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48.王という器

「……くっ」

 サラは<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>を頭上に掲げたまま呻いた。状況を確認する為に素早く周囲に視線を走らせる。


 <拘束金網(バインド・ネット)>を造り出した術者のうち、二人は見つけることが出来た。

 左右前方に一人ずつ、どちらも銃を構える兵士達の奥に位置し、合わせた両掌の先から魔力の網を伸ばしていた。

 術の規模と込められた魔力からすると、おそらくあと二、三人はいる筈だ。

 術者への攻撃で拘束を解くのは難しい。


 女騎士は<造形鋼鉄(クレイ・スティール)>を消した砲槍の先端を静かに石畳に付け、柄や石突部分がソリスの翼に引っ掛かるようにして放した。

 投降した訳ではなく、右手を自由にする為だ。目立たぬように右手だけで印を組んでいく。

 馬車の上にしゃがみ込んだスロウルムが、獣人であるサラの耳に聞こえるか聞こえないかの小声で囁いた。

「……それでいい。お前はとにかくソリスを傷付けないよう守れ。このぐらいの魔銃なら、すぐにどうこうなる訳じゃない」

「ということは、タイミングを見計らって脱出……ですね?」

 サラは口の端を上げた。

 しかし、答える将軍の顔は苦い。

「この状況ではそれしかあるまい。だが、<拘束金網(バインド・ネット)>を破る一瞬は<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>を解除しなければならない。その間、お前達はともかく私と馬車は無防備になる。このタイミングを見計らうのは、なかなか骨が折れるぞ……」

 白魔法は発現する場所をある程度自由に指定することが出来るが、幾つか例外がある。

 当人が発動先の空間を把握していない場合や、魔力を遮断する素材に阻まれている場合などだ。現状は後者に当たる。

 <天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>は圧倒的な防御魔法である代わりに、ほぼ魔力を通さない。リリィを閉じ込めた時とは違い、地面まで隙間なく覆っている訳ではないので、声は聞こえる。

 それでも、頭上から被さる<拘束金網(バインド・ネット)>を一気に砕く為には、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>が蓋になってしまうのだ。

「今隊長が用意しているのは?」

「<十剣降下(フォール・カトラリィ)>だ」

 広範囲に魔力で作った30cmほどの刃をいくつも降らす術である。

 <拘束金網(バインド・ネット)>を除外するには充分でも、周囲を取り囲む兵士達を無力化するには至らない。<十剣降下(フォール・カトラリィ)>は攻撃範囲を広くすればするほど攻撃密度が落ちる。


