 ルークセントに預けた卵に関しては、ここには何の情報も残していない。

 だが、手掛かりは世界中にばら撒いておこう。繋ぎ合わせれば真相に近付けるような、手掛かりを。

 この卵について調べていく中での出会いが、君の――君たちの絆に繋がることを信じて。


   アレイド・アーク』


 何度も何度も文字を追った俺は、長い沈黙の後で、もう一度呟いた。

「…………マジで? 本物?」

 俺の隣にいたルースが真剣な顔で頷いた。

「おそらく、本物だ。この筆跡はアレイド・アークのものだし、彼はこの最初の文章を良く言っていたそうだからな」

 ホワイト=レイの本拠地には、アレイドが残した物なんて幾らでもあるだろう。そんな場所で育った、ご本人の末裔である彼女が言うのだから、可能性は相当高い。

 だが俺はいまいち信じ切れなかった。

「こんな物、普通に考えたらすぐに見つかるだろー……。物凄い頭イイ奴らがよってたかって、だぞ? 二百年もそのまま残されてるなんて、無理があるって」

 スロウルムが紙から顔を離して、首を横に振る。

「いや、もし君のように嫌らしい性格をしている者が見つけたとしても、黙って元に戻したんじゃないだろうか? 後々の世代に託そうという思いを込めて」

 すでにワゴンのある場所でお茶の準備をしていたフルールが、付け加える。

「それとも、この意地悪な仕掛けを解けるものなら解いてみろ、という優越感だったのかもしれませんね。本質とは関係ない伝言では、発表した所で大した名誉は得られませんもの」


 ……コレは褒められているのだろうか……?


 俺はもう一度、アレイドの伝言を目に焼き付けてから、宝箱に紙を戻した。底板に見せかけた板を閉め、箱と同じくらい古びたクッションも中に入れた。

 俺の作業を見守りながら、リリィが訊ねてくる。

「手掛かりはなし、かぁ。……でも、いいの? 売れば結構なお金になると思うけど」

「金よりも歴史のロマンの方が好きなんだ。何となくだけど、この衝撃を別の誰かにも知ってもらいたい。あ、でも、ルースには好きに出来る権利があるな。なんたって御先祖様の遺産なんだから」

 目を閉じたルースが、一つ息を吐いて言う。

「いいや。僕もこうするのが一番イイ気がする。御先祖様に言われるまでもなく、杭は持ってるんだ。それより、卵の手掛かりの方が気になる。世界中にこんな風に隠されているとしたら……、誰が繋ぎ合わせられるんだ」

 ルースの言葉で、気が付いた。


 俺達はエンバリィの策略に流されて、たまたま出会った。

 そのまま擦れ違って終わってもおかしくない場面は幾らでもあった。

 俺なんかは、自分で振り返ってみても、良く逃げ出さなかったと感心するぐらいである。

 それでも、言葉を交わし、肩を並べ、それぞれの目的の為に助け合うことが出来たのだ。

 誰か一人か一匹でも欠けていたら、こうしてのんびりお茶など飲めなかったに違いない。


 俺達は、運命に抗えたのだ。


 内心思ったことが溢れ出そうだったので、俺はドカリと椅子に座って、フルールが淹れ直してくれた紅茶を啜った。

「……確かに、探そうと思っても探せるモンじゃないな。アレイドの痕跡を追うっていったって、どこからどこに手を付けていいかわからないし、時間もとんでもなくかかるだろうし――」


 そういえば。

 俺は現状を擦り抜けることに必死で、最も重要なことを忘れていた。

 ――俺は、本来はユミル学院に行く為に旅をしていたのだ!


