46.準備と帰還
*****
淡い黄色のグリフォンに引かれた馬車は高速で空を飛んでいた。
広大な森は緑色の絨毯のようであり、目印に乏しい。空もまた雲一つなく、風だけが速度を感じさせてくれた。
何故か馬車の天井に開いていた穴から頭を出し、後方を凝視していたリリィは、近付いて来る黒い点に気付いた。
「――あ! やっと来た!」
「姫様、顔を出すのは危ないですからッ!」
ソリスに乗ったサラが振り返って叫ぶ間にも、点はだんだんと大きくなっていく。
黒いドラゴンは力強い羽ばたきで一気に距離を詰め、馬車に並んだ。
「遅いわよ、ルース、イクシス!」
栗色のお下げをなびかせながら、リリィは隣を飛ぶ一人と一匹に呼び掛ける。
イクシスは申し訳なさそうな上目遣いを見せたが、その背に跨るルースは憮然とした表情をしていた。
「ひょっとしたら追いかけてこないのかと思ったじゃない」
リリィが大きめの声で言っても、ルースは前を向いたままだ。怒っているのか拗ねているのか、とにかく不機嫌な顔だった。
「……本当ならそうしたい所だったが、流石に君達を放っておくことは出来ないさ。だが、最悪カインドを殴り倒して連れて来ようとは思っていた」
「グルアッ!?」
イクシスが自分の背に乗る魔剣士へと視線を向ける。
「ええー……。まぁ、気持ちはわからないでもないけど……」
リリィの呟きは風に掻き消される程度だった。
当然ルースには届いていないらしく、男装の魔剣士は馬車には目もくれずに、続けた。
「普通に考えたら、時間を稼ぐって言ったって、高が知れている。巨獣にとってカインドは大した労力もなく排除出来るし、無視したって何の脅威にもならないんだ。だから……衝動的な暴走だったり、ヒロイズムに酔った自己犠牲だったりしたら、連れて来るつもりだったのに――!」
ルースはそこで言葉を切ると、一度歯を食いしばった。数秒の後再度口を開いて出てきた声は、ほとんど怒鳴っているといっていい大きさだ。
「――あそこまで自信満々じゃあ何も言えなくなるというものだろう!? そりゃあ、あいつが僕にはない力を持っていることぐらい認めるさ! ただ、それと安心して任せられるということは全くの別問題だ!! あいつはその辺がわかっていない!」
それまで話を聞いている素振りを見せなかったサラが、言った。
「確かに、あの頼りなさはもう少し何とかしてもらいたい所だ」
「あー。自分が巻き込んでる上に、助けてもらってるから何だけど、それもわかるかも」
振り返ったサラとリリィは目を合わせ、同時に苦笑する。
「グルルァ~……」
イクシスが情けない声で唸った。名付け親を擁護したくても出来ない、と嘆いているようだ。
不意にルースが声量を落とし、呟いた。
「……その上、あんな言い方をして来るなんて……卑怯じゃないか……」
「え、卑怯って何が?」
リリィが訊ねるも、ルースは一度視線を向けただけで、すぐに正面に顔を戻す。
「……いや、何でもない……」
傍目には先程と変わらない不機嫌そうな表情だ。
しかし、ほんの一瞬彼女の頬と口の端が持ち上がるのを、リリィは見逃さなかった。
*****
ビクつきながら森の中を三十分。
運よく魔物と出会うこともなく、俺は研究所までまで戻った。
森を抜けて開けた場所に出た瞬間には、ため息が出て肩から力が抜けた。
だが、すぐに巨獣も目撃することになる。
下半身が四足獣そのもの、上半身は首から上がないヒト型の巨獣は、俺が最後に見た時と同様に横倒しになって眠っていた。鼻が潰れたような顔から伸びた長い舌は、だらしなく地面まで達しており、獣の胸部に当たる部分は傍目にも速い上下を繰り返している。
いや、呼吸は若干落ち着いているだろうか。
「…………うっく……ッ!」
せっかく緊張から解放されたのに、今度は純粋な恐怖がこみ上げてくる。手足が硬直し、俺の呼吸も荒くなる。
倒れているのに見上げなければならない巨体は、ルースの言う通り指一本で俺を殺すことが出来るのだ。
目を覚まし俺を確認した途端、四本のうち一番俺に近い足を振り下ろしてくるかもしれない。それともその大きな口で一呑みか、屋根より大きな掌に潰されるのか。
エンバリィの配下の者達、そのなれの果てが視界に入ったことで、自分の殺され方がありありと想像出来てしまう。