 逆に、迂闊に手を出せば、相手を刺激するだけになってしまう。


「ええい、いつまでそのケダモノに乗っておるのだ、サラ・ゴーシュ! こちらはいつ撃ってもいいのだぞ!?」

 指揮杖を持った男が言い放った。風を切る音をさせながら、持ち手に宝石まで付いた指揮杖を振り回している。

 どの動作が合図なのか傍目にはわからなかったが、膝撃ちの姿勢をとっていた兵士達が魔銃を構え直した。すでに引き金には指があてられ、いつでも一斉射撃が可能だ。

「……」

 そんな光景を見せつけられても、女騎士は髪を逆立て、三角形の耳を威圧的に尖らせた。

 グリフォンもまた、乗り手に合わせるように、低い姿勢で男を睨みながら嘴を何度も打ち鳴らした。

 二度も使われた『ケダモノ』という言葉が原因なのはいうまでもない。

「すっ! 凄んだところで意味があると思っているのか! これだから女は始末に悪い! いいだろう、あくまで反抗的な態度をとるというのなら、我らがその身に――」


「おやめなさい! エンダン・ブレストン!」


 口から唾を飛ばして怒鳴る親衛隊々員の台詞を、甲高い声が遮った。

 南門手前の大通りにいた全員の動きが止まる。

 特に、指揮杖を振ろうとしていた男は、びくりと大袈裟なほど体を硬直させた。次の瞬間には、顔全体を真っ赤にして怒声を上げ始めた。

「……だッ、誰だ!? 女の声だったなぁ!? 今この戦場で……、小隊長の私の名を、女が軽々しく呼び捨てにするとは……!」

 小隊長――ブレストンは歯を剥き出して辺りを見回した。さらには視線を上げ、二階三階の窓から通りを覗いている一般国民まで睨み付ける。

 サラは呻っているし、通りを歩いている兵士は基本的に男性ばかりなので、彼には部外者からの揶揄に聞こえたのだろう。

 しかし、注目を集める大通りには、サラだけでなくもう二人、女性がいた。


「……貴方の名前を呼んだのは、私です」

 その内の一人が、馬車の中からいくらか落ち着きを取り戻した声を出す。

「エンダン・ブレストン、この拘束を解き、部隊の皆さんに銃を下ろすよう、命じなさい」


 リリィが、馬車の天井に開いた穴から顔を出した。

 穴の縁に手をかけ、白いドレスが胸元辺りまで見えている。

 地面と馬車の上という高さの違いはあっても、小ぶりな王冠が乗った頭は勿論、小作りな顔に浮かぶ緊迫した表情さえしっかりと確認出来た。

「――!?」

 ブレストンが顔を真っ青にするのと同時に、兵士達は動きを止めた。銃を構えていた者まで、照門から顔を離し、呆けた表情を見せた。


 兵士だけでなく、王都に驚愕と動揺が波のように広がっていった。


 窓から覗いていた者達は室内に顔を戻して何事かを怒鳴り、その声に応えて新たに何人も窓際まで走り寄ってくる。

 通りに出ていた男達は位置関係から逆に見えづらかったようで、現場に近付こうとして兵士と揉み合いになっている。

 大通りだけでなく、脇道の向こうからもドアや窓の開く音が聞こえてくる。

「……リィフ王女殿下……」

「……姫様っ!」

「えーっ、お姫様!?」

「で、でで、殿下!? 何でこんな所で――」

 上空でリリィが叫んだ台詞が届いたのは、王都でも南端のみといっていい。グリフォンが走るよりも速くは情報が伝わらなかったようで、南門周辺は新鮮な驚きに満ち溢れた。

 つい先程まで兵士だけが歩いているという緊迫した状況だったのにも拘らず、今では、幼子が窓から外に身を乗り出しているぐらいだ。


「――リリィ! 何故そう出て来たがるッ!?」

 怒りを押し殺して足元に言い募る将軍に、リリィはブレストン――馬車から見て左側――を見据えたまま、返した。

「……ピンチだと思ったの! もしかしたら争わずに兵を引いてくれるかもしれないし」

「甘い予想で身を危険に晒すな! フルールッ! お前が付いていながら――」

 車内からリリィのものにそっくりな声が響いた。フルールの口調はやや早口ながらも冷静だ。

「リリィは国民に無駄な犠牲は出したくないのです、お父様。ルークセント王女としての決断なら、私に止めることは出来ません。将軍の娘としても、お付きのメイドとしても……友人としても」