 頭の中で日付とこれまでかかった日数を計算する。

 盗賊団に浚われたのはスチフマータっていう村で、その日の深夜にサートレイトまで移動して、そこから翌々日には王都にいて、二日後の夜に宮殿を抜け出して、サンシュリック村跡に泊まったのが昨日になる訳だから……。

 完全に忘れていた為に、なかなか捗らなかった。

「ん? どうしたんだ、カインド?」

「ぐーあ?」

 ルースとイクシスが俺の顔を覗き込んで来る。

 両手で制し、目を瞑って集中することで、ようやく計算が終わった。

 喜びの声を叫び出しそうな感情を無理に抑えて、わざと紅茶を啜ってみたりする。ゆっくり息を吐いてから、口を開いた。

「日付を数えていたんだ。ここからユミル学院までは、馬で急がないで四日ってところだろ。入学式まではあと六日。学院の敷地内に入ってなきゃならない期限まではあと五日。馬さえ融通してくれれば、明日の朝までゆっくりして、のんびり出発しても間に合う。いやぁ、頑張った甲斐があったってモンだ」


 そう、まだ余裕があったのだ。


 笑顔で反応を確かめると、何故か、全員が目を逸らした。ルースはおろか、イクシスまでも、である。

 沈黙に耐えかねて、俺は首を傾げた。

「……ん?」

 おずおずといった様子で、リリィが口を開いた。

「……えーっと、カインド。落ち着いて聞いてね」

 落ち着くも何も、もう懸念はない。俺は頷いて、リリィの台詞を待った。

 物凄く言い辛そうな上目遣いで、リリィは続ける。

「カインドはね、巨獣を倒してから……丸四日と半日寝ていたの。新入生の集合期限は……、今日なのよ」

「ハハハ、四日半だなんて冗談キツイぜ。そんなに長いこと寝られる訳がないし、仮にそうだとしても、どこも体調がおかしくないなんてありえないだろ」

 性質の悪い冗談だと判断した俺は、手を払って言い捨てる。

 だが、スロウルムが同情するような目できっぱりと告げた。

「それだけ巨獣との対峙は体と頭と心に負担がかかったのだろう。ここに運ばれた君は、ありとあらゆる医者に見せられた。外傷は勿論、内臓、精神に至るまで調べられ、治療を受けたのだ。その一環として、白魔法の治癒術も受けている。どこもおかしくないというなら、きちんと効いたということだ」


 壮年の渋い男が口にした説明が、少しずつ少しずつ、沁み込むように理解されていった。

 自分の体なのに上手く動かせない体に鞭打って、ルースを見据える。彼女なら、こんな冗談は言わない筈だ。

「……」

 ルースは無言で頷いた。いつも以上に真面目な顔から、嘘や冷やかしの気配は一切見ることが出来ない。


 残りの面々がせきを切ったように話し始めた。

「別に隠してた訳じゃないのよ? ようやく起きたのに、またショックを与えるようなことは避けた方がいいって先生が……」

「私は……この服を着るのでいっぱいいっぱいだったから――」

「…………」

「お父様、都合が悪い時だけ黙るのは止めて下さい。いつも余計なことばかり言っているのに、ダンディな外見を利用して寡黙な男を演じても今更でしょう」

 ルースとイクシスだけが静かな視線で俺を見守っている。


「――――信じられんねぇええええええええええええええッ!!」


 気が付けば、俺は立ち上がって叫んでいた。

 事実を知った今から思えば、リリィの語った後始末の話は、事件の翌日にしては流石に早すぎる対処だった。廊下での俺に向けられた視線も、噂が数日かけて広まり切った後なら、納得出来た。

 それぞれが口にした言葉の意味が、一つ一つ、とんでもない勢いで腑に落ちていく。

 行ったり来たりしながら俺は捲し立てた。

「何だってそんな大事なこと後回しにするんだよ!? 余計にショックを受けたわ!! こういうのはベッドから起き上がる前に、隣に座った優しいヒトが、そっと語るもんだろう! お願いですから、グリフォンに乗せて連れてって下さい!!」

 どさくさまぎれにスロウルムに頭を下げるが、返って来た答えは残酷だった。

「飛竜部隊のワイバーンがほとんど使えない今、申し訳ないことに、グリフォン部隊は大忙しなのだ。全騎が各地へ飛んでいて、王都にはいない。こちらに来ているサラに代わって、別の者がソリスに頼み込んで乗っている有様でな。唯一基地にいるソリソカルも、まだ飛べないのはさっきも言った通りだ」

 将軍の言葉に自分の顔から血の気が引くのがわかる。

「その上、グリフォンを使ったところでここからユミル学院まで今日中となると……、今すぐ出発したとしても間に合わないと思われる。せめて君が今日の朝早くに目を覚ましていれば、こちらも準備に奔走したんだが。申し訳ない」


