47.ソリス、疾走
夕日が、ワイバーンを覆う暗色の鱗を赤く染め上げていた。
その背に乗った騎手達の表情まで見えてくる。
真面目な顔をした者、取り立てて関心がなさそうな者、あからさまに迷いを見せる者。しかし最も多いのは、嘲るように口の端を上げている者だった。そして全員に圧倒的な自信と高慢さが見てとれた。
すでに十体のワイバーンは、空中に止まるグリフォンやドラゴンと同じ高度にいる。
扇状に広がるワイバーンライダー達の中で、一番ルース達に近い騎士が怒鳴った。
「トマス・スロウルム、サラ・ゴーシュ! 貴様らには捕縛もしくは迎撃という命令が出ている! それでなくとも許可なく王都上空を通ろうとは度し難い越権行為だ! 大人しく武器を収め、グリフォンを地表まで下ろせいッ!!」
台詞が終わるのに合わせるように、他の乗り手達が各々武器を抜いた。杖や大型の魔銃がソリスに向けられる。
敢えて近付き組み伏せようという気概は見えないが、手前にいる数人は剣や槍などを構え、ルース達の動向を窺っていた。
「何をしているっ。止まっていてはいい的だ、さっさと動けッ!」
前方を見据えたままのルースが小声で言った号令に、呆けていたサラはようやく反応をした。
「……わ、わかっている!」
「待って、サラ!!」
慌てて手綱を操ろうとしたサラを、馬車の中からの声が止めた。
全く同じ声質ながら、驚いたような声が続く。
「ちょっ……、リリィ!?」
まだ斜めになっている馬車の扉が、音高く開いた。
「――飛竜部隊ッ!! 下がりなさい!!」
扉に寄りかかるようにして顔を出したのは、小ぶりの王冠を金色の髪の上に乗せ、純白のドレスを着込んだ少女だった。数十分前のフルールと同じ恰好だが、むしろ品位よりも活発さが目立つ。
リリィだ。
彼女の後ろでは、栗色の髪をお下げにした同じ顔のフルールが、リリィが馬車から落ちないように豪奢なドレスをしっかりと握っていた。こちらも切羽詰まった表情をしているものの、どこか冷静さを匂わせている。
ワイバーンに乗った騎士達の顔に、驚きが見えた。
「……お、王女殿下……!?」
「……後ろにいるのはスロウルムの……? と、言うことは――」
王宮近くに配置された二人が呆然と呟く。
先程投降を呼びかけた騎士のすぐ後ろにいた、白髪を丁寧に後ろに撫でつけた老人が唸るような声で言った。
「……くっ! 話が違うではないか、エンバリィめ……!」
金色の長い髪を抑えながら、リリィは真っ直ぐにワイバーンとその乗り手達を見据えて続けた。
「私がただ宮殿に帰るだけ、そしてサラ・ゴーシュとスロウルム将軍は私の護衛なのですから、貴方方が出てくる必要はありません! 先程の攻撃は不問と致します! ですが、これ以上の攻撃は……明確な反逆行為になることを覚悟なさい!!」
リリィの声は感情を抑えきれなかったようで、甲高かった。
しかし、その分相当の範囲に届いたらしい。
急なグリフォンとワイバーンの交戦に静まり返った王都南側が、波紋が広がるように騒がしくなっていく。
兵士は呆然と空を眺める者と顔を顰める者に分かれ、数少ない一般国民は何が起こっているのかわからず手近な者と話したり顔を見合わせたりする。窓から身を乗り出して空を仰ぎ見る者だけでなく、扉を開けて外に出てくる男達も現れた。
「ひひひ姫様、危険なことは止めて下さい!」
「だってあたしの顔を見せないと――」
女騎士と王女が小競り合いを始めようとした所で、ルースは遮った。
「話している暇なんてないぞッ!!」
「――えっ?」
三度、ソリスと馬車――ではなく、開いた扉から顔を出すリリィに向けて、攻撃魔術が飛んで来たのだ。
速度は出ないが殺傷能力の高い<舞い散る毬栗>が二発、こちらに向かってくる。
その内一発を放ったのは、比較的近くにいた白髪の老人だった。
「こうなっては仕方がない!! 諸共死ぬがいい!!」
奥にいる比較的若いドラゴンライダー達が驚きの表情を浮かべる。
「ト、トートレッド卿ッ!?」