「ぐぅ……っ。この我儘娘共がぁ……っ!」

 珍しく顔を真っ赤にしたスロウルムが歯ぎしりをした。

 しかし、女性陣は相手にせずに自分の役割に集中していた。

 サラは、リリィとフルールを気にかけながらも、周囲の観察をやめていない。


 基本的に兵士は呆然とした者が多かった。目を見開き、顎を落としている。

 それだけに、別の顔をしている者は目立つ。

「――っぐぐ!」

 ブレストンと数人の親衛隊員だけが、焦りの表情を浮かべていた。

「ど、どうするんですか、小隊長殿……?」

「これはまずいですよ! グリフォン乗りはともかく、あくまでも健在な王女殿下に銃を向け続ける訳には――」

「ええい、今更うろたえるでないッ! そもそも我々は……」

 小声で言い合うブレストン達の姿を、部下の兵士達はしっかりと確認していた。


「……こりゃあ一体どういう……?」


 上官の動揺を察した一人の兵士が立ち上がり、一歩動いたことを皮切りに、鼠一匹逃がさないという意気込みすら感じられた配置に、綻びが現れる。

 勝手に立ち上がった何割かの兵士のせいで、綺麗に等間隔だった並びが乱れ、密度に斑が出来ていった。

「貴様ら、動くんじゃないッ!! まだ命令は取り消されてないぞ!!」

「いや、だって軍曹殿……」

「……相手がリィフ様だなんて俺達聞いちゃあ――」

 その上、これまで馬車に向けられたまま微動だにしなかった銃口が、下がりそうな気配を見せ始める。迷う心情をそのまま表すように、半数以上の魔銃がふらふらと揺れ出した。


 すでに片手印で防御魔術を用意していたサラは、スロウルムに囁いた。

「……隊長……」

「……いや、もう一押し欲しい。私達だけなら、ここで博打を打つのもやぶさかではないが……」

 スロウルムの返事を、大声が遮った。


「――か、構えぇぇええッ!!」


「……ッ!!」

 ブレストンが指揮杖を振り下ろし、兵士達はしゃがんだ者も立った者も、ほとんど同時に小銃を構え直した。

「……あっ、と! って、ええッ!?」

「ちょッ!? あ、相手は王女殿下ですよ!?」

 慌てたのは、当の兵士達本人だ。

 訓練によって体に浸み込まされた動きをしただけで、事情を知らない者が大半なのだろう。まさか王族へ武器を向けることになる等とは、想像すらしたこともないに違いない。


「……え? ちょっとこれどういうことなの!?」

「おいおいおいッ! 何してんだよ!?」

 兵士ではない一般の国民達にも、ざわめきが広がった。

 本来ならば何に変えても王族を守らなければならない兵士達が、王女に向けて銃を構えているのだ。

 事態が理解出来ず一様に困惑していた彼らの顔が、兵士への不信感や苛立ち、そして怒りを表し始めた。


「ええい、煩い愚民ども!!」

 民衆の声を掻き消すかのように、指揮官の怒号が響き渡った。さらに部下達へと視線を移し、大声を上げる。

「――そして、貴様ら、命令不服従は重罪だぞッ!? わかっているのか!!」

 その瞳は充血し、怒っているような泣き出しそうな、酷く奇妙な表情をしていた。こめかみに青筋を立てて、汗で顔が濡れている。

「し、しかし、相手は――」


「上官に口答えするなァッ!!」


 口から泡を飛ばして、ブレストンは傍にいた兵士の顔面を指揮杖で殴った。

 馬車へと狙いを定めていた所へ、硬く重い杖の一撃をまともに食らい、兵士は石畳に激突する勢いで倒れ込んだ。構えていた小銃も地面に落ち、硬い音を立てた。

 他の兵士達全員に緊張が走る。

 結局、命令に従う者しかいない。

 理解どころか把握することも出来ない状況の中で、暴力という単純な恐怖を行動基準にせざるを得ないのだ。

 ブレストンは血の付いた指揮杖を投げ捨て、代わりに転がった小銃を手に取った。自ら音高く銃を構える。

 狙いは馬車より少し上――頭を出したリリィだ。

「エンダン・ブレストンッ! 自分が何をしているのか分かっているのですか!?」

 銃口と照門に当てられた小隊長の瞳を見据え、再度リリィは叫んでいた。スロウルムの防御結界があるので、怯えている訳ではない。

 抑えきれない怒りだった。

「黙れ黙れ黙れぃッ!! そんな筈はない! 今ここに王女が来れる筈がない! そ、それに、王女の替え玉が存在するという話は聞いているッ!! ルークセントの兵士に騙されるような愚か者はいないぞ! 貴様は……王女などではない! 偽物だ!! 偽物なのだッ!!」


「ブレストン、貴方は――!?」

 全てを知った上で私に銃を向けているのですか、という台詞と。

「わ、私ならここに――!!」

 いるのだから、こちらの御方は王女殿下御本人です、という台詞は発せられなかった。


 ブレストンが引き金を引いたからである。


 やけに耳に着く撃鉄が落ちる音と共に銃口から発射された<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>は、一直線にリリィへと向かい、スロウルムの防御結界にぶつかって弾けた。