「アハハー……そうですか……」

 俺はそう呟いて、椅子に倒れ込んだ。

 一度は半分諦めたようなものだったが、ユミルに行けないとなると実家に戻ることが出来なくなる。せっかく事件が綺麗に解決したのに、事の次第を自分でモントに話せないなんてことは避けたかった。しかも、わざわざ国を飛び出したというのに、俺には面白い話を仕入れるアテはユミル学院以外にはない。

 父上が馬鹿めと笑う顔が、頭に浮かぶ。

 この先どうすればいいんだ……。


 奇行が一段落したと思ったのだろう。いつの間にか黙って俺を見ていたリリィが、言った。

「もし、行くところがなかったり、ラチハークに戻るつもりがないんだったら……このままここで暮さない?」

「は?」

 俺は短く聞くしかなかった。頭が回っていないので、王女が何を言いたいのかさっぱりわからない。

「勿論ルースもイクシスも一緒に。貴方達なら頼りになるのも信用出来るのも実証されてるし、あたしもフルールも素でしゃべれるヒトって貴重なのよ。待遇とか職業とか何でもいいからでっち上げて、出来る限り贅沢して暮らせるようにするからさ。ちょっと聞いたんだけど、ユミルっていっても面白い話の為っていうのが本当の目的なんでしょ? 宮殿の中なら他じゃ仕入れられないとんでもない話がいっぱいあるわよ!」

 だんだん乗ってきたリリィは身を乗り出して、大きな声になった。

「『龍の卵』から孵ったドラゴンと『龍騎士の鎧』を受け継いだ貴方なら、飛竜部隊だって受け入れるでしょうし、正式に騎士に任命することだって出来るし……、そうそう、魔獣部隊全体を統括する責任者とかも置こうと思ってし! ああ、どうせならサラかフルールと結婚すればいいのよ! ルースが絡むとなるとちょっとややこしいけど、何ならあたしも含めて全員と結婚しちゃえ!! 持ってけドロボー!」

 変に興奮したリリィが、最後には右手を空に突き上げる。

 精神的にダメージがあった俺は、少し圧倒されてしまい、よく考えもせず答えていた。

「いやー……、他の案だって実現は難しいだろうし、結婚とか無理だろ。その上、こんなキツいヒト達と重婚なんて考えるだけで恐ろしいわい」


 何だか気まずい沈黙が降りた。

 ――冗談には冗談で返すのが俺の流儀なんだが、何か間違っただろうか?


 それでも自分のことで精いっぱいの俺は、打開策を捻り出す為に思考に集中した。

「またイクシスに大きくなってもらうってのもなぁ。グリフォンで間に合わないってことは全身大きくなってもらう必要があるから……」

「グーアッ!」

 口からついて出たただの思い付きに反応して、イクシスが俺の顔を見た。任せろというふうに、尻尾の先で胸を叩く。

 俺はテーブルに座ったイクシスに詰め寄った。

「や、やってくれるのかッ!? それなら何とかなるかもな!! 少なくとも試してみる価値はある! あとは……ルースに付き合ってもらえば確実になるか!? あ、でもルース的にはここで暮らした方がいいか。なぁ、ルース、あと二、三日分貸しにして付き合ってくれたりは――」

 ルースに顔を向けると、何故だかとても不機嫌な表情をしていた。


「君は相棒をどこかに置いていくつもりだったのか?」


 あまりにも予想外の台詞に、俺は理解が追い付かなかった。

「――え? いや、でも……」

「君とイクシスと一緒に行きたい。出来れば、ユミル学院にも入ってみたいな。自分の体を技を、一から鍛え直せそうだ。勿論、君達が良ければ、だが」

「そりゃ良いに決まってるけど。でもお前、身分を証明する物とかないじゃん。確かあそこに入るには国が発行した身分証が必要だったはずだぞ……?」

 俺にとっては当たり前のことなので、入学資格などの記憶はあやふやだ。だが、ホワイト=レイで生まれ育ったルースは国籍すらあるかどうかも怪しい。そんな物を今から手に入れるなんて……。

