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50.僭称王リンゼス・コーヴィン

 体に二つの穴を開けられたハーガーが、糸が切れた操り人形のように後ろへひっくり返った。そのまま何の抵抗も見せることなく、全身鎧を着込んだワイバーンライダーは、鞍から滑り落ちた。

 ワイバーンが形作る輪から飛び出し、王都の上空から街に向けて落下する。

 手足を動かさないにも拘らず、彼の体はやけにゆっくりと回転していた。

「――ギ、ギギィィィイイイイイイッ!!」

 数秒前まで跨っていた乗り手がいなくなったことに気付いたワイバーンが、彼を追いかける。隊列を外れ、必死な様子で翼を動かし、離れていった。


 外側の輪が一つ崩れたことになる。


 重心のかけ方からか、ルースの考えを察したイクシスは、今までハーガーと彼のワイバーンがいた位置に滑り込んだ。

 中央に位置する三体のワイバーンの周りを、四体のワイバーンと、一体だけやや体の小さいドラゴンが高速で輪を作った。

 周回するワイバーンライダーやルースから見れば、視界の右端に止まったように見える中央のワイバーンと前後の魔物だけがほとんど動かず、その他の景色は全て後ろへ流れていくばかりだ。

「おのれ!!」

 グレイブを振り上げた騎士が罵り声を上げ、さらにワイバーンの速度を上げた。

 しかし、ルースは焦らなかった。


 輪の中に入り込むことが出来れば、幾らでもやりようはある。

 たった一つの綻びが全てを崩す、陣とはそういうものなのだ。


「<舞い散る毬栗(バモベクナッド)>ッ!!」

 飛ばすのではなく、今現在の位置に置く気持ちで魔法を発現させた。

 果物大の黒い球は、ルースから見れば後ろ――グレイブの騎士へと流れていく。敵はこちらを追いかけてくるのだから自明の理と言えた。追われている場合は、下手に狙いを付けるよりもこの方法の方が当たる確率が高いことを、ルースは知っていた。

「――ぬ、あ!?」

 焦りも露わに騎士が喚き、ワイバーンが翼を傾ける。速度もそのままに、黒い魔力の塊の下側へとすり抜ける。

 流石の反応で<舞い散る毬栗(バモベクナッド)>は避けられた。

 ただし、それは直撃させることが出来なかったということだ。

 グレイブの騎士がすり抜けた瞬間、彼らから1mも離れていない場所で<舞い散る毬栗(バモベクナッド)>は耳が馬鹿になるような音と共に爆発した。

 王都の上空に炎と煙の固まり発生し、四方八方へ急速に広がっていく。


「――カ、ハッ!?」

「――ギ……ッ!!」

 ほんの少し後方から爆風をまともに食らったワイバーンとその乗り手は、膨張する黒煙に呑み込まれるよりも速く、吹き飛ばされた。

 焦げ上がった同僚が<白金の光球>が照らす範囲の外に飛ばされていくのを、白魔法担当のワイバーンライダーは呆然と眺めることしか出来ない。

「……こ……こんなことが……」

 すでに『双環(ふたわ)の陣』は崩壊していた。

 外周のうち二体が墜とされ、残ったワイバーン三体では攻撃密度が薄れる。外側の攻撃が減るということは――当然、中心を守る者が減るということだ。


「ぼんやりしていていいのか!? <踊る枝葉(エクナズ・テルーブ)>ッ!!」

 未だ外周を回るイクシスの背中から、陣の中心に向かって、ルースが八条の光弾を撃ち込む。中心に止まっていた三体のワイバーンに、満遍なく黒い光弾が襲いかかった。

「ぐ……ぬぅ!」

 武器を持たない騎士は、発動させていた<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>を差し出し光弾を遮る。

 しかし、全てを遮ることは出来なかった。

「ギギィィッ!?」

「ぐぅッ!?」

 大型の魔銃を持った騎士と彼のワイバーンが、<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>の脇を擦り抜けた黒い光弾を一発ずつ喰らった。

 騎士は左腕から血を流し、ワイバーンは首筋を軽く抉られている。白魔術担当によって守られているという油断、陣を組んでいる最中に動いてはいけないという意識が、悪い方向に働いたらしい。