 物音一つ立たない静けさが数秒間あった後――。


 王都南門前は、爆発するような怒号に包まれた。

「撃ちやがったァァアアアアアアッ!!」

 いっせいに騒ぎ出した国民の声で、辛うじて聞き取れるのはその程度だった。残りはただの怒りとしか言いようがない大音声である。

 しかも、途切れるどころかだんだんと大きくなっていくようだ。

 硬く戸を閉ざしていた者でさえ、何が起こったのかを確認しようと窓を開く。

 恐怖に満ちた表情で通りへ出てきた女性が、南門前を見て目を丸くする。

 その光景や叫び声から事情を知って、彼らも怒号を上げ始める。


 そんな相乗効果が王都の南側に広がっていった。

 あまつさえ東西へも拡大する気配を見せている。

 事情をわからないながらも慎重さだけは保っていた国民が、今度こそ激昂したのだ。


「……ッ!? う、う、う……うるさいぞ平民共がッ!! 言っているだろうが、この娘は王女本人などでは――ッ!」


「撃ちやがったッ!! アイツだ、アイツが撃ったんだッ!!」

 ブレストンが必死に声を張り上げるも、彼の言葉は一般国民の声にあっさり掻き消された。


 それどころか、大通りを挟む家々からコップや瓶、小さな置物等が降ってきた。

 最初は一つ二つと大したことはなかったが、あっという間に雨霰としか言いようがない程になっていく。どう考えても包囲する兵士まで届かない場所にいる者達まで怒りに任せて小物を投げていた。

 例え狙いなどないような投擲でも、圧倒的多数から狙われれば、いずれ誰かには当たる。

 兵士達にとって無視出来ない障害だ。

「うちの姫様に何してやがんだ、ゴラァァアアアアッ!!」

「う――、ぬあぁ!?」

 さらに、数名の無謀な男達がドアを蹴破らんばかりの勢いで外に飛び出し、近くにいた兵士に殴りかかった。

 怯えながらリリィに銃を向けていた兵士は、無防備な背中を一般国民に晒す形となり、あっさりと倒されていった。


「皆さん、家に戻って下さいッ!! 危ないですからッ!! 窓に近づくのも危険ですッ!!」

「リリィこそ早く入って! 流れ弾があってもおかしくないんだから!!」

「落ち着いて下さいッ!! わざわざ危険な目に合うことはないんですからッ!!」

 リリィが叫ぶ声も限られた範囲にしか届かない。それでもリリィは、フルールがしがみ付いて来るのも構わず叫び続けた。

「その台詞、そのまま返すからな、リリィ!!」

 姪の頭を掴んで車内に押し込めようするスロウルムはサラへと怒鳴った。

「だが、好機だ!! <拘束金網(バインド・ネット)>を砕くから合わせろ! せめて王都の民を轢くなよ!!」

 兵士達はもはや包囲どころではなかった。

 頭上から降り続ける小物類はいっこうに止まず、後ろから襲いかかってくる国民までいる。威嚇の為に空へと魔弾が撃たれても、一気に燃え上がった怒りを覚めさせることは出来ない。

 兵士達は怒れる民を抑えつけるのに全力を尽くさなければならない状況だ。

 当然のことながら、ほとんどの魔銃はリリィから銃口が逸れていた。

「了解ですッ!!」

 冷静なサラの返事を聞きとったスロウルムは、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>へ送っていた魔力を切り、<十剣降下(フォール・カトラリィ)>の最後の印を結んだ。

 球状の魔力障壁が姿を消すのと同時に、馬車を中心とした直径15mの範囲に二十本以上の白い刃が現れる。空中に浮かぶ、柄のない30cmほどの刃物は切っ先を地面に向けていた。