「もう用意してるわよ」

 リリィが呟いた。こちらも何故か思い切り不機嫌な顔だった。

「事前にルースから聞いてたからね。もしカインドが期日までに目覚めて、ユミル学院に行く意思が強かったら、ルースも一緒に入学出来るように、用意しておいたの。ついでに貴方達がどれだけルークセントに貢献してくれたのかも纏めておいたわ。ウチはユミルの建設に協力した国だから少しは融通が効く筈よ。今日中は難しくても、入学式までに着ければどうにかなるかもしれない。貴方達の荷物は、泊まってた部屋にあるから、着替えて来れば?」

 そっぽを向いたままそう言ったリリィの目には、少し涙が浮かんでいた。

 スロウルムやフルールに視線を移せば、しっかりと頷く。

 余裕がない俺は事態に圧倒されたまま、一も二もなく頭を下げた。

「……あ、ああ! 恩に着る!! 行くぞ、ルース、イクシス! 準備しないと!」

「わかった!」

「グア――ッ!!」

 俺はイクシスを抱えて、走り出した。すぐにルースが並ぶ。


 ほとんど突撃する勢いで、俺達は客室に飛び込んだ。

 部屋の隅には、魔銃が収まったままのホルスターや龍騎士の鎧など装備と荷物が一山になっている。細身の剣も誰かが回収しておいてくれたようだ。

 ルースも隣の従者用の小部屋に入った。

 出来うる限り急いで着替える。宮殿の物らしい、やや格式ばった服をそのまま残すのは気が引けたが、軽く畳んだだけで許してもらうことにする。

 元から着ていた鎧と、先日俺の物になった龍騎士の鎧を着込み、剣帯を巻き、武器を装備する。魔銃の弾倉を見てみれば、魔弾で埋まっていた。剣帯につけたバッグにも魔弾と魔法爆雷が入っている。行き届いた対応が今は心底有難い。

 最後にイクシスをベストのフードに入れて、準備完了。

 ほとんど同時にルースも飛び出してきた。初めて見た時とほとんど変わらない、古ぼけた皮の軽鎧を纏い、身の丈に迫る大剣を背負って、左腋の下には短刀を下げた姿だ。


 数分前に通った廊下を俺の全速力で戻っていく。


 庭園では、リリィ、サラ、スロウルム、フルールが立って待っていてくれた。

 前を通り過ぎようとする俺の腕をフルールが掴んだ。ほとんど俺にしか聞こえない声で、メイドさんは耳打ちしてくる。

「さっきのルークセント軍に入るとか、私達との結婚とか、リリィは全部冗談なんかじゃないですからね? 勢いで言ったのは確かですけれど。私自身も吝かではありませんし、一応考えておいて下さい。間に合ったとしても、間に合わなかったとしてもですよ」

「あー……。とりあえず、わかった」

 どう言っていいかわからずそう言うと、フルールはしっかり微笑んで、ルースへと向き直った。

 頬を掻きながら視線を動かせば、スロウルム将軍が右手を差し出してくる。

「我々もルークセントも、君達には返しきれない恩がある。王になるつもりになったら、いつでも連絡をくれ。出来る限りの協力を約束させてもらおう」

 俺は彼の手を取って言った。

「それって――……痛、痛いですって! 何か力強くないっすか!?」

 俺の右手が軋むほど強く握手をしたスロウルムは、不敵に笑った。若々しくありながらもどっしりと構え、どこまでもヒトを食った将軍である。

 解放された右手を次に握ったのは、メイド姿のサラだった。少し目が赤い。

「全く……最後までバタバタし通しだな。別れの挨拶も落ち着いてさせないなんて」

「すまん」

 俺としては謝るしかない。

 サラがグリフォンに乗って盗賊団を蹴散らしたことと一緒に空を飛んだことを思い出した。それと……思いっきり胸を掴んでグリフォンから叩き落とされたことも。

「私はずっと姫様とここにいる。いつでも訪ねて来なさい。忘れたら承知しないぞ……!」

「最後にそんな格好見せてもらって忘れる訳がないだろ」

「――ッ!?」

 どうやら自分の服装を忘れていたらしい。獣人の女騎士は顔を真っ赤にして、恨めしげな上目遣いで俺を睨んだ。

 メイド姿だと、尖った犬歯さえ可愛く見えるから、不思議だ。

 リリィとも挨拶だけはしておこうと顔を向けるが、王女はこちらを見ずにきつく眉根を寄せている。刺激するのが怖くて声をかけられないでいるうちに、物怖じしないルースが話しかけてしまった。