 自分は<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>で<踊る枝葉(エクナズ・テルーブ)>を防ぎ切ったワイバーンライダーが振り返って、怒鳴った。

「何をやっているのだ、愚か者めッ!」

「な、何だとォ!? そもそもそちらが――」


「――あ、危な……ッ!!」

 言い争いを始めそうな二人に、残った一人が叫んだ。


 <踊る枝葉(エクナズ・テルーブ)>を放った位置からイクシスが半周ほど移動し、その背からルースが飛び出していたからである。腕を首に巻くようにして黒い大剣を背中に回し、圧倒的な瞬発力で敵に迫る。

 中心のワイバーンライダー達にとっては後ろから奇襲された形だ。

「ヒ!?」

 ようやく事態に気が付いた二人の騎士が、驚愕と恐怖に顔を歪めた。


「――もう、遅いッ!!」


 一瞬で敵の懐に入ったルースは、大音声と共に大剣を薙ぎ払った。

*****



*****

 王宮正面の広場では、すでに精霊魔法による照明が幾つも炊かれていた。特に門へと必要以上の灯りが向けられ、眩しすぎるぐらいだ。

 南門から強行突破で王宮に入り込んだグリフォンと馬車は、その勢いを緩めようとしていない。

 そのまま宮殿入口まで走るつもりだった。


「――っ!」

 ソリスの背中で身を屈めていたサラは、慌てて砲槍の先端を50cmほどずらした。

 十発を超える黒魔法が正面から彼女達を襲う。

 砲槍の先に展開されていた<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>にぶつかり、弾けた。半透明の魔力障壁に少々罅が入っても、砕かれるまでの威力はない。

 しかし、サラは前方によろめいていた。

「クァッ!?」

 悲鳴を上げたソリスが体勢を崩し、騎獣の動きに引き摺られたのだ。


 その鳥類に似た前足が片方、氷漬けにされていた。


 趾全体と踵の中程までが氷に覆われている。

 その氷は、グリフォンの巨体を釘付けにすることも、華奢に見える足を折ることもなかった。だが、宮殿内部に敷き詰められた真っ白な石畳と共に固められた為、足の下に大きな荷物を括り付けられたようなものである。

 戦場で機動力が削がれるのは死活問題だ。


 馬車の上で転びかけているスロウルムが叫んだ。

「氷系魔法を封じた魔法爆雷だ! まだまだ転がっているぞ!!」

 目を凝らせば、ガラス玉のような球体が周囲に転がっている。その内の一つをソリスが踏んだのだ。

 魔法による攻撃といきなり明度が上がったことによって、見落としてしまったらしい。

「やられたッ! ソリス、飛んで!!」

「ク、クワァアアアアアッ!!」

 淡い黄色のグリフォンは翼を大きく広げて羽ばたくと、ほぼ真上に飛び上がった。

「――っく!」

「キャアッ!?」

 急な挙動にスロウルム将軍は馬車の屋根にしがみ付き、馬車の中からは悲鳴が上がる。

 王宮全体を取り囲む結界の中なので、それほどの高度は取れない。自由な飛行を確保するにはせいぜい20mぐらいが限界だ。

 ソリスのさらに上5m程の所に精霊魔法の照明がある。おそらくその辺りに結界の壁がある筈だった。


「――ッ!?」

 サラは眼下に広がる光景に息を呑んだ。


 配置されている兵士達の全容が把握出来る。

 片膝を立てて魔銃を構える兵士達が一列、その後ろに立ったまま魔銃を構える兵士達が一列。一列三十人、合わせて六十人以上の集団が、宮殿入口から伸びる階段を塞ぐように一つ。

 さらに二十人ほどの集団が階段前に一つ、南門から見て右側に一つ、左側にも一つ。


「こ、ここまで集めたんなら、もっと王都に配置出来たでしょうに……ッ!」

「……誘い込まれてしまったか? だが、この程度なら墜とされることは……」

 サラとスロウルムは腑に落ちない思いを口にしながらも、それぞれ印を組んでいた。女騎士は脇と肘に突撃槍を挟み込み、両手を使って防御の準備に集中しなければならかった。

 正面広場に配置された兵士達は、全ての銃口を上空のグリフォンに向けている。

 指揮杖を握った兵士達が互いに顔を見合わせ、杖を振り上げた。

「全力で防御! 銃撃後の隙に乗じて突っ込む――<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>ッ!!」