 次の瞬間には、全ての刃が同時に降り注ぐ。

 スロウルムの白い剣のほとんどは、彼らを拘束する網状の魔力に続々と突き刺さり、打楽器を連打するような音を立てた。


 <十剣降下(フォール・カトラリィ)>は呆気なく<拘束金網(バインド・ネット)>を砕き切った。


「今だ、行けぇぇえええええええッ!!」

「ハッ!」

 サラは砲槍を掴むと、左手に握った手綱を振るった。

 ソリスが石畳を砕くほどの勢いで走り出し、馬車が続く。

 その天井でリリィは後方に手を伸ばしながら叫んだ。

「待って! あのヒトたちを――!」

「この混乱を治めるのは無理だ! 目的を優先するしかないッ!」

 瞬時に<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>を張り直したスロウルムが怒鳴り返す。


「……こ、こんなことは認めんぞ……ッ!!」

 黄色いグリフォンが向かう先に、真っ直ぐ魔銃を構える男がいた。何か当たったのだろう、額から血を流したエンダン・ブレストンだ。

 震える指先が引き金を引き、<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>が撃たれた。

 しかし、黒い雷はソリスの嘴から1m離れた所で綺麗に霧散した。サラの<菱形鉄壁(ダイヤ・アイロン)>だった。

 ブレストンは効果がないことを目の当たりにしながら、魔弾を装填しようとした。

 グリフォンが一直線に迫っているのに、である。


「認めんからなぁぁあああああ――ぶぐッ!?」


 叫び声が無様な呻き声に変わった。

 サラが前方に突き付ける砲槍、その先端に移動させた魔力障壁にぶち当たったのだ。

 グリフォンの質量と女騎士の技量によって、ブレストンは宙を舞う。10m以上の高さまで吹き飛ばされ、投げ捨てられた人形のように石畳に落下した。


 自分を殺そうとした男の末路など気にもかけずにリリィはまだ大声を上げていた。

「――でも、怪我をするヒトだって出るかもしれないし!」

「我々にはしなければいけないことがある。しかも、彼らが自分達で選択したことだ。何かをしたことで少しでもお前の為になったのなら、例え怪我をしても、彼らはそれを誇るだろう」

「そんな……! あたしは何にも出来ないのに……!」


「お前がそういう存在だからだ、リリィ」


 後ろを振り返りながら、スロウルムは言った。

 まだ一般国民と兵士の小競り合いは続いていた。こちらに笑顔を向け、腕を振り上げている者も多い。

「お前はそれを誇りに思っていい。だが、同時に彼らの献身に対する責任もある――王としてな」

「……皆様、ありがとう……。どうか、怪我をしないで……!」

 混沌とした騒ぎの中で、リリィは小さな声で祈るしかなかった。


「クワァアアアア!」

 怒涛の勢いで走るソリスは、兵士達を蹴散らしながら進み続け、一気に宮殿南側へ邁進する。

「急げ! もうすぐそこまで――」

「う!? うわぁああああ!」

「おい、どけ! グ、グリフォンが!!」

 門の直前に位置する跳ね橋は三分の一ほど上げられていた。

 指揮系統が上手く働いていないのか、今更鎖が引かれる音がする。驚いたことに南門は閉められてすらいなかった。

「行け、ソリス!!」

「クワァァァァァァァアアアアアアアアッ!!」

 ソリスは大きく鳴いて跳び上がると、跳ね橋の端を鳥類に似た前足で掴み、体重を乗せて強引に引き下ろした。

 地響きを立てて、グリフォンでも楽に渡れる道が出来上がる。

「うわぁぁああああッ!?」

 跳ね橋を上げようと鎖を掴んでいた十人以上の兵士が、逆に鎖に引っ張られて飛び上がった。


「宮殿、入ります!!」

 緊張した中にも嬉しさを滲ませる声でサラは叫び、翼を畳んだソリスとスロウルムを天井に乗せた馬車は南門を通り抜ける。


 王都南側の大通りから喧騒に変わって歓声が上がったのを、前を向く瞬間、リリィは確かに聞いた。

*****



*****

 イクシスの背の上で立ったまま、ルースは飛竜部隊の反応を待っていた。

 威勢を失った飛竜部隊は、互いに顔を見合わせ不安そうな視線を交わしていても、動こうともしない。

 やがて、頭部全体を覆う兜を被った一人の騎士が、落ち着いた声色で言った。

「成程、貴殿の言う通りだとしよう。貴殿は王女殿下の剣であり、我々は殿下に反旗を翻した反逆者……」

「お、おいっ、ハーガー!? 貴様何を勝手に……!」

 慌てた様子で声をかける同じ隊の仲間には答えず、ハーガーと呼ばれたドラゴンライダーは左手をルースに向ける。


「――!」

「グルァ!?」

 イクシスが素早く羽ばたくのと時を同じくして、ハーガーの掌から<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>が放たれた。


「――それでも、もう引くには引けないのだッ!!」


 怒号と共にワイバーンが詰め寄った。

 その背に跨る騎士の右手には、刀身3mを超える超長剣が握られていた。

 避ける方向を計算した突撃によって、ルース達が彼の間合いに入る。

 唸りを上げて振り下ろされる超超剣を、ルースは黒い大剣で受け止めた。

「やれやれ、僕は急いでいるんだがな……」

 そう呟いて周囲を見れば、他のワイバーンライダー達もほとんどがこちらに向かって構えていた。一人の行動に引き摺られるようにして、戦意を立ち直させたらしい。

 ルースは軽くため息を吐いてから、口を開く。


「仕方がない……。いいだろう、相手になってやる。ただし……手加減はしないからなッ!!」

「グルァアアアアアッ!!」

 ルースとイクシスの雄叫びに、ワイバーンはいっせいに動き始めた。

6月22日初稿

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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