「<断ち隔てる皿>!!」
自分とイクシス、そして<断ち隔てる皿>をソリスと馬車の盾としながら、ルースは叫んだ。<舞い散る毬栗>が黒い円盤に触れ音もなく埋もれる間に、背後のサラに向けて続ける。
「行け! こいつらは僕が相手をする!!」
「頼むっ!!」
応えたサラが手綱を振るい、淡い黄色のグリフォンは姿勢を変えた。頭部を下にして羽根を畳み、王都に侵入した時よりも急な角度で降下していく。
「リリィ、下がって!」
「ル――――スッ! 遠慮はいらないからやっちゃいなさ――いッ!!」
ソリスが地面へ到達する僅かな時間の間に、リリィの金切り声がルースの耳に届いた。
「い、行かせると思――」
トートレッド卿と呼ばれたワイバーンライダーは最後まで言うことが出来なかった。
彼がサラに倣うように手綱を振るおうとした瞬間、その左腕が宙を舞っていたからだ。
「――なっ!? あ……!」
イクシスの背から雷進で飛び出したルースは、両手で握った大剣を振り切った姿勢で、すでにワイバーンの真横にいた。
イクシスとワイバーンの間の距離は30m弱。そして、空中でも足場さえあれば、高速歩法雷進を使うことによって100mまではほとんど一瞬で移動出来る。
魔剣士はドラゴンの背中を足場としたのだ。
豪奢な装飾が施された篭手共々落ちていく腕には目もくれず、ルースが静かに言った。
「その台詞はこちらにも当てはまる。何より、貴様は疑いようもなく敵だ」
「ぁ……がぁああああああああああああああっ!?」
「ト、トードレッド隊長ッ!!」
「おのれ、賊めぇええッ!」
トードレッドの悲鳴が飛竜部隊の驚きや戸惑いを吹き飛ばし、残った九人の男達はそれぞれ武器を構え、紋章を描き、呪文を唱え始めた。当然のことながら、視線は全て美形の剣士に集まる。
ルースは敢えてその場で動かずに、叫んだ。
「イクシ――――スッ!!」
「グゥルアァアアアアアアアアアア――――アアッ!!」
ルースが飛び出した位置から動いていないドラゴンが盛大に鳴いた。
空気を引き裂く音をさせて雷が奔り、一体のワイバーンを乗り手ごと貫く。
左端に配されていたこのワイバーンライダーは、トードレッドと共にリリィに向かって<舞い散る毬栗>を飛ばした、もう一人だった。
「――がっ――」
「――ギッ――」
一瞬にして焦げ上がった騎士とワイバーンが微かな呻き声を上げ、ゆっくりと落ちていった。
騎士だけでなく、ワイバーンですらその光景を見つめ、動こうともしない。
「こ、こ、この……っ!!」
唯一トードレッドのみが、視線をルースに向ける。その瞳にあるのは、自分を傷付けた者への恨みだけだった。
「下賤な従者風情がぁあああああああああッ!!」
左肩から吹き出す血にも構わずに、残った右手に握った細剣を薙いだ。
だが、片腕を失った老人の振るう剣など、ルースには触れることも出来ない。魔剣士は、切っ先を下に向けた大剣を盾として、音を立てて迫る細剣を弾いた。
「ハッ!」
ワイバーンライダーの攻撃を軽々と防いで見せたルースは、黒い大剣で老人の細剣を真下へ押し込み、そのまま一続きの動作で大きく弧を描いた蹴りを放った。
前傾姿勢だったトードレッドの背中に、爪先が振り下ろされる。
「がはっ!?」
「ギィッ!?」
トードレッドは吐血し、ワイバーンに叩き付けられた。
乗り手そのものが衝撃となったのかワイバーンが体を捻り、声を上げる。
その上、まだ終わりではない。
倒れ込んだ騎士の背中に移動したルースが、叩き込んだ右足に加えて左足をも乗せて、思い切り踏み込んだのだ。
「――ラァアアアッ!!」
「カ……ッ!!」
「ギガァッハッ!?」
重い音と、三者三様の声が上がった。
ワイバーンとトードレッドは相当な速度で地面へと落ち、ルースはその反作用を利用して、さらに上空へと飛び上がる。
どこかぼんやりとルースやイクシス、トードレッドを見ていた残りのワイバーンライダー達が、そこで我に返った。