 将軍が両手を打ち合わせると、半球状の防御結界が、馬車を下側から包むように――口の広い器の中に馬車が入ったかのように――現れる。

「了解ッ!! <菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>ッ!!」

 女騎士も自分とグリフォンを守る為、出来るだけ魔力を込めた大きな四角形の防御壁を二枚展開させる。


「撃てェッ!!」

 指揮杖が命令と共に振り下ろされた。


 百発を遥かに超える<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>がグリフォンと馬車に目掛けて放たれる。

「――くぅ!!」

「――ぬぅぅっ!!」

 黒い雷が防御結界を下から突き上げる。

 ここまでの一斉射撃を防いだことは訓練でもない。

 サラは砕けそうになる<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>に魔力を補充し続けた。一割二割と魔力が減っていくのが自分でわかる程だ。

 スロウルムも顔を歪めている。


 障壁にぶつかって弾ける黒い魔力によって、グリフォンと馬車の周りが塗り潰された。

 一斉射撃といっても、距離や角度によって着弾までに僅かな時間差が出来る。およそ一秒の間、サラとスロウルムは呻き続けた。


 それでも、二人の防御魔法は敵の攻撃を防ぎ切った。

「――……はぁ……っ」

 思わずサラが息をついた、その瞬間。

 彼女達よりもさらに上空から、いきなり影が落ちてきた。


「隙ありぃぃぃいいイイイイイイイイイ――――ッハァッ!!」


 四角い顔に尖った耳、巻き髪にした金髪が広がっている。

 興奮によって血走った目を見開き、口の端に泡を浮かべていた。

 引き絞られた細剣までもが、歓喜するようにぎらりと光った。


 将軍として親衛隊々長と憲兵団々長も務める伯爵――状況をややこしくした反乱の実行者――リンゼス・コーヴィンだ。


 風の精霊を纏い、飛行と落下の勢いをそのまま乗せて攻撃をしてくる。繰り出された細剣の先端が狙うのは、馬車の上のスロウルム将軍だった。

「ちぃッ!!」

 スロウルム将軍は腰に下げていた剣を抜き打って、コーヴィンの突きを防いだ。

 無理矢理軌道を変え、鍔迫りに持っていこうとして――鎧を着込んだ敵共々馬車から落ちた。勢いを殺し切れず、押し切られたのだ。

 二人の将軍は一固まりになって広場の石畳へと落ちた。

 衝撃と精霊魔法の風によって土埃が舞い上がる。


 サラは思わず手を伸ばし、叫んでいた。

「――隊長ォッ!」

「お……おじ様!?」

「リリィ、ここは抑え――あ!?」

 突如馬車が重力に掴まった。

「クァアアアアア!」

 ソリスに回されたハーネスが悲鳴を上げ、長柄が軋む。空中に止まったグリフォンを支点にして、馬車が振り子のように揺れた。

「~~ぅ、あッ!!」

 車内から抑えきれないリリィの声がした。

 スロウルムがかけていた白の飛行術が解けたらしい。

 それでも<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>だけは馬車の下側から側面までを覆い続けていた。常時接続展開だ。