非の打ち所がない相棒も、ピンチを救ってくれたドラゴンも、面倒でありながらも頼りになる仲間達も、何かと騒がしい憲兵連中も、皆いない。
よく考えたらイクシスが俺から離れる訳ではない。俺が皆から離れているのだ。
想像していたのと実際に直面した現実は全く違った。
孤独が恐怖と不安を増大させる。
「ハァハァッ――ハァァアアア! ……フゥウウウッ!」
強引に大きく息を吸い込み、腹に力を入れて無理矢理吐き出した。ルースやサラが戦闘の時にやっていたことの猿真似だが、何とか呼吸は落ち着いてくれた。
俺はルースから預かった赤尾刀の柄を握り締め、さらに数回深呼吸を繰り返した。空気が体に行き渡ったのか、何とか頭も回り出す。
ともかく幸いにも巨獣は眠ったままだ。
出来るだけのことはやっておかなければ。
俺はあまり大きな音を立てないように注意しながら、研究所の周辺を回った。
目的は何かしら時間稼ぎに使えそうなアイテムである。
木々の合間に、先程恐怖を助長させてくれたエンバリィの子飼いの荷物が幾つか見つかった。逃げるときに放り出したらしい。
一つ一つ中身を確認していく。
小さなナイフ、糸や細めのロープ、水筒、携帯食料等の日用品。結構な金が入った財布らしき物。そして、魔弾や魔法爆雷があった。
他の物はともかく、糸やロープはあっても困ることはない。魔弾と魔法爆雷は言わずもがな、だ。
一つのリュックサックに纏めて回収する。
さらに、剣や戦斧、魔銃なども落ちていた。重い武器は俺には扱えないので、魔銃を中心に探していく。
結果、大型の魔銃が三丁、拳銃型が一丁、手に入った。
あまり手入れをされていないが、俺でも使えるというだけで有難い。
途中、円錐部分がほとんど根元から折れた突撃槍が落ちているのを見つけた。
サラが巨獣に向かっていった際に折られた砲槍だ。
無傷の石突は金属製で大きく、そのままメイスとして使えないこともない。といっても、巨獣相手では役に立たないだろう。
「……お?」
捨てようと思った所で、気が付いた。
石突が無事ということは、魔弾の発射機構は無事かもしれない。
調べる価値はありそうだ。持って行くことにする。
回収作業を終え開けた場所に出ると、俺は空を見上げた。
太陽はまだまだ高い位置にあり、仲間と別れてからそれほど時間が経っていないことを表していた。
時間が経てば反乱鎮圧組が戻ってくる可能性が出てくる。しかし、それは同時に巨獣の目が覚める可能性も高めることになる。
速く時間が進んで欲しいような、時間が止まって欲しいような……。
そんな矛盾した気持ちを抱えたまま、俺は森の片隅に座り込み、魔銃の品定めに入った。
*****
「ちょっとルース、寝てるんじゃないでしょうね!?」
甲高い叫び声が耳に届いたことで、ルースは閉じていた目をゆっくりと開いた。
隣を飛ぶ馬車の天井からリリィが顔を出している。栗色の髪が突風に吹かれていた。
「体力と魔力を回復していたんだ。む……、随分高い所まで上がったんだな」
楽な――胡坐をかいて腕を組んだ――姿勢を正し、ルースは言った。
寝てはいないが、精神を集中させた瞑想を行っていたのだ。体を休め、心の揺れを抑えることで普段よりも早く回復させる方法だ。とは言え、注意力が極端に落ちるので、イクシスやサラ達がいなければ出来ない選択である。
ソリスに跨ったサラは、いつの間にか特徴のある石突を持った突撃槍――砲槍を持っている。スロウルムの物を託されたのだろう。
ルースを見やったサラが冷静な声色で答えた。
「時間制限がなければ、もっと頑張ってもらうのが普通だぞ。出来れば、地表から見上げても認識されない程度の高度――雲も少ないし、馬車を引いているから――5kmは欲しい。どこにコーヴィン将軍側の者がいるかわからない以上、用心するに越したことはない」
馬車を引くグリフォンとヒト一人を乗せたドラゴンは、出発した時から少しずつ上昇をして高度を稼いでいた。
とっくに森を抜けた今では、地面まで遥か遠く、確実に1km以上の高さがあった。
飛行魔術でここまでの高度に至ることは稀だ。上昇する分の魔力消費が無駄に思えてしまうし、高度があるということは無事に着陸するのにより大きな魔力が必要になる。魔力切れが即死に繋がる魔法を使った飛行では、死活問題だった。