「よ……ッ! よくもトードレッド卿を……!!」
「ここまで強い等とは聞いていないぞッ!?」
「それよりも今が好機だ! 撃てぃっ!!」
「ええい、貴様が命令するな!!」
好き勝手に騒ぎながらも、魔銃や杖がいっせいにルースに向けらる。呪文の詠唱や紋章の描画が始まり、同時に魔銃の引き金が引かれた。
ほぼ真上に四発の黒魔法が奔った。
ワイバーン達より数十m上空にいるルースは、飛行魔術も防御魔術も描こうとしない。
勝利を確信したのか、小銃型魔銃を撃った騎士の一人が叫んだ。
「足場もなしに避けることは出来まい、愚か者め!」
しかし、魔剣士を貫く筈だった黒魔法は、交差しつつさらに上空へと伸びていくだけだった。
「グルァ!」
「ありがとう、イクシス」
イクシスがルースを掴んで移動させたのだ。
「こ……このッ! 調子に乗りおって!!」
追い撃ちにと用意していた魔術が、再度黒いドラゴンへと放たれるが、イクシスはその全てを機敏な動きで避け切った。
その間にルースはイクシスの首根っこに跨っている。
散発的に襲ってくる各種攻撃魔法は大きな翼と長い尾を持つイクシスに掠ることもなく、どちらかといえば優雅な軌道を描いて、黒いドラゴンは飛竜部隊の南側へ移動した。
力強い羽ばたきで敵と同じ高度まで下りてくるイクシスは、ある種の威厳に満ちていた。
自分よりも大きなワイバーンが十匹近くいるのに落ち着き払って、金色の瞳を真っ直ぐに敵に向けている。沈みゆく夕日によって、赤い鬣だけでなく、全身を覆う黒い鱗まで輝いているようにすら見える。
背に乗る美しい魔剣士の容姿も相まって、その姿はやけに目を引いた。
ワイバーンライダー達の動きが止まった。絵画のモチーフになるような光景に見とれた訳ではない。飛竜部隊全体で呼吸を合わせる為――つまり、このまま魔法をただ撃った所で仕留められる相手ではないと、ようやく気付いたのだろう。
「さて。このまま戦ってもいっこうに構わないんだが。一応、僕も一言いっておいた方がいいか」
呟いたルースは、流れるような動作でイクシスの背中に立ち上がる。
大きく息を吸い込み、あらん限りの声量で宣言した。
「――我らは、リィフ・エイダ・サイ・ルークセント王女殿下の敵を駆逐する為に、ここにいる!! 王女殿下を害するというのなら、先に墜ちた輩と同じ最期を迎えるだろう! 奸臣に与した反逆者の汚名と共に、だ!! 下がれッ、飛竜部隊ッ!!」
美貌の魔剣士の良く通る声は、飛竜部隊だけでなく、王都の南側に響き渡った。
*****
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急な角度で地面に向かったグリフォンと馬車は、傍目には自由落下しているのと変わらなかった。
「そろそろです!」
「ああ! 周囲に気を配れ!」
「了解!!」
サラとスロウルムが意思の疎通をしている間にも、家々の屋根が大きくなり、白い石畳が近付いて来る。
魔銃を向けようとしていた兵士数人が慌てて逃げ出し、大通りに空白地帯が出来上がった。
ソリスと馬車は一直線になってそこに突っ込んでいく。
「降りますッ!!」
サラが叫び、手綱を引いた。
ソリスが体を起こし大きな翼で空を掻き、同時にスロウルムが身を屈めて馬車にかけた飛行術を操作する。
「~~~~くぅッ!」
押し殺したような声が車内から漏れた。
がくんと速度を落としたグリフォンと馬車は、それでも重々しく響く音を立てて、石畳に着地した。馬車に至っては、衝撃を殺し切れずに一度跳ねたぐらいだ。
近くにいる兵士達は座り込んでソリスや馬車を見上げている者が多かった。潰された者はいないが、恐怖と安堵に感情が塗り潰されてしまったようだ。比較的離れた兵士達も呆気にとられたらしく、魔銃を構えることすら忘れている。
ソリスの羽ばたきと大きな物が落ちて来た衝撃で舞い上がった埃の中で、サラは素早く視線を走らせた。
「前方に人影多数! ですが、今の所、突破は可能です!」