 黄色いグリフォンが唐突な重量に喘ぎながらも体勢を整え直した頃、風の精霊が解放され一際強い風が吹き、埃が撒き散らされた。

 コーヴィンが細剣に体重を乗せ、倒れ込んだスロウルムに圧し掛かっていた。

 柄だけでなく刃の腹に手をかけたスロウルムは、腕が震えており、支えることで精一杯なのが一目瞭然だった。

「――ぐぅぅう!?」

「ハッハァ! 不意を付ければと思っていたが、そんなことをしなくとも問題なかったようだな、スロウルムッ! ボロボロじゃないかァ!!」

「わ、わざわざ上空で待機していたのか。それも……精霊魔法の光に身を隠してッ。なかなかどうして、くっ、暇だったようだな」

「お前達が向かってくるのは報告と喧騒でわかったからなァ。楽しかったぞ、お前をどう料理してやろうか考えるのはァ!!」

 嬉しくて仕方がないという表情を浮かべたコーヴィンが、余裕たっぷりに辺りを見回す。

「御自慢のケダモノはどうした!? 同行していたのはドラゴンだというし……グリフォン部隊の名が泣くぞ!!」

「ふふ……っ、今頃は……! のんびりしていることだろうよ……ッ!」

 重量に差があるにもかかわらず、コーヴィンの細剣はスロウルムが押し上げようとする両刃の剣を圧倒している。


 顔を歪めていたスロウルムが、驚きに目を見開いた。


「コーヴィン……!! そ、その王冠はッ!?」

 リンゼス・コーヴィンの頭の上には、光り輝く王冠が乗っていた。王冠は台座が金色、全体に大小様々な色とりどりの宝石が飾られている。

 大きめの頭部とやけに嵩張る金髪とはサイズがあっておらず、無理矢理引っ掛けている印象が強い。

「何を驚く? すぐにでも俺の物――被っていても問題あるまい? 少々重いが……確かにコレは気分がいいものだな! それほど気になるなら……戴冠式の後ならば、お前に被せてやることもやぶさかではないぞ、スロウルム!!」

「貴様……ッ、貴様ァッ!! ウッドウェイン陛下が崩御された後は誰も触っていない王冠を勝手に……!! それはリィフ殿下か――彼女の夫の物だッ!!」

 怒りを剥き出しにしたスロウルムが、コーヴィンの細剣を押し上げる。

 しかし、鼻で笑ったコーヴィンによって簡単に抑え込まれてしまう。

「ハッ、吠えろ吠えろ、乗るケダモノもいない魔獣乗りが! もうすでに、このルークセントの全てが、全ての土地が、全ての金が、全ての国民が…………、俺の物なんだからなァァアッ!!」

 コーヴィンは地面に圧し掛かるような姿勢のまま、呼び掛ける対象を変えた。常に傍にありながら目に見えないモノ達――精霊に語りかけ願う呪文だった。

「――き届けよ……。天と地を繋ぎし道筋よ! 触れる者全て震わす黄金の帯よ! 我が身を包みて、敵を苛め! 出でよ雷ッ、<雷電の衣>ッ!!」


 最後の単語を口にした瞬間、王冠を被ったコーヴィンの周囲を帯状の光が走り回り、すぐに彼の持つ細剣――さらにはそれを支えるスロウルムにまで移動した。


 弾けるような音が鳴り、スロウルムの体が震えた。


「――ぎッ!? ぐ、あ、ガ、ア、ア、ァアアアッ!!」

「普段のお前なら、この状況で呪文を唱えさせたりはしないだろうに。――というか俺も初めてだぞ、こんな間近で敵の悶える顔を見続けるのはッ!!」

 王を名乗る元将軍が喜色満面で言い放った。


 一方上空では、リリィ達の乗る馬車を守る<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>が徐々に薄れていった。術者であるスロウルムが意識の集中を保てていない証拠だ。

「た、隊長……ッ!!」

 砲槍を握り締めたまま、サラは歯を食いしばるしかなかった。

 飛行術が解けた馬車という重い荷物を牽くソリスでは、コーヴィンに強襲をかけることも出来ない。

「サラ、行って!」

 ぶら下がった馬車の中から声がした。

 緊張した表情を隠そうともせず、御者台の窓に顔を押し付けているのは、本来の恰好――王女のドレスを着たリリィだった。

「しかし姫様達を残していく訳には! 四方から魔銃で狙われているんですよ!?」

「サラ一人じゃいつまでも防げないわ! 何よりあたし達の目的はコーヴィンでしょッ!! アイツをどうにかしないと……ッ!!」

 リリィの台詞は道理が通っていた。

 コーヴィンを倒すか、彼の配下を駆逐するか。どちらかを達成しなければ、反乱の只中に突っ込んで来た意味がない。

 御者台の窓の半分ほどをリリィの顔が占めており、その向こうに小さくフルールが見えた。一般的な村娘の衣装を着たフルールは、サラの視線を真正面から受け止め、頷く。

 サラは迷いと恐れを振り切り、決断した。

「わかりました。せめて、白の飛行術を馬車に――」

「いいから急いでッ!!」


「ぐ、ぬ、ぬ……! ぎ、アアアアッ!!」

 広場全体を切り裂くような悲鳴が上がり、遂に<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>が掻き消えた。