「それに……王都に直接向かうにしては、若干南寄りだと思うのだが……?」
ソリスとイクシスは南西に向かって飛んでいる。
しかし、研究所まで陸路で向かった時の記憶と、現在の太陽の位置からすると、目指す先は王都よりも数km南になりそうだった。
「リリィ、代わるんだ」
王女がルースの疑問に答える前に、車内からスロウルムの厳しい声が聞こえた。
「何よ、おじ様。指揮権はあたし達に渡したんじゃないの?」
「アーガード殿に色々と説明する必要がある。大まかな流れや役割等だ。お前も落ち着きなく喋っているようなら、フルールと服を取り替えて<七色の薄布>を解くぐらいのことをしておきなさい」
リリィは一瞬顔を顰めたが、反論せずに車内に戻っていく。
代わりに頭を出したスロウルム将軍が、前置きもせずに口を開いた。
「王都の南から突入するつもりなのだ。だが、王都近くでぐるりと回るようだと人目につきやすい。少し離れた所から大きく回って侵入する為に、やや南寄りの進路を取っている」
先程のルースの疑問の答えだった。
しかし、それならそれで別の疑問が湧いて来る。
「理屈はわかったが、何故最短距離を取らない? 強襲する予定ではあるのだろう?」
「宮殿には結界が張ってあるから、だ。当然、上空からの攻撃にも備えたドーム状で、空から直接乗り込むことは出来ない。結界が張られていない部分は二か所――数日前、君達と共に通り抜けた東側の隙間と、正面の南門だ」
「そういえばあの時は、塔と塔の間を通り抜けたな」
「グルア」
ルースとイクシスの相槌に頷いて、スロウルムは続けた。
「東側の隙間はどちらかと言えば小さいし、塞ごうと思えば塞げないこともない。その点、南門は結界で締め出される心配はほとんどないと言っていい。集中砲火や跳ね橋を上げられる危険はあるが、それは我々で何とかする」
普段飄々とした雰囲気を漂わせているスロウルムの瞳に、戦士としての闘志が垣間見えた。確かにサラとスロウルムなら相当量の魔法や弓矢でも防ぐだろうし、ソリスがその気になれば上がりかけた跳ね橋を強引に引き下ろすことだって出来るかもしれない。
「つまり、真正面から突っ込むしかないという訳だな」
ルースは将軍の説明を一言に纏め上げた。
聞く者が聞く者であったら怒ったかもしれない一言に、スロウルムは自重混じりに苦笑した。
「ああ。勢い任せで申し訳ないが、情報収集もままならない現状では、これぐらいしか選択肢がないのだ」
「何、手っ取り早くていいさ。僕の役割は?」
「我々が防御に集中すると、相手が自由に動けてしまう。幾ら攻撃を防いでも、拘束系の魔法や物量で押し切られれば、結局は捕らえられることになる。君とイクシス殿には、相手をかき回す役割を担ってもらいたい」
「遊軍といった所か……。任せておけ」
それならば、状況に応じて動けばいい。変に決まっている作戦を任されるよりは余程やりやすい。
ルースは自分が跨るドラゴンの首に手をかけた。
「出来るな、イクシス?」
「グルア!!」
イクシスは正面に顔を向けたまま、大きな口を開けて答えた。
*****
魔銃の確認を終えた俺は、簡単な罠を仕掛けて回った。
森の中で見つけた魔銃には、俺が持っている物よりも大きな小銃型が三丁あった。
だが、連射も出来ず、幾ら拳銃型より威力があるといっても精々ランクが二つ上がるぐらいなのだ。それでは俺が持ち歩いても、ルースやイクシスの魔法を防いだ巨獣に対して、効果があるとは思えない。
という訳で撹乱に使うことにした。
俺の胸元程度の高さで、魔銃を木に縛り付ける。引き金に糸の先端を結び付け、魔銃の凹凸や枝を経由して下へ。そこから地面ギリギリを別の木まで持って行って、もう片方を固定する。
これで俺が踏むか引っ掛けるかすれば、俺が使っていた物よりも強力な<打ち抜く煉瓦>弾が発射される。
銃口は出来るだけ高く、45度以上を目安にした。
俺が撃たれては馬鹿みたいだし、巨獣の大きさならこの角度でもどこかに当たるだろう。
ほとんど勘で三か所に小銃を仕掛け、拾った最後の一丁――拳銃型の魔銃も同じように木に結んでしまった。恰好つけて二丁拳銃を披露しても効果はないという判断だ。
「ふぅ……」
作業を済ませて巨獣を盗み見ると、まだ胸を上下させる呼吸を繰り返していた。これならすぐ傍でゴソゴソしても起きやしない。
「……よし!」