大通りに出ているのはほとんど兵士だった。
だがそれだけに、普段ならヒトだけでなく馬車までも行き交う道を塞ぐ程の密度ではない。
「馬車も車軸が曲がったかもしれないが、何とか走れそうだ!」
スロウルムが叫ぶと、フルールとリリィも馬車の中から怒鳴った。
「……わ、私達も大丈夫です!」
「さっさと行っちゃって!!」
「はい!! しっかりと掴まっていて下さい! ソリス!!」
「クワァアアア!」
女騎士の呼び掛けに応えて、淡い黄色のグリフォンは翼を畳み、鷲に似た前足を持ち上げた。
次の瞬間には弾けるように走り出す。
例え翼を畳んでも、グリフォンは馬よりもずっと大きい。また、前足はともかく後ろ足は獅子のものなので、石の上を走るようなことがあれば、当然重量感のある音がする。
本来なら道を塞ぐ為に配置された兵士達は我先に逃げ出した。
「――ひ、ひぃいいい!?」
「コラァ! 貴様ら持ち場を離れるんじゃない!! 戻れ、戻らんかッ!!」
続々と兵士達が逃げ出し、彼らを上官が叱る声がそこかしこから上がる。
疾走するソリスの背の上で、サラは突撃槍を正面に構え、腕を捻るようにして脇に抱え込んだ。余裕があるうちにと、左手で手早く片手印を組んでいく。
「う、うわぁぁああああ!」
「こっちだ! 早く……早く道を塞げ!!」
兵士達が右往左往するのを横目に、一気に距離を稼いだ。
黄色の体色を夕日に照らされたグリフォンと、鎧姿の将軍を屋根に乗せた馬車は、大通りを北に向けて走り抜けていく。
着陸した王都の南端から数分で、すでに宮殿まで三分の一ほどを超えた。その間、邪魔らしい邪魔はなかったと言っていい。
しかし、いつまでも順調とはいかなかった。
「前方に障害!」
注意を促す為にサラは叫んだ。
獣人の視界に入って来たのは、道に対して真横になった馬車だった。
リリィ達を乗せて来た物に似た兵士達に使われるような実用的な馬車が、通りを塞ぐようにして数台並べられている。大部分の馬は外されていたが、よほど慌てて準備したのか、一台は怯えきった馬が一頭繋がれたままだ。
「行けるか、サラ!?」
「問題ありません、突破しますッ! 衝撃に備えて下さい!」
スロウルムの問い掛けに、すでに印を組み終えていたサラは答えた。続いて、突撃槍の先端に意識を集中し、白魔法を展開させた。
スロウルムから借り受けた、4mを超える槍の先を覆うように魔力の塊が出現する。
色は半透明といったところで白味がかかっており、形は円錐型だ。ただ、底面の直径が2m、高さが1m程度と、針葉樹というより大きく枝を広げた広葉樹を連想させる。
白魔法、<造形鋼鉄>。
防御魔法と同じ魔力による障壁だが、術者のレベルによって好きな形に展開出来る術だ。
<造形鋼鉄>のカバーを付けた砲槍をしっかりと握り直し、サラは鞍の上で軽く腰を浮かせた。
手綱を操作しなくとも、ソリスは突破しやすい場所を選んでいた。迷うことなく通りの左側――最も間隔の開いた馬車と馬車の間――に突進した。
「ィヤァァアアアアアア―――――ァアッ!!」
普段と違う得物、<造形鋼鉄>という覆いがあるにもかかわらず、サラは絶妙の間で突撃槍に体重をかけた。
そして、傘のように広がった<造形鋼鉄>が車体に触れた瞬間、ほとんど無意識のうちに柄にあるスイッチを押し込む。
「ッラアァアアアアアアアアアア――――ァアッ!!」
女騎士の怒号に重なって、砲槍の石突から爆発音が轟いた。
二台の馬車が、グリフォンの体重とサラの技量、砲槍の爆発力によって、車輪を浮かされた。吹き飛ばすまでは至らなかったが、道を開くように向きを変えられ、石畳に倒れ込んだ。
「うわああああああああッ!?」
「ぐぁあああああああああ!」
その上、兵士達も何人か転げまわっている。馬車を飛び越えた所で真下から攻撃をするつもりだったに違いない。
「行けぇ、ソリス!」
「クワァアアアアッ!」
勝利の雄叫びをあげて、ソリスは出来たばかりの道筋を通過した。