 仕方がないので、俺はベストのフードに手を伸ばした。

「イクシス! 頼んでいいか!?」

「グアァアア!!」

 地面に小さなドラゴンを降ろし、頼む。

 イクシスは元気よく鳴いて、頭と尻尾をピンと伸ばした。翼も最も大きく広げている。


「グゥゥゥゥゥァアアアアアアア――」


 イクシスの静かな鳴き声から少しずつ大きく、太い鳴き声へと変わっていく。

 最初に翼と尻尾が体積を増やした。

 続いて、首、後ろ足と、ぐぐっと大きくなる。

 ある程度スリムな体型になった後は、全体的に体が大きくなっていった。


「――ァァアアルゥアアアアアアアアア、アアアアアアアアアッ!!」

 俺が覚悟していたよりも早い時間で、イクシスは馬よりも大きい姿になった。最後の仕上げとばかりに翼を打ち震わせ、尻尾を振り回してから伏せる。

「グルア!」

 俺は地面で取り付けられることを心から感謝しながら、イクシスの腰や首にベルトを巻いた。

 後は、跨るだけである。

「よしっ、ルース! そろそろ――……」


 振り向いた俺の唇を、柔らかい物が一瞬塞いだ。

 驚いて目の前を見れば、リリィがいた。


「サラは抱き付いた上にあの恰好まで見せたんだから……、あたしももう一つお礼。感謝しなさい。王女のキスよ」

「……」

 俺は混乱して体も頭も硬直させていた。

 リリィは一頻り俺の顔を眺めた後、小さく噴き出した。年相応な少女が悪戯を成功させた時のような、魅力的な笑顔だった。彼女が離れ、ルースが隣に来ても、何も考えることが出来ない。

「おい、どうしたカインド? 身分証とやらはしっかり貰ったぞ。ついでに理事長宛ての手紙もだ。食料と水も少しわけて貰ったし、準備は万端だな。――カインド? 本当にどうした?」

「……あ、ああ。何でもない。行こう!」

 ようやく動けるだけの思考が戻った俺は、伏せたイクシスの背に跨って、龍騎士の鎧をベルトに接続した。

 俺の後ろにひらりとルースが飛び乗ってくる。


「本当に、ありがとうございました! 間に合わなかったら寄り道せずに戻ってきて下さいね!」

「道中気を付けろ! ユミルでも元気でな!」

「あ――ありがとう、だ!! いつでも――いつまでも待ってるから!!」

「それじゃあ、またね!」


 俺は、皆の別れの言葉をしっかりと耳に焼き付けた。

 ルースが俺の後ろから仲間達に向けて手を振った。

「こちらこそ色々ありがとう! では、また!!」

「ぐるあ――――ッ!!」


 イクシスの別れの挨拶に続いて、俺は叫んだ。

「年に一度はルークセントを通る! その時は泊めてくれ、仕入れてきた話をお前達にも聞かせたい!! じゃあな!!」


 頷き合ってから、ルースとイクシス、そして俺は空を見上げた。

「イクシス!! 思いっ切り飛ばしてくれ!!」

「ああ、急がないと!」

「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 イクシスが大きく鳴き、空に舞い上がった。

 俺達を見上げるリリィ、サラ、スロウルム、フルールの体があっという間に小さくなっていく。それでも、彼女達はずっと動かずにいてくれた。

 名残惜しくて、俺もルースもイクシスも、同じように地面にいるヒト達から目を離すことが出来なかった。


 イクシスはまず一気に高度を稼ぎ、相当高い位置で姿勢を正した。上空から見える、玩具のような王都を確認して、大まかな方角を探る。

 午後の日差しを左手に、俺達は北を見据えた。

 全く怖くなかった。それどころか、体の内側から笑いが溢れてくる。

 俺は衝動の赴くまま、叫んでいた。


「さあ! 行こう、ユミル学院へ!!」

11月15日初稿

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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