時間があるうちにと、魔法爆雷も設置しておくことにする。
石畳か研究所の壁の一部と思われる砕けた石板をスコップ代わりに土を掘り、魔法爆雷を埋める。こちらも自分で踏んでは世話ないので、小山になるぐらい土を盛って目立たせた。
エンバリィの子飼いは十数個魔法爆雷を持っていたので、まずは六個を巨獣の周りに埋めて行く。この巨体で足を動かせばどれかは踏むことになる筈だ。
途中で一つ思い付いた。
掘ったばかりの穴の中へ、わざわざ持って来た小さめの石板を穴に沿うように敷き詰め、その上にそっと魔法爆雷を置く。
土よりは威力を上に促してくれたらいいな、という程度の願掛けだ。
気休めにも程があるが、元々こういう作業は嫌いではない。残りの魔法爆雷は全て、同じように設置していった。
最終的には、巨獣を中心として魔法爆雷を埋めた円が三重に完成した。
ついでに俺では碌に扱えない剣や戦斧を、刃の部分が上になるように、柄だけ地面に突き立てる。これも石板を先に埋めて、支えとしておいた。
ほとんど自己満足……いや、嫌がらせである。
全て終えると、拾った武器やアイテムは大体なくなった。
分不相応な武器を持っていても仕方ないし、いざという時には身軽な方がいい。ただ、サラの砲槍のなれの果て――柄から石突部分――は剣帯の後ろ側に差しておくことにした。
「……はぁ~……」
大きく息をついた俺の目に、大分西に近付いた日の光が見えた。
そして、視界の端には横たわった巨獣が、黒い丘のように存在している。
「…………っ」
巨獣の息は、今やかなり落ち着いていた。目が離せずに注視している間に、口を閉じたりもする。
おそらく、起きるまでに大した時間はかからない。
この分では、巨獣が目を覚ますよりもルース達が戻る方が早い、なんて奇跡をアテにしている暇はなさそうだ。
俺はギクシャクする足を無理矢理動かして、巨獣から離れた。
研究所の陰まで移動し腰を下ろす。巨獣を常に視界に入れながら、いつでも隠れられるように、だ。
やることがなくなってしまえば、また恐怖に押し潰されそうだが、幸いにもまだやることはある。
俺はガリガリから受け取った携帯食と水筒を取り出し、かなり早めの夕食を取ることにした。
憲兵の携帯食はモソモソしていて食べ辛く、味がないに等しい。その上、俺自身に食欲がなかった。
全部ひっくるめて酷い食事である。
ノンプの奥方に作ってもらった、昨夜から今日の昼までの食事が恋しい。
「……まぁ、ノンプさん家に招かれなかったら、アレもなかった訳だしな……」
遂に出てしまった独り言にげんなりしながら、俺は携帯食を喉に詰め込んでいった。
この先いつ食べられるかわからないし、何より、最後の食事かもしれないのだ。
食べておいて損はない。
……そう思っても、携帯食がウマくなる訳じゃないんだけど。
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空は三分の一程赤くなっている。
すでに一行は進路を北へと変えていた。
真正面に、模型のような王都クルミアと中央に位置する宮殿が、小さく見える。
大通りが辛うじてわかる程度で、ヒトや馬等はまだ認識出来ない。よって、王都がどのような状況なのか把握することは無理だった。
「アーガード殿! そろそろだ!」
馬車の天井にしゃがみ込んだスロウルムが告げた。視界を確保し素早く行動する為、外に出て来たのだ。彼は片足を天井の穴に引っ掛け、組み合わせた指と指をポキポキと鳴らしていた。
「ルース、イクシス! 準備はいいか!?」
淡い黄色のグリフォンに跨り、4m以上の突撃槍を脇に抱えたサラも問い掛けた。彼女の表情は、これ以上ない程固かった。
一方ソリスには状況の違いがわからないのか、特に気負うことなく堂々と飛んでいる。
「グルァアッ!」
イクシスが大きく鳴いた。ここまで長距離を高速で飛んでいるにも関わらず、つい数時間前に大きくなった全身には力が満ちている。
赤い鬣が夕日に照らされていっそう輝いた。
「……ああ、勿論だ!」
ルースはイクシスの背に立ち上がり、音高く大剣を抜いた。前傾姿勢になってイクシスの鬣を掴み、いつでも飛び出せるように体を支える。
「こちらも準備は出来ています! 皆様、気を付けて!」
「タイミングはそっちに任すわ! いつでも行っちゃってッ!」