「ぐぐっ……。に、逃がすなぁ!! 撃てぇ……!!」
倒れた体を起こそうとしながら、司令官らしき男が喚いた。
無事だったにも拘らず衝撃で動けなかった兵士達が数人、その言葉に慌てて魔銃を撃つ。
しかし、馬車の後方には、すでに白魔法の防御結界が張られていた。スロウルムのものだ。
例え防御範囲優先の<大円硝子>であろうとも、将軍のものである。砕くには、威力も数も圧倒的に足りない。
獣人の女騎士が跨る淡い黄色のグリフォンと、鎧姿の将軍を屋根に乗せた馬車は、舞い上がった埃を振り払うかの如く駆け抜ける。
途中、微かな反抗がないこともなかったが、狙いが外れたり、スロウルムの防御魔法に防がれたりと、グリフォンライダーの突進を止めることは出来なかった。
やがて、両脇の建物が大きく高くなってくる頃、少しずつ濃くなっていくヒトの群れの向こうに宮殿の門が現れた。
「……み、南門、見えました!」
サラが安堵を滲ませて言った。
一方、屋根の上でしゃがみ込み、両手で印を組んでいるスロウルムの顔は緊張が滲んでいた。
「それはいいが、流石に兵士達も増えてきた! よくよく注意しろ!」
その上、南門までの間にもう一つ、馬車や家具で作られた即席のバリケードがある。
宮殿の周囲は元々ヒトが多い上に、指揮系統がしっかりしていたのだろう。兵士達の表情を見ても、それほど混乱は確認出来ない。
「りょう――」
サラが答えようとした瞬間、幾重にも重なった同じ言葉が聞こえてきた。
「<拘束金網>ッ!!」
「――!」
声の位置を確かめようとするサラの瞳に、頭上から降ってくる白い網――魔力による鎖で構成された蜘蛛の巣にも似たもの――が映る。
複数人でタイミングを合わせなければならない白魔法の拘束術、<拘束金網>である。
一部が解れても別の部分や術者から魔力が供給されることから、範囲が広いのに<拘束鎖錠>よりも耐久力が高い。
「――く、<天蓋鋼鉄>!!」
「ダ、<菱形鉄壁>ッ!!」
スロウルムとサラはほとんど同時に叫び、片手を真上に伸ばした。どちらも万が一を考えて用意しておいたことが幸いした形だ。
半球状の防御結界が馬車を包み込み、四角い魔力の盾がグリフォンと女騎士の上に翳された。
「クワァアア!?」
サラは鐙と自分の姿勢でソリスに緊急停止を命じた。
先を行くグリフォンが急に止まったことで、馬車が横に滑る。
「~~~~キャアアッ!」
車内から押し殺せない悲鳴がする。
実用性重視の馬車は、グリフォンを起点として道に対して直角になった所で止まった。
10m四方はある<拘束金網>は、ソリスと馬車に完全に覆い被さった。
すぐに締め付けられる感覚が<菱形鉄壁>を通じてサラに伝わる。
スロウルムとサラの防御魔法によって直接体に絡みつくことはなかったが、動きを止められたことに変わりはない。
よろめいた体を必死で戻しながら、サラは後ろを振り返った。
「――た、隊長ッ!」
「わかっている、破壊は任せろ!! お前はその後のことを――!」
スロウルムが複雑な印を高速で組み替えながら答える。<天蓋鋼鉄>は常時接続展開で維持し、白魔法には数少ない攻撃魔術を繰り出すつもりなのだ。
いくら<拘束金網>の耐久力が高いと言っても、ルークセントの将軍を永久に捕らえることは出来ない。
問題は――。
「――!」
地響きのような足音が聞こえ、サラ達の周りに兵士が配置された。
遠巻きに取り囲んで来る中でも、先頭にいる者達は、そのほとんどが親衛隊だ。大きめの魔銃を片膝をついた姿勢で構えている。
「大人しくお縄につけ! 下賤なケダモノ乗り風情が!!」
軽装の鎧にマント姿の男が、手に持った指揮杖を真っ直ぐに馬車に向け怒鳴った。
壮年の顔を飾る口髭は綺麗に整えられ、飛竜部隊ほどではないのにしても、服装も指揮杖も贅沢なものである。ただ、その表情はいやらしい笑いが隠し切れていない。
問題は、敵地において足を止められるのは、例え一瞬でも死活問題であるということだ。
6月9日初稿