 スロウルムは全身から煙とも湯気ともつかぬものを出していた。肌が見える部分には火傷が至る所にあり、まだ意識があるのが不思議なほどである。

 体全体で細剣を押し込んでいたコーヴィンが、顔だけを上に向けた。その口からは涎が一筋流れ、頬は痙攣していた。

 本人としては笑っているつもりなのだろう。

「お前の馬鹿みたいな精神力も、持たなかったらしいな、スロウルム! しかし、これはなかなか愉快だ! 王に逆らう者への刑罰としようかッ!? ハハハ、ハーッハッハ――」


「――コーヴィン閣下ッ!!」

 品のない笑い声を途中で遮ったのは、緊迫した叫びだった。魔銃を上空に向けたままの兵士のものである。


「ィィヤァァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 一拍遅れてサラの怒声が響く。

 女騎士は一人で地面まで舞い降り、砲槍を構えてコーヴィンに突っ込んでいた。

「お前もどうした、サラ・ゴーシュ! グリフォン様を降りても勝てると踏んだのか!? この新たなる王、リンゼス・コーヴィンに!!」

 敵を嬲りながらも警戒を怠っていなかったらしいコーヴィンは、余裕たっぷりにサラへと視線を移した。

 彼女が近付く間に、スロウルムの剣を弾き、上半身を戻す。ほとんど同時に、スロウルムの両肩両足を一度ずつ貫く。正確に鎧の隙間や可動部を狙った上に、傍目には一連の動作にしか見えなかった。

「――がぁッ!?」

 一度に四つの穴を穿たれたスロウルムが苦悶の声を上げた。

「おのれ下衆がァァアアアッ!!」

「誰に向かってそんな口を聞いているッ!!」


 怒りに髪を逆立てたサラの砲槍と、気分を害した様子のコーヴィンの細剣がぶつかる。

 続いて、火花を掻き消す様に、砲槍の石突が爆発した。

 突撃槍の円錐部分が一瞬で1m近く移動する。


「――!?」

 しかし、サラが繰り出した砲槍の一撃は、コーヴィンの真横――何もない空間を貫いていた。彼どころか、やけに翻っている豪勢なマントすら掠っていない。

 コーヴィンが持つ細剣は垂直に立てられ、突き出された砲槍の中程に触れていた。

 焦げた臭いを、女獣人の鋭敏な嗅覚が感じ取った。


「もう一つの御自慢であるその槍も、爆破よりも前に軌道をずらせば、これ、この通りよ」

 呻いたサラが距離を取ろうとするも、それより速くコーヴィンの大柄な体が奔った。一気に距離を詰め、その瞬間には剣が振り抜かれている。

「いッ!」

 サラの両手首が貫かれていた。彼女は鎖帷子を着込んでいたが、腕までは覆われていない。流石に獣人であろうとも極端に重い突撃槍を持っていられず、放してしまう。

「そぉー、らッ!!」

 余裕を隠すこともないコーヴィンが前蹴りを繰り出した。驚異的な踏み込みを見せる将軍の足が、サラの腹に埋まる。

「ぐっはぁッ!!」

 無理矢理息を吐き出さされたサラは、数m浮かび上がり、石畳に倒れ込んだ。

 動けなくなるには必要充分な攻撃だ。

 王冠を被った元将軍が宮殿入口へ向かって、大声を張り上げた。

「第一小隊から五人、ここへ来いッ! このメス犬を見張って、不穏な動きを欠片でも見せたら撃ち込んでやれ!」

 宮殿入口前を塞ぐ隊列から魔銃を持った兵士隊が駆け出す。きびきびとした動きで倒れたサラの周りを囲み、魔銃を向けた。

「さて、これで些事は片付いたな……」

 コーヴィンはこれ見よがしな程ゆったりと歩みを進め、スロウルムが仰向けに倒れている場所に立った。将軍と女騎士の血が付いたままの細剣をスロウルムの喉元に突き付け、上空のソリスが牽く馬車を睨み付ける。


「――さぁ、降りてこい、王女のニセモノォッ!! 確か名前は、フルール・スロウルムとか言ったか? このままでは……、貴様の父親が死ぬぞ!!」

8月2日初稿

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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