馬車の中から、二人分の声がした。言葉使いが全く違うが、声質も緊張した声色も全く同じだった。
外に出ている三人がそれぞれ視線を交わし合う。
最後にサラと目を合わせたルースは、大声で叫んだ。
「よし、行こうッ!!」
それを合図にして、淡い黄色のグリフォンと黒い鱗に赤い鬣のドラゴンは、斜めに降下を開始した。
ソリスの方が数m前に出て、先導する。
体が浮き上がるような感覚と圧倒的な風が、外に出ているルース達の髪を靡かせた。
視界の極一部でしかなかった王都が一気に大きくなっていく。
近付くにつれて、隣の基地も識別出来るようになり、一色に見えた街並みが家々や商店の集まりであることがわかってくる。
豆どころか麦の実のような小さな人々が確認出来るようになった辺りで、ソリスに跨り砲槍を構えたサラが怒鳴った。
「一般国民より兵士の方が多い!! 大通りにはほとんど馬車が走っていません!!」
「混乱は確認出来るか!?」
風に負けない大声でスロウルムが訊ねた。
「今の所、煙や魔法は見えません! 店が閉まっている程度かと思われます!! しかし、普段よりもヒトが少ないです!!」
問答をしている間にも地面と宮殿が近付いて来る。
サラの言う通り、大通りは馬車が数台停まっているのみで、ヒトが少ない。白い石畳の方が目立っている。
通りに出ている者は、荷物も持たず、あまり動いていない。ほぼ兵士のようだ。
「障害が少ないと考えろ! 兵士が集まる前に突破だ!!」
「了解! このまま――」
さらに前傾姿勢になろうと鐙を踏んだサラが、途中で言葉を切った。すぐに先程よりも大きな声で怒鳴る。
「――き、緊急停止ッ!!」
「クァアアアア!!」
手綱を引かれたソリスが、体を丸め、大きく翼を羽ばたかせる。重い風の音がして、グリフォンの巨体ががくんと止まった。
直後、ソリスの1m前を黒い攻撃魔術が三発通り過ぎていく。黒魔法は種類も発射位置も角度も違い、そのまま進んでいたら少なくとも一発は確実にソリスか馬車に当たる軌道だった。
「きゃあああッ!」
「リリィ!」
急制動によって、馬車が上から下へと弧を描いて振られ、車内からから悲鳴が響く。
「――っく!」
スロウルムが呻り両手を組むと、馬車の動きも止まった。
ソリスと馬車が縦に並ぶ形になる。スロウルムは穴に差し込んだ足と片手で、上手くバランスを取っている。
「二度目、来ます!!」
「クワァァアアアアアアッ!!」
空中で羽ばたくグリフォンとその背に跨るサラ目掛けて、地上から、さらに五発の攻撃魔法が放たれた。
「イクシス――ッ!」
「グルァアアッ!!」
一射目の際に緩めた速度を瞬間的に上げ直し、イクシスはソリスの前に出た。
後ろを守るかのように翼を広げ、やはり空中に止まる。
その背に半ば立ち上がっていたルースはすでに紋章を描き終えていた。
「<断ち隔てる皿>ッ!!」
怒号と共に、黒い円盤が出現した。
直径は4m以上、位置は前方斜め下。
地上からの攻撃魔法は、ルースの<断ち隔てる皿>に音もなく吸い込まれ、黒い障壁を貫くことはなかった。
まだ王都の敷地内に入ったばかりな上、それなりの高度があるのに、二度の攻撃魔法とルースの防御魔法によって、地上の人々が上空のグリフォンとドラゴンに気が付いた。大通りを行く兵士達だけでなく、家や商店の窓を開けて見上げる者も大勢いる。
しかし、サラもスロウルムもルースも、地上に意識を向けている暇はなかった。
王都のあちこちから、グリフォンに匹敵する翼を持つ前足のない竜――ワイバーンが飛び出してきたからだ。
忙しなく翼を動かし、ルース達を見上げながら真上に上昇していく。
スロウルムが徐々に近付いて来るワイバーンを睨みながら、吐き捨てるように言った。
「……コーヴィンめ、奴らを味方につけていたのか……!!」
ワイバーンの数は十体近く、その全ての背には鞍が取り付けられ、武器や杖を持ったヒトを乗せていた。
乗り手は贅沢なマントを纏い、半数が贅沢な細工を施した鎧を着込んでいる。全員が若くない――ほぼ老人と言っていい――にも拘らず、服装も髪型もこれ以上ない程気を使っているのがわかった。
恐怖と戦慄を隠すことも出来ず、サラは突撃槍をきつく握り締めながら、呟いた。
「……ひ、飛竜部隊……っ!!」
4月10